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魔法使いと初クエスト、晩ごはん。

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 冒険者だからといって、必ずしも戦わなきゃいけないということはない。採集や探索を生業としている者もいる。
 しかし、このパーティならば戦闘が主目的になるだろうし、それ以外もこなせる。ベッティルが言うとおり、大抵のことはできる職業構成だ。

 で、さっそくゴブリン討伐を請け負ってきたんだけど。

「でやあっ!」
「おりゃあっ!」

 おーおー、元気だのう、男の子たち。
 剣士と戦士だから根っからの前衛だし、血気盛んなお年頃だし、わたしの出る幕なんて……。

「行ったぞニーナ!」
「え? え? うひゃっ!」

 飛びかかってきたゴブリンを慌ててかわす。さらに追いすがって来るので杖でひっぱたいた。

「はあ、はあ、……びっくりしたあ」
「休んでないで、掩護くれ!」
「はっ、はい!」
「ぼくが!」

 アヴェーネがすかさず弓を射る。

「うわっ! あぶね!」

 矢がベッティルの鼻先ぎりぎりを掠めて飛んでいく。ゴブリンものけぞったけどベッティルものけぞった。両者態勢を崩し、飛び退って仕切り直し。

 ゴブリンは大抵群れで行動する。今回は大した群れじゃない。あと四、五匹だけど。

 ……連携悪いなあ、うちのパーティ。全員初心者だし仕方ないか。

 ひと息ついて、わたしはアヴェーネに近づいた。
 息があがって、顔色も悪い。緊張しているのがわかる。
 そのアヴェーネの肩に、わたしは手を置いた。

「落ち着いて。大した群れじゃないから手数は必要ないわ」
「は、はい」
「ふたりの死角から来るようなのがいたら狙って。当たらなくてもいい。牽制になるから」
「はい!」

 よし、アヴェーネくん、素直でいいぞ。
 目的が明確になったことで落ち着けたみたいだ。

 そっちは任せて前衛のふたりを見る。すでに数体を倒しているけど、若干疲れているみたいだ。さらに残った個体がそれなりに強くて、粘られている。

「じゃ、まずは【回復】」

 魔法を詠唱する。歌を詠うように、ゆっくりと。
 術が効いて、ベッティルとビャルネの身体を淡い光が包む。

「……からのお、【支援】!」

 またも詠う。
 この魔法、強化魔法なんだけど、支援される人の技や特性を問わず、その能力を底上げする。
 ベッティルの剣とビャルネの戦斧の勢いが明らかに上がった。それはふたりも感じたようで、

「「うおおおお!」」

 またたく間に残るゴブリンを斬り伏せる。

 その間、少しは知恵が回るらしい奴がビャルネの斜め後ろに回り込んだけど、アヴェーネが難なく一撃で仕留めた。

「よっしゃあ! 完勝!」

 ベッティルが雄叫びを上げた。おーおー、元気だのう。
 だけど、悪くない。
 仲間たちと笑顔でハイタッチを交わすベッティル。もちろんわたしともだ。その笑顔が嬉しくて、わたしまで叫び出したくなった。

「初めてにしては上出来じゃね?」
「うむ。怪我人もないし、満点だろう」
「あはは。緊張しました」

 三人それぞれが口にする感想を聞きながら、わたしは食事の準備を始めた。

 今回請け負った討伐は、ハルムスタッド近くの地域のゴブリン討伐だった。地域や明確な数は聞いていない。それを調査探索しながらのクエストになる。時間がかかると予想された。
 だから何度か野営をするつもりで出てきている。街に戻れなくもないんだけど、それでは効率が悪い。このまま街の外側をなぞって調査、討伐する予定にしていた。陽も傾いてきたし、今日のミッションはそろそろ終了、てところかしら。

「なあ、何匹倒した? おれは五匹だ」
「おれは確か四匹かな?」
「ぼくは一匹ですが、次はもっといけますよ」
「お、言うねえ。なあ、ニーナは?」
「…………」
「ニーナ?」

 こやつは一番触れてほしくないことをずけずけと。

「ベッティル。ニーナさんは後方支援が役割ですから……」
「んー、でもなあ。あまり支援がなかったような」

 ……い、今は料理に集中。

 正直に言うと、わたしは攻撃が弱い。攻撃打撃系の魔法は得意じゃない。
 使うことは使えるんだけど、発動に時間がかかるので、瞬時の判断と即効を求められると弱い。そこが改善課題なのはわかっている。
 今回は数が少なかったけど、もっとたくさんの敵、もっと強い敵に当たったとき、わたしはパーティを守り切れるだろうか。

