4 / 28
第一章:女王さま始めました。
小鬼族撃退! その結果……。
しおりを挟む心にたぎる怒りのままに、あたしはすたすたと前に進み出た。
まだ拳を振り上げて演説している小鬼の前まで行き、しゃがむと、
「えいっ」
ぴんっ
「うきゃああああああああああ!」
あらすごい。
小鬼くんてば、五メートルくらい後ろまで転がってったわ。たかがデコピンなのに。
もしかして魔族の力って、思ったよりずっと強い?
「おう!?」
「暴行だ!」
「女王が我々に暴力を!?」
「圧制の復活だー! 王制残滓だー!」
「女王の暴挙を許すな!」
「女王は我々に謝罪しろー!」
「「「謝罪しろー!!」」」
「やかましいっ!」
「ぴーーーーー!」
あたしが手を横に振り抜くと、小鬼どもが残らず吹き飛んでいった。
あら、風魔法も使えたのねあたし。これで最弱で役立たずって……魔族ってどれだけ強いの?
しかしそれよりも何よりも今、あたしは怒っていた。
湧き上がる怒りがあたしを衝き動かしていた。
怒りのままにあたしは叫ぶ。
「ぴーぴーうるさいわよ! だいたいあなたたちの国にはお父さまが莫大な独立祝い金を下賜したはずです。それを何度も賠償賠償って……賠償にお代わりはないのよ!!」
傲然と啖呵を切った。だって我慢ならなかったんだもの。
あたしはこの国に来たばかりだけれど、ミルドレッドの思いはよくわかる。
大好きなお父さん。その苦労を間近で見てきたから。
たくさんの人たち。生命を賭けて、自分たちを守ってきてくれたから。
その人たちを、その人たちの好意を侮辱するようなことは到底許せなかった。
だからわざと言ったのよ。「下賜」って。
贈与でも授与でも進呈でも、まして献上でもない。
あなたたちには恵んでやったのよ。
「だから、少しは身のほどをわきまえなさい!」
……って、誰も聞いていなかった。
あたしが風魔法でみんな吹き飛ばしちゃったから。
ふう。まあいいか。
ちょっとすっきりした。
息をついて頭に上った血の気を下げて、そこであたしは気がついた。
村人が凍りついていた。
村人だけじゃない。
随伴の役人、護衛の剣士、一人残らず身動きもせずに、呼吸すら忘れたようにあたしを見つめていた。
その中でも鬼のような形相の侍従長。となりではクロエが「はわわわ……」と真っ青な顔をしている。
……なんかやらかしちゃったみたい。
◇
「まったく、軽率にもほどがありますぞ、陛下」
「……はい、反省しています」
かれこれ一時間以上、わたしは侍従長のお小言を頂戴していた。
この人は昔からわたしの教育係でもあった人だ。女王とはいえ、わたしなんてちょっと背が伸びたちびっ子くらいにしか思っていない。そりゃ背も胸も小さいけれど。これでも女王なのよ。少しは女王らしい扱いを要求するわ。
「一体いつになったら女王にふさわしい分別がつくのですかな?」
……はい、返す言葉もございませんわ。
「何度も言いますが、ことは微妙な国際問題なのです。だからこそ、みな腫れ物にさわるような慎重な扱いをしておりますのに……このような振る舞い、必ずや連中の抗議が舞い込みましょう。今まで積み上げてきた信頼を台なしにしかねない行いですぞ!」
お言葉ですけど、と声に出せない意気地なしなあたしは、心の中で抗議した。
積み上げてきた信頼って、先方はほんとに感じてくれているのかしら? こちら側だけが一方的に相手を信頼し、「いつかはわかってくれる」といじましい努力を続けているような気がする。その努力は本当に報われるの? 正当に評価される日が来るのかしら?
お小言を受け続けてため息をつきながら、あたしは思った。
だめだ。ものすごく根深い。一朝一夕でどうにかなる問題じゃない。
みんな自分たちが悪いと思い込んでいる。そうじゃない。そうじゃないの。あたしたちは何も間違ってない。ただその誠意が正しく伝わっていないだけだ。
そう伝えたいのに、うまく伝わらない。どうしたらみんなにわかってもらえるかしら。
結局さらに数十分のありがたい指導を拝聴したあと、あたしはくたくたになって解放された。
「おつかれさまでございます、陛下」
侍従のクロエが笑いながらお茶を差し出してくれる。椅子にへたりこんだあたしは、やっとのことでカップを手に取った。
「……ああ、ありがとうクロエ。あなただけがあたしの味方だわ」
少しくせのある茶色の髪からのぞく小さな角が可愛らしいこの娘は、わたしが王位に就く前からわたしに仕えてくれていた。わたしより年上だけど、身分もあってわたしを姉のように慕ってくれている。わたしとしても可愛い妹みたいに思う時があり、じゃれたりからかったりもする反面、誰にも言えないぐちを聞いてもらったりもする。その時は懐深いお姉さんのように辛抱強く聞いてくれて、つい甘えてしまう。
「先ほどは本当に心臓が止まるかと思いました」
「お願い。もう言わないで。ちゃんと反省していますから」
いつもは優しくて、あたしをだだ甘に甘やかしてくれるクロエからまで非難めいた言葉が飛び出して、あたしは本当にへこんで卓に突っ伏した。
「いつもの陛下じゃないみたいで、びっくりしました」
どきっとしたあたし。正体がばれた?
気づかれないように身を固くしているあたしに、
「でも、勇ましくて……ちょっとどきどきしちゃいました」
ああ、なんて優しい笑顔なんでしょう。
クロエ、我が天使よ……ああ、魔族だったっけ。
「わたくし小鬼族は……好きになれません。あの人たち、厚かましいし。群れてやかましいし」
「あら、クロエでも嫌いなものはあるのね」
「え? いえ、その……そんなつもりでは……」
表情に困ってもじもじしているクロエ。ああ、可愛いなあ。
抱きしめてほおずりしたい……。
「意外ね~。可愛いクロエちゃんの暗黒面を見たわ」
「もう、からかわないで下さい、陛下」
ちょっと素が現れたクロエがいとおしくて、思わず微笑んでみつめてしまう。
「ああ、陛下。そんな可哀想なものを見るような目でわたくしを見ないで下さいまし」
「そんなことないわよ。可愛い可愛いクロエを愛でているのよ」
「もう。陛下はいじわるです」
「ごめんごめん」
少し涙目のクロエ。ちょっといじりすぎたかな。
「でもさあ、嫌なものをずっと我慢して暮らすのって、嫌だなあ」
「仕方ありません。我が国は敗戦国ですから」
「そう! それよ!」
いきなり立ち上がってびしっと指を突きつけるあたしに、クロエがびっくりして「ひっ」と小さく声を上げる。
「我が国は敗戦国。それは事実よ。でもね、それで全てが否定されるなんておかしいと思わない?」
「そうはおっしゃいましても、帝国や回りの国が……」
「それもあるけど。だけどだけど。なによりあたしたち自身が一番、自分たちを否定してないかしら?」
「…………」
そう。
あたしはまだ、ちら見しただけだけど。
みんな自信を失っている。意気消沈している。小さくなっている。
そんなに回りの顔色をうかがって生きる必要なんかないはずなんだ。
みんなもっと自由に、もっと笑顔で楽しく生きていいはずなんだ。
「……はあ」
あたしは力なく、再び椅子にもたれかかった。
みなを幸せにしてあげたいのに。
今のあたしには、その力がない。
悔しい。はがゆい。もどかしい。
「……みんなが幸せになれたらいいのにね」
ひとりつぶやくあたしに、クロエは微笑んで、
「ありがとうございます」
「? あたしはなにもしてないわよ」
「いつもわたくしたちのことを真剣に考えて下さっています。身に余る光栄です」
うーん、面映ゆい。
まだなにも出来ていないのに。
「やっぱりいつもの陛下ですね。でもいつも申し上げておりますが、もう少しご自身の幸せもお考えください」
ミルドレッドはそう言うのね。
いつも国民のこと、考えてるんだ。
えらいな。
あたしにもできるかな。
――できるわ。
――わたしにもできたんだから。
弱気なあたしの気持ちが、優しいミルドレッドの心に包まれて、泣きそうになる。
そうだ。できる。きっとできる。
そしてちゃんと結果を出さなきゃ。
少ししんみりしていると、ドアがノックされた。
「失礼します、陛下。お食事の用意が整いましてございます」
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
困難って楽しむものでしょ!
ポッチー
ファンタジー
冴えない主人公ケンタは突然異世界に召喚された。
殺されそうになったり呪われたりしながらも、助けられた精霊や、助けたハーフエルフと、異世界を楽しもうとするお話です。
人を助け、助けられ、想いを寄せて、寄せられて、色々と葛藤し、強くなりながら前に進んでいくお話です。
6/12 タイトルと内容紹介を変更いたしました。
処女作です。生暖かい目で見守ってください。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる