2 / 9
2:転生したら異国のお嬢様だった件
しおりを挟む
眠気など、一瞬で覚めた。私はあのとき死んだはずなのに、生きている。
「こ、ここはどこ……?」
柔らかい台の上にいるようだ。触り心地が滑らかな服を着ている。…………服⁉︎
「私、人間になってるーーーー!?」
そもそも、真上を向いて寝ていることに違和感を持つべきだった。そして、手があり足がある。
しかも、変化のときに残ってしまう耳と尻尾すらない、完璧な人間の姿である。
そもそもこの部屋の雰囲気は何だろう。私の知っているものと全く違うのだ。
コンコンコン
「お嬢様、失礼いたします」
お、お嬢様!?
「おや、お嬢様、いかがなさいましたか」
扉が開いて、黒髪に黒い服を着た人間の男が尋ねてきた。明らかに異国の服だが、きれいな身なりだということは私でもわかる。
「失礼ですが、あなたはどちら様ですか」
「私は執事のバルタサルでございますが……まさか」
バルタサルは青ざめた顔をした。
だが、私は少し安心している。言葉が通じるからだ。
「お嬢様、ご自身のお名前をお伺いいたします」
な、名前? 名前って言った?
「ビュウです」
「おいくつでございましょうか」
いくつ? 何が? えっと、この流れだと……。
「年齢のことですか?」
「そのとおりでございます」
「詳しくは覚えていませんが、だいたい千歳です」
バルタサルは目を見開いて、しばらく無言になった。何かまずいことを言ってしまった雰囲気だ。
十秒ほど経ってようやくバルサタルは口を開いた。
「医師をお呼びしましょう。記憶喪失か、憑きものの可能性がございます」
そう言って、バルタサルは焦るように部屋を出ていってしまった。
ふと気づいた。確かに言葉は通じるが、私が今まで聞いたことのない訛りだ。単語はそのままなので意味はわかるものの、丁寧語や細かい言い回しが異なる。
しかも私は今、人間にも通じる共通語で話しているというのに、この違和感。
しばらくして、再び扉が叩かれ、バルタサルと白い上着を着た男が入ってきた。
「失礼いたします」
医者とみられる白い上着の男は、私の寝床の横にひざまずいた。
「記憶喪失か憑きもののようだと伺っております。名前と年齢が全く違かったと」
「やっぱり違うんですね」
「言葉遣いもまるで違いますね。平民のような話し方をなさいます」
執事に、専属の医者。この体の人は相当な身分なのではないか。
「もう一度お伺いいたします。お名前は」
「ビュウです」
「名字は」
「コンです」
「年齢は」
「千歳くらいです」
医者は、手のひらに収まる大きさの紙の束に、何か書いていっている。私の答えを記録しているのだろう。
「あなたは悪魔ですか」
「あくま……? 聞いたことがありません。私は妖怪です」
「よう……かい?」
お互いが首を傾げてしまった。あくま、とは。しかも向こうは妖怪を知らない。
これはいったいどういうことなのだろう。
医者が重苦しい雰囲気で口を開いた。
「真実を申し上げますと、お嬢様のお名前はバネッサ・デ・ルスファでございます。ご年齢は二十一歳。ルスファ家のご嫡女として、王太子殿下とご結婚予定の方でございます」
「え、ええええぇぇぇぇええええ!!??」
二十一とか若っ! しかも王太子と結婚とか言ってなかった!?
「このご様子ですと、記憶喪失したのと同時に、誰かしら人間ではない生物の魂が入り込んできたのでしょう」
「僭越ながら、私、このような現象の名前を耳にしたことがございます」
診察を眺めていたバルタサルが、このタイミングで入り込んできた。私は固唾を飲んだ。
「転生、でございます」
ああ、聞いたことがある。生まれ変わること、特に記憶を持ったまま生まれ変わることである。
「確かにそのような現象はございます。前世の記憶を持つ人は少なからずいるようです。ですが、記憶喪失して前世の記憶だけが残ることは、未だかつて聞いたことはございませんね……」
千年生きた私でさえ、この医者と同じ考えである。が、今まさに己の身に、記憶喪失と転生が同時に起きているのだ。
この事実を受け入れるしかないようだ。
「……承知しました。私はこの体に合わせてバネッサさんとして生きていきます」
そう言うしかない。この体は人間なので、今までのように妖術は使えるはずもない。
私が悶々としているうちに、「まずは旦那様と奥様、アグスティナ様にお伝えしてまいります」と医者が、「では私が、使用人の皆に伝えておきます」とバルタサルが申し出て、部屋をあとにした。
何もすることがわからない私は、とりあえず辺りを見渡して、鏡がある家具を見つけた。
「この体のバネッサという方は、どのようなお顔なの」
起き上がって、履物もなしに裸足のままでペタペタとその家具の方へ歩いていく。
鏡に自らの姿が写った。
銀髪という点は同じだった。
しかし、くせ毛なのか巻いているのか、大きくうねりがある。顔の彫りは深くて整っている。目の色は琥珀のような黄色で美しい。
これが他人の姿であるならば構わないのだが、間違いなく自分の姿である。「えっ……」という声と口の形が一致しているのもあって、より実感させられる。
「どうしてこうなった……」
記憶を持って転生するなら、また妖怪として生まれ変わりたかった。こんな全くの異国では、この千年の経験はどこにも通じないではないか。唯一、会話が成立するのが奇跡的だ。
私は絶望感に打ちひしがれながら、部屋の外でバタバタと走り回るような音を聞いているしかなかった。
「こ、ここはどこ……?」
柔らかい台の上にいるようだ。触り心地が滑らかな服を着ている。…………服⁉︎
「私、人間になってるーーーー!?」
そもそも、真上を向いて寝ていることに違和感を持つべきだった。そして、手があり足がある。
しかも、変化のときに残ってしまう耳と尻尾すらない、完璧な人間の姿である。
そもそもこの部屋の雰囲気は何だろう。私の知っているものと全く違うのだ。
コンコンコン
「お嬢様、失礼いたします」
お、お嬢様!?
「おや、お嬢様、いかがなさいましたか」
扉が開いて、黒髪に黒い服を着た人間の男が尋ねてきた。明らかに異国の服だが、きれいな身なりだということは私でもわかる。
「失礼ですが、あなたはどちら様ですか」
「私は執事のバルタサルでございますが……まさか」
バルタサルは青ざめた顔をした。
だが、私は少し安心している。言葉が通じるからだ。
「お嬢様、ご自身のお名前をお伺いいたします」
な、名前? 名前って言った?
「ビュウです」
「おいくつでございましょうか」
いくつ? 何が? えっと、この流れだと……。
「年齢のことですか?」
「そのとおりでございます」
「詳しくは覚えていませんが、だいたい千歳です」
バルタサルは目を見開いて、しばらく無言になった。何かまずいことを言ってしまった雰囲気だ。
十秒ほど経ってようやくバルサタルは口を開いた。
「医師をお呼びしましょう。記憶喪失か、憑きものの可能性がございます」
そう言って、バルタサルは焦るように部屋を出ていってしまった。
ふと気づいた。確かに言葉は通じるが、私が今まで聞いたことのない訛りだ。単語はそのままなので意味はわかるものの、丁寧語や細かい言い回しが異なる。
しかも私は今、人間にも通じる共通語で話しているというのに、この違和感。
しばらくして、再び扉が叩かれ、バルタサルと白い上着を着た男が入ってきた。
「失礼いたします」
医者とみられる白い上着の男は、私の寝床の横にひざまずいた。
「記憶喪失か憑きもののようだと伺っております。名前と年齢が全く違かったと」
「やっぱり違うんですね」
「言葉遣いもまるで違いますね。平民のような話し方をなさいます」
執事に、専属の医者。この体の人は相当な身分なのではないか。
「もう一度お伺いいたします。お名前は」
「ビュウです」
「名字は」
「コンです」
「年齢は」
「千歳くらいです」
医者は、手のひらに収まる大きさの紙の束に、何か書いていっている。私の答えを記録しているのだろう。
「あなたは悪魔ですか」
「あくま……? 聞いたことがありません。私は妖怪です」
「よう……かい?」
お互いが首を傾げてしまった。あくま、とは。しかも向こうは妖怪を知らない。
これはいったいどういうことなのだろう。
医者が重苦しい雰囲気で口を開いた。
「真実を申し上げますと、お嬢様のお名前はバネッサ・デ・ルスファでございます。ご年齢は二十一歳。ルスファ家のご嫡女として、王太子殿下とご結婚予定の方でございます」
「え、ええええぇぇぇぇええええ!!??」
二十一とか若っ! しかも王太子と結婚とか言ってなかった!?
「このご様子ですと、記憶喪失したのと同時に、誰かしら人間ではない生物の魂が入り込んできたのでしょう」
「僭越ながら、私、このような現象の名前を耳にしたことがございます」
診察を眺めていたバルタサルが、このタイミングで入り込んできた。私は固唾を飲んだ。
「転生、でございます」
ああ、聞いたことがある。生まれ変わること、特に記憶を持ったまま生まれ変わることである。
「確かにそのような現象はございます。前世の記憶を持つ人は少なからずいるようです。ですが、記憶喪失して前世の記憶だけが残ることは、未だかつて聞いたことはございませんね……」
千年生きた私でさえ、この医者と同じ考えである。が、今まさに己の身に、記憶喪失と転生が同時に起きているのだ。
この事実を受け入れるしかないようだ。
「……承知しました。私はこの体に合わせてバネッサさんとして生きていきます」
そう言うしかない。この体は人間なので、今までのように妖術は使えるはずもない。
私が悶々としているうちに、「まずは旦那様と奥様、アグスティナ様にお伝えしてまいります」と医者が、「では私が、使用人の皆に伝えておきます」とバルタサルが申し出て、部屋をあとにした。
何もすることがわからない私は、とりあえず辺りを見渡して、鏡がある家具を見つけた。
「この体のバネッサという方は、どのようなお顔なの」
起き上がって、履物もなしに裸足のままでペタペタとその家具の方へ歩いていく。
鏡に自らの姿が写った。
銀髪という点は同じだった。
しかし、くせ毛なのか巻いているのか、大きくうねりがある。顔の彫りは深くて整っている。目の色は琥珀のような黄色で美しい。
これが他人の姿であるならば構わないのだが、間違いなく自分の姿である。「えっ……」という声と口の形が一致しているのもあって、より実感させられる。
「どうしてこうなった……」
記憶を持って転生するなら、また妖怪として生まれ変わりたかった。こんな全くの異国では、この千年の経験はどこにも通じないではないか。唯一、会話が成立するのが奇跡的だ。
私は絶望感に打ちひしがれながら、部屋の外でバタバタと走り回るような音を聞いているしかなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
学園アルカナディストピア
石田空
ファンタジー
国民全員にアルカナカードが配られ、大アルカナには貴族階級への昇格が、小アルカナには平民としての屈辱が与えられる階級社会を形成していた。
その中で唯一除外される大アルカナが存在していた。
何故か大アルカナの内【運命の輪】を与えられた人間は処刑されることとなっていた。
【運命の輪】の大アルカナが与えられ、それを秘匿して生活するスピカだったが、大アルカナを持つ人間のみが在籍する学園アルカナに召喚が決まってしまう。
スピカは自分が【運命の輪】だと気付かれぬよう必死で潜伏しようとするものの、学園アルカナ内の抗争に否が応にも巻き込まれてしまう。
国の維持をしようとする貴族階級の生徒会。
国に革命を起こすために抗争を巻き起こす平民階級の組織。
何故か暗躍する人々。
大アルカナの中でも発生するスクールカースト。
入学したてで右も左もわからないスピカは、同時期に入学した【愚者】の少年アレスと共に抗争に身を投じることとなる。
ただの学園内抗争が、世界の命運を決める……?
サイトより転載になります。
異能力と妖と
彩茸
ファンタジー
妖、そして異能力と呼ばれるものが存在する世界。多くの妖は悪事を働き、異能力を持つ一部の人間・・・異能力者は妖を退治する。
そんな異能力者の集う学園に、一人の少年が入学した。少年の名は・・・山霧 静也。
※スマホの方は文字サイズ小の縦書き、PCの方は文字サイズ中の横書きでの閲覧をお勧め致します
フォーリーブス ~ヴォーカル四人組の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
デュエットシンガーとしてデビューしたウォーレン兄妹は、歌唱力は十分なのに鳴かず飛ばずでプロデューサーからもそろそろ見切りをつけられ始めている。そんな中、所属する音楽事務所MLSが主催する音楽フェスティバルで初めて出会ったブレディ兄妹が二人の突破口となるか?兄妹のデュエットシンガーがさらに二人の男女を加えて四人グループを結成し、奇跡の巻き返しが成るか?ウォーレン兄妹とブレディ兄妹の恋愛は如何に? == 異世界物ですが魔物もエルフも出て来ません。直接では無いのですけれど、ちょっと残酷場面もうかがわせるようなシーンもあります。 == ◇ 毎週金曜日に投稿予定です。 ◇
サフォネリアの咲く頃
水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。
人と人ではないものたちが存在する世界。
若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。
それは天使にあるまじき災いの色だった…。
※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も?
※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/50469933
踊れば楽し。
紫月花おり
ファンタジー
【前世は妖!シリアス、ギャグ、バトル、なんとなくブロマンスで、たまにお食事やもふもふも!?なんでもありな和風ファンタジー!!?】
俺は常識人かつ現実主義(自称)な高校生なのに、前世が妖怪の「鬼」らしい!?
だがもちろん前世の記憶はないし、命を狙われるハメになった俺の元に現れたのは──かつての仲間…キャラの濃い妖怪たち!!?
ーーー*ーーー*ーーー
ある日の放課後──帰宅中に謎の化け物に命を狙われた高校2年生・高瀬宗一郎は、天狗・彼方に助けられた。
そして宗一郎は、自分が鬼・紅牙の生まれ変わりであり、その紅牙は妖の世界『幻妖界』や鬼の宝である『鬼哭』を盗んだ大罪人として命を狙われていると知る。
前世の記憶も心当たりもない、妖怪の存在すら信じていなかった宗一郎だが、平凡な日常が一変し命を狙われ続けながらも、かつての仲間であるキャラの濃い妖たちと共に紅牙の記憶を取り戻すことを決意せざるをえなくなってしまった……!?
迫り来る現実に混乱する宗一郎に、彼方は笑顔で言った。
「事実は変わらない。……せっかくなら楽しんだほうが良くない?」
そして宗一郎は紅牙の転生理由とその思いを、仲間たちの思いを、真実を知ることになっていく──
※カクヨム、小説家になろう にも同名義同タイトル小説を先行掲載
※以前エブリスタで作者が書いていた同名小説(未完)を元に加筆改変をしています
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる