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第7話
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桜井莉緒がヨガしながら書道をいつもやっていることは置いておいて。
いや、置いておけねぇよ。
何だ、ヨガしながら書道するって、生まれてきてから今まで聞いたことないぞ。
ヨガしながら書道?自分で適当に絶対できないことを言ったつもりだったんだがな。まさかやってる奴がいるとはな。
ただのバカかとてつもなく天才の二択かもかもしれないな。いや、ただのバカか。
実際にヨガしながら書道ってどうやるんだ?無難に健康って書くのか?
というか、無難ってなんだ?
まぁまぁ、なんとか桜井莉緒が生きることになって桜井莉緒も喜んでいることだしもう良いだろう。
いや、良くない。
桜井莉緒のヨガしながら書道のインパクトが強すぎて忘れていたが、ここは敵のアジトだった。
もう作戦なんかどうでもいい、勢いだけでなんとか乗り切ってやる。今からダッシュでこの家を出て行く。
余は今まで鍛え上げてきた身体を信じて脚に思い切り力を入れる。
ふぅー。
良し。
ここで逃げられなかったらもうお終いだ。
ここから玄関までのこの一瞬に全てをかける。
いくぞ。
ダンッ
「えっ」
桜井莉緒は余の急なダッシュに驚いているのだろう。
一歩目は完璧、二歩目で玄関マットにまでたどり着いた。
靴はどうする?履くか?いや、履いている時間なんてない、持って家を出るしか無い。
靴をどうやって持つ?両手で持つか?いや、ドアを開ける時に両手が塞がっていては開けれなくなってしまう。だから片手の指二本で持つことにしよう。
良し、片手で靴を救出することが出来た。
今のところ何のミスもなく進んできている。あとは目の前のドアを開けるだけだ。
そうだ、余はこんなところで終わってはいけないのだ。この地球を征服するまで余は終わらない。
ドアに手をかけることが出来た。あとは押して外に出るだけだ。
あれ?何かがおかしい。押したのは良かったけどやけに軽い。
「わぁビックリした」
ドアを開けるとスーツを着た大人が驚いた顔で余を見ている。
「お父さん。その人捕まえて」
お父さん?こいつ桜井莉緒の父親なのか?
「え、え?う、うん、分かったよ」
桜井莉緒の父親?は余が逃げないように腕を掴んだ。
「ごめんね」
何を謝っているんだ?
「お父さんそのままリビングにまで連れてきて」
「分かったよ」
「あ、先お父さんが行って。また宇野くんが逃げないように私が後ろで見張っておくから」
なに、そんなことをされたらもう逃げるところがないではないか。
「どういう状況か全く分からないけどリビングに連れて行けばいいの?」
「うん」
最後まで粘ってはみたが桜井莉緒の父親が帰ってきたタイミングだったとは。運は余の味方してくれなかったようだ。
廊下を進んでいき、桜井莉緒の父親がガチャっとドアを開けた。
もう終わったのか。
地球を征服するのは来世になりそうだ。
だが、来世では必ず地球を征服して人間共を余の下僕として従えてやる。
ドアの向こうの景色を想像して思わずギュッと目を閉じてしまう。
「じゃあそこのソファーに座っておいて」
ん?ソファー?
思わず目を開けて目の前の場所を確認してみてみたが、誰がどう見ても普通のリビングだった。
ん?
どこからどう見ても普通のリビングだ。なぜだ、なぜ余はリビングに連れられたのだ。まだ理解が追いつかない。
「じゃあそこのソファーに座っておいて」
桜井莉緒は余にソファーに座らせるように命令してどこかへ行った。
もしかして、もしかしてなんだが、桜井莉緒のやつ余がナイトメアってことに気づいていないのか?そんなことあるのか?余のことをナイトメアだと気づいたから家に誘ったのだろう?そうでなかったら理由が分からん。
「莉緒のお友達?」
桜井莉緒の父親?が余の隣に座ってきた。さっき余を捕まえる時にお父さんって言っていたから父親なのだろう。
近くで見てみると猫背で髪もボサボサでナヨナヨした印象を受ける。
「いや、違う」
「え、違うの?」
「違う」
「え、じゃあクラスメイト?」
「クラスメイトだが少し違う」
クラスメイトではあるが余は委員長だからなんて言えば良いんだ?王と市民か?
