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サイドストーリー
夢の国の魔法と、魔法の国の謀。
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「ちょっと早いけど、お昼にしようか」
と言って入ったカフェは、すでに人でいっぱいだった。なるべく奥、できれば壁際を志朗はとりたかったのだが、望みの場所はとれなかった。
なぜ奥を希望したかというと、もちろん由梨亜のためだ。由梨亜は自分の視線の届かないところの気配にものすごく敏感だ。案の定、他の客や店員が後ろを通るたび、手にしたメニューもそぞろに耳と後ろ頭に神経を集中しているのがわかる。
「おれの後ろに立つな」というセリフが頭上に漂っているのが志朗には見えた気がした。
習い性とはいえ、志朗は可笑しくもあり、気の毒でもあった。よく抜刀せずに堪えたな、と思う。
メニューを置いた由梨亜の手に、志朗はそうっと手を重ねた。一瞬びくっとしたものの、由梨亜はそのまま無言。
「大丈夫だよ。ここは安全だから。大丈夫」
「……うん、わかってる」
由梨亜は一瞬泣き笑いの表情を見せた。
「いざとなったら、志朗が守ってくれるんでしょ?」
「はいよ。まかせとけ」
ふたりとも努めておどけて言ってみせたため、相手の心中には思い至らない。
それから後、由梨亜は意を決して、料理を楽しむことにしたらしい。
いつも周囲に油断なく目を配っている女が目の前のことに集中するとどうなるか。それはそれはもう、気遣いの塊になるのである。
料理をとりわける。見目良く、しかもバランスがいい。
汚れがあれば、紙ナプキンでさりげなく片づけ。
ナイフ、フォーク、スプーンと、絶妙のタイミングで差し出す。
水やこまごましたものが、なくなる前にオーダー。
とにかくちょっとの変化も見逃さない。会話を続けながら、流れるような自然な所作でこなしていく。
「いい奥さんになるよ」というお世辞はこの場合、実に使いでのある台詞になりそうだった。この美少女にこんなに尽くしてもらってハートを掴まれない男がいたら、そいつは女に興味がないとしか思えない。
午後もフィールドに繰り出してアトラクションを探す。列に並んでいる時間の方が長かったのだが、それも楽しいひと時だった。由梨亜の武勇伝は尽きることがない。志朗のまったく知らない世界のこと。そしてこの世界では二人だけしか知らないこと。ふたりだけの秘密の話に感心したり笑ったり、志朗は大いに楽しんだ。それが嬉しくて、由梨亜の話はさらにエスカレートし、志朗が笑い転げる。
「花火のモンスターがいるのよ。成長すると、ぽんと打ちあがって、ドンと弾けて、終わり。なんで、なかなか生態がわからない謎のモンスターなのよ」
「へえ」
「それをモノ好きが集めてきて、隅田川のほとりに並べておくの。それが成長すると、夏の頃に……ね?」
「ああ、なるほど。花火大会」
「そう、その通り! だけど時々、モンスターとの戦いに夢中になった勇者さまが、花火が原に踏み込んじゃうのよねえ」
「ええ? それって……」
「そう。それでうっかり炎熱系の魔法なんか使うと……」
「うわあ……」
「ところがそれで、逆に有名になっちゃってね。あの辺りは『煉獄の中で武具を鍛える街』とか言って。そこの防具は『ファイヤクラッカーの焼き入れをほどこした防具』と言われて、火竜退治の防具として今じゃプレミアが」
「あははは」
そうこうするうちに午後も過ぎてゆき、由梨亜が楽しみにしていたお姫さまの戴冠式の時間がやってきた。とても人気が高く、なかなか見られないショーだ。場所を確保できたのはラッキーだった。由梨亜の全力疾走には感謝せねばなるまい。
壮麗なお城。高らかに鐘の音が響くと、色とりどりのライトがお城を照らす。声にならないどよめきが拡がり、期待が高まっていく。
たくさんのキャラクターが登場し、歌い踊っては場を盛り上げる。BGMと照明とキャラクターが一体になって、クライマックスに向けて熱狂が渦を巻く。
やがて登場する馬車。中からしずしずと登場するお姫さま。音楽が鎮まると、王さまがおごそかに戴冠を宣言する。こうべをたれた姫のきれいな金髪に、冠が与えられる。
同時に音楽が一斉に再開し、わっと観衆が沸き立った。
(すごい……)
さほど興味のなかった志朗でも呆けたように拍手するばかりだった。本当にファンタジー世界に取り込まれてしまったかのようだ。さすが、評判の一幕。
由梨亜はどう感じているだろう、と思って傍らを見やり、びくりとした。
由梨亜は黙って、涙を流している。
透明な涙があふれては頬をつたっていた。
「……すごいね。魔法って本当にあるんだ」
由梨亜は呟いて、志朗と手をつないだ。
「この世界に魔法はないけど、魔法はあるんだね。こんな幸せな気持ちになれるなら、これが本当の魔法かもしれない。ううん、魔法って、こうであってほしいよ」
言葉の内容は支離滅裂だったが、志朗には言わんとすることが理解できた。ふたりは手をつないだまま、熱狂する群衆の中にしばしたたずんでいた。
「ああ、楽しかった」
夕暮れ時。アトラクションはまだまだ続いていたが、夢の国を辞した。全部見ていると夜中になってしまう。高校生の身では、それは叶わぬ夢。由梨亜との時間はとても楽しく、名残り惜しかったが仕方がない。
「もうおしまいかあ。残念」
由梨亜も同じ感想を口にした。
「ま、もう会えなくなっちゃうわけじゃないしね」
「そうだね。また明日会えるし」
(う、それはちょっと意味深な発言だぞ)
内心どきどきしながら、志朗も答える。由梨亜はこちらの世界に定住するつもりなのだろうか。
(そうなら嬉しいんだけど)
「今日と同じ明日がくる。何気ないことだけど、幸せだな」
由梨亜がしんみりと呟く。
「スリリングな日常がいい人もいるけどね」
「そうだね。みんな上手くいかないものだね。みんなが生きたい世界でいきられればいいのに」
「生きたい世界かあ」
当面志朗は、剣と魔法のスリリングな世界より由梨亜のいる世界の方がいいと思う。
ではもし、由梨亜が元の世界に行きたいと言ったら? 自分は由梨亜と共にモンスターを狩る日常を選ぶだろうか。
「いい腕前じゃない」
のんびりした口調だったが、ニーナは内心由里絵の剣の腕に舌を巻いていた。中型モンスター三頭を同時に相手取っての、華麗な剣さばき。思わず援護を忘れて見とれてしまうほどだった。
「まだまだ。もっともっと強いやつと戦いたいわ」
由里絵の眼は、獰猛な野生の眼。ユーリでもこんな眼はしていなかった。
(まさにこの世界に来るべくして来た、というところかしら)
ニーナにとって狩りは、どちらかというと生活のためという側面が非常に強い。魔法使いという属性もあるだろうが、それにしても由里絵の闘争心はとどまるところを知らない。
「郊外へ行けば、もっとすごいモンスターがいるらしいけどね。パーティを募ってクエストに出掛ける猛者もいると聞くわ」
「それは楽しそうね」
由里絵がにやりと笑う。楽しいのか。ニーナにはちょっと共感できない感覚だった。
「あなたの世界には、あなたみたいに冒険を望んでいる人たちがたくさんいるのかしら」
「かもね。つまらない日常から抜け出したいって思っている人は多いわ。まあ、命を賭けてまで抜け出そうって思うかどうかはわからないけど」
ニーナは苦笑する。だが、そんな人が多いなら、その機会を作ってあげてもいいんじゃないか……。
「ニーナ。あなたの考えてること、悪い考えじゃないと思うよ。お互いに幸せになれる人、たくさんいるんじゃないかな」
「そこまで劇的に世界を変えちゃっていいのかしら」
「いいか悪いかはわからない。でも、希みをかなえてあげるのは魔法使いの使命じゃないかしら」
そんなことを言われたのは初めてだ。ニーナには新鮮な感覚だった。
でも現に目の前に、ニーナのおかげで希みをかなえた人がひとりいる。
視線に気づいて、由里絵は笑い返した。
「これも冒険じゃない? 試してみない手はないわよ」
「わたしはあなたの世界に行きたいと思ってるんだけど。これも冒険かしら?」
「もちろんよ」
もしあの日、志朗に話しかけなければニーナには会えなかったし、今ここにいることもなかった。きっかけは本当にささいなことだった。世界は常に、波乱につながる可能性をちらつかせている。
「変わりたいという人、たくさんいる。だけど本当に変えた人は少ないわ。みんな変わるのは大変だと思っている。ほんとはちょっと願うだけでいいのに。ただ、真剣に願えばいいだけ。あたしはそうした。そして、人生を変えたわ。
それをもっとたくさんの人に教えてあげてよ。あなたの力でもっともっとたくさんの人の冒険の夢をかなえてあげて」
「世界中が波乱万丈になるわね」
ニーナが苦笑した。
「もちろん。あたしはそのつもりだよ」
不敵に笑う由里絵。剣士・由里絵は自分自身が台風の眼になろうと画策している。
- - - - - - - - - - - - - - - - -
ありがとうございました m(_ _)m
桐坂 拝
と言って入ったカフェは、すでに人でいっぱいだった。なるべく奥、できれば壁際を志朗はとりたかったのだが、望みの場所はとれなかった。
なぜ奥を希望したかというと、もちろん由梨亜のためだ。由梨亜は自分の視線の届かないところの気配にものすごく敏感だ。案の定、他の客や店員が後ろを通るたび、手にしたメニューもそぞろに耳と後ろ頭に神経を集中しているのがわかる。
「おれの後ろに立つな」というセリフが頭上に漂っているのが志朗には見えた気がした。
習い性とはいえ、志朗は可笑しくもあり、気の毒でもあった。よく抜刀せずに堪えたな、と思う。
メニューを置いた由梨亜の手に、志朗はそうっと手を重ねた。一瞬びくっとしたものの、由梨亜はそのまま無言。
「大丈夫だよ。ここは安全だから。大丈夫」
「……うん、わかってる」
由梨亜は一瞬泣き笑いの表情を見せた。
「いざとなったら、志朗が守ってくれるんでしょ?」
「はいよ。まかせとけ」
ふたりとも努めておどけて言ってみせたため、相手の心中には思い至らない。
それから後、由梨亜は意を決して、料理を楽しむことにしたらしい。
いつも周囲に油断なく目を配っている女が目の前のことに集中するとどうなるか。それはそれはもう、気遣いの塊になるのである。
料理をとりわける。見目良く、しかもバランスがいい。
汚れがあれば、紙ナプキンでさりげなく片づけ。
ナイフ、フォーク、スプーンと、絶妙のタイミングで差し出す。
水やこまごましたものが、なくなる前にオーダー。
とにかくちょっとの変化も見逃さない。会話を続けながら、流れるような自然な所作でこなしていく。
「いい奥さんになるよ」というお世辞はこの場合、実に使いでのある台詞になりそうだった。この美少女にこんなに尽くしてもらってハートを掴まれない男がいたら、そいつは女に興味がないとしか思えない。
午後もフィールドに繰り出してアトラクションを探す。列に並んでいる時間の方が長かったのだが、それも楽しいひと時だった。由梨亜の武勇伝は尽きることがない。志朗のまったく知らない世界のこと。そしてこの世界では二人だけしか知らないこと。ふたりだけの秘密の話に感心したり笑ったり、志朗は大いに楽しんだ。それが嬉しくて、由梨亜の話はさらにエスカレートし、志朗が笑い転げる。
「花火のモンスターがいるのよ。成長すると、ぽんと打ちあがって、ドンと弾けて、終わり。なんで、なかなか生態がわからない謎のモンスターなのよ」
「へえ」
「それをモノ好きが集めてきて、隅田川のほとりに並べておくの。それが成長すると、夏の頃に……ね?」
「ああ、なるほど。花火大会」
「そう、その通り! だけど時々、モンスターとの戦いに夢中になった勇者さまが、花火が原に踏み込んじゃうのよねえ」
「ええ? それって……」
「そう。それでうっかり炎熱系の魔法なんか使うと……」
「うわあ……」
「ところがそれで、逆に有名になっちゃってね。あの辺りは『煉獄の中で武具を鍛える街』とか言って。そこの防具は『ファイヤクラッカーの焼き入れをほどこした防具』と言われて、火竜退治の防具として今じゃプレミアが」
「あははは」
そうこうするうちに午後も過ぎてゆき、由梨亜が楽しみにしていたお姫さまの戴冠式の時間がやってきた。とても人気が高く、なかなか見られないショーだ。場所を確保できたのはラッキーだった。由梨亜の全力疾走には感謝せねばなるまい。
壮麗なお城。高らかに鐘の音が響くと、色とりどりのライトがお城を照らす。声にならないどよめきが拡がり、期待が高まっていく。
たくさんのキャラクターが登場し、歌い踊っては場を盛り上げる。BGMと照明とキャラクターが一体になって、クライマックスに向けて熱狂が渦を巻く。
やがて登場する馬車。中からしずしずと登場するお姫さま。音楽が鎮まると、王さまがおごそかに戴冠を宣言する。こうべをたれた姫のきれいな金髪に、冠が与えられる。
同時に音楽が一斉に再開し、わっと観衆が沸き立った。
(すごい……)
さほど興味のなかった志朗でも呆けたように拍手するばかりだった。本当にファンタジー世界に取り込まれてしまったかのようだ。さすが、評判の一幕。
由梨亜はどう感じているだろう、と思って傍らを見やり、びくりとした。
由梨亜は黙って、涙を流している。
透明な涙があふれては頬をつたっていた。
「……すごいね。魔法って本当にあるんだ」
由梨亜は呟いて、志朗と手をつないだ。
「この世界に魔法はないけど、魔法はあるんだね。こんな幸せな気持ちになれるなら、これが本当の魔法かもしれない。ううん、魔法って、こうであってほしいよ」
言葉の内容は支離滅裂だったが、志朗には言わんとすることが理解できた。ふたりは手をつないだまま、熱狂する群衆の中にしばしたたずんでいた。
「ああ、楽しかった」
夕暮れ時。アトラクションはまだまだ続いていたが、夢の国を辞した。全部見ていると夜中になってしまう。高校生の身では、それは叶わぬ夢。由梨亜との時間はとても楽しく、名残り惜しかったが仕方がない。
「もうおしまいかあ。残念」
由梨亜も同じ感想を口にした。
「ま、もう会えなくなっちゃうわけじゃないしね」
「そうだね。また明日会えるし」
(う、それはちょっと意味深な発言だぞ)
内心どきどきしながら、志朗も答える。由梨亜はこちらの世界に定住するつもりなのだろうか。
(そうなら嬉しいんだけど)
「今日と同じ明日がくる。何気ないことだけど、幸せだな」
由梨亜がしんみりと呟く。
「スリリングな日常がいい人もいるけどね」
「そうだね。みんな上手くいかないものだね。みんなが生きたい世界でいきられればいいのに」
「生きたい世界かあ」
当面志朗は、剣と魔法のスリリングな世界より由梨亜のいる世界の方がいいと思う。
ではもし、由梨亜が元の世界に行きたいと言ったら? 自分は由梨亜と共にモンスターを狩る日常を選ぶだろうか。
「いい腕前じゃない」
のんびりした口調だったが、ニーナは内心由里絵の剣の腕に舌を巻いていた。中型モンスター三頭を同時に相手取っての、華麗な剣さばき。思わず援護を忘れて見とれてしまうほどだった。
「まだまだ。もっともっと強いやつと戦いたいわ」
由里絵の眼は、獰猛な野生の眼。ユーリでもこんな眼はしていなかった。
(まさにこの世界に来るべくして来た、というところかしら)
ニーナにとって狩りは、どちらかというと生活のためという側面が非常に強い。魔法使いという属性もあるだろうが、それにしても由里絵の闘争心はとどまるところを知らない。
「郊外へ行けば、もっとすごいモンスターがいるらしいけどね。パーティを募ってクエストに出掛ける猛者もいると聞くわ」
「それは楽しそうね」
由里絵がにやりと笑う。楽しいのか。ニーナにはちょっと共感できない感覚だった。
「あなたの世界には、あなたみたいに冒険を望んでいる人たちがたくさんいるのかしら」
「かもね。つまらない日常から抜け出したいって思っている人は多いわ。まあ、命を賭けてまで抜け出そうって思うかどうかはわからないけど」
ニーナは苦笑する。だが、そんな人が多いなら、その機会を作ってあげてもいいんじゃないか……。
「ニーナ。あなたの考えてること、悪い考えじゃないと思うよ。お互いに幸せになれる人、たくさんいるんじゃないかな」
「そこまで劇的に世界を変えちゃっていいのかしら」
「いいか悪いかはわからない。でも、希みをかなえてあげるのは魔法使いの使命じゃないかしら」
そんなことを言われたのは初めてだ。ニーナには新鮮な感覚だった。
でも現に目の前に、ニーナのおかげで希みをかなえた人がひとりいる。
視線に気づいて、由里絵は笑い返した。
「これも冒険じゃない? 試してみない手はないわよ」
「わたしはあなたの世界に行きたいと思ってるんだけど。これも冒険かしら?」
「もちろんよ」
もしあの日、志朗に話しかけなければニーナには会えなかったし、今ここにいることもなかった。きっかけは本当にささいなことだった。世界は常に、波乱につながる可能性をちらつかせている。
「変わりたいという人、たくさんいる。だけど本当に変えた人は少ないわ。みんな変わるのは大変だと思っている。ほんとはちょっと願うだけでいいのに。ただ、真剣に願えばいいだけ。あたしはそうした。そして、人生を変えたわ。
それをもっとたくさんの人に教えてあげてよ。あなたの力でもっともっとたくさんの人の冒険の夢をかなえてあげて」
「世界中が波乱万丈になるわね」
ニーナが苦笑した。
「もちろん。あたしはそのつもりだよ」
不敵に笑う由里絵。剣士・由里絵は自分自身が台風の眼になろうと画策している。
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ありがとうございました m(_ _)m
桐坂 拝
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