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魔法使い、昇級に挑む。

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 安全と思われるところまで引き返してから、わたしたちは野営して、それからいったん街までもどった。
 クエストは完遂していない。けれど、事の次第を報告する方が重要とわたしたちは判断した。

 報告を受けたギルドはひとしきり騒ぎになったけれど、不測の事態はままあることなので、通常業務に戻った。

「ふうん。間違いなくゴブリン・ジェネラルの魔石ねえ」

 今はノーラが査定をしてくれていた。二十個ほどのゴブリンの魔石と、ひときわ大きな魔石。これはなかなかいい値がつきそうだ。

 残念ながら誰かの依頼を受けたわけではないので、ゴブリン討伐の報酬は出ない。魔石を買い取ってもらって、それが今回の報酬の全部ということになりそうだ。死ぬ思いをしたのに割に合わないけど、今回は仕方ない。

 それでも、満足だった。
 報酬以上に箔がついた。これは大きい。

 ジェネラル級といえば、普通ならD級くらいのパーティの獲物だ。それを駈け出しに毛が生えた程度のF級パーティが仕留めたのだから、注目も集まろうというもの。
 もっとも「腕に見合わず無謀なことをするんじゃない」とお小言も頂戴してしまったが、今回は不可抗力だ。狙ったわけじゃない。やらなければやられていた。それだけだ。

「今回はノーラの情報のおかげで助かったわ。何も知らずに踏み込んでたら間違いなく死んでた」
「それはよかったわ」

 にこりと笑ったノーラはすぐに真剣な顔になって、

「二度とこんな無茶はしないでよ? 最初に聞いたときはほんと、血の気が引いたわ」
「わかってる。身の程はわきまえてるつもりだよ」
「ほんとに、ほんとに気をつけてね? あんたが死んでしまったら、あたし……」

 ノーラはカウンターから身を乗り出して、わたしを抱き締めてくれた。

「……うん。ありがと」

 わたしは黙って抱きすくめられていた。あったかいな。
 ともだちのあったかさと気遣いが、むしょうに嬉しかった。


 ◇


 それやこれやの戦果を手みやげに、わたしたちは昇格試験を受けた。

 査定は充分、だったと思う。試験は個々それぞれの適性を再び試される。
 ちなみに戦闘を生業としない冒険者には、それなりの試験がある。素材採集家とか、修繕屋、運び屋、その他もろもろ。それも立派な冒険者の仕事だ。

 魔法使いなら戦場に出なくても、薬やポーションを調合したり、病を診たりといろいろ仕事もあるのだが、それだとどうしても昇級は遅くなる。薬剤だけでB級くらいまで昇りつめた人もいるみたいだけど、そこまでいくともはやレジェンドの域だ。何十年にひとりの天才、むしろ都市伝説じゃないかって思える。

 戦闘を主とする魔術師では、A級は現在三人だけだ。そのうちひとりは、メンバー全員がA級のパーティに在籍しているという。「最優のパーティ」とか言われているらしいけど、それも都市伝説の域だわ。もう人じゃなくて神なのでは、と思ってしまう。

 だが悲しいかな、神ならぬ身のわたしたち。
 地道に階段を昇っていくしかない。
 その結果はと言うと。

「いやあみんな、さすがね。たった三ヶ月で昇級するとか、異例の速さよ。わたしが見てきた中でもほとんどいなかったわ。おめでとう」
「ありがとう。みんなニーナのおかげです」
「なに言ってるのアヴェーネくん。みんなきみたちの実力だよ。ま、わたしの育て方がよかったってのもあるかしら? そこは大いに感謝するように」
「ニーナ……」

 わたしは笑顔をふりまくのに、全精力を傾けねばならなかった。

 試験の結果は、全員E級に一発昇格。
 ただし、わたしを除いて。

 それでもすごいことだ。駆け出しがたった三ヶ月で昇級なんて普通はない。でもわたしが見ている間だけでも、みんなどんどん成長していくのがよくわかった。異例のことだけど、不思議じゃない。彼らなら今後、もっと高みを目指せる。そう思う。永年ギルドでたくさんの冒険者を見てきたのだ。間違いない。

 同時にそこからひとりだけあぶれてしまったことに、言いようのない寂しさを感じてもいた。わたしが組んだ初めてのパーティ。彼らはこれから新しいパーティを求めて、それぞれに旅立っていくことだろう。
 かつてはそれを、カウンターの内側から見送った。今、わたしはカウンターを出て彼らと同じ場所に立っている。同じ道を踏み出して、同じ階梯を駆け上がる。

 ……はずだったのに。

「今回はちょっと居残っちゃったけどさ、すぐに追いつくからね。あ、追い抜いちゃうかも。だから油断してたらだめよ。ちゃんと精進するように」

 わざとお姉さんぶって振る舞うわたしに、乗ってくれたのはベッティルだった。

「おう。早く追いついてこいよ。ぐずぐずしてたら置いてくからな」
「おうさ。今は盛大に送り出してやるけど、見てなさいよ。今度はわたしがあんたたちを華麗に追い抜いて、地団太踏むところを見てやるんだから」

 勢いをつけてビールをあおる。安酒だ。F級には相応しい。
 ビールは嫌いじゃないけど、むしろ好きだけど、でも高い酒も飲んでみたい。そう思ってみんな上を目指すのだ。

「ありがとう。ニーナさん。本当にいくら感謝しても、し足りないです。ご恩は一生忘れません」

 もう、アヴェーネったら生真面目なんだから。

「足りないところを指導してもらったり、食事や体調管理まで気をつけてもらって……。ぼくらが短期間でこんなに伸びることができたのも、みんなニーナさんのおかげです。こんないいパーティには、もう巡り合えないかも知れない。ありがとう」

 ……そんなこと言われたら、泣いちゃうじゃない。

「そうだな。ニーナには世話になった。武器や武具まで気を遣ってもらって……。大事にするよ」

 ビャルネまで、なにマジになってんのよ。

「ニーナ……」
「待て待てベッティル。みなまで言うな」

 わたしは大きく息を吐いて、ビールをひと口あおった。

「ニーナ、次会うまでに……」
「うん?」
「豊胸の魔法、覚えとけよ」
「てめえっ! せっかくいい雰囲気のところに言うことはそれかっ! 今すぐぶっとばす!」
「あはははは」

 こいつだけは相変わらずだ。

 ……気を遣ってくれたのかな。

「ちくしょー、見てろよ。次会ったら、わたしの色気で悶え死にさせてやる」
「楽しみにしてるよー」
「うう、口の減らない奴め……」

 あたしはジョッキを高々と掲げた。

「野郎ども! 次に上の等級で再会したら、等級に相応しい、たっっっっかい酒で乾杯だ!!」
「「「おう!」」」
「そんでベッティル! 覚えとけよ! わたしの美貌と色気と魔力で『どうしてもきみが欲しい』って言わせてやるからなっ!」
「セクシーさもよろしく~。ぼんきゅっぼんって感じで~」
「てめえはあ、もう頼まれても二度と組んでやるもんか! 後悔するなよ!!」

 その日は遅くまで酒場でさんざん大騒ぎして、大ひんしゅくを買ったのは言うまでもない。





「いやあ、よかったよかった。みんな無事昇格できて。わたしも嬉しいよ」

 再び酒場。ニーナはノーラを相手に、ふたりっきりで飲んでいた。

「確かにラッキーだったかも知れないけど、みんな頑張ってたからねえ。うん、まあ順当な結果だよ」
「うん」
「いやほんと、嬉しいなあ。ねえノーラ、我が子が出世するとさ、こんな気分なのかな? わたし子供いないから、わかんないや」
「うん」
「わたしの指導もよかったかしらねえ。だてに歳重ねてないわよ。ぴちぴち具合では多少劣るかもだけど、その分経験が生きたって感じよね」
「うん」
「みんなどこまで偉くなっちゃうのかしら? どんどん腕を上げて、昇格して……わたしだけ、置いてかれちゃうのかなあ……? わたし……わたし、がんばったのになあ……。なんでだめだったんだろう。がんばったのになあ……ぐすっ」
「うん、わかってるよ」

 ノーラはそっと、ニーナの肩を抱いた。

 査定の結果を、ノーラはだいたい知っていた。
 ニーナはもともと後衛職。直接敵を倒すことは少ない。その分サポートの働きも加味されるが、それでもニーナの査定は芳しくなかった。
 詳細にレポートを見れば分かるのだ。ニーナはパーティに多大な貢献をしていた。それは戦闘外の事が多くて――必要なことではあるのに、直接査定に加点されるような働きではないのだ。
 戦闘においても、パーティメンバーと一緒に敵にダメージを与えるという働きではなく、その後方で味方が動きやすいように水面下で環境を整える、そんな働きが多い。
 だからメンバーはものすごく動きやすい。環境が整っているから当然だ。
 それがあまりに自然過ぎて、細心の注意と多大な努力の結果つくられた環境だということになかなか気づかない。綺麗な水や空気が当たり前すぎて、それがもの凄い時間をかけて自然が生み出した奇蹟の産物だということに気づかないように。それくらいニーナの働きはすごいものなのだ。すごいものなのに、査定のポイントには含まれない。数字として評価されない。
 もっとも、試験に弱いのはまったく本人の責任ではあるのだが。

「大丈夫だよ。ニーナがすごいの、わたしはよく知ってる。メンバーだってみんなわかってる。大丈夫だよ。努力はきっと報われる。あんたが頑張ってるの、よくわかってるよ」
「ひぐっ、えっく、うえーん……」

 酒場の片すみで、さめざめと泣き続ける魔法使いの友だちを、ノーラはただ黙って慰めていた。



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