「クラスメイトでしょ」
桜井莉緒が救急箱を持って帰ってきた。
「ほら、怪我したところ出して」
「余が怪我?何をバカなことを言っているんだ?」
「はいはい、じゃあ腕出して」
桜井莉緒が無理矢理余の腕を掴んで怪我の対処をしていく。
「うわ、すごい怪我してるじゃん」
やったのはお前らなんだけどな。
怪我の対処を次々と終わらせていく桜井莉緒の手つきは慣れているように見えた。
「はい、終わり。じゃあ今からご飯つくるから宇野くんも食べていってね」
「いや、余はもう帰る」
魔法少女にこれ以上施しを受けるわけにはいかない。
「帰ったら明日覚えておいてね」
一体何をする気なんだよ。他の魔法少女たちに敵である余を治療したことを言うつもりなのか?だが、桜井莉緒は余がナイトメアということを知らないはずなのだがな。
「なんかごめんね」
桜井莉緒の父親がぺこっと頭を下げてきた。
「別に謝る必要はない」
「早い頃からお母さんを亡くして莉緒はお母さんの代わりになろうと何でも自分で出来るように頑張ってきたんだよ」
桜井莉緒の父親は悲しげに語っていく。
「だからさっきの怪我の処置や今の料理だってお母さんに代わりになれるように今まで自分でやってきたんだ。だから弱音もわがままも全部自分で抱え込むようになって」
桜井莉緒の父親は語っていくうちに段々と頭が下がっていく。
なぜだ?できるようになることは良いことではないか、なのになぜそんな悲痛な顔をする?
「なんかごめんね。こんな暗い話して」
「いや、構わない」
ずっと謝っているな桜井莉緒の父親は、なぜそこまで謝るのだろうか?
* * *
「出来たよー」
桜井莉緒の父親と学校について話していると料理が出来上がったらしい。話というかよりかは一方的に質問されて答えていただけなんだがな。
「「「いただきます」」」
中々うまい。さすが小さい頃からつくってきたことだけはあるな。
「どうおいしい?」
「まぁ」
首をコクコクと縦に揺らして肯定する。
「良かった。おかわりもあるから欲しかったら言ってね。お父さんも」
「うん」
余も一人暮らしして料理のバリエーションが欲しかったところだから今度桜井莉緒に聞いておこうかな。
いや、忘れてはならないこいつが魔法少女であることを。今だけだ、今だけ施しを受けるとしよう。
ふとさっきの会話で気になったことがあったから聞いてみることにする。
「母親はいつ亡くなったんだ?」
そう聞いた瞬間この場の空気が張り詰めたのが分かった。
どうしたんだ?そんなおかしなことでも聞いたか?
「莉緒が小学4年生くらいの頃かな」
一応桜井莉緒に聞いたつもりだったが桜井莉緒の父親が答えてくれたようだ。明らかに桜井莉緒の表情が厳しい。
「そうか、10年は母親と一緒にいれたんだな。それは良いことではないか」
言い終えるとズズッと味噌汁を飲む。美味しいな、出汁はどうやって取ってるんだ?
バンッ
机を叩く音が部屋に響き割った。聞こえた方向を見ると桜井莉緒が椅子から立っていた。
パシャ
次は右手でコップを掴んで余に向かってお茶をかけてきた。おかげで余の髪や服が濡れてしまった。
「10年はお母さんと一緒にいれて良かった?良いわけないじゃん、なんでそんな酷いことが言えるの?ずっとずっと一緒にいたいに決まってるじゃん」
あの桜井莉緒が怒っているのか?こいつのことは短い間しか知らないが怒ることがあるのだな。
良かれと思って言ったのだがここまで桜井莉緒が怒るとは思いもよらなかった。強制的ではあったが恩があるのだから謝っておこう。
「悪かった。良かれと思ったが違ったようだ」
「良かれと思ったってなんでそれが良いことだと思ったの?そうだよね、宇野くんには両親がいるからそんなこと分からないよね」
だいぶ怒っているな。桜井莉緒の父親が困ってオロオロしているではないか。
「いや、余に親がいたことがなかったから分からず良かれと思った。悪かったな」
「え」
「次からは気をつけるよう心がける」
そうかそうか人間にとってこの話題はタブーだったのか、気をつけないといけないな。
「両親がいたことないって……」
「?言葉の通りだが」
「顔も見たことないの?」
「ああ」
「生まれてから一度も?」
「ああ」
「寂しくはないの?」
「元々いなかったからな、寂しくはない」
そう言うと桜井莉緒は黙って下を向いたまま黙ってしまった。
随分と空気を悪くしてしまったようだ。もう料理も食べたことだから家に帰るとしようか。
「空気を悪くしてすまなかったな。余はもう帰るとしよう。料理美味しかったぞ」
椅子から立ち上がり、この部屋から出ようとドアのある方向へ歩を進める。
ふぅーやっと帰れる。
「ちょっと待って」
桜井莉緒が余の腕をガシッと掴んできた。
「待って。さっきお茶かけてごめん。そのまま帰ったら風邪ひくからうちでお風呂入っていって」
余は一体いつになったら帰れるのだ。
いや、置いておけねぇよ。
何だ、ヨガしながら書道するって、生まれてきてから今まで聞いたことないぞ。
ヨガしながら書道?自分で適当に絶対できないことを言ったつもりだったんだがな。まさかやってる奴がいるとはな。
ただのバカかとてつもなく天才の二択かもかもしれないな。いや、ただのバカか。
実際にヨガしながら書道ってどうやるんだ?無難に健康って書くのか?
というか、無難ってなんだ?
まぁまぁ、なんとか桜井莉緒が生きることになって桜井莉緒も喜んでいることだしもう良いだろう。
いや、良くない。
桜井莉緒のヨガしながら書道のインパクトが強すぎて忘れていたが、ここは敵のアジトだった。
もう作戦なんかどうでもいい、勢いだけでなんとか乗り切ってやる。今からダッシュでこの家を出て行く。
余は今まで鍛え上げてきた身体を信じて脚に思い切り力を入れる。
ふぅー。
良し。
ここで逃げられなかったらもうお終いだ。
ここから玄関までのこの一瞬に全てをかける。
いくぞ。
ダンッ
「えっ」
桜井莉緒は余の急なダッシュに驚いているのだろう。
一歩目は完璧、二歩目で玄関マットにまでたどり着いた。
靴はどうする?履くか?いや、履いている時間なんてない、持って家を出るしか無い。
靴をどうやって持つ?両手で持つか?いや、ドアを開ける時に両手が塞がっていては開けれなくなってしまう。だから片手の指二本で持つことにしよう。
良し、片手で靴を救出することが出来た。
今のところ何のミスもなく進んできている。あとは目の前のドアを開けるだけだ。
そうだ、余はこんなところで終わってはいけないのだ。この地球を征服するまで余は終わらない。
ドアに手をかけることが出来た。あとは押して外に出るだけだ。
あれ?何かがおかしい。押したのは良かったけどやけに軽い。
「わぁビックリした」
ドアを開けるとスーツを着た大人が驚いた顔で余を見ている。
「お父さん。その人捕まえて」
お父さん?こいつ桜井莉緒の父親なのか?
「え、え?う、うん、分かったよ」
桜井莉緒の父親?は余が逃げないように腕を掴んだ。
「ごめんね」
何を謝っているんだ?
「お父さんそのままリビングにまで連れてきて」
「分かったよ」
「あ、先お父さんが行って。また宇野くんが逃げないように私が後ろで見張っておくから」
なに、そんなことをされたらもう逃げるところがないではないか。
「どういう状況か全く分からないけどリビングに連れて行けばいいの?」
「うん」
最後まで粘ってはみたが桜井莉緒の父親が帰ってきたタイミングだったとは。運は余の味方してくれなかったようだ。
廊下を進んでいき、桜井莉緒の父親がガチャっとドアを開けた。
もう終わったのか。
地球を征服するのは来世になりそうだ。
だが、来世では必ず地球を征服して人間共を余の下僕として従えてやる。
ドアの向こうの景色を想像して思わずギュッと目を閉じてしまう。
「じゃあそこのソファーに座っておいて」
ん?ソファー?
思わず目を開けて目の前の場所を確認してみてみたが、誰がどう見ても普通のリビングだった。
ん?
どこからどう見ても普通のリビングだ。なぜだ、なぜ余はリビングに連れられたのだ。まだ理解が追いつかない。
「じゃあそこのソファーに座っておいて」
桜井莉緒は余にソファーに座らせるように命令してどこかへ行った。
もしかして、もしかしてなんだが、桜井莉緒のやつ余がナイトメアってことに気づいていないのか?そんなことあるのか?余のことをナイトメアだと気づいたから家に誘ったのだろう?そうでなかったら理由が分からん。
「莉緒のお友達?」
桜井莉緒の父親?が余の隣に座ってきた。さっき余を捕まえる時にお父さんって言っていたから父親なのだろう。
近くで見てみると猫背で髪もボサボサでナヨナヨした印象を受ける。
「いや、違う」
「え、違うの?」
「違う」
「え、じゃあクラスメイト?」
「クラスメイトだが少し違う」
クラスメイトではあるが余は委員長だからなんて言えば良いんだ?王と市民か?
