ハイ・オーダー

桐坂数也

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第二章:お花見顛末記

叱られて流れて、花見。

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 運命的に出会った四人。
 同じ学年というのも運命か。

 その四人は、早くも翌日一堂に会することになった。



 職員室で。



見城けんじょう拓斗たくと御子神みこがみ香凜かりん鳴海なるみ修成しゅうせい水月みなづき彩奈あやなの四人は、別棟のトイレを散らかした犯人として呼び出され、説教されていたのだ。

「興味本位であの場に行ったのは確かです」
 代表して口上を述べているのは、拓斗だ。

「そのさい、一部理解不能な現象が発生し、我々も驚いてしまい、その場から逃げてしまいました。
 そのため片づけに考えが及ばなかったのは、うかつでした。申し訳ありません」
 四人そろって頭を下げる。

 もちろん昨日のことは彼らの仕業ではないが、そうと証明する手立てもない。
 それを知る真犯人は次元の壁の向こう側。どこにいるのか、実体が残っているのかすらわからない。

 状況は説明したものの特に言い訳をするでもなく、しおらしい態度の四人組に、担当教諭も長々と叱責する気力を維持できなかったらしい。

「以後注意するように」
 と、短時間で放免となった。



 とは言え、理不尽な嫌疑で叱責された、という不満は拭えなかった。

「……ああ、まいったわ」
 香凜がぼやく。

「とんだとばっちりだったね」
 修成がひとごとのように慰める。

「わたしたち、悪くないと思うんですけど。むしろ褒められてもいいくらい」
 彩奈も香凜に同調。

「まあそう言うな。これも正義の味方の務めだ」
 拓斗が正論でまとめる。


「なんかこのまま一日終わるのは癪だわ。せっかくだからさ、みんなでお花見に行かない?」
 香凜が気分転換を言い出したのももっともなことだ。

「花見かあ。いいねえ」
 修成が賛意を示し、

「今しかないですものね」
 と彩奈も同調する。

 こうして四人は隣の駅にある公園まで出掛けることにしたのだった。


 駅までの道すがら、拓斗はあらためて他の三人の「解析」を行っていた。
 短い自己紹介とその後の掛け合い、そして戦いの場で見せた力から、拓斗はそれぞれの人となりと能力を推し測る。


 御子神香凜。身長161センチ、スレンダーな美少女だ。体重51キロ。スリーサイズは……まあ、あまりプライベートを暴くのはいい趣味とは言えない。成長途上でもあるし、体型に相応しいとだけ言っておこう。
 少しくせのあるセミロングの茶の髪と大きな目が、活動的な雰囲気を際立たせている。思ったことをそのまま口にしてしまう、天衣無縫な性格のようだ。ちゃきちゃき、という表現がぴったりくる。

 そして肝心の能力。まずは流体制御。昨日は水を操ってみせたが、液体なら何でも扱えるようだ。昨日の技はほんの一端。どんな風に使うかは本人の想像力次第だろう。楽しみだ。

 そして、本人は次元転移と言った、次元の障壁を越える力。
 拓斗の能力は、次元の壁に穴を開けるだけだ。それ以上の、とほうもない可能性を秘めた能力。
 もしかすると、高次元体を召喚したりもできるのだろうか。あるいは、自分自身も次元の壁を越えられるのだろうか。興味は尽きない。


 鳴海修成。身長151センチ、体重43キロ。眼鏡と相まってのほほんとした雰囲気を漂わせているのに、肉体派な能力なのが面白い。体格には劣るが、その能力の高さは昨日存分に見させてもらった。これから戦いが増えるのであれば、大いに頼りになる能力だ。

 それと錬成と言ったか。物質の構成を変える能力。まだ実際に見てはいないが、こちらも使い方次第でいろいろと面白い使い方ができそうだ。

 性格は温厚そうで、和を重んじるタイプだ。こういうタイプは、集団を上手く回すうえで重宝する。
 拓斗にとって、役に立ってくれる人材のはずだった。


 水月彩奈。身長149センチ、体重40キロ。こちらもまだまだ成長途上だが、スリムながらも香凜より女性らしいメリハリの効いた身体つきをしている。
 大抵の女性より長い黒のロングヘアを髪留めでまとめている。眼鏡も手伝っておとなしそうな印象を受けるが、どうも一筋縄ではいかないものを秘めているように感じる。

 心身ともに癒す治癒能力。パーティには欠かせない回復スキルだが、本当にいるとは思わなかった。荒事が増えそうな今後に、大いに助けになることだろう。
 だが特筆すべきは、精神干渉の力。この中では一番使いでのある能力だ。なぜなら拓斗たちがこれから相手にするのは、人間ではない、生き物ですらない、実体を持たない精神体なのだから。


 ◇◆◇◆◇


 移動する電車の社内。

「そもそもさあ」
 香凜が問いかける。
「高次元体って呼んでいるもの、これって何なわけ? 生命体? どこから来たの?」

「うーむ、どう説明したものかな」
 拓斗は顎に手を当てて考える。
「まず前提として、宇宙は十次元または十一次元で構成されているという、多元宇宙理論が手ごろかな。そして、おれたちのいるこの三次元世界は、十次元時空に浮かぶ薄っぺらい膜みたいなものだと言われている」

「えーと、三次元なのに、膜?」
「そう、ただの膜」
「……よくわかんない」
 口を尖らせる香凜に、拓斗が苦笑する。

「まあ、そういうもんだと考えてみてくれ。で、十次元時空には三次元の膜……三次元ブローンが無数に漂っていて、その膜どうしが接触するとビッグバンが発生し、新しい宇宙が生まれる。宇宙は一個じゃなくて無数にある、という考え方だ」
「へーえ」
「ほかの宇宙、ほかの次元、ほかの時空……それらは無数にあるはずだが、お互いに知覚もできないし観測もできない。当然交流もできないんだが、唯一重力だけが異なる次元を行き来できると言われている」
「変なの。知覚も観測もできないのに『ある』って何でわかるのよ?」
「計算で。あるいは計算された理論値と計測値が違う場合、その乖離かいりを埋めるための仮説として」
「はい先生! わかりませーん」
「わたしもです」

 潔く手を挙げる香凜に続いて、彩奈もすまなそうに手を挙げる。

「この辺りは理系でも理解できないような理屈が山盛りだからな。分かりにくいのも無理はない」
 拓斗もさして落胆したふうでもない。

「……すると高次元体というのは、十次元とかの文字通り高次元から移動してきたエネルギーだってことでいいのかなあ?」
 脇からの修成の問いかけに、
「大雑把にはその仮説でいいだろう」
 拓斗がうなずく。

「さっきの話で言うと、ぼくらの中には重力を蓄えたブラックホールがあるということかなあ?」
「それはちょっと現実的ではないかな」
 なおも問う修成に拓斗が答える。
「高次元から移動してきた重力が影響を及ぼしているのは間違いないと思う。その重力のひずみがエネルギーの偏りを惹き起こし、高次元体の発生に関与しているんじゃないかな」

 拓斗としても確たる結論を持っているわけではない。現状の物理学の理論に照らしてそれらしい理屈を述べているに過ぎない。
「それとて『仮説』だからな。もしかしたら高次元から重力以外のエネルギーが流れて来ているかもしれないし、文字通り高次元生命体がやって来ておれたちの身に巣食っているのかも知れない」

「はーあ。拓もすごいけど、修成くんも、よくわかるわね」
 単純に感心する香凜に、修成はちょっと照れたように、
「男の子はこういう話、大好きだからねえ」


「で、それと、その……能力との関わりは? なんであたしたちの中にいるの?」
「わからない」
 回りを気にして、声をひそめて訊く香凜に、拓斗は首を振った。

「高次元体由来の高いエネルギーによるもの、くらいしか分からないな。原理も、理由も、考えてはみたんだが、まだ納得できる結論には至らない」
「そっか」
 香凜の答えは、それほど残念そうではない。

「でもちゃんと考えてるんだね。偉い偉い」
「推論のためには実証が必要だ。すなわち、生きたサンプル……」
 拓斗は香凜を指さした。

「ま、人体実験?」
 身構える香凜だが、それほど深刻なリアクションではない。
「この四人は貴重な実証だからな。どれほどの価値があるか。物理学者が奪い合いに来るんじゃないか?」
 拓斗の答えも深く考えてのものではなかった。
 のちに彼は深く考えざるをえなくなるのだが、電車が到着してその思考は中断され、しまいこまれた。


 ◇◆◇◆◇


 やってきたのは隣の駅の公園。この辺りでは割と有名な桜の名所だ。
 通路の両脇に並ぶ桜並木の下は、人でごった返している。


「さすがにすごい人出だな」
「いやん。迷子になりそう」
「人当たりしそうな数だね」
「人だけじゃないですしね」

 早くも彩奈は、人混みに紛れた高次元体の存在を感知した。
 強いもの。弱いもの。かなりの数を感知できた。形態はわからない。

「またか。昨日の今日で、さてどうしたものかな」
「退治するの?」
「もうちょっと詳しく解析しないと、わからないんじゃない?」
「そうですね。たとえば」

 彩奈が、ててっと集団を離れて駆け出した。桜の木の根元から何かを拾って戻って来る。

「こんなのもいますし」

 彩奈がつまんでいるのは、小さなちいさな、高次元体。うす緑色に輝く宝石のようだ。
 高次元体に干渉して、目に見えるようにしている。彩奈だからこそ出来る芸当だ。

「こんなのがわんさか転がっているのかと思うと、げんなりだな」
「うそ? こんなのがこの辺にいっぱいいるの? でもちょっと可愛いかも」
「これは……どうなんだろ? いいの? 悪いの?」
「あえて言うなら、中性ですね。特に意志も知性もない、ただの物体です」

「だが人に影響がないとは言えないがな」
「じゃやっぱり、集めてみるしかないのね。解析はたっくんがしてくれるんでしょ?」
「誰がたっくんだ」
 香凜の無邪気そうな発言にちょっと顔をしかめる拓斗。

「いいじゃない。あんただってあたしのこと呼び捨てだし」
「まあいい。ちょっと待ってろ。この辺りをスキャンしてみる」


 拓斗は目を閉じて胸に手を当て、何かを念じるような仕草をとった。
 しばらくの間そうしていたが、

「……なんだこれは? いや、これは驚いた。ものすごい数だ」
「そんなにいるの?」
 香凜の問いに拓斗が答える。

「多すぎてよくわからない。百か、二百か」
「ええ!? そんなに?」
「どうする? 集めてみる?」
「そうだな」

 拓斗が向き直って、方針を説明し始めた。

「二手にわかれよう。この道沿いと、向こうの奥の広場まわりが一番多いようだ。
 おれと香凜でこの通り沿いを拾っていくから、修成と彩奈は広場の方から回ってくれ。
 道なりに歩いて奥の出入り口あたりで合流しよう。質問は?」

「オーケー。わかったわ」
「了解だよ」
「わかりました」
「じゃ、行こう」


一行は別れて歩き出した。


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