16 / 27
魔法使いは乱戦の果てに。
しおりを挟む
思わぬ協力要請。いやでもトロール相手って。
「承知した。ぼくらも協力する」
「って、ええええ!?」
勇ましく宣言したのは我らがリーダー、アルベルフトだった。
「無茶だよアルベルフト! わたしたちF級だし、今ので大分ダメージも負っているのよ!」
「なら回復してくれ。ミラ、頼む」
「アルベルフト!」
「目の前に困っている人がいるなら、助ける。それできみに受けた恩を返したい」
「え?」
アルベルフトの意外な言葉に、わたしは一瞬固まってしまった。
「ぼくはきみに、何度も助けられた。だからその恩を返したい。でもどうしたらいいかわからないから、誰かを助けることで少しでもその恩を返したいんだ。だめだろうか、ニーナ?」
ずるいよ、それは。
そんなこと言われたら、言い返せないじゃない。
そして。
「おう、アルベルフトの言う通りだ!」
「おれたちはまだ戦える。なら出来ることをするまでだ!」
これで血がたぎらない男の子もまたいない。やれやれ。
「非常事態だな。おれも手を貸そう」
ネブレクまで、ノリノリだなあ。C級の彼が加われば、勝算は大いに上がるからいいけどね。
「よし。これだけいれば百人力だ!」
D級のパーティが四人、C級がひとり。全員がトロールに向き直る。
「よし、ぼくらも行くぞ!」
「待ちなさいってば」
わたしはアルベルフトの首根っこを掴んで止めた。
「身のほどを考えなさい。わたしたちはF級なのよ。同じ前線に立てるわけないでしょ」
さすがに、やみくもに突っ込んでいい相手じゃない。
その間に戦闘が始まっていた。相手は大物、トロール。
対するD級パーティは戦士、剣士、弓術士、魔術師。いいバランスだ。アルベルフトのパーティは近接戦闘タイプが多いから、ここで飛び込むのは難しい。
「みんな、よけろ!」
魔術師が叫んで大技を発動する。業火がトロールを包み込む。
焼かれながらもトロールはじわじわと再生していく。
剣士のネブレクが飛びこんでトロールの足に斬りつける。ひざを突いたトロールに剣士が飛び上がって腕を斬り落とす。やった。だがすぐに再生が始まる。
トロールを狩るには、再生できなくなるまで斬って削って滅し尽くすしかない。根競べだ。だから焦りは禁物。
同時に自分の体力をいかに維持し続けるかなんだけど。
「こいつ!」
斬りかかった剣士の踏み込みが甘かった。トロールに弾き飛ばされる。
集中力が一瞬途切れただけでこの反撃だ。
剣士は軽々と吹き飛ばされて、木の根元に当たって止まる。わたしは血の気が引いた。
たった一撃が命のやり取りになる。一瞬一瞬が真剣勝負だ。
「前衛が欠けてしまった。ぼくが行く」
「アルベルフト! だから無茶は」
「大丈夫。無茶はしない」
ぐっと言葉に詰まった。ずいぶんいい表情をするようになったじゃない。
ミラに剣士の回復を任せて、男たちが駈け出していく。
アルベルフトの両側にギリアテとウルリク。三人がかりでもトロールは半端なかった。
振り回されるトロールの腕にひっかけられてウルリクが吹っ飛ぶ。うまいこと盾で斜めにいなして勢いは削いだものの、受け止め切るところまでは行かなかった。
後方から射られる矢に気を取られているすきにアルベルフトがトロールの腕を斬った。が、浅い。これも弾き飛ばされる。
傷はどんどん再生していく。まだ衰えはないようだ。なら、わたしたちも加勢しないと。
「ミラ、回復は終わった?」
「はい。だいたい」
「じゃ、こっちもお願い」
ミラを招き寄せて、わたしは後ろから肩を抱いた。
「今までやってきたことの総仕上げよ」
「はい」
「魔力を広げて。あなたのフィールドを作るのよ。魔力だけを深く、すみずみまで浸透させるイメージで」
「はい」
シャン!
杖が高らかに鳴り響く。力強い、迷いのない音。ミラの自信が響かせる音。
成長を遂げたミラが今、最大の能力を発揮する。
一心に呪文を詠じるミラ。わたしはそれに自分の歌を重ねた。
わたしが集めた力がミラの身体の裡に流れ込む。身体の負荷に、おもわず吐息を漏らすミラ。可愛らしい唇からこぼれるため息がなまめかしい。
ミラが杖を振るう。ミラの裡に集まった力がいっきに戦場全体に広がった。いまや戦場はミラの手の内。すごい。すごいよ、ミラ!
わたしの歌に合わせて、まるで舞を舞うようにミラは杖を振り、くるりと身をひるがえす。シャリ! と杖が鳴り、魔力のフィールドがしっかりとトロールを捉えた。今だ。
「【祝福】!」
トロールを中心に戦場全体の地面が輝いた。
祝福。
守るべきものには福音を、仇なす者には障碍をもたらす「聖女」の力。今なら味方の力はすべて底上げされる。その術式に乗って。
「【冷却】!」
まずわたしの魔法がトロールの中に深く沁み込んでいった。
トロールを冷やす。冷やして冷やして、身体活動を低下させ、再生速度をとことん遅くする。
ほとんど再生できないくらいに。
「魔術師!」
わたしは叫んだ。
「今なら何でも効くわ! ミラの力に乗って、魔術攻撃を!」
「お、おう!」
魔術師が慌てて呪文を詠唱する。
「みんな離れろ! 【氷槍】!」
中空に長大な氷の槍が幾本も浮かび上がり、トロール目がけて突き刺さった。槍が地面にまで貫通してトロールを縫い付ける。
それでも無理やり身体を引き剥がすトロール。槍の刺さった箇所を引きちぎって脱出した。だが再生の速度が遅い。あちこちちぎれたままだ。
「掩護します! もっと術を!」
ミラが叫び、魔術師が続けて魔法を繰り出す。
「【雹弾】!」
無数の尖った氷のつぶてがトロールの顔面を直撃し、トロールの悲鳴が響いた。頭が半分くらいなくなっている。それでも再生しようとするのは大したものだったが、わたしの魔法のせいで再生が極端に遅い。
「よし、前衛! 後衛に負けるな!」
「おう!」
アルベルフトの号令で、前衛の戦士たちの戦意がつき上がった。それぞれの技を尽くして、トロールを削りにかかる。剣で、メイスで、弓で、魔法で。
「やるじゃないか。これならC級のおれが手柄を横取りせずにすみそうだ」
いつの間にか剣を収めたネブレクが、ゆうゆうと歩いてきた。
「おまえの仲間たちもずいぶん頑張ってるな。技術もだが、いい根性をしている。悪くない」
「だってさ、ミラ。わたしたち、褒められてるよ」
「はい!」
嬉しそうにミラが笑う。
「その嬢ちゃんは聖女だったのか」
「いいえ。でも、未来の聖女さまは確実よね?」
わたしがからかうように言うと、ミラは顔を赤くして俯いてしまう。ああ、可愛いなあ。愛いやつめ。
でもこの娘は本当にそうなってしまうかも知れない。
もしかしたらわたしなんかじゃ手が届かない高みにまで、駆け上がってしまうかも知れない。
◇
トロールを完全に仕留めたころには、陽もずいぶん傾いていた。
全員戦い続けてぐったりだ。ずっと魔術で援護し続けたミラも例外じゃない。わたし? あんまり出番、なかったなあ。
その分、みんなに美味しいものを振る舞ってあげなくちゃね。今回は特に仲間たちをねぎらってやりたい。だってトロールだよ? 複合パーティとは言え、F級がD級相当の魔物を退治したんだよ? すごいじゃない。
今回の結果が査定にどう影響するかわからないけど、全力は尽くした。みんないい顔をしている。それを見ていると、わたしも自然と笑みがこぼれる。うん、やりきったね。みんな、グッジョブ!
特製肉団子のお鍋をみんなに褒めてもらって、わたしもさらにご機嫌。意気揚々とハルムスタッドの街まで帰ってきた。
「まったく、あんたのところは、最後までお騒がせよね」
カウンターに肘をついたノーラが、半ば呆れた眼を向けてくる。
「はは、別に狙ってやってるわけじゃないんだけど……」
この戦いを最後に、わたしたちのパーティは解散となった。
みんな、成長した。ひと皮もふた皮もむけた気がする。いい顔つきになった。冒険者の顔だ。
それでも、それぞれの道は大きく別れることになった。
アルベルフトは自分の領地に帰るそうだ。もっと領主としての研鑚を積みたいと、前向き発言。
「ニーナ。世話になった。ここでの経験は忘れない。でも冒険者を辞めるわけではないからな。必ず戻って来る」
握手を求めて手を差し出すアルベルフト。最初は貴族の御曹司なんてばかにしていたけど、ずいぶん男らしい顔つきになったもんだわ。ちょっときゅんとしちゃったわよ。
「あたしも、お世話になりました。今はアルベルフトさまについて戻りますけど、まだ教わりたいことがたくさんあって……」
「ミラあ。あんたと別れるのは淋しいよう」
「はいはい」
縋りつくわたしの頭を、ミラが小さい子供でもなだめるように苦笑しながら撫でてくれる。
この娘と別れるのは淋しい。ほんと、淋しい。同時に、惜しい。まだまだ伸びるのに。
ギルドからは、聖女として推薦し、王都での研修費用まで出すと言われたのだけれど、彼女はアルベルフトを取った。
でも本人たちが選んだ道だ。笑って送り出してあげなくちゃ。
「これで終わりではないですから。必ずまたご一緒したいです、ニーナさん」
うんうん。ほんとに可愛い娘だわ。
ギリアテとウルリクも、別のパーティを探している。ふたりはしばらく一緒に行動するようだ。せっかく息が合ってきたものね。今まではアルベルフトが指揮をとることが多かったけど、今度は自分たちの地力が試されることになだろう。
みんなそれぞれの道を目指す。
今回の道はさまざまだけれど、みなの未来に祝福あれ。心からそう思う。
その思いは嘘じゃないんだけど。
「ノーラああぁぁぁぁぁ……」
「あー、はいはい、あんたは一から出直しね」
仲間たちを盛大に送り出したあと、わたしは酒場でしゅんとしていた。
昇格の査定を受けた結果、全員E級に昇格。新たな門出を飾ったわけだが。
またもわたしだけが落ちこぼれたのだった。
しょぼくれているわたしを哀れと思ったのか、ノーラとネブレクが付き合ってくれていた。
「レポート読んだ限りじゃあんたってすごいのに、どうしてここ一番が駄目なのよ!?」
「それはわたしの方が知りたいです……」
「確かになあ」
ネブレクがのんびりとジョッキを口にしながら評する。
「あんな、誰もできないようなことができるのになあ。ほんと、変な奴」
うう、なんてひどい言われよう。
「もういっそ、F級固定でいいんじゃね? 最弱なのに最強の魔術師。なんかかっこいいじゃん」
「もう、人ごとだと思って。あと、魔法使いだから」
「はいはい」
くつくつと笑って、ネブレクがジョッキをあおる。もういたたまれない。
わたしはため息と共にジョッキをあおった。何が悪いのか、わたしの方が知りたい。
ここ何ヶ月かのクエストを思い返してみる。楽しい……より、はらはらどきどきの方が多かった気がする。ずいぶん命がけで働いたつもりなんだけどなあ。働けどなお我が等級、変わりもせずにじっと手を見る。この手はずいぶん、仲間を救ったはずなんだけどなあ。
やっぱり、派手な魔術が使えないから?
正統派じゃない、変な技ばっかり使っているから?
それとも、料理とか無駄なことにばかり労力を割いているから?
決して無駄じゃないはずなんだけどなあ。
戦力を上げるためには日々の鍛錬が欠かせないように、すべては結果を出すために必要な手順であるはず……なんだけど。
◇
「ねえネブレク、あんたこの子、どう思う?」
いつのまにか疲れて寝入ってしまったニーナを前に、ノーラが口を開く。
「ああ、悪くはない。いい働きをしているんだがな」
どちらともなくため息をつく。
ニーナが一所懸命なのはよくわかっていたし、頑張っている。成果も上げている。
それが今の仕組みでは、評価が極端に低い。友だちとしては少しは下駄をはかせてやりたいところだが、さすがにそういうわけにも行かず。
(報われないわよねえ)
ニーナが初めてこの酒場で宣言したことを思い出す。ものすごく真剣な目で「魔法使いになります!」と宣言した日。
その言葉通り、彼女は魔法使いになった。なった以上は成功してほしいし、実際頑張っているのもわかっている。
「やっぱり、魔法使いってのがよくないのかしらね」
「さあな。ずいぶんこだわりがあるみたいだが」
うっすら涙を浮かべて眠るニーナを見ながら、ノーラとネブレクも願う。
どうかこの子の未来にも祝福あれ、と。
「承知した。ぼくらも協力する」
「って、ええええ!?」
勇ましく宣言したのは我らがリーダー、アルベルフトだった。
「無茶だよアルベルフト! わたしたちF級だし、今ので大分ダメージも負っているのよ!」
「なら回復してくれ。ミラ、頼む」
「アルベルフト!」
「目の前に困っている人がいるなら、助ける。それできみに受けた恩を返したい」
「え?」
アルベルフトの意外な言葉に、わたしは一瞬固まってしまった。
「ぼくはきみに、何度も助けられた。だからその恩を返したい。でもどうしたらいいかわからないから、誰かを助けることで少しでもその恩を返したいんだ。だめだろうか、ニーナ?」
ずるいよ、それは。
そんなこと言われたら、言い返せないじゃない。
そして。
「おう、アルベルフトの言う通りだ!」
「おれたちはまだ戦える。なら出来ることをするまでだ!」
これで血がたぎらない男の子もまたいない。やれやれ。
「非常事態だな。おれも手を貸そう」
ネブレクまで、ノリノリだなあ。C級の彼が加われば、勝算は大いに上がるからいいけどね。
「よし。これだけいれば百人力だ!」
D級のパーティが四人、C級がひとり。全員がトロールに向き直る。
「よし、ぼくらも行くぞ!」
「待ちなさいってば」
わたしはアルベルフトの首根っこを掴んで止めた。
「身のほどを考えなさい。わたしたちはF級なのよ。同じ前線に立てるわけないでしょ」
さすがに、やみくもに突っ込んでいい相手じゃない。
その間に戦闘が始まっていた。相手は大物、トロール。
対するD級パーティは戦士、剣士、弓術士、魔術師。いいバランスだ。アルベルフトのパーティは近接戦闘タイプが多いから、ここで飛び込むのは難しい。
「みんな、よけろ!」
魔術師が叫んで大技を発動する。業火がトロールを包み込む。
焼かれながらもトロールはじわじわと再生していく。
剣士のネブレクが飛びこんでトロールの足に斬りつける。ひざを突いたトロールに剣士が飛び上がって腕を斬り落とす。やった。だがすぐに再生が始まる。
トロールを狩るには、再生できなくなるまで斬って削って滅し尽くすしかない。根競べだ。だから焦りは禁物。
同時に自分の体力をいかに維持し続けるかなんだけど。
「こいつ!」
斬りかかった剣士の踏み込みが甘かった。トロールに弾き飛ばされる。
集中力が一瞬途切れただけでこの反撃だ。
剣士は軽々と吹き飛ばされて、木の根元に当たって止まる。わたしは血の気が引いた。
たった一撃が命のやり取りになる。一瞬一瞬が真剣勝負だ。
「前衛が欠けてしまった。ぼくが行く」
「アルベルフト! だから無茶は」
「大丈夫。無茶はしない」
ぐっと言葉に詰まった。ずいぶんいい表情をするようになったじゃない。
ミラに剣士の回復を任せて、男たちが駈け出していく。
アルベルフトの両側にギリアテとウルリク。三人がかりでもトロールは半端なかった。
振り回されるトロールの腕にひっかけられてウルリクが吹っ飛ぶ。うまいこと盾で斜めにいなして勢いは削いだものの、受け止め切るところまでは行かなかった。
後方から射られる矢に気を取られているすきにアルベルフトがトロールの腕を斬った。が、浅い。これも弾き飛ばされる。
傷はどんどん再生していく。まだ衰えはないようだ。なら、わたしたちも加勢しないと。
「ミラ、回復は終わった?」
「はい。だいたい」
「じゃ、こっちもお願い」
ミラを招き寄せて、わたしは後ろから肩を抱いた。
「今までやってきたことの総仕上げよ」
「はい」
「魔力を広げて。あなたのフィールドを作るのよ。魔力だけを深く、すみずみまで浸透させるイメージで」
「はい」
シャン!
杖が高らかに鳴り響く。力強い、迷いのない音。ミラの自信が響かせる音。
成長を遂げたミラが今、最大の能力を発揮する。
一心に呪文を詠じるミラ。わたしはそれに自分の歌を重ねた。
わたしが集めた力がミラの身体の裡に流れ込む。身体の負荷に、おもわず吐息を漏らすミラ。可愛らしい唇からこぼれるため息がなまめかしい。
ミラが杖を振るう。ミラの裡に集まった力がいっきに戦場全体に広がった。いまや戦場はミラの手の内。すごい。すごいよ、ミラ!
わたしの歌に合わせて、まるで舞を舞うようにミラは杖を振り、くるりと身をひるがえす。シャリ! と杖が鳴り、魔力のフィールドがしっかりとトロールを捉えた。今だ。
「【祝福】!」
トロールを中心に戦場全体の地面が輝いた。
祝福。
守るべきものには福音を、仇なす者には障碍をもたらす「聖女」の力。今なら味方の力はすべて底上げされる。その術式に乗って。
「【冷却】!」
まずわたしの魔法がトロールの中に深く沁み込んでいった。
トロールを冷やす。冷やして冷やして、身体活動を低下させ、再生速度をとことん遅くする。
ほとんど再生できないくらいに。
「魔術師!」
わたしは叫んだ。
「今なら何でも効くわ! ミラの力に乗って、魔術攻撃を!」
「お、おう!」
魔術師が慌てて呪文を詠唱する。
「みんな離れろ! 【氷槍】!」
中空に長大な氷の槍が幾本も浮かび上がり、トロール目がけて突き刺さった。槍が地面にまで貫通してトロールを縫い付ける。
それでも無理やり身体を引き剥がすトロール。槍の刺さった箇所を引きちぎって脱出した。だが再生の速度が遅い。あちこちちぎれたままだ。
「掩護します! もっと術を!」
ミラが叫び、魔術師が続けて魔法を繰り出す。
「【雹弾】!」
無数の尖った氷のつぶてがトロールの顔面を直撃し、トロールの悲鳴が響いた。頭が半分くらいなくなっている。それでも再生しようとするのは大したものだったが、わたしの魔法のせいで再生が極端に遅い。
「よし、前衛! 後衛に負けるな!」
「おう!」
アルベルフトの号令で、前衛の戦士たちの戦意がつき上がった。それぞれの技を尽くして、トロールを削りにかかる。剣で、メイスで、弓で、魔法で。
「やるじゃないか。これならC級のおれが手柄を横取りせずにすみそうだ」
いつの間にか剣を収めたネブレクが、ゆうゆうと歩いてきた。
「おまえの仲間たちもずいぶん頑張ってるな。技術もだが、いい根性をしている。悪くない」
「だってさ、ミラ。わたしたち、褒められてるよ」
「はい!」
嬉しそうにミラが笑う。
「その嬢ちゃんは聖女だったのか」
「いいえ。でも、未来の聖女さまは確実よね?」
わたしがからかうように言うと、ミラは顔を赤くして俯いてしまう。ああ、可愛いなあ。愛いやつめ。
でもこの娘は本当にそうなってしまうかも知れない。
もしかしたらわたしなんかじゃ手が届かない高みにまで、駆け上がってしまうかも知れない。
◇
トロールを完全に仕留めたころには、陽もずいぶん傾いていた。
全員戦い続けてぐったりだ。ずっと魔術で援護し続けたミラも例外じゃない。わたし? あんまり出番、なかったなあ。
その分、みんなに美味しいものを振る舞ってあげなくちゃね。今回は特に仲間たちをねぎらってやりたい。だってトロールだよ? 複合パーティとは言え、F級がD級相当の魔物を退治したんだよ? すごいじゃない。
今回の結果が査定にどう影響するかわからないけど、全力は尽くした。みんないい顔をしている。それを見ていると、わたしも自然と笑みがこぼれる。うん、やりきったね。みんな、グッジョブ!
特製肉団子のお鍋をみんなに褒めてもらって、わたしもさらにご機嫌。意気揚々とハルムスタッドの街まで帰ってきた。
「まったく、あんたのところは、最後までお騒がせよね」
カウンターに肘をついたノーラが、半ば呆れた眼を向けてくる。
「はは、別に狙ってやってるわけじゃないんだけど……」
この戦いを最後に、わたしたちのパーティは解散となった。
みんな、成長した。ひと皮もふた皮もむけた気がする。いい顔つきになった。冒険者の顔だ。
それでも、それぞれの道は大きく別れることになった。
アルベルフトは自分の領地に帰るそうだ。もっと領主としての研鑚を積みたいと、前向き発言。
「ニーナ。世話になった。ここでの経験は忘れない。でも冒険者を辞めるわけではないからな。必ず戻って来る」
握手を求めて手を差し出すアルベルフト。最初は貴族の御曹司なんてばかにしていたけど、ずいぶん男らしい顔つきになったもんだわ。ちょっときゅんとしちゃったわよ。
「あたしも、お世話になりました。今はアルベルフトさまについて戻りますけど、まだ教わりたいことがたくさんあって……」
「ミラあ。あんたと別れるのは淋しいよう」
「はいはい」
縋りつくわたしの頭を、ミラが小さい子供でもなだめるように苦笑しながら撫でてくれる。
この娘と別れるのは淋しい。ほんと、淋しい。同時に、惜しい。まだまだ伸びるのに。
ギルドからは、聖女として推薦し、王都での研修費用まで出すと言われたのだけれど、彼女はアルベルフトを取った。
でも本人たちが選んだ道だ。笑って送り出してあげなくちゃ。
「これで終わりではないですから。必ずまたご一緒したいです、ニーナさん」
うんうん。ほんとに可愛い娘だわ。
ギリアテとウルリクも、別のパーティを探している。ふたりはしばらく一緒に行動するようだ。せっかく息が合ってきたものね。今まではアルベルフトが指揮をとることが多かったけど、今度は自分たちの地力が試されることになだろう。
みんなそれぞれの道を目指す。
今回の道はさまざまだけれど、みなの未来に祝福あれ。心からそう思う。
その思いは嘘じゃないんだけど。
「ノーラああぁぁぁぁぁ……」
「あー、はいはい、あんたは一から出直しね」
仲間たちを盛大に送り出したあと、わたしは酒場でしゅんとしていた。
昇格の査定を受けた結果、全員E級に昇格。新たな門出を飾ったわけだが。
またもわたしだけが落ちこぼれたのだった。
しょぼくれているわたしを哀れと思ったのか、ノーラとネブレクが付き合ってくれていた。
「レポート読んだ限りじゃあんたってすごいのに、どうしてここ一番が駄目なのよ!?」
「それはわたしの方が知りたいです……」
「確かになあ」
ネブレクがのんびりとジョッキを口にしながら評する。
「あんな、誰もできないようなことができるのになあ。ほんと、変な奴」
うう、なんてひどい言われよう。
「もういっそ、F級固定でいいんじゃね? 最弱なのに最強の魔術師。なんかかっこいいじゃん」
「もう、人ごとだと思って。あと、魔法使いだから」
「はいはい」
くつくつと笑って、ネブレクがジョッキをあおる。もういたたまれない。
わたしはため息と共にジョッキをあおった。何が悪いのか、わたしの方が知りたい。
ここ何ヶ月かのクエストを思い返してみる。楽しい……より、はらはらどきどきの方が多かった気がする。ずいぶん命がけで働いたつもりなんだけどなあ。働けどなお我が等級、変わりもせずにじっと手を見る。この手はずいぶん、仲間を救ったはずなんだけどなあ。
やっぱり、派手な魔術が使えないから?
正統派じゃない、変な技ばっかり使っているから?
それとも、料理とか無駄なことにばかり労力を割いているから?
決して無駄じゃないはずなんだけどなあ。
戦力を上げるためには日々の鍛錬が欠かせないように、すべては結果を出すために必要な手順であるはず……なんだけど。
◇
「ねえネブレク、あんたこの子、どう思う?」
いつのまにか疲れて寝入ってしまったニーナを前に、ノーラが口を開く。
「ああ、悪くはない。いい働きをしているんだがな」
どちらともなくため息をつく。
ニーナが一所懸命なのはよくわかっていたし、頑張っている。成果も上げている。
それが今の仕組みでは、評価が極端に低い。友だちとしては少しは下駄をはかせてやりたいところだが、さすがにそういうわけにも行かず。
(報われないわよねえ)
ニーナが初めてこの酒場で宣言したことを思い出す。ものすごく真剣な目で「魔法使いになります!」と宣言した日。
その言葉通り、彼女は魔法使いになった。なった以上は成功してほしいし、実際頑張っているのもわかっている。
「やっぱり、魔法使いってのがよくないのかしらね」
「さあな。ずいぶんこだわりがあるみたいだが」
うっすら涙を浮かべて眠るニーナを見ながら、ノーラとネブレクも願う。
どうかこの子の未来にも祝福あれ、と。
0
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
落ちこぼれの半龍娘
乃南羽緒
ファンタジー
龍神の父と人間の母をもついまどきの女の子、天沢水緒。
古の世に倣い、15歳を成人とする龍神の掟にしたがって、水緒は龍のはみ出しもの──野良龍にならぬよう、修行をすることに。
動物眷属のウサギ、オオカミ、サル、タヌキ、使役龍の阿龍吽龍とともに、水緒が龍として、人として成長していく青春物語。
そのなかで蠢く何者かの思惑に、水緒は翻弄されていく。
和風現代ファンタジー×ラブコメ物語。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
冥界の仕事人
ひろろ
ファンタジー
冥界とは、所謂 “あの世” と呼ばれる死後の世界。
現世とは異なる不思議な世界に現れた少女、水島あおい(17)。個性的な人々との出会いや別れ、相棒オストリッチとの冥界珍道中ファンタジー
この物語は仏教の世界観をモチーフとしたファンタジーになります。架空の世界となりますので、御了承下さいませ。
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
クエスト審議官の後始末 冒険者がそれを終えた時、私の仕事は始まる
カズサノスケ
ファンタジー
『クエスト審議官』
それは、王宮から冒険者ギルドへ派遣され冒険者が適正に依頼を達成したのか?を検分する役職。
クエスト審議官であるクラスティアの下に上位の魔物であるドラゴン討伐の達成報告がもたらされた時、彼女は眉間に皺を寄せた。町に危害を及ぼす可能性のあるドラゴンだが、冒険者がその仕留め方を間違ったせいで見えない危機を招いてしまった……。彼女は、その後始末をつける!
※この作品は他サイトにも掲載しております。
【完】俺魔王倒した勇者様。なのに母さん最強説。
桜 鴬
ファンタジー
「勇者様?私が結婚の相手では、ご不満なのでしょうか?」
俺魔王倒した勇者様。仲間はこの世界の人達。はい。もうご理解戴けたでしょうか?そうです。俺は異世界からの召喚勇者です。紛れもない日本人。だから王家何て面倒くさいのはムリムリ。しかも召喚直前は引きこもりしてましたから…。
なので正直姫様はご遠慮したい。だって結婚したら王様しなくちゃいけないんだって。俺はまったりスローライフをご希望してるのです。王位は兄が居るから大丈夫だと言ってた筈。兄は何処へ行ったの?
まあ良いや。元の日本へ戻れない事を隠していた腹黒宰相。その宰相様の提案で、1人残して来た母さんの未来を覗ける事になった。
そこから暴かれた真実。
出るわ。出るわ。ボロボロ出るわ。腹黒炸裂宰相様?覚悟は良いかな?流石の俺も怒っちゃうよ。
・・・・・。
でも俺は我慢しとく。どうやら俺より怖い人が来ちゃったからね。宰相様の自業自得だから仕方無い。
ご愁傷さまです。ちーん。
俺と母さんの、異世界まったりスローライフ。にはならないかも…。
肉体はピチピチ?頭脳は還暦。息子との年の差は両掌で足りちゃう。母子でめざせスローライフ。因みに主役は一応母さんだぞ。
「一応は余計よ。W主演よ。」
そう?なら俺も頑張るわ。でも父さんは論外なんだな。こちらもちーん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる