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第二章 元冒険者、弓の騎士になる
20:あの時と今との共通点(短距離編)
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「クリスタル君の本名を教えてくれないか」
表情が固まり、冷や汗が止まらなくなり、頭の中が「バレた」の三文字だけで満たされる。
「本名ですか」
これは潔く本名を言うしかない。私は弓の名門・アーチャー家の子ども。だけど弓が下手すぎて追放されたアーチャー家の子ども。
「……クリスタル・フォスター・アーチャーです」
「冒険者の中では有名なアーチャー家の方なんだよね」
「おっしゃる通りです。ですが」
きっとこの人は知っているだろう。言ってしまおう。
「今はもう名字は名乗ってないんです。父から追放されたので」
私の言葉を聞いたリッカルドが「えっ」と目を見開いた。
「あぁ、そういうことだろうと思ったよ。でもどうしてかな。リッカルドがわざわざ私に報告するくらいの逸材なのに、武術大会での記録が『冒険者歴二年目組 長距離部門 第一位』だけ。クリスタル君のごきょうだいの記録はたくさんあるのだが。
しかもクリスタル君は、本人の前で言うのもなんだが、うまくないという情報が多い。いったいどういうことなのか。情報だけではさすがに分からないから、聞いてもいいかな」
私が冒険者だったころのことは完璧に調べ上げられていた。膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめる。
「どうぞ」
「まず、私が今言った情報に間違いがあったら教えて」
「……どれも事実です。間違ってないです」
「そっか。余計に分からなくなってきたな」
騎士団長は深刻そうに黙りこんでしまった。
ハッと何か思いついたリッカルドは、騎士団長にこそこそと話し始める。
「父上、彼女の実力を疑っておられるのですか」
「情報が情報だからな……。お前の目も信じたいのだが……」
「いや、彼女の発射は無駄がなく見事です。父上、まずはご自身の目でご覧になっては」
「そうか、百聞は一見に如かず……か」
こそこそ話の内容が、地獄耳の私にはすべて筒抜けになっていることはさておき、突如 騎士団長は立ち上がった。
「リッカルドの言う通り、さっそくクリスタル君の腕を見せてもらおうか」
「は、はい」
待ちきれないのかそそくさと応接室を出ていく騎士団長。慌てて弓道具を持って追いかける私とリッカルド。
「お客様なのに、父上……」
私の後ろについてくれているリッカルドは、やれやれとため息をつくのだった。
廊下を渡り『二号棟』と書かれた看板の下をくぐる。その瞬間、同じ制服を着た騎士たちによる「こんにちは!」のあいさつの嵐が飛んできたのだ。
しかし、騎士団長は会釈もせずに通り過ぎる。というより、私にあいさつされているように感じて、私が会釈してしまうほどのあいさつ砲だ。
私たちが通り過ぎた直後には、「えっ、女の子!?」と動揺している声が聞こえてきた。そりゃそうだよね。
二号棟の廊下の途中にあるドアを開けると、騎士団寮の庭に着いた。
まずはその広さに目を見張る。とにかく広い。いつもの練習場よりも、ギルドの練習場よりも広い。
その中に二つだけ、手前と一番奥に的が置かれている。短距離用と長距離用だ。
「よし、準備して」
二号棟の建物に立てかけるようにして荷物を置き、中から防具を取り出して身に着ける。準備が終わると、リッカルドにつれられて短距離用の的の正面に立たされた。
「じゃあ好きな時に撃ってね」
リッカルドは一歩下がって、私の視界から消えてしまった。
騎士団長はドアの横で腕を組んで立っている。少し見上げると、二号棟の窓に張りつくようにうじゃうじゃと騎士たちがこちらを見ていた。ひぃ……。
これは武術大会を思い出さざるを得ない。長距離部門の、あの空気。あの場にいたすべての人の視線が私自身に向けられていたあの時。
今はもちろん、なぜかあの時は父の圧を感じることがなかった。短距離部門ではひしひしと感じていたはずなのに。
あの時と今との共通点は、私が純粋に多くの人から期待されていること。しかも今は、騎士団長とリッカルド以外の人は、アーチャー家の子どもではなく一人の弓使いとして見てくれているのだ。
それがとても嬉しく、変にプレッシャーにならなかった。
弓を引く。風はやや左からやや右へ吹いている。ここだ。
飛んでいく矢は、私の読みどおりの軌道を描いて的の真ん中に刺さる。
「「「おぉぉっ」」」
パチパチパチパチ……
窓から見ていた傍観者たちの拍手が巻き起こる。
「もう一本やってみて」
「はい」
リッカルドに促され、腰にかけている矢筒から矢を一本取り出す。
風向きはあまり変わっていない。微調整して……ここかな。
ピュンッ!
ど真ん中よりはほんの少し右にずれたところに刺さる。これも命中。
一本目より大きな拍手と歓声が上がる。
「三本目、これが最後で」
はいとうなずいた私だったが、矢を準備している間に風向きが真逆に変わってしまった。急に風向きが変わる気候は、ウォーフレム王国の特性だ。
これは私への試練だ。一筋縄ではいかないよね。
ねらいは一、二本目の時の反対側にし、矢を放つ。
思ったより風に流されずに飛んでいったので命中はしなかったが、中心に近いところに当たった。
「はい、ありがとう。まぁ、三本目は風向きが変わっちゃったからね。でもあの誤差ならいいんじゃない」
「あ、はい。次は長距離ですか?」
波に乗っている気がする。今すぐやりたい。
「休憩はいらないの?」
「大丈夫です」
リッカルドが私へ落としていた視線を、遠くの方に移した。つられて私も同じ方を見ると、騎士団長が腕を組みながらうなずいていた。
「それならやろうか」
元冒険者で上級者パーティにいたからか、ダンジョン内は常に戦闘状態だったので体力だけはある。
私は自ら、長距離用の的の真正面に移動した。
表情が固まり、冷や汗が止まらなくなり、頭の中が「バレた」の三文字だけで満たされる。
「本名ですか」
これは潔く本名を言うしかない。私は弓の名門・アーチャー家の子ども。だけど弓が下手すぎて追放されたアーチャー家の子ども。
「……クリスタル・フォスター・アーチャーです」
「冒険者の中では有名なアーチャー家の方なんだよね」
「おっしゃる通りです。ですが」
きっとこの人は知っているだろう。言ってしまおう。
「今はもう名字は名乗ってないんです。父から追放されたので」
私の言葉を聞いたリッカルドが「えっ」と目を見開いた。
「あぁ、そういうことだろうと思ったよ。でもどうしてかな。リッカルドがわざわざ私に報告するくらいの逸材なのに、武術大会での記録が『冒険者歴二年目組 長距離部門 第一位』だけ。クリスタル君のごきょうだいの記録はたくさんあるのだが。
しかもクリスタル君は、本人の前で言うのもなんだが、うまくないという情報が多い。いったいどういうことなのか。情報だけではさすがに分からないから、聞いてもいいかな」
私が冒険者だったころのことは完璧に調べ上げられていた。膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめる。
「どうぞ」
「まず、私が今言った情報に間違いがあったら教えて」
「……どれも事実です。間違ってないです」
「そっか。余計に分からなくなってきたな」
騎士団長は深刻そうに黙りこんでしまった。
ハッと何か思いついたリッカルドは、騎士団長にこそこそと話し始める。
「父上、彼女の実力を疑っておられるのですか」
「情報が情報だからな……。お前の目も信じたいのだが……」
「いや、彼女の発射は無駄がなく見事です。父上、まずはご自身の目でご覧になっては」
「そうか、百聞は一見に如かず……か」
こそこそ話の内容が、地獄耳の私にはすