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魔法使いと友情・努力・勝利。
しおりを挟む「みんな、ありがとう! わたし、戻ったあっ!」
戦線復帰。
わたしの宣言に、一同大いに沸き立ってくれた。
「おせえよ! 回復力まで胸並みか!?」
「あんたでも人並みにへたるとは、ただの不思議ちゃんじゃなかったんだな。ちょっと見直したぞ」
「でもそのしぶとさはさすが、ニーナさんです!」
「このうえは相応の働きを期待しているぞ。それしか取り柄がないのだからな」
……なんかずいぶんな言われようじゃない?
みんな、本当に心配してくれてんの?
仕方ない。
男どもをとっちめるのは後回し。今はこのデカブツだ。
あまりの巨大さに斬っても壊してもほとんど影響がない。アレを吹き飛ばすほどの【爆裂】……起こせないことはないけど、多分港町までまとめて吹っ飛ぶ。
となれば、はるか遠くの沖合いまで飛ばして【爆裂】で吹き飛ばす。うん、これか。
沖合いまで飛ばすには空間操作、わたしの収納魔法の応用で多分なんとかなる。でもそれには、まだ本体が大きすぎる。もっと削らないと。
「みんな! こいつ、もうちょっと削って!」
「ちょっとって、どのくらいだ!?」
「手足をもいで、胴体三割落としたくらい?」
「「「全然ちょっとじゃねえよ!」」」
しょうがないじゃない。こいつを沖合いに飛ばさなくちゃならないんだから。
「でもまあ、いとしの魔法使いの頼みだからなあ」
ベッティルが剣を鞘に収める。それから、走り出した。
「やって、やる、よっ!」
助走をつけて、飛んだ。
「おりゃあっ!」
空中高く、飛び上がる。跳ぶ、なんてもんじゃない。本当に飛んでいるようだ。
海坊主のひざ下あたりまで飛び上がると剣を抜き、斬りつけた。
「【クラッシュ】!」
爆発するように海坊主の足が大きく砕け、折れた。
バランスを崩して大きく傾く海坊主。
「おっと、それなら反対側もだ」
ネブレクが大きく剣を振る。
「【ストライク・バースト】!」
剣から発した衝撃波が海坊主のひざ下を崩し、海坊主は傾いた体勢のまま、ゆっくりと下に落ちた。やがて地響きとともに着地する。
「うわ、すご……」
ネブレクの必殺技、初めて見た。やっぱりこの人、実力者だわ。威力が半端ない。
でも反対側のベッティルも、負けていなかった。威力はネブレクとほぼ同等。ということは、C級相当の破壊力? すごいわね。ついこの間まで一緒にF級をやっていたとは思えないくらい。
「我らも負けていられないぞ。削れ!」
アルベルフトが声を張ると、男たちが飛びかかる。
「ぼくも、行きますよ!」
アヴェーネが弓を引き絞る。放たれた矢は緑の光を引きながら飛んでいき、海坊主の肩口に突き立つ。
その瞬間、そこに大きな亀裂が走った。
「すごい! アヴェーネ、新しい技!?」
「はい。風の加護を得ました。切断の技が使えます」
笑顔で答えるアヴェーネ。きみもさらに成長したのね。
「なら、そこに便乗させてもらおうかな?」
わたしはアヴェーネに呪符を渡した。
「これを矢で撃って。もちろん、きみの加護も乗せて」
「はい!」
アヴェーネはすぐさま、なんの迷いもなく弓をかまえた。
「なぜ、と訊かないの?」
「ニーナさんのすることですから。問題ありません」
うわあ、嬉しいこと言ってくれる。
再び光る矢がアヴェーネから放たれ、海坊主に着弾するや。
ざくっ。
海坊主の腕が肩から斬りおとされた。
「うわあ……。自分で射ておいてなんですけど、すごいですねえ」
「うん。きみの技を呪符で強化したんだけど……」
確かに強化の幅はあるけど、それでも元のアヴェーネの技の威力があればこそだ。強くなったね、きみも。
残る片腕を目がけて男どもが飛びかかるが、その腕を振り回して海坊主が抵抗する。削られた部分も再生を始めている。しぶといわね。
と、その時。
突如、振り回される海坊主の腕がちぎれて飛んだ。
「え?」
わたしの目には、腕の関節が黒い玉に貫かれ、消滅したように見えた。まさか……。
◇
「ふん。助けるのは一度だけだからな」
遠く離れた山奥。
暗い眼をした少年の呟きは、ニーナの耳には届かなかった。
◇
「そろそろ頃合いかしら?」
いろいろあったけど、男どもの猛攻に遭って、さしもの海坊主もずいぶんと小さくなってしまった。これなら飛ばせるかしら。
わたしは呪符を引き抜いた。それを自分に向ける。
「【強化】!」
そして、走り出す。
【強化】の呪符はあらゆるものを強化する。それは魔術に限らない。わたしの脚力もだ。
「【収納】」
走りながら魔法を使う。海坊主の下の地面に空間が開いた。それを【強化】で最大限大きくする。
海坊主が飲み込まれ始める。全部飲み込まれる前に、わたしは海坊主にたどりついた。
「おみやげ、忘れないでよね、っと!」
ありったけの呪符を海坊主に貼り付けた。これで準備よし。
あとは遠くの沖合いでこいつを……。
ばくっ
「へ?」
海坊主のやつ、残った口でわたしの足にかみついた。なんてやつ。
噛みちぎられなかっただけマシだけど、身動きが取れない。
だけど。
「……上等よ。どっちみち道連れ覚悟だったんだから」
海坊主に貼り付けた呪符はまだ活性化していない。発動させるには呪符に魔力を流してやる必要があるが、そうするとすぐに発動してしまう。かと言って海坊主だけを沖合いに飛ばしても、呪符を発動させるには遠すぎる。わたしの魔力が届かない。
ならば、ぎりぎりまで一緒に飛んで、そこで起爆するしかない。
「おい、ニーナ!」
「ニーナさん!?」
「みんな、最後の仕上げにちょっと行ってくる。大丈夫、ちゃんと戻るから」
心配そうな男どもに見送られて、わたしは海坊主とともに空間の狭間に落ち込んだ。
◇
うわあ。
自分の作った空間の隙間、初めて入ったけど、なんて言えばいいんだろ? 微妙なむずがゆさというか、感覚がしびれて、触っているのにうまく触れていない感じ。
【収納】魔法で生きたものを収納したって話はあまり聞かないけど、大丈夫なのかしら? いちおう生きてるみたいだから大丈夫だと思うんだけど。
光も闇もない、上も下もない不思議な感覚は、やがてすぐに途切れた。
そのとたん。
「うひゃっ!?」
水しぶき。
冷たい水の感覚。
海の中に落っこちた。
海坊主はゆっくりと沈んでいく。海に落ちた衝撃でうっかりわたしを放してしまい、その隙にわたしは海坊主の顔によじ登った。それは海の上にちょこっと残った岩場のようだった。それもすぐに沈む。早くしないと。
わたしは呪文を詠じた。海坊主に貼り付けた呪符が一斉に活性化するのを感じる。さあ、これでおしまいよ。
「【爆裂】!」
と同時に、空間魔法の隙間に逃げ込む、その瞬間。
なにかがわたしの足に絡みついた。
「え?」
あっという間に引っ張られ、真っ暗闇の空間に閉じ込められる。
それは海坊主の口の中。海坊主の舌がわたしを引きずり込んだのだ。
「ちょ、なによこれ! こんなの、あり!?」
もう、なにをする暇もなかった。海坊主と心中? 冗談じゃないわよ。わたしの人生はこれからなんだから!
急いで脱出、ここから出る手立ては……。手立ては…………。
◇
遠く、はるか沖合の海に大きな水柱があがった。
遠すぎて、音はまったく聞こえない。でも途方もなく巨大だということは、誰の目にも明らかだった。
「ニーナ……」
誰かが呟いた。男たちは身じろぎもせず、遠くの一点、水柱の上がった方を見つめている。
彼女は言った。ちょっと行ってくる、と。
ならば彼女は自分たちの目の前に再び現れ、「ただいま」と言わなければならない。それが正しい在り方だ。そうでなければおかしい。絶対におかしい。
飄々として、途方もなく有能なくせにどこか抜けているあの魔法使いが言う「ただいま」という言葉を、みんなが待っていた。祈るように、待ち続けていた。
なにも起こらない。
誰も現れない。
水柱の起こした大波が岸まで寄せて来て、やがて静まっても、ニーナは帰ってこなかった。
「……ばかやろ。そんな軽々しく消えちまう奴があるかよ!」
ネブレクが絞り出した低い声は、みなの心情を語っているようだった。
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