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2:転生したら異国のお嬢様だった件

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 眠気など、一瞬で覚めた。私はあのとき死んだはずなのに、生きている。

「こ、ここはどこ……?」

 柔らかい台の上にいるようだ。触り心地が滑らかな服を着ている。…………服⁉︎

「私、人間になってるーーーー!?」

 そもそも、真上を向いて寝ていることに違和感を持つべきだった。そして、手があり足がある。
 しかも、変化のときに残ってしまう耳と尻尾すらない、完璧な人間の姿である。

 そもそもこの部屋の雰囲気は何だろう。私の知っているものと全く違うのだ。

 コンコンコン

「お嬢様、失礼いたします」

 お、お嬢様!?

「おや、お嬢様、いかがなさいましたか」

 扉が開いて、黒髪に黒い服を着た人間の男が尋ねてきた。明らかに異国の服だが、きれいな身なりだということは私でもわかる。

「失礼ですが、あなたはどちら様ですか」
わたくしは執事のバルタサルでございますが……まさか」

 バルタサルは青ざめた顔をした。
 だが、私は少し安心している。言葉が通じるからだ。

「お嬢様、ご自身のお名前をお伺いいたします」

 な、名前? 名前って言った?

「ビュウです」
「おいくつでございましょうか」

 いくつ? 何が? えっと、この流れだと……。

「年齢のことですか?」
「そのとおりでございます」
「詳しくは覚えていませんが、だいたい千歳です」

 バルタサルは目を見開いて、しばらく無言になった。何かまずいことを言ってしまった雰囲気だ。

 十秒ほど経ってようやくバルサタルは口を開いた。

「医師をお呼びしましょう。記憶喪失か、きものの可能性がございます」

 そう言って、バルタサルは焦るように部屋を出ていってしまった。

 ふと気づいた。確かに言葉は通じるが、私が今まで聞いたことのないなまりだ。単語はそのままなので意味はわかるものの、丁寧語や細かい言い回しが異なる。
 しかも私は今、人間にも通じる共通語で話しているというのに、この違和感。

 しばらくして、再び扉がたたかれ、バルタサルと白い上着を着た男が入ってきた。

「失礼いたします」

 医者とみられる白い上着の男は、私の寝床の横にひざまずいた。

「記憶喪失か憑きもののようだと伺っております。名前と年齢が全く違かったと」
「やっぱり違うんですね」
「言葉遣いもまるで違いますね。平民のような話し方をなさいます」

 執事に、専属の医者。この体の人は相当な身分なのではないか。

「もう一度お伺いいたします。お名前は」
「ビュウです」
「名字は」
「コンです」
「年齢は」
「千歳くらいです」

 医者は、手のひらに収まる大きさの紙の束に、何か書いていっている。私の答えを記録しているのだろう。 

「あなたは悪魔ですか」
「あくま……? 聞いたことがありません。私は妖怪です」
「よう……かい?」

 お互いが首を傾げてしまった。あくま、とは。しかも向こうは妖怪を知らない。

 これはいったいどういうことなのだろう。

 医者が重苦しい雰囲気で口を開いた。

「真実を申し上げますと、お嬢様のお名前はバネッサ・デ・ルスファでございます。ご年齢は二十一歳。ルスファ家のご嫡女として、王太子殿下とご結婚予定の方でございます」

「え、ええええぇぇぇぇええええ!!??」

 二十一とか若っ! しかも王太子と結婚とか言ってなかった!?

「このご様子ですと、記憶喪失したのと同時に、誰かしら人間ではない生物の魂が入り込んできたのでしょう」
僭越せんえつながら、わたくし、このような現象の名前を耳にしたことがございます」

 診察を眺めていたバルタサルが、このタイミングで入り込んできた。私は固唾を飲んだ。

「転生、でございます」

 ああ、聞いたことがある。生まれ変わること、特に記憶を持ったまま生まれ変わることである。

「確かにそのような現象はございます。前世の記憶を持つ人は少なからずいるようです。ですが、記憶喪失して前世の記憶だけが残ることは、未だかつて聞いたことはございませんね……」

 千年生きた私でさえ、この医者と同じ考えである。が、今まさに己の身に、記憶喪失と転生が同時に起きているのだ。
 この事実を受け入れるしかないようだ。

「……承知しました。私はこの体に合わせてバネッサさんとして生きていきます」

 そう言うしかない。この体は人間なので、今までのように妖術は使えるはずもない。

 私が悶々もんもんとしているうちに、「まずは旦那様と奥様、アグスティナ様にお伝えしてまいります」と医者が、「ではわたくしが、使用人の皆に伝えておきます」とバルタサルが申し出て、部屋をあとにした。

 何もすることがわからない私は、とりあえず辺りを見渡して、鏡がある家具を見つけた。

「この体のバネッサという方は、どのようなお顔なの」

 起き上がって、履物もなしに裸足のままでペタペタとその家具の方へ歩いていく。

 鏡に自らの姿が写った。

 銀髪という点は同じだった。
 しかし、くせ毛なのか巻いているのか、大きくうねりがある。顔の彫りは深くて整っている。目の色は琥珀こはくのような黄色で美しい。

 これが他人の姿であるならば構わないのだが、間違いなく自分の姿である。「えっ……」という声と口の形が一致しているのもあって、より実感させられる。

「どうしてこうなった……」

 記憶を持って転生するなら、また妖怪として生まれ変わりたかった。こんな全くの異国では、この千年の経験はどこにも通じないではないか。唯一、会話が成立するのが奇跡的だ。

 私は絶望感に打ちひしがれながら、部屋の外でバタバタと走り回るような音を聞いているしかなかった。
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