 わたしは鍋をかき混ぜながら、みんなに答えた。

「今日は確かに、みんなの支援が充分に出来たとは言えない。だから、これから実戦でいろいろ試しながら解決していくわ。時間はかかるかも知れないけど、きっとみんなの役に立つようになってみせる」
「おう、期待してるぜ。早くみんなで上に上がろう」

 いくぶん気負ったわたしに特に嫌味を言うこともなく、ベッティルはあっけらかんと答えてくれた。

「ベッティル……」
「ニーナは色気はあるんだから、きっとうまくできるよ!」
「意味わかんないわよ!」

 爽やかでいい奴だと少しでも思ったわたしがばかだった。

「はいっ、食事! ちゃんと食べなさい!」
「「「おおおっ!」」」

 あたしがぶっきらぼうに突き出したスープ皿に、男どもが色めき立った。

「すげえ……。ちゃんとした料理だよ」
「野営でこんないいものが食えるのか」
「うわあ、さすがです、ニーナさん!」

 料理は簡単なスープ、それとライ麦パン。簡単だけど、スープにはちゃんと肉も野菜も入っている。肉は挽き肉をお団子にして、食べやすく作ってある。
 さらに水でといた小麦粉を落としたお団子も入っているから、ボリュームもあってお腹にたまる。仕上げに香草を使って食欲をそそるように仕立ててある。素朴だけど、食べ応え充分。

「こんなすごいもの、どうやって作ったんですか?」
「どうって、普通に料理したわよ?」
「そうじゃなくて……野営って言ったら普通、干し肉と黒パンが精々だろ? こんな材料どうしたんだよ?」
「もちろん持ってきたわよ」
「はあ?」

 うん、ベッティルの疑問も当然だよね。ちょっと説明が必要かな。

「わたし収納魔法が使えるから、料理の材料も調理器具もいろいろ持参しているわよ」
「それって、すごくないですか?」
「そうかしら?」
「いやいやいや、そうかしらってレベルじゃないだろ?」

 そうは言われても。
 収納魔法なんて空間魔法の下位互換に過ぎないし、習得するのに苦労した覚えもないし、大したもんじゃないでしょ?

「だいたいわたしの魔法って、戦闘に向かないものばっかりなのよねえ」

 片付けに便利な収納魔法。
 洗濯に使える洗浄魔法や掃除に役立つ清浄魔法。
 冷却魔法。食材の保存に使える。あ、この食材の保存にも役立ってる。あと数日はいろいろ食べられるはず。
 保温魔法。お鍋をあったかいままずっとおいておける。時間が経ってもほかほかの食事が!

「とまあ、使えないものばっかりで」
「いやそれはそれで便利だと思うけどな」

 だいたいどれも中途半端なのよね。冷却や保温ができるのに、なぜ氷の魔術や火の魔術が使えないのか。威力が足りないとしか思えない。

「とにかくそれはいいわ。ちゃんと食事、食べなさいよ。バランスの取れた食事でちゃんと身体を作るのも大事な仕事ですからね。特に前衛のきみたちは。わかった?」
「「「いただきます!」」」

 うん、よい返事だわ。

 確かに何泊もするようなことになれば荷物はできるだけ減らしたい。それに食材も日持ちのするものを選ぶから、干し肉くらいしか選択肢がなくなる。チーズ? ぜいたく品よね。駆け出しのF級冒険者には手が出ない。
 でもそれじゃ生きていくのが精いっぱいって感じだ。冒険者たるもの、武器をあつらえるのと同じくらい、身体のメンテナンスにも気を配らないと。

「うまい!」
「うん。身体に沁みわたります」
「さすがニーナ。年の功だな」
「最後。ひとこと余計だわよ」

 でもこうやってみんなで賑やかに食事するのも、楽しいものだわ。
 嬉しそうに食べるみんなの顔を見ているだけで、作った甲斐があったなって思う。

「さてと」

 わたしは火のそばから立ち上がって、少し離れた森の中にちょっと入る。

「あ。いたいた」
「何してるんです? ニーナさん?」
「スライム退治よ」

 森の中には、ふよふよとうごめくスライムがいた。
 数は多くない。でもどこにでもいるありふれた魔物。

 それを目がけて、わたしは魔法をぶつける。
 詠うように呪文を口ずさみ、魔力を高めて……。

「炎よ来れ!」

 てのひらから小さな炎が生まれ、スライムを包み込んで焼き尽くした。

「ふう、やった。こんな風にね、スライム相手に魔法を練習しているの。わたしの魔法は発動に時間がかかるから」
「なるほど」

 後ろをついてきたアヴェーネが感心したように言う。

「それにね、魔物を倒せば魔石や経験値も手に入るわ」

 スライムが焼けた場所に歩み寄って、その中から小さな魔石を拾いあげた。
 魔物の核になっている石、魔石。それは魔法を込めたり魔道具の材料になったり、いろいろな使い道があって需要も高い。
 けれどスライムから取れる魔石なんて小石、ううん、砂利程度の大きさしかない。

「そんなもの集めても、小遣い稼ぎにもならないんじゃあ?」
「そうね。でもばかにしたものでもないわよ。スライムだけ倒し続けてレベルカンストした伝説の魔女もいるらしいから」
「ほんとですか! それはすごい!」
「三百年かかったみたいだけど」
「そんなに生きられないですよ!?」

 エルフのきみなら充分可能だと思うよ?

「まあ目的はそっちより、魔法の練習かな。そんなに早い動きじゃないし、標的としては手頃だよ。きみもやってみる? 弓で」

 軽く言ったつもりだったけど、アヴェーネは思いのほか真剣に考えていた。
 やがて顔を上げて、

「はい。やってみます!」
「ええ?」

 アヴェーネは弓に矢をつがえながら言う。

「ぼくの腕はまだまだです。威力も足りないし、今日みたいに瞬時の判断を求められると慌ててしまって狙いを外すこともあります」
「そっか。複数の標的があるときの優先順位ね」

 わたしは別の魔法を詠唱した。
 細く光る小さな網がいくつも出現し、森の中を駆けまわる。
 やがてそれは一箇所に集まった。

「何をしてるんです?」
「スライムを何匹か集めたのよ。これをいっぺんに放すから、どれだけ射止められるかやってみるといいわ。威力は上がらないけど、いかに素早く判断して効率よく仕留めるか、いい練習になると思うよ」
「そうか。やってみます!」
「じゃ、行くよー」

 魔法を解除すると、集めたスライムがわっと散らばる。
 アヴェーネは真剣な表情で、矢をつがえては放つ。

「落ち着いて。きみの腕なら、あせらなくても大丈夫だよ」
「はい!」
「なんだ? 面白そうなことやってるな」

 矢を射るアヴェーネのところに、ほかのふたりもやって来た。

「おれたちにも教えてくれよ」
「あんたたちはお互いに打ち合ってた方が上達するんじゃない? 今さらスライム程度じゃ腹ごなしにもならないでしょうし」
「つれないなあ。アヴェーネばかりひいきじゃないか」
「あのねえベッティル。子供じゃないんだから……」

 それでも大事なパーティメンバーだし、無下にするのも後ろめたい。わたしは少し考えてから、

「なら役割を考えなさいな」
「役割?」
「今日のところは単独でもなんとかなる相手だったけど、そのうちもっと強い魔物が出て来るわ。そしたら連携してチームで挑まないと。王道ならビャルネが壁役で相手を止めて、ベッティルがとどめ、ってところかしら。応用でベッティルが相手を引きつけて、その隙にビャルネがとどめ。そのどっちも即座に使えるようにしておくといいわ」

 ゴブリンくらいならいいのだけれど、これからオークの群れとかの相手をするなら必要になる技術だと思う。
 さらに上級の魔物に挑むなら連携は必須だ。パーティの仲間の特性を理解し、いかに実践でそれを引き出せるか。チームプレーの醍醐味だし、また難しいところでもある。

「そうね、差し当たっては」

 わたしは近くの木に歩み寄り、幹に手をついた。それから呪文を詠じる。
 しばらくして、大木がゆっくりと動き出した。【傀儡】の魔法だ。大ぶりな枝を手のようにゆさゆさと振り回し、木の根をうねうねと動かしながらふたりに近づいていく。

「これで練習。これをふたりで倒してみなさい。自分ひとりで倒そうと思っちゃだめよ。相方の力を使うこと。どう動けば相方が戦いやすいか、相方の技で生きる自分の技はなにか、考えながら戦うのよ」
「おもしれえ、わかった。やるぞビャルネ」
「ああ」

 そんなこんなで、夕食のあとの鍛錬という習慣がこのパーティに生まれたのだった。



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