「クラスメイトでしょ」
桜井莉緒が救急箱を持って帰ってきた。
「ほら、怪我したところ出して」
「余が怪我?何をバカなことを言っているんだ?」
「はいはい、じゃあ腕出して」
桜井莉緒が無理矢理余の腕を掴んで怪我の対処をしていく。
「うわ、すごい怪我してるじゃん」
やったのはお前らなんだけどな。
怪我の対処を次々と終わらせていく桜井莉緒の手つきは慣れているように見えた。
「はい、終わり。じゃあ今からご飯つくるから宇野くんも食べていってね」
「いや、余はもう帰る」
魔法少女にこれ以上施しを受けるわけにはいかない。
「帰ったら明日覚えておいてね」
一体何をする気なんだよ。他の魔法少女たちに敵である余を治療したことを言うつもりなのか?だが、桜井莉緒は余がナイトメアということを知らないはずなのだがな。
「なんかごめんね」
桜井莉緒の父親がぺこっと頭を下げてきた。
「別に謝る必要はない」
「早い頃からお母さんを亡くして莉緒はお母さんの代わりになろうと何でも自分で出来るように頑張ってきたんだよ」
桜井莉緒の父親は悲しげに語っていく。
「だからさっきの怪我の処置や今の料理だってお母さんに代わりになれるように今まで自分でやってきたんだ。だから弱音もわがままも全部自分で抱え込むようになって」
桜井莉緒の父親は語っていくうちに段々と頭が下がっていく。
なぜだ?できるようになることは良いことではないか、なのになぜそんな悲痛な顔をする?
「なんかごめんね。こんな暗い話して」
「いや、構わない」
ずっと謝っているな桜井莉緒の父親は、なぜそこまで謝るのだろうか?
* * *
「出来たよー」
桜井莉緒の父親と学校について話していると料理が出来上がったらしい。話というかよりかは一方的に質問されて答えていただけなんだがな。
「「「いただきます」」」
中々うまい。さすが小さい頃からつくってきたことだけはあるな。
「どうおいしい?」
「まぁ」
首をコクコクと縦に揺らして肯定する。
「良かった。おかわりもあるから欲しかったら言ってね。お父さんも」
「うん」
余も一人暮らしして料理のバリエーションが欲しかったところだから今度桜井莉緒に聞いておこうかな。
いや、忘れてはならないこいつが魔法少女であることを。今だけだ、今だけ施しを受けるとしよう。
ふとさっきの会話で気になったことがあったから聞いてみることにする。
「母親はいつ亡くなったんだ?」
そう聞いた瞬間この場の空気が張り詰めたのが分かった。
どうしたんだ?そんなおかしなことでも聞いたか?
「莉緒が小学4年生くらいの頃かな」
一応桜井莉緒に聞いたつもりだったが桜井莉緒の父親が答えてくれたようだ。明らかに桜井莉緒の表情が厳しい。
「そうか、10年は母親と一緒にいれたんだな。それは良いことではないか」
言い終えるとズズッと味噌汁を飲む。美味しいな、出汁はどうやって取ってるんだ?
バンッ
机を叩く音が部屋に響き割った。聞こえた方向を見ると桜井莉緒が椅子から立っていた。
パシャ
次は右手でコップを掴んで余に向かってお茶をかけてきた。おかげで余の髪や服が濡れてしまった。
「10年はお母さんと一緒にいれて良かった?良いわけないじゃん、なんでそんな酷いことが言えるの?ずっとずっと一緒にいたいに決まってるじゃん」
あの桜井莉緒が怒っているのか?こいつのことは短い間しか知らないが怒ることがあるのだな。
良かれと思って言ったのだがここまで桜井莉緒が怒るとは思いもよらなかった。強制的ではあったが恩があるのだから謝っておこう。
「悪かった。良かれと思ったが違ったようだ」
「良かれと思ったってなんでそれが良いことだと思ったの?そうだよね、宇野くんには両親がいるからそんなこと分からないよね」
だいぶ怒っているな。桜井莉緒の父親が困ってオロオロしているではないか。
「いや、余に親がいたことがなかったから分からず良かれと思った。悪かったな」
「え」
「次からは気をつけるよう心がける」
そうかそうか人間にとってこの話題はタブーだったのか、気をつけないといけないな。
「両親がいたことないって……」
「?言葉の通りだが」
「顔も見たことないの?」
「ああ」
「生まれてから一度も?」
「ああ」
「寂しくはないの?」
「元々いなかったからな、寂しくはない」
そう言うと桜井莉緒は黙って下を向いたまま黙ってしまった。
随分と空気を悪くしてしまったようだ。もう料理も食べたことだから家に帰るとしようか。
「空気を悪くしてすまなかったな。余はもう帰るとしよう。料理美味しかったぞ」
椅子から立ち上がり、この部屋から出ようとドアのある方向へ歩を進める。
ふぅーやっと帰れる。
「ちょっと待って」
桜井莉緒が余の腕をガシッと掴んできた。
「待って。さっきお茶かけてごめん。そのまま帰ったら風邪ひくからうちでお風呂入っていって」
余は一体いつになったら帰れるのだ。
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