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第一章 第一部

辺境

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魔法に満ちたこの世界アークには、六人の王がそれぞれの国を統治している。その1つ、赤の国の最西端「バスク」という辺境の村で僕はギルバート家の長男「アタル」として生まれ育った。しかし、不幸は突然訪れるもので両親は僕が生まれて間もない頃に魔獸と呼ばれる怪物達の群れに襲われ、命を落としたらしい。

天涯孤独の身になってしまった僕は、両親の親友だったボルドウィン家に拾われ養子として育てられてきたんだと、10才になり両親だと思ってた人に伝えられた。

「村の連中の噂で、うすうす感づいているかも知れないが……」

そんな切り口で父さんは話始めたのだが、僕は全く気づいてなかったので内心愕然としていた。しかし、その場の雰囲気に飲まれてしまい。

「う、うん。もちりょん知ってるじょ」

と噛み噛みながら口走っていた。

それから本当の両親の話や僕のこと、両親の最後のことを聞いた。話を最後まで静かに聞いていた僕は、

「僕にとっての両親は二人のことしか知りません。なので呼び方は今まで通り、父さん、母さんと呼ばせてほしい」

そう伝えた途端、父さんと母さんは泣きながら僕を抱きしめてくれたけど、力の強い2人に抱きしめられ僕の腕が1週間ほど上がらなかったのは、今では良い思い出だ。

そんなこんなで、周りに比べて小柄ながらも今年で12才を迎えた僕は、ようやく裏山への入山を認められるようになった。この村にはある事件により約束事ができた。その事件とは、雪の降るある日、裏山で一人遭難したというもので、その話は村で語られる僕の黒歴史の1つだ。

……まあ、そんなまぬけな事件があり、村ではあるルールが設けられた。そのルールというのが村の子供は12才に行う成人の儀を行うまで裏山に入ることを禁じるということだった。同年代の奴等からは遊び場の1つを潰されたと、さんざん文句を言われたり、喧嘩を吹っ掛けられたりと思い出すだけで涙で前が見えなくなるヨ・・・。

って、ていうか、そんな話はいいんだ!
ようやく、成人の儀を終えた僕は裏山への入山を認められたという訳だ。

しかし、浮かれていたのも束の間、父さんが魔獸に襲われてしまった。命は無事だったものの大怪我を負い、今でも寝たきりだ。その為、今では僕が採ってきた薬草や山菜でなんとか生計を建てている。たまに、野鳥や野うさぎを猟銃で仕留めることもでき、そんな日は豪勢な食事を堪能した。

しかし、寒冷期の時期に入ると薬草や山菜も見つけにくく、動物達も見かけなくなってきた。絶望した。オーマイガッ!これ詰んだーって。しかし、捨てる神あらばゴミ箱から拾う神ありけりという諺もあるように、希望が持てる出来事が起きた。

この村に教会のお偉い方が来るそうで、村の至るところで歓迎の為の準備が進められるようになった。歓迎の準備で大忙しとなった村は至るところで人手不足になり、僕と母さんは他の家を手伝うことで、食料をお裾分けしてもらい、何とかこの寒冷期を乗り越えるまでの食料を集めることができた。名も顔も知らぬお偉いさん、マジ感謝。

そんな僕は今、雪山を大量の荷物を持たされヒィヒイ言いながら歩かされていた。どこぞのブートキャンプでも、ザ・イジメでもない。村の為にやって来ていたのだ。

というのも、ある日村の猟師の一人が《山落し》(猪の魔獣ワイルドボアを村ではそう呼ぶ)を見つけたとかで討伐隊が組まれ、裏山への案内兼荷物持ちに僕が選ばれたわけだが、隣村から助っ人として呼ばれた凄腕の狩人もいるので、僕はただの荷物持ちと成り下がっていた。

「アタルっ!遅れてるぞっ!しっかり、ついてこい!」

「は、はいっ!すいませんっ!」

イライラとした狩人からの激を飛ばされながらも僕は嫌な顔をせず、狩人達の後を必死に着いていった。

「こら、アタル!ぶつくさ言ってないでしっかり着いてこい!」

少し先を歩く悪友のドブル(名前の割にイケメンなのが鼻につく)がニヤニヤしながら、先程の猟師の声真似をしながらからかってきた。

ドブルは村一番の猟師「ラングレー」家の長男で、2年前に成人の儀を終えたにも関わらず、いまだに一頭も獲物を仕留めたことがないという残念な奴だ。僕が仕留めた山鳥や野うさぎを、こっそりドブルに横流しして、ドブルの手柄にしているのも何故か村中に知れ渡っており、皆が生暖かい目で見守っていた。そのことを知らないのは、ドブルだけ。ああ、残念なドブル、かわいそーに。

「そーよ、アタル。ちゃんと働きなさーいっ!」

ドブルを睨んでいた僕にふわふわと浮く栗毛の女の子もからかってきた。彼女は村長の娘ターニャ・バスクードで風を司る《翠属性》の使い手だ。

「はい、はい、分かりましたよー。って、猟師の息子のドブルは分かるけど、何でターニャまで来てるの?」

「そりゃあ、翠の魔導師様だからよ。私の魔法があれば、魔獣なんてスパッ!よ、スパッ!残念ドブルなんかよりも役に立つんだから!」

「うーん、まあ確かに……」

「こらっ!アタル!納得するなっ!、そんな汚物を見るような目をしやがって!このへっぽこ猟師が、いつまで親の頭をかじるつもりだ?おまえの弟ダブルは、一人で山熊を狩っていたぞ。お前は速攻で吹っ飛ばされ、村に戻るまで気絶した挙げ句、目を覚ました瞬間、母親を山熊と間違えて襲いそうになり、逆にボッコボコに返り討ちにあったよな、とか考えてるんだろっ!」

「ドブル、かじるのは頭じゃないスネだ。それに、後半の話は知らない。何それ馬鹿なの?」

「うるせー、うるせー!親友だと思ってたのにこの裏切り者が!もう、口を聞いてやらないからな!」

ドブルは急ぎ足で駆け出そうしたところにターニャに呼び止められていた。

「あら?それじゃあ、ドブルは今後どうやって獲物を捕るのかしら?毎回アタルから譲って貰っていたのに」

「な、何故、それを!ま、まさか!アタルゥゥッ!」

ドブルは踏み出した体制のまま、こちらに顔を向けワナワナとわ震えていた。

「馬鹿!ターニャ!それは、言っちゃ駄目だろ!せっかくの賭けがパアに・・・あっ」

「おいいいいぃぃっ!あ、アタル?嘘だよな、俺とお前との盟約をお前は破ったのか?誰にも言わないと、あのとき堅くちかったじゃないかっ!なあ、嘘だよな、嘘だといってくれえええっ!それと、賭けってなんだあああああっ!」

ドブルは僕の肩をがっしり掴むと激しく揺らしながら叫んでいる。あーヤバイわー、大事な金づるくんにバレちゃったよ。口止め料と称して他のところよりも高額なお金で取引してたのに。それに、僕とドブルの取引を村中が知っていることをドブルが気づくかって、一年ごとに行っていた賭けもパアじゃないか。ちなみに僕は、一生気付かないと思い、気づかない方に毎回賭けていた。だって、ドブルだもん。ああぁ、今後どうしよう。そんなことをドブルに揺らされながら、僕は逡巡していた。

「おいっ!うるせえぞっ、餓鬼どもっ!もうすぐ、山落としを見かけた場所付近だっ!次、無駄口叩いたらぶち殺して山落としの餌にするぞっ!」

隣村からの助っ人の狩人サラハさんがドスの利いた声でこちらを睨み付けながら叫んだ。

「「「はいっ!」」」

あー、ヤバイ、ヤバイ。あの目は絶対、人殺してますわー。誰にも物怖じしないターニャでさえ、借りてきた猫みたいにおとなしくなったし、真面目に働きますかねー。

そうして、ドブルの件をうやむやにしたまましばらく黙々と歩いていると木が大きく抉れた場所と、熊の死骸を発見した。

「これは、縄張りの印だっ!この様子だと《山落し》は近くにいるはずだっ!手分けして、探すぞっ!餓鬼どもはガイルとともにここから離れて木に登っていろ。万が一木の上から見つけたら、この狼煙をあげろ。野郎共、行くぞっ!」

そう言うと、狩人達はあらかじめ決めていた班に分かれ捜索を始めた。僕ら三人とお守り役のガイルさんは来た道を少し戻り手頃な木に登って、辺りを見渡した。

「ターニャってさあ、感知はできないの?《山落し》の居場所が分かれば、すごい楽なのに」

することもなくて退屈だった僕は目の前をプカプカと浮かぶ魔導師様と雑談していた。

「うーん。今のところ私が使えるのって、この『浮遊術』と『鎌鼬《カマイタチ》』だけだからなー。私に魔法を教えてくれた人も感知系は苦手みたいで、これくらいしか教えてくれなかったよー」

この赤の国では、魔法を使用する時、詠唱と呼ばれる長ったらしいポエムのようなものを唱えたり、触媒を使って魔方陣を錬成したりというようなことはせず、複雑な術式を組み込んだ魔導具を使い、魔法を発動する手段を取っている。

魔法発動の手間を最小限に抑えようと考案されたこの技術は、熟練の魔導師でなくとも、安定した戦力が確保され赤の国は多くの戦で勝利を治めてきたという実績があるほど、魔導師にとって魔導具とは必要不可欠なアイテムだ。

しかし、ターニャは魔導具を介さず、魔法を行使している。それも無詠唱で。それを教えてくれた人というのが、黒いローブを着た白髪混じりで昼間から酒を飲むダメなおっさんだった。

彼にとっては酒の肴として、遊び半分で魔法の使いかたを村の子供たちに教えていたようだった。魔導師に憧れる当時、純粋無垢な僕らも彼の教えを聞き、試してみたものの全く出来る気がしなかった。ただ、ターニャだけは諦めず魔法の鍛練を続け、魔法を習得したのだった。

「そっか。じゃあ、見つからないと俺らずっと木の上かー(モグモグ)」

「そうね。日が暮れたら、私だけ村に帰ろうかしら(モグモグ)」

「ていうか、朝から『浮遊術』使って魔力持つの?(モグモグ)」

「まあ、何とか(モグモグ)」

僕らは弁当箱を広げ、雑談を続けていた。もはや、ピクニックだね。ああ、風が気持ちいい。

「おいっ!お前ら、少しは緊張感持てよっ!木の上だからって、魔獣に狙われたりすることもあるんだからなっ!周辺を警戒しとけっ!」

ガイルさんが緊張感もなくだらけていた僕らにいい加減キレ始めたようだった。

「まあまあ、ガイルさん。腹が減ったら仕事をサボろうって、言うじゃないですか。この唐揚げでも食べて、落ち着きましょう」

そう言って、ドブルは僕の弁当からひょいっと唐揚げを奪い、ガイルさんに渡していた。ん、唐揚げ?唐揚げだとっ!

「おいいいっ!ぼ、僕の唐揚げをっ!最後に食べようと思ってたのにっ!それに、腹が減っては戦はできぬなっ!」

「まあまあ、落ち着け友よ。お前のものは俺のもの、俺のものは俺の、ブフッ!」

僕は、ドブルが言い終わる前に顔面を殴り付けた。

「と、友よ、いい拳を持っているじゃないか。バタッ」

「はああ、本当お前らのお守りなんて、損な役回りだよ(モグモグ)」

ガイルさん……いや、ガイルが僕らのやり取りを大切な、大切な唐揚げを頬張りながら何か話している。ガイル、ドブルよ、この恨み忘ないからなあああっ!

ドンッ!!

えっ!何今の。突然、激しい爆発音とともに山の中腹で降り積もっていた雪が舞い上がっているんだけど。ま、まさか、僕の呪いでこんなことに……。ゴクッ。

「どうやら、獲物を見つけたようだな」

僕の考えを余所にガイルさんが目を細め中腹の様子を窺っていた。なんだ、呪いじゃないのか……。

ヴモオオオオオオッ!

強烈な雄たけびが山中に響き渡った時、僕は一瞬で血の気が引き、急に恐怖が押し寄せてきた。ターニャも浮遊を止めドブルや僕と同様に頭を抱え、ガタガタと震えていた。恐怖が頭の回路を埋め尽くしていくような感覚に襲われる。こわい、怖いっ!こわ、

パンっ!

よく見ると、ガイルが手を叩いていた。

「落ち着け!これが魔獣の恐ろしいところだ。一瞬で相手を恐慌状態にして、仕留める。どうだ!ただの獣と全然違うだろ、気引き締めとけっ!まあ、初めはしょうがねえがな……。だから、これでも噛んでろ」

僕らは震える身体を擦りながらガイルさんから渡された木の根っこのようなもの囓った。

「「「苦っ!」」」

「はははっ!あまりの苦さに恐怖が和らぐだろっ!まっ、恐怖を和らげる作用もあるらしいからな……。ちっ、最悪の事態だ!お前らはここで待機してろっ!」

「えっ!え?ど、ど、どうしたんですか、急に」

「ちらっと魔獣の姿が見えたが、ありゃあ普通の《山落し》じゃねえっ!変異種だ!こりゃあ、村の連中だけじゃあ、手に負えねえな……。おいっお前らっ!俺は応援を呼びに行く!お前らは、ここで一歩も動くんじゃねえぞ!いいなっ!」

「えっ、ちょ、ちょっと!」

僕らが動揺している間に、ガイルさんは颯爽と木を降り、村の方へと駆けていってしまった。

「えっ、逃げた?もしかして、逃げたの?」

「そ、それはないでしょ……さすがに……たぶん」

「お、お、おいっ、あれなんだ!?」

ガイルさんの行動に動揺していた僕は、ドブルが指差す方を眺めさらに驚愕した。雪崩が起き、木々が次々と薙ぎ倒されるという光景にただ眺めることしかできなかった。

「ね、ねえ、なんか、こっちに向かってない?」

ターニャの言うように僕らから見て右側に流れていた雪崩が徐々にこちらへと向かっているようで、それは目前まで迫ってきていた。

「やばいっ!ターニャ《浮遊術っ》!早くっ!」

そう言うと僕は、突然のことで戸惑っているターニャを抱き抱え地面へとダイブした。あっ、やば、ドブル忘れた……。

「えっ、えええええっっい!はあっ!ふっ、ふーっ……。な、なんとか間に合ったけど、無茶しないでよっ!」

「悪い、悪い。緊急事態なんだから、許してよ。」

「まあ、これを見れば……」

ブモオオオオオオッ!!

ターニャの言葉を掻き消し木を薙ぎ倒した元凶、黒い体躯、巨大な二本の牙、頭から突き出た二本の角を持つ《山落し》魔獣ワイルドボアの変異種が目の前に現れ、咆哮していた。
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