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魔法使いは仲間の成長に感動する。

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 わたしたちはへたり込んで、荒い息をしながら休息していた。

「 ……助かった、のか……」

 ギリアテの呟きに、アルベルフトが応じる。

「アレは植物だからな。そんなに移動できないはずだ。もう大丈夫だろう」

 自分に言い聞かせるようだった。

 まったく、今回もひどい目にあった。霧を晴らしていなければ、みんな魔物に食われていたかもしれない。何にやられたのかもわからないまま、ひとりずつゆっくりと、魔物の栄養になって終わっていたかもしれないのだ。ミラには感謝だ。ありがとう、未来の聖女さま。

「それにしても、近頃危うい場面が多すぎるな。魔物が増えているのか?」

 ウルリクの感想にはわたしも同意見だった。わたしたちはF級、最下級の冒険者だ。
 基本的に冒険者は、自分の実力に見合わない危険がありそうな場所には近寄らない。命あっての物種だ。
 だからギルドの情報を頼りに仕事場を選んでいるのだが、最近不測の事態が多い気がする。ウルリクの言う通り、魔物が増えているのかしら。

「ま、それは後で報告も兼ねて、ギルドに問いただすことにしましょう。取り敢えず、みんなお腹空いたでしょ?」

 わたしは荷物からお団子を取り出した。小麦粉をこねて平べったくしたお団子だ。
 手早く火をおこして、串に刺したお団子を並べてあぶる。ちょっと焦げ目がついたところでを塗ってさらに軽くあぶって出来上がり。

「はい、おやつ。晩ご飯はもう少し安全なところまで移動したら作るからね」

 そう言ってみんなに手渡した。

「おう。香ばしくていい匂いだな」
「命拾いしたと思ったら、確かに腹が減った」

 ギリアテとウルリクが笑いながら串を受け取った。ちょっと小腹がふくれる程度の、簡単な保存食だ。ちなみには、わたしの自作。甘辛い味だ。東方の遠い異国の調味料を使っている。火であぶるととても香ばしくて、すごく気に入っている。

「んん! すごく美味しいです!」

 ひと口かじりついたミラが目を丸くしている。

「でしょう? わたしの自慢のよ。今お茶も淹れるからね」

 お湯を沸かしてお茶を淹れ、みんなに渡してから、

「はい、どうぞ。本日の英雄さま」

 カップと串を一緒に、アルベルフトに渡した。

「……ぼくにもくれるのか?」
「もちろんでしょ。今日一番の英雄だからね。まあ口に合わないかもしれないけど、冒険者の味と思って我慢して」

 そのまま、アルベルフトは受け取ったものを眺めてつっ立っていた。
 わたしは黙って火のそばまで行って座り、ぽんぽんと隣の地面を叩いた。
 しばらくじっとしていたアルベルフトが歩いてきて、そこに座る。

「……冒険者なんて簡単だと思っていた」

 アルベルフトがぽつりと言う。

「我がフーデルミラン家の財力で揃えた武器があれば、何のことはないと思っていた。いずれ家名を継ぎ、戦場でも名を馳せる、その下準備に過ぎないと……現実は、楽じゃないな」
「そうね。どう? 嫌になっちゃった?」

 アルベルフトは首を振った。

「さっきの感触が手に残っているよ。結局は逃げ帰ってしまったが、でもあれが……達成感、充実感というものなのかな? ぼくはもっと強くなりたい。あの感触で、今度はちゃんと魔物を倒したい。そしてフーデルミランに相応しい男になりたい」
「うんうん。きっとできます。今日の一撃はよかったからね」

 わたしの言葉に、ほかのみんなも頷いてくれた。

「おれも、もっと剣技を磨かないとな」
「それに、連携だ。ひとりでは無理でも、パーティならできることがある。もっと練習しよう」
「あたしもお手伝いします!」

 うんうん、いい雰囲気だ。わたしは嬉しくなった。
 わたしたちはF級。最底辺だ。これ以上後ろなんかない。
 だから前だけ見て進んでいけばいい。わたしたちの未来は希望にあふれてる。

 そんなみんなに、美味しいご飯を供しないとね。

「さて、腹ごしらえをしたらもう少し移動しましょうか。ちゃんと食事をして、何より街に帰りついて報告しなきゃね。ギルドに帰るまでがクエストよ」


 ◇


 わたしたちの報告は少なからぬ驚きをもって迎えられた。
 交通の要衝に魔物がはびこっていたことを重く見て、中級の冒険者パーティが複数討伐に派遣されることになった。無事討伐を果たせば、彼らには多額の報奨金が出るだろう。そうなるように早速ギルドが領主さまに交渉している、とはノーラから聞いた話。

 本当なら第一発見者のわたしたちに獲物をせしめる権利があるんだけど、あんな化け物、無理。魔術師の範囲魔法で焼き払うしかない。そんな魔法はわたしには使えない。
 わたしたちは本来のクエストの報酬で満足するしかないようだ。

 立て続けに大変な目にあったにもかかわらず、メンバーはみな前向きだった。次のクエストに出る、という。もちろん、仕事を受けなければ収入もないから当然なんだけど、もう少し安全で地味な仕事がいいなあ。毎回命がけなのはちょっと困る。

 けれどそんな重大な事態はそうそう出会うものでもなく、わたしたちは順調にクエストをこなし始めた。出だしはどうなることかとおもったけど、それがいい経験になったようだ。

 そんなわたしたちに、クエストが回ってきた。クエストだけど、今回は昇格試験がらみだ。
 オーガを退治してこいとの依頼だ。

「んー。それって本来E級の仕事だよね?」

 わたしはノーラに確認した。わたしたちはF級。明らかに実力以上だ。

「そうなんだけど、あんたたちの地力を計りかねてるのよね。なので、試験官も兼ねて助っ人を付けるわ。それでも内容が内容だから、断ってもかまわない。査定には影響しないわ。どうする?」

 そりゃ一人で決められる問題じゃない。
 わたしは案件をパーティに持ち帰った。

「受ける」

 きっぱりと、アルベルフトが言い切った。おー、勇ましいな。

「けど、危険があることは承知しておいてね。今のわたしたちにはまだ難度が高い依頼だわ。もしかすると大けがすることもあるかも知れない」

 血気にはやるアルベルフトを宥めるつもりで言ったのだが、

「大丈夫だ、ニーナ。ちゃんと冷静に考えている。ぼくらの今の実力と、今できることを。そのうえで、オーガ一体なら完遂できると判断した」

 おお、意外とまともなこと言っているぞ?

「このパーティで、ぼくはいろいろなことを学んだ。自分の力、常に冷静であること、状況をあやまたず判断すること。自分ひとりではこうはなれなかった。みんなには感謝している。だからこのパーティでクエストを完遂して、みな共に上に上がりたいのだ」

 ……素晴らしい。
 不覚にも、じんときてしまった。

 ただの貴族のお坊ちゃまだと思っていたアルベルフトが、こんな大人な発言をするなんて。
 見栄や虚勢じゃなかった。確かな自信にあふれていた。

 思わずわたしも、熱くなってしまう。
 それはみんなも同じだったようで。

「よし! やろう!」
「おう! やろう!」
「頑張りましょう!」

 いいねいいね。
 ぐっと手を突き出すアルベルフト。その手に、みんなが手を重ねる。うん、ちょっと恥ずかしい。
 けど、みんなやる気充分だ。もう歳なんか関係ない。

 やってやるぜ!


 ◇


 ところで、助っ人って誰だろう?
 それを確認しようと、再びノーラを探していると、

「お、いたいた。ニーナ!」

 わたしを呼ぶ声に振り返ると、旧知の顔があった。

「ああ、ネブレクさん。お久しぶり」

 C級冒険者のネブレク。昔からの知り合いだ。歳はわたしより上だから、ベテランと言っていい。今は同じ冒険者なので、大先輩だ。

「話には聞いていたが、本当に冒険者になったんだな。魔術師か」
「魔法使いよ」

 ネブレクはふっと笑った。なにかおかしかったかな?

「んー、今の笑い、上からの目線を感じるわ」
「すまんすまん。そんなつもりはなかったんだが、なんだか感慨深くってな」

 上から目線というより、保護者目線? 暖かく見守るって感じで悪意はないけど、それはそれでちょっと恥ずかしい。

「今回、きみらの助っ人を仰せつかった。よろしくな」
「えっ? ネブレクさんだったの?」

 この街にはA級の冒険者なんていなくて、B級でもふたり、しかも登録だけでほとんど街にいない。C級のネブレクはハルムスタッドでも上から数えて何番目っていうくらいの実力者だ。キャリアも長くて経験豊富だし、でも気さくであったかい人柄だし、この人が同行してくれるなら心強いうえにクエスト自体も楽しいものになりそうだ。

 さっそくメンバーに彼を紹介する。

「助っ人とは言っても、おれは手出ししない。お題は少々難度高めで危険もある。それでもやるか?」
「ああ。もう決めたことだ」

 アルベルフトがきっぱりと言い切った。
 ネブレクは探るようにしばらく見ていたが、やがて笑ってアルベルフトの肩を叩いた。

「よし。おれのことはネブレクと呼んでくれ。力のほどを見せてもらうぞ」



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