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第三章 元女子高生、異世界で反旗を翻す

32:音楽家として宰相として、パーティーは大忙し!

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 私はいつものグレーのスーツではなく、お呼ばれ用のドレスを着ていた。

「ちゃんとしたパーティーに出るの、久しぶりだから緊張する……」

 ピンク色のショートヘアも今日はしっかりセットして、青バラの髪飾りで片耳を見せる。青バラはアールテム王国のモチーフである。

 じゃあいつもはしっかりセットしてないのかって? そ、そんなことないし! ほら、特別な日の身支度って気合い入るでしょ? そういうこと!

 鏡の前で顔を左右に振る。銀色のリングピアスもゆらゆらと耳もとで揺れた。

「よし、これでオッケー」

 自分の寝室から出ると、ちょうど洗濯物を持ったジェンナと会った。

「今日は夜までいないので、しっかり留守番を頼みますね」
「はい、おまかせください」

 自分たちで掃除・洗濯・料理・買い物をしていたあの頃が、昨日のことのように思えてくる。でもどこか懐かしい。

「いつもありがとうございます」

 例の前世で鍛えた営業スマイルではなく、心からの感謝をこめて笑顔でお礼を言った。

「いえいえ。それでは皆さまのご準備が整ったらお声かけください」

 私は広間の方にスタスタと歩いていった。





「お姉ちゃん、どう?」

 私を見つけるやいなや、リリーはドレスのすそをつまんでこちらに駆けてくる。

「おぉっ、いいの着せてもらったじゃん! へぇ~かわいいっ!」

 リリーのドレスにあしらわれた細かい模様をじっくりと眺める。

「こうなってんのかぁ。なるほどなるほど」

 こういうの見ると、毎日のようにスーツを着ているせいもあって、中に眠る乙女心がくすぐられるっていうか……。

「髪の毛もアップにしてもらったんだね」

 チャームポイントであるツインテールを封印している。それだけで新鮮であった。

「準備はできたかい」

 シックなドレスに身を包むベルが姿を現す。
 これはこれで貫禄かんろくがすごい……!

 私はさっき別れたばかりのジェンナに声をかけた。
 外には馬車が待機している。私たち三人が馬車に乗りこむと、使用人たちがお見送りをしてくれた。

「「「いってらっしゃいませ」」」

 馬車の窓から使用人たちに手を振ると、御者が合図を出して馬車が動き始めた。





 ほぼ毎日のように歩いていく道を、座りながらゆっくり移動していくのは新鮮だった。
 私ひとりならば歩いていくものの、おばあちゃんであるベルも一緒なので馬車を選んだ。
 まぁ、あとはパーティーに行くっていう雰囲気づくりかな?

「もうすぐ着きますよ」

 御者の声に窓から顔を出すと、すぐそこまで王城が見えている。
 移動時間が長いと飽きそうなリリーは、まったく飽きている様子はない。

「えー、もう着いちゃうの?」
「まぁ、王城だからね」
「帰りも乗るんだから、その楽しみは帰りまで取っておきな」

 さすがなだめ方がうまいベルに、私は舌を巻く。
 王城の門の前に、正装の男性二人が待っていた。

「グローリア様、イザベル様、リリアン様、ようこそお越しくださいました」

 いつもいつもここにくるけど、こんなに丁寧に出迎えてくれることないし。
 ツッコミたいあれこれは心の中に留めておいて。

「お出迎えありがとうございます」

 先にリリーとベルを降ろし、私はサックスのケースを背負い、手を貸してもらいながら馬車から降りた。





 今日招待したのは、私が新しく交易を始めた三か国の代表たちである。
 全員が集まるまで待ちながら、みんなにあいさつをしてまわる。それが終わると私は会場の部屋を出て、王城の中にあるホールに向かった。
 私の顔つきは、宰相の顔から宮廷音楽家の顔に変わる。

「ご招待した全員がそろいました」
「よし、グローリア! 僕たちでパーティーを盛り上げよう!」

 そういうノリの曲じゃないでしょ。社交ダンス用の生演奏なんだから。
 私は団長に苦笑いをしながらサックスを組み立てた。三十秒くらいの超短いウォーミングアップをすると、待たせていたみんなに「オッケーです」とうなずく。

「それじゃあみんな、会場に移動するよ」

 団長が手を上げると、私たちは団長の後に続いて背筋を伸ばしながら歩いていった。





 部屋の外にもガヤガヤと話し声が漏れ出ている。
 中に入ると、私たち管弦楽団を拍手と歓声で出迎えてくれた。

「グローリア様は踊らないのかしら」
「そもそも宮廷音楽家だからな。踊るよりそちらの方が優先だろうね」

 ダンスのペアがコソコソとしゃべっている。
 さすがにこの人ごみでは会話の内容は聞き取れない。だが明らかに目線が私の方に向けられている。

 まぁ、気にしない気にしない!

 指揮者が指揮棒を持つ右手を構えた。
 私たちの演奏を背にして、何組かのペアが優雅に踊り始めた。自分が演奏している時はもちろん指揮者を見るが、休みの時は視線をずらしてダンスも拝見。

 私たちの演奏があるからこそ成り立ってるこの感じ、いいよね……。

 ホルンと同じの裏メロを吹いたり、クラリネットと同じの弾むようなリズムのメロディを吹いたり、ハーモニーを作り出す一員になったり。私は曲中に色々なパートにお邪魔している。
 そしてたまにソロが回ってくる。

 この曲の雰囲気に合うよう、おおらかなイメージでソロを奏でた。

 曲は続いているが、私は座っているイスの隣にサックスを置き、サックスをつるしているストラップも外して、イスの上に置いた。
 そのまま近くのドアから部屋を出ていく。何をするのかと思わせて、また別のドアから部屋に戻ってくる。

「あぁ、忙しっ!」

 公爵の身分でしかも宰相で、礼儀上何もしないわけにはいかない。たまたま近くにいた男性から声をかけられた。
 貿易相手国になったばかりのカルラー王国で、そこの国王の側近である。

「あれ、ついさっきまでそこで演奏なさっていましたよね」
「役目が終わったので」
「なるほど、それなら私と踊りませんか?」
「喜んで」

 その人にエスコートされながら、私たちは大勢の前に躍り出た。いつの間にかオーケストラから抜けて、こちら側に来ているのを知らない人たちが、私を見て驚いている。

 覚えたての社交ダンスだが、うまく踊れているかは分からない。
 でもダンスはけっこう好きだし、言っちゃあれだけどこの人、顔はいい方だと思うし。個人的にね。ダンス関係ないけど……。

 二曲連続で踊り終えると、表舞台から一旦下がった。

「つい数か月前に爵位を手に入れたばかりだとお伺いしたのですが、社交ダンスはいつから?」
「その数か月前、貴族になってすぐからです。足を引っ張ってしまいましたか?」
「いやいや……! とても数か月とは思えない」

 今日でこの人に会うのは二回目だが、とても表情が豊かで分かりやすい。驚きの表情だけで十分すぎるくらいに。

「私には何年かは経験があるように思えました。平民であられる時から趣味でしていたのかと、一瞬考えたほどです」
「ありがとうございます。そもそも、私はこの世界でまだ半年くらいしか生きてないので」

 あからさまに口をぽかんと開けて、「……え? マジ?」と言いそうな顔をする。
 顔が物語りすぎてしゃべんなくても分かるわ!

「グローリアさん、それってどういうことなのです?」

 私たちの前にいた婦人が話に割りこんできた。

「私には前世の記憶があるんです。こことは違う世界で、魔法がない世界。みながいう『アンマジーケ』に住んでいました。私は十八歳に事故で死に、起きたら体の大きさは変わらず、この王都の中で倒れていました」
「そんなことがあるのね! そこから公爵に?」
「はい」

 私が元平民であることは他の国にも知られていたようだが、さすがにアンマジーケ出身であることは知らなかったらしい。
 そうだよね。平民が貴族になることですらすごいのに、しかも公爵にまでなっちゃてるし。音楽家なのに宰相やっちゃってるし、しかも十八歳で。
 私のことを伝えるのに情報がありすぎってことだよね。

「さっきのダンス、なかなかよかったわよ。ダンス歴三十年の私から見てもね。磨けばより精練されると思うわ」
「ありがとうございます」

 あれはお世辞じゃないよね? そうだよね?
 貴族になって急いで習ったものだが、私には満足すぎる結果になってくれた。
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