上 下
26 / 27

魔法使いと友情・努力・勝利。

しおりを挟む

「みんな、ありがとう! わたし、戻ったあっ!」

 戦線復帰。
 わたしの宣言に、一同大いに沸き立ってくれた。

「おせえよ! 回復力まで胸並みか!?」
「あんたでも人並みにへたるとは、ただの不思議ちゃんじゃなかったんだな。ちょっと見直したぞ」
「でもそのしぶとさはさすが、ニーナさんです!」
「このうえは相応の働きを期待しているぞ。それしか取り柄がないのだからな」

 ……なんかずいぶんな言われようじゃない?
 みんな、本当に心配してくれてんの?

 仕方ない。
 男どもをとっちめるのは後回し。今はこのデカブツだ。

 あまりの巨大さに斬っても壊してもほとんど影響がない。アレを吹き飛ばすほどの【爆裂】……起こせないことはないけど、多分港町までまとめて吹っ飛ぶ。
 となれば、はるか遠くの沖合いまで飛ばして【爆裂】で吹き飛ばす。うん、これか。

 沖合いまで飛ばすには空間操作、わたしの収納魔法の応用で多分なんとかなる。でもそれには、まだ本体が大きすぎる。もっと削らないと。

「みんな! こいつ、もうちょっと削って!」
「ちょっとって、どのくらいだ!?」
「手足をもいで、胴体三割落としたくらい?」
「「「全然ちょっとじゃねえよ!」」」

 しょうがないじゃない。こいつを沖合いに飛ばさなくちゃならないんだから。

「でもまあ、いとしの魔法使いの頼みだからなあ」

 ベッティルが剣を鞘に収める。それから、走り出した。

「やって、やる、よっ!」

 助走をつけて、飛んだ。

「おりゃあっ!」

 空中高く、飛び上がる。跳ぶ、なんてもんじゃない。本当に飛んでいるようだ。
 海坊主のひざ下あたりまで飛び上がると剣を抜き、斬りつけた。

「【クラッシュ】!」

 爆発するように海坊主の足が大きく砕け、折れた。
 バランスを崩して大きく傾く海坊主。

「おっと、それなら反対側もだ」

 ネブレクが大きく剣を振る。

「【ストライク・バースト】!」

 剣から発した衝撃波が海坊主のひざ下を崩し、海坊主は傾いた体勢のまま、ゆっくりと下に落ちた。やがて地響きとともに着地する。

「うわ、すご……」

 ネブレクの必殺技、初めて見た。やっぱりこの人、実力者だわ。威力が半端ない。
 でも反対側のベッティルも、負けていなかった。威力はネブレクとほぼ同等。ということは、C級相当の破壊力? すごいわね。ついこの間まで一緒にF級をやっていたとは思えないくらい。

「我らも負けていられないぞ。削れ!」

 アルベルフトが声を張ると、男たちが飛びかかる。

「ぼくも、行きますよ!」

 アヴェーネが弓を引き絞る。放たれた矢は緑の光を引きながら飛んでいき、海坊主の肩口に突き立つ。
 その瞬間、そこに大きな亀裂が走った。

「すごい! アヴェーネ、新しい技!?」
「はい。風の加護を得ました。切断の技が使えます」

 笑顔で答えるアヴェーネ。きみもさらに成長したのね。

「なら、そこに便乗させてもらおうかな?」

 わたしはアヴェーネに呪符を渡した。

「これを矢で撃って。もちろん、きみの加護も乗せて」
「はい!」

 アヴェーネはすぐさま、なんの迷いもなく弓をかまえた。

「なぜ、と訊かないの?」
「ニーナさんのすることですから。問題ありません」

 うわあ、嬉しいこと言ってくれる。

 再び光る矢がアヴェーネから放たれ、海坊主に着弾するや。

 ざくっ。

 海坊主の腕が肩から斬りおとされた。

「うわあ……。自分で射ておいてなんですけど、すごいですねえ」
「うん。きみの技を呪符で強化したんだけど……」

 確かに強化の幅はあるけど、それでも元のアヴェーネの技の威力があればこそだ。強くなったね、きみも。

 残る片腕を目がけて男どもが飛びかかるが、その腕を振り回して海坊主が抵抗する。削られた部分も再生を始めている。しぶといわね。

 と、その時。
 突如、振り回される海坊主の腕がちぎれて飛んだ。

「え?」

 わたしの目には、腕の関節が黒い玉に貫かれ、消滅したように見えた。まさか……。


 ◇


「ふん。助けるのは一度だけだからな」

 遠く離れた山奥。
 暗い眼をした少年の呟きは、ニーナの耳には届かなかった。


 ◇


「そろそろ頃合いかしら?」

 いろいろあったけど、男どもの猛攻に遭って、さしもの海坊主もずいぶんと小さくなってしまった。これなら飛ばせるかしら。

 わたしは呪符を引き抜いた。それを自分に向ける。

「【強化】!」

 そして、走り出す。

【強化】の呪符はあらゆるものを強化する。それは魔術に限らない。わたしの脚力もだ。

「【収納】」

 走りながら魔法を使う。海坊主の下の地面に空間が開いた。それを【強化】で最大限大きくする。
 海坊主が飲み込まれ始める。全部飲み込まれる前に、わたしは海坊主にたどりついた。

「おみやげ、忘れないでよね、っと!」

 ありったけの呪符を海坊主に貼り付けた。これで準備よし。
 あとは遠くの沖合いでこいつを……。

 ばくっ

「へ?」

 海坊主のやつ、残った口でわたしの足にかみついた。なんてやつ。
 噛みちぎられなかっただけマシだけど、身動きが取れない。

 だけど。

「……上等よ。どっちみち道連れ覚悟だったんだから」

 海坊主に貼り付けた呪符はまだ活性化していない。発動させるには呪符に魔力を流してやる必要があるが、そうするとすぐに発動してしまう。かと言って海坊主だけを沖合いに飛ばしても、呪符を発動させるには遠すぎる。わたしの魔力が届かない。
 ならば、ぎりぎりまで一緒に飛んで、そこで起爆するしかない。

「おい、ニーナ!」
「ニーナさん!?」
「みんな、最後の仕上げにちょっと行ってくる。大丈夫、ちゃんと戻るから」

 心配そうな男どもに見送られて、わたしは海坊主とともに空間の狭間に落ち込んだ。


 ◇


 うわあ。
 自分の作った空間の隙間、初めて入ったけど、なんて言えばいいんだろ? 微妙なむずがゆさというか、感覚がしびれて、触っているのにうまく触れていない感じ。
【収納】魔法で生きたものを収納したって話はあまり聞かないけど、大丈夫なのかしら? いちおう生きてるみたいだから大丈夫だと思うんだけど。

 光も闇もない、上も下もない不思議な感覚は、やがてすぐに途切れた。
 そのとたん。

「うひゃっ!?」

 水しぶき。
 冷たい水の感覚。

 海の中に落っこちた。

 海坊主はゆっくりと沈んでいく。海に落ちた衝撃でうっかりわたしを放してしまい、その隙にわたしは海坊主の顔によじ登った。それは海の上にちょこっと残った岩場のようだった。それもすぐに沈む。早くしないと。

 わたしは呪文を詠じた。海坊主に貼り付けた呪符が一斉に活性化するのを感じる。さあ、これでおしまいよ。

「【爆裂】!」

 と同時に、空間魔法の隙間に逃げ込む、その瞬間。

 なにかがわたしの足に絡みついた。

「え?」

 あっという間に引っ張られ、真っ暗闇の空間に閉じ込められる。
 それは海坊主の口の中。海坊主の舌がわたしを引きずり込んだのだ。

「ちょ、なによこれ! こんなの、あり!?」

 もう、なにをするいとまもなかった。海坊主と心中? 冗談じゃないわよ。わたしの人生はこれからなんだから!

 急いで脱出、ここから出る手立ては……。手立ては…………。


 ◇


 遠く、はるか沖合の海に大きな水柱があがった。
 遠すぎて、音はまったく聞こえない。でも途方もなく巨大だということは、誰の目にも明らかだった。

「ニーナ……」

 誰かが呟いた。男たちは身じろぎもせず、遠くの一点、水柱の上がった方を見つめている。

 彼女は言った。ちょっと行ってくる、と。
 ならば彼女は自分たちの目の前に再び現れ、「ただいま」と言わなければならない。それが正しい在り方だ。そうでなければおかしい。絶対におかしい。
 飄々として、途方もなく有能なくせにどこか抜けているあの魔法使いが言う「ただいま」という言葉を、みんなが待っていた。祈るように、待ち続けていた。

 なにも起こらない。

 誰も現れない。

 水柱の起こした大波が岸まで寄せて来て、やがて静まっても、ニーナは帰ってこなかった。

「……ばかやろ。そんな軽々しく消えちまう奴があるかよ!」

 ネブレクが絞り出した低い声は、みなの心情を語っているようだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒
ファンタジー
龍神の父と人間の母をもついまどきの女の子、天沢水緒。 古の世に倣い、15歳を成人とする龍神の掟にしたがって、水緒は龍のはみ出しもの──野良龍にならぬよう、修行をすることに。 動物眷属のウサギ、オオカミ、サル、タヌキ、使役龍の阿龍吽龍とともに、水緒が龍として、人として成長していく青春物語。 そのなかで蠢く何者かの思惑に、水緒は翻弄されていく。 和風現代ファンタジー×ラブコメ物語。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

クエスト審議官の後始末 冒険者がそれを終えた時、私の仕事は始まる

カズサノスケ
ファンタジー
『クエスト審議官』 それは、王宮から冒険者ギルドへ派遣され冒険者が適正に依頼を達成したのか?を検分する役職。 クエスト審議官であるクラスティアの下に上位の魔物であるドラゴン討伐の達成報告がもたらされた時、彼女は眉間に皺を寄せた。町に危害を及ぼす可能性のあるドラゴンだが、冒険者がその仕留め方を間違ったせいで見えない危機を招いてしまった……。彼女は、その後始末をつける! ※この作品は他サイトにも掲載しております。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

辺境村人の俺、異能スキル【クエストスキップ】で超レベルアップ! ~レアアイテムも受け取り放題~

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村人・スライは、毎日散々な目に遭わされていた。  レベルも全く上がらない最弱ゆえに、人生が終わっていた。ある日、知り合いのすすめで冒険者ギルドへ向かったスライ。せめてクエストでレベルを上げようと考えたのだ。しかし、受付嬢に話しかけた途端にレベルアップ。突然のことにスライは驚いた。  試しにもう一度話しかけるとクエストがスキップされ、なぜか経験値、レアアイテムを受け取れてしまった。  謎の能力を持っていると知ったスライは、どんどん強くなっていく――!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...