53 / 59
第三章 風の鍵の乙女
SS.サキの逃避行、ナユタとキリエ。
しおりを挟む
サキが遼太に出会う前のお話です。
* * * * * * * * *
息が切れる。
脚がもつれる。
(もう……だめ)
サキがそう思った瞬間、後ろを走るナユタがやにわに後ろを振り向いた。
「ナユ…タ……姉さま?」
「行きなさい! サキ!」
ナユタは追っ手の剣士――キリエとにらみ合ったまま叫んだ。
「きみとリョータの名前をリンクさせたから、きみはきっとリョータと会える。行きなさい!」
「だけど姉さま……」
「ボクはきみの名前をトレースできる。必ず追いつく。だから先に行って」
ナユタはキリエから目を離さず、短剣を抜いた。
キリエが優れた剣士であることは剣を使わないサキでもよく分かる。その剣豪に短剣だけで立ち向かうなど無謀もいいところ。自殺行為にしかならない。
だがナユタにはナユタなりの目算があった。
そのためにはキリエと一対一、二人きりになる必要があった。
(あとひと押しかね……)
サキを行かせるために左手の親指を立て、笑って見せる。サキは硬い表情でうなずいて走り出した。
「さて、と。やっと二人きりになれたね」
走り去るサキの後ろ姿を確かめてから、ナユタは短剣を降ろした。
もとより長剣と短剣では勝負にならない。まして剣技では大人と子供以上の実力差があるのはよくわかっていた。
「そういう冗談は好きではない」
そう言いながらも、キリエも剣を降ろす。
「つれないなあ。ボクときみの仲じゃないか」
「変な言葉遣いを覚えたな。異世界にかぶれたか」
「ああ、そうだね。この世界は面白い。一人称も二人称もたくさんあるのに誰も使い方がよくわかってなくて、でもちゃんと使い分けの法則を使いこなしている。本当に不思議な国だよ」
手を挙げて首を振ってみせるナユタ。
彼女はこの国――日本の知識を以前からいろいろ知っていたようだが、キリエはそんなに詳しくはない。とるものも取り敢えず来たという状況だから、まだ共感も忌避も感じなかった。
だが、キリエの興味はそんなところにはなかった。
「なぜ国を捨てた?」
「ん?」
「失ったエレメントを取り戻すにはニルヴァーナの一族の力が必要だ。なぜ役目を放棄した?」
激しくはないが、キリエの声には強い感情がこもっていた。怒り。悔しさ。もどかしさ。
「放棄していないよ。これが一族の目的、悲願なんだ。すべてが救われる。その機会がやっと訪れたんだ」
「世迷言を」
「そんなことないさ。きみにもわかるだろう? 同じ血を引いているんだから」
キリエはぐっと歯を食いしばった。
確かに知識としては知っている。だがキリエは一族の能力を受け継がなかった。
(できるものなら、自分がやっているのに……)
「我が国は過去にいくつものエレメントを失った。それを取り戻し、やっと手に入れた民の安寧だ。それを踏みにじるというのか」
「そんなもの、一時的な対処療法にすぎないよ」
ナユタの言葉はにべもない。
「今やっと、すべての鍵の乙女が揃うんだ。今しかないんだ。
ボクは必ずボクの目的を果たす。たとえどれほどの混乱を招こうと」
「アスガールの民を犠牲にしてでもか」
「もういくつもの異世界の民が犠牲になっているじゃないか。きみも知っているはずだよ。
他人の犠牲の上に成り立つ安寧なんてボクら一族は望んでいなかった。そんなものは偽善だよ。そうは思わないか? ヴァル=キリエ・ファン・ニルヴァーナ隊長」
「その名を呼ぶなあっ!!」
はじかれたように突きかかるキリエに、やっと短剣で受けたナユタは吹っ飛ばされた。
「お前の言うことこそ偽善だ! すべての人が幸せに……だと? そんな都合のいい話があるか!
私は私の国民のために戦う。それだけだ。出自など知ったことか!」
「うん。それでいいよ。そういう人も必要だ。この目的にはね」
最後の声は小さすぎて、キリエには聞き取れなかった。
かまわずナユタは立ち上がる。
「いずれにせよ、ボクはアスガールに戻る気はないよ」
「そして、アスガールからエレメントを奪い続けるのか」
「そういうことになるね」
ナユタが肩をすくめる。
「やらせない」
剣を構えなおすキリエに、ナユタも身構える。
にらみ合いもわずかの間。気合と共に突きかかろうとした瞬間、キリエはつんのめって手をついた。見ると足もとに何かがからみついている。
「!」
「精霊魔法だよ。この世界は魔法が全然効かないくせに精霊だけはわんさか漂っている。本当に不思議な世界だよ」
どうやらナユタは日本の土着の精霊――八百万の神々の力を恃んだようだ。
「じゃあね、キリエ。ボクは行くよ。きみの未来に幸あらんことを。アスガールのためじゃなく、きみのためにね。どうか佳き人が……いや」
ナユタは途中で言葉をやめた。それこそ偽善である気がしたからだ。
さっと振り返って、ナユタは歩き出した。どうせキリエとは、この先また会うことになるのだ。。
キリエ。
きみの役目は、きみが思っているより重要だ。だがこの一幕は俳優全員が全力を尽くさないと完結しない。そして全力を尽くしても結果が思い通りになるとは限らない。願わくば全ての人が、そしてきみが、幸せになってくれればいい。
そんなことを言う資格がないのは、ナユタにはよくわかっていた。だからこそ、走り続けるしかないのだ。
* * * * * * * * *
息が切れる。
脚がもつれる。
(もう……だめ)
サキがそう思った瞬間、後ろを走るナユタがやにわに後ろを振り向いた。
「ナユ…タ……姉さま?」
「行きなさい! サキ!」
ナユタは追っ手の剣士――キリエとにらみ合ったまま叫んだ。
「きみとリョータの名前をリンクさせたから、きみはきっとリョータと会える。行きなさい!」
「だけど姉さま……」
「ボクはきみの名前をトレースできる。必ず追いつく。だから先に行って」
ナユタはキリエから目を離さず、短剣を抜いた。
キリエが優れた剣士であることは剣を使わないサキでもよく分かる。その剣豪に短剣だけで立ち向かうなど無謀もいいところ。自殺行為にしかならない。
だがナユタにはナユタなりの目算があった。
そのためにはキリエと一対一、二人きりになる必要があった。
(あとひと押しかね……)
サキを行かせるために左手の親指を立て、笑って見せる。サキは硬い表情でうなずいて走り出した。
「さて、と。やっと二人きりになれたね」
走り去るサキの後ろ姿を確かめてから、ナユタは短剣を降ろした。
もとより長剣と短剣では勝負にならない。まして剣技では大人と子供以上の実力差があるのはよくわかっていた。
「そういう冗談は好きではない」
そう言いながらも、キリエも剣を降ろす。
「つれないなあ。ボクときみの仲じゃないか」
「変な言葉遣いを覚えたな。異世界にかぶれたか」
「ああ、そうだね。この世界は面白い。一人称も二人称もたくさんあるのに誰も使い方がよくわかってなくて、でもちゃんと使い分けの法則を使いこなしている。本当に不思議な国だよ」
手を挙げて首を振ってみせるナユタ。
彼女はこの国――日本の知識を以前からいろいろ知っていたようだが、キリエはそんなに詳しくはない。とるものも取り敢えず来たという状況だから、まだ共感も忌避も感じなかった。
だが、キリエの興味はそんなところにはなかった。
「なぜ国を捨てた?」
「ん?」
「失ったエレメントを取り戻すにはニルヴァーナの一族の力が必要だ。なぜ役目を放棄した?」
激しくはないが、キリエの声には強い感情がこもっていた。怒り。悔しさ。もどかしさ。
「放棄していないよ。これが一族の目的、悲願なんだ。すべてが救われる。その機会がやっと訪れたんだ」
「世迷言を」
「そんなことないさ。きみにもわかるだろう? 同じ血を引いているんだから」
キリエはぐっと歯を食いしばった。
確かに知識としては知っている。だがキリエは一族の能力を受け継がなかった。
(できるものなら、自分がやっているのに……)
「我が国は過去にいくつものエレメントを失った。それを取り戻し、やっと手に入れた民の安寧だ。それを踏みにじるというのか」
「そんなもの、一時的な対処療法にすぎないよ」
ナユタの言葉はにべもない。
「今やっと、すべての鍵の乙女が揃うんだ。今しかないんだ。
ボクは必ずボクの目的を果たす。たとえどれほどの混乱を招こうと」
「アスガールの民を犠牲にしてでもか」
「もういくつもの異世界の民が犠牲になっているじゃないか。きみも知っているはずだよ。
他人の犠牲の上に成り立つ安寧なんてボクら一族は望んでいなかった。そんなものは偽善だよ。そうは思わないか? ヴァル=キリエ・ファン・ニルヴァーナ隊長」
「その名を呼ぶなあっ!!」
はじかれたように突きかかるキリエに、やっと短剣で受けたナユタは吹っ飛ばされた。
「お前の言うことこそ偽善だ! すべての人が幸せに……だと? そんな都合のいい話があるか!
私は私の国民のために戦う。それだけだ。出自など知ったことか!」
「うん。それでいいよ。そういう人も必要だ。この目的にはね」
最後の声は小さすぎて、キリエには聞き取れなかった。
かまわずナユタは立ち上がる。
「いずれにせよ、ボクはアスガールに戻る気はないよ」
「そして、アスガールからエレメントを奪い続けるのか」
「そういうことになるね」
ナユタが肩をすくめる。
「やらせない」
剣を構えなおすキリエに、ナユタも身構える。
にらみ合いもわずかの間。気合と共に突きかかろうとした瞬間、キリエはつんのめって手をついた。見ると足もとに何かがからみついている。
「!」
「精霊魔法だよ。この世界は魔法が全然効かないくせに精霊だけはわんさか漂っている。本当に不思議な世界だよ」
どうやらナユタは日本の土着の精霊――八百万の神々の力を恃んだようだ。
「じゃあね、キリエ。ボクは行くよ。きみの未来に幸あらんことを。アスガールのためじゃなく、きみのためにね。どうか佳き人が……いや」
ナユタは途中で言葉をやめた。それこそ偽善である気がしたからだ。
さっと振り返って、ナユタは歩き出した。どうせキリエとは、この先また会うことになるのだ。。
キリエ。
きみの役目は、きみが思っているより重要だ。だがこの一幕は俳優全員が全力を尽くさないと完結しない。そして全力を尽くしても結果が思い通りになるとは限らない。願わくば全ての人が、そしてきみが、幸せになってくれればいい。
そんなことを言う資格がないのは、ナユタにはよくわかっていた。だからこそ、走り続けるしかないのだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。
月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」
公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。
一応、R15にしました。本編は全5話です。
番外編を不定期更新する予定です!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる