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第三章 元女子高生、異世界で反旗を翻す

37:届け! 農民からのあまたのお便り

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 農村では村長が頭を悩ませていた。
 今日は週に一回の、村の農民が全員集まって話し合う日。もとはグローリアが週一で演奏しに来ていた日である。

「ワシの経験から推測すると、おとといのクーデターは、グローリア様が毒殺されそうになったことと関連があると思うのじゃが」
「絶対そうだろ! グローリア様が邪魔だったから毒で……!」

 自分たちの恩人であるグローリア。彼女のいないところでは、だいぶ前から『アールテムの聖女』と崇める存在になっている。
 そんな神聖な聖女を傷つけたことは、農民にとって絶対に許せないものであった。

「とにかくワシらは、トリスタン公爵に逆らう姿勢で行こうかの。あやつが国王になるなど認めん。ワシらを元の『食料調達人』にしてはならぬ」
「それは分かっています。しかし農民だけでは……」

 村長が何かひらめいたようだ。

「なんとしてでも、グローリア様の一日でも早い回復を祈るしかない。手紙でも絵でもよいから、グローリア様を勇気づけるものを作ってほしい」
「「「おぉ!」」」

 村民全員が感嘆の声をあげる。

「グローリア様から少し文字を教わったから、お手紙書いてみようかな」
「サックスのお姉ちゃんの絵描くー!」
「俺も描く!」

 さっそく農民たちは農作業の合間をぬって、いそいそとプレゼントの用意をし始めたのだった。





 私は日々手応えを感じていた。サックスの練習を再開してからというもの、体力がついてきてすぐにバテなくなっていたのだ。
 しかも自分が大好きな音楽なので、自然と自らすすんでリハビリができている。

 それでも全回復にはまだ遠い。十八番おはこである『まどろみのむこうに』を吹いても、納得のいくものではなかった。

「グローリア様、何やら農村からたくさんのお手紙が届きましたよ」

 農村から? 最近行けてないからきっと心配してるよね……。

「たくさんって、そこのテーブルに乗りきりますよね?」
「……ギリギリですかね」
「そんなに!?」

 私の部屋には一人用の小さなテーブルしかない。いくらお手紙といっても、ギリギリ乗るくらい多いの!?

「はい、ほとんどは手紙ですが、一つだけ大きな絵でして……」

 私は待ちきれず、ジェンナの後について玄関に向かった。
 玄関が見えたとたん、床にできた山に目がいった。これらが例の手紙だろう。

「うわぁ……ホントにたくさん!」
「そしてこれが絵なのですが、子供が描いたような絵でして」

 子供特有の、一色だけしか使わなかったり、顔から手足が生えていたりする独特の描き方。

「では手分けしてグローリア様のお部屋に」
「はい」

 他の使用人たちも集まって、山のような手紙を両腕に抱えこむ。
 私もかがんで何枚か手紙を取ろうとした、が。

「グローリア様は先にお戻りになってください」

 使用人の一人に止められてしまった。

「せっかく来たので……」
「いやでも……」
「あ……分かりました」

 私の体を気づかってくれてるんだろうな。こっちが折れるしかなさそうだね。
 私は使用人たちの後についていき、彼らが途中で落とした手紙を拾い集める。おまけに部屋のドアを開けて押さえる。

「恐れ入ります」
「乗り切らなかったらベッドに置いてください」
「承知いたしました」

 どんどんテーブルに乗せられていく手紙たち。私が拾った分も含めてなんとかテーブルに置くことができ、大きな絵はベッドに置かれた。
 使用人たちが出ていくと、私はまず村長からの手紙を読むことにした。

 なるほど、そういうことがあったのね。
 手紙によると、私が早く復帰できるように、元気になってもらえるように、村民全員で手紙や絵を書いた(描いた)らしい。村長の文も含めて読みにくいかもしれないが、許しておくれとのこと。

「へぇ……こんなに文字書けるようになったんだね!」

 確かに鏡文字になっていたり、形がいびつだったり、誤字がひどかったりと読みにくい。だがそんなものはどうでもいい。私のために書いてくれたというだけで十分だ。
 いつの間にか、私のほほが涙でぬれていた。

『つらいと思いますが、またグローリア様の演奏が聴けるのを楽しみにしています』
『先日グローリア様が倒れられたと伺った時、僕たちはどうなってしまうのだろうと不安になって眠れませんでした』
『早くよくなって、あのトリスタンを倒してくれ!』
『さっくすのおねえさん、だいすきです。またいっしょにおうたをうたいたいです』

 苦しかった。風邪をひいて寝こんでいるのとはわけが違った。
 心は元気なのに、体がついてこない。そのもどかしさで心もどこかに置いてけぼりになりそうだった。
 でもリリーやベル、使用人たち、お見舞いに来てくれた人のおかげで心だけは安定させることができた。

 いや……私の帰りを待っている全ての人のおかげだ。

「……ありがと。農村に行けるようになったら、ちゃんとお礼しないとね」

 半日かけてすべての手紙を読み終わった。私は大きめの袋に手紙を入れ、大きな絵は部屋の壁に飾ってもらう。朝起きてすぐに目に留まるところに。

 青い空の下で真ん中で私がサックスを吹き、その周りに『自分たち』が生き生きと描かれた大作であった。

「よし、練習するか」

 壁に立てかけたサックスのケースを持ってきて組み立てると、抱きかかえた。ネックの部分がちょうど肩に乗っかっている。

「私の相棒。前世からの私の相棒。またあの時の音を奏でたい。農民にも平民にも貴族にも、私の音を届けたい。また、私と一緒に演奏してくれるかな」

 …………返ってくるわけないか。でも、ホントだよ?

 私はマウスピースをくわえて吹き始める。部屋の中に窓からあたたかい光が差しこみ、部屋中に広がった。心の中で感情が渦巻いている。
 窓の桟に置いている少し枯れかかった花が、時が戻ったかのように咲き乱れた。
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