ハイ・オーダー

桐坂数也

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第二章:お花見顛末記

ミッション「ごみ拾い」

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「やれやれ。花見に来たつもりが、とんだゴミ拾いだ」
 ぐちる拓斗たくとを、香凜かりんが振り返る。
「文句言わないの。これはこれで楽しいじゃない」

 何百人、何千人という人出の中で、ごみ拾いに勤しんでいるのは四人しかいないだろう。
 しかもそのごみは余人には見えない。彼ら四人にしか拾えない。

「だとしても、ちっとも嬉しくないな。あ、その頭の上の枝の根元だ」
「届かないよお」
「ジャンプしろよ。そのくらい届くだろ」
「もう……はっ!」

 香凜は跳び上がって何かを掴む。スカートをふわりと広げて、着地。
 香凜が回収役なのは、彼女の方が高次元体に物理的に干渉する力が高いから、つまり「手でつかむ」力があるから、である。
 拓斗は知覚には優れているが、実体のないものに物理的に干渉する力は弱い。

 着地した香凜は、掴んだ「なにか」を拓斗の方にひょいと放り投げる。拓斗は次元の壁に穴を開けて受け止める。

「……おれはQべえか」
「あ、それいいねえ。あたしは魔法少女~」
 くるりと一回転して見せる香凜に、
「魔法少女、ねえ」
 あながち間違いでもないところが、なんとも言えない。

「それにしても、いっぱいいるわね」

 香凜は、今度は植え込みに向かった。宴会中の酔客がいるので、後ろから回り込んで目指すものを拾い上げ、拓斗に投げる。
 目の前で気勢を上げていた酔客が、急におとなしくなった。

「やっぱり影響があるみたいね」
「そうだな。放置はできないか」

 目に見える悪影響があるなら、そしてそれが何なのかわかるなら、解決のための行動をとる義務がある。
 選ばれた者、と言うのは口はばったいが、自分たちにできることがあるのに見て見ぬふりをするのは、やはり気分がよろしくない。
 結果、彼らは自分たちだけのミッション「ごみ拾い」に、大いなる意義を見出したわけだが。


「ねえ、たとえばさ、こいつら全部取り除いたとして、何か影響ないのかな?」
 香凜が縁石の内側からまたひとつ、拾いながら訊く。

「何か、とは?」
「高次元体ってさ、けっこうなエネルギー持ってるんでしょ。それを根こそぎなくしちゃったら、どこかでエネルギーのバランスが崩れたりしないのかなって」
「なるほど。香凜にしては鋭い考察だ」
「……あんた、あたしのことバカだと思ってる?」
 香凜は目を細めて拓斗を睨みつけたが、それで恐れ入る拓斗ではない。

「影響があるかどうかは……やってみないとわからないな。これだけ数があると完全には解析しがたい」
「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょ。検証はそのあと。拓の仕事だし」



 めぼしい高次元体を回収しつつ、二人は通りの端まで来た。
「いちおう終わり、だな」
「あ、向こうもきたよ。あややー!」

 修成しゅうせい彩奈あやなが並んで歩いてくる。拓斗と香凜に気がつくと、修成は手にした袋を掲げた。

「まるで潮干狩りだな」
「あはは。大漁-、って感じ?」

 修成も彩奈も、次元の壁を越えて高次元体を送還する能力はない。そのため彩奈がビニール袋を捕獲容器になぞらえ、結界を施して一時的な保管場所にしていた。

「ただいま。取ってきたよ」
 拓斗が開けた次元の壁の穴に、修成が「戦利品」をざらざらと落とし込む。

「これ全部向こうに返しちゃっていいんですか?」
 彩奈がその様子を眺めながら、拓斗に訊いた。漠然とではあるが、彩奈も香凜と同じ疑問を抱いていたようだ。

「今のところ取っておいてもしょうがないからな。向こうに放り投げて様子を見よう。さて」
 拓斗は一同を振り返った。


「まだ少し残っているが、きりがないからこの辺にしよう」
「空き缶拾いみたいなもんだしね」
「でもちょっと宝探しっぽかったかな」
「ふふ、そうですね」

「だがひとつ、でかいのが残っているんだ」
 拓斗の言葉に、三人があらためて拓斗を見る。

「そいつを検分してから、終わりにしよう」

 その検分が大分もつれて長引くとは、さすがに拓斗も予見できなかった。



 通りを戻っていく。
 たくさんの人が、あちらこちらで座って宴会を繰り広げている。

 その途中、道が交差して少し広くなっている所で、拓斗は足を止めた。

「あの木だ」
 拓斗が指さした先には、ひときわ大きな、ごつごつとした無骨な幹の桜の木があった。

「来る時に気づいた。あの木に同化している。憑依していると言うべきか」
「木に宿るとか、あるの?」
「昨日みたいに場所に憑いてることもあるからねえ」
「木ですからね。木霊(こだま)、かしら? 人間みたいに邪悪な意志は感じないですけど」

「だがな、周囲に影響は与えているんだよ。悪意はないんだろうが」
「どういうこと?」
 香凜の疑問に、拓斗は宴席の中のひとつを指さす。

「アルコールが入ると、人間は顕在意識のが緩んで潜在意識にアクセスしやすくなる。
 いわゆるトランス状態にも陥りやすい」
「んー、つまり、憑りつかれやすいってわけ?」
「なるほど。酔ってガードが下がるとあぶない、ってことだね」
「完全に憑りつくわけではないですね。あの桜の木の精の影響を受けている、って感じかしら?」
「上手いこと言うわね。なるほど、木の精かあ」

 四人は、立派な桜の大木を見上げた。


「しかしこれは……ちょっと」
 拓斗が独り言のようにつぶやく。

「なにが?」
「来る時よりずいぶん力が強くなっているな。あの木」
「まずい事態ってこと?」
 香凜の問いは、確認だった。拓斗がうなずく。

「おれたちが高次元体の欠片を根こそぎ取り除いたんで、飽和状態だったエネルギーのフィールドがなくなった。その分あの木のオーラが強さを増している」
「……ってことは、あたしたちのせい?」
「結果的に、そういうことになるかな」

 だが拓斗は、悪びれた様子もない。三人に向き直る。

「起きてしまったことは仕方がない。どう解決するかが肝要だ」
「ものは言いようね。でもその通りだわ。どうすればいい?」

 言っている間に、騒ぎは起きた。


 男性がひとり、何かを喚きながら立ち上がる。
 女性が叫び声をあげて、倒れる。
 向こうの方でまた一人、男性が叫んでいる。

 その場全体に、不穏な空気が流れ始めた。


「とにかく目の前から順番に行くぞ。修成、彩奈。あっちの男から順に対処してくれ」
「了解だよ」「わかりました」
 二人は勢いよくきびすを返す。

「香凜。救急車を呼んでくれ。手に負えないのは病院に送り込んでしまおう」
「わかったわ」
「できれば3台くらい頼む」


 立ち上がって暴れ出した男性に素早く駆け寄った修成は、殴りかかってくるのを回避し、喉笛に腕を当てて引き倒した。
 突然の乱入に周りが一瞬騒然となる。

「確保した。水月さん、引きはがせる?」
「んー、なんと言うか……木の精の影響を受けているだけで、何かが憑いているわけではないですね。ですから、『祓う』ことは出来ないです」
「じゃ、どうしよう?」
「多分、精神の流れを落ち着かせれば大丈夫だと思います。やってみますね」
「うん、お願い」

 彩奈が男性の額に手を当てる。
 男性はしばらくもがいていたが、やがておとなしくなつた。

「きみたちは何だ? 彼に何をした?」
「ああ、すみません。通りすがりの者ですが、アナフィラキシー・ショックの症状にも見えましたので応急処置をしました。もうすぐ救急車が来ますので心配いりませんよ」

 修成は出まかせを口にしてさっさと立ち上がり、その場を離れた。彩奈がぺこりと頭を下げ、唖然としている一団を尻目に、修成の後に続く。
 二人は次の「感染者」に向かった。

 そうやって修成は二人の男を引き倒し、二人の女性を介抱した。
 修成が抑え込んだ人に、彩奈が手を当てて落ち着かせる。

「すまないね」
「いいえ。昨日はフォローしてもらいましたから。お返しです」

 彩奈が笑い、修成も笑い返そうとしたが、その暇はなくなりつつあった。喧騒と混乱がますますひどくなっている。
 殴りかかってくる男を片手で止め、後ろで誰かに殴りかかろうとしている男の襟首をつかんで引き倒す。
 小柄な修成が大の男をいいように抑え込んでいるのは、よく見ると異常な光景だったが、それを隠す余裕もなくなってきていた。

「きゃっ!」
「あぶない!」

 彩奈に掴みかかった女の手を、修成は乱暴に跳ねのけた。勢い余って女は尻もちをつく。
 反対側から襲って来た男には遠慮なくみぞおちに掌底をくらわした。

 なおも両側から迫って来る男たちの手を払いのけ、修成は彩奈の手を掴んで群衆の外へ出ようとした。だが数が多すぎる。
 まるでゾンビの群れのように、群衆はふたりを取り囲みつつあった。

「うりゃっ!」
 十人近くをいっぺんに弾き飛ばした修成。しかしさらに多くの人がかぶさってくる。
 やみくもに昏倒させるのもためらわれた。うっかり致命傷を負わせないとも限らない。
 そう逡巡しているうちに幾重にも囲まれてしまい、修成は彩奈をかばって自分の下に抱え込む。
 上から群衆が掴みかかる。掻きむしる。はたく。大した攻撃ではないし、硬化の技を使っているので大した実害はないが、外に脱出することもできない。

「修成くん」
 修成の下から彩奈の声がする。

「ごめんなさい。わたしじゃもう直し切れない。どうしよう」
「大丈夫。心配しないで」
 パニックで涙声の彩奈を、修成がなだめる。

「われらがリーダーを信じて。拓斗ならきっと上手くやってくれる」
「……うん」



「だめだ。どんどん『感染者』が増えている」
 拓斗はあせっていた。混乱は収まるどころか、さらに大きく広がっている。
 群衆に対して冷静な人間の人数、つまり自分たちの数が圧倒的に少ない。
 このままではパニックに飲み込まれる。

「どうすればいいんだ?」

 背中を冷や汗が流れた。
 事態をうまく収拾できるか、自信がない。うまい方法を思いつかない。


「しっかりしなさい! リーダーがそんなことでどうするのよ」
 香凜がぽんと背中を叩いた。

「あたしたちのリーダーでしょ。頼りにしてるわよ」
 叱るというより、いたわりと励ましの成分が含まれた声だった。

「……そうだな」
 みなが自分に期待している。態度で励ましてくれた香凜はもとより、今群衆に飲まれている修成と彩奈も、自分を信じて待っているに違いない。

「よし、ちまちまやるのはやめだ。香凜、この酔っぱらいどもに、頭から水をぶっかけてやれ」
「わかった! そうこなくっちゃ!」

 香凜は水飲み場へ駆け寄った。栓をひねると、水が勢いよく上に吹き出す。

「あんたたち……」
 腕を引き、指を開いてかまえる。

「少しは頭を冷やしなさいっ!」
 指で水を思い切り切った。飛沫が四方に飛び散る。


 ぱん! ぱん! ぱん! ぱん! 
「ひゃっ!」「うわっ!」「きゃっ!」「つめたっ!」

 飛沫は狙いあやまたず、人々の顔に次々とヒットしていく。けっこうな人数なのに、ひとりとして外さない。

「次っ! そっち!」

 ぱん! ぱん! ぱん! ぱん! 
「うぉっ!」「やんっ!」「なんだ?」「No!」

「ずぶ濡れにならないだけ、ありがたいと思いなさい」

 本当に頭からぶっかけてやろうかと一瞬思ったのだが、さすがにまだ肌寒いこの季節にそれは洒落にならないので思いとどまり、顔を洗わせるにとどめた。

 文字どおり冷や水を浴びせられて、人々は少し、我に返った。
 その隙をぬって、修成と彩奈が飛び出してくる。

「助かったよ、リーダー」
「ありがとう、りんちゃん」

 礼を言う二人を助け、四人は問題の桜の木に寄りかかってひと息ついたのだった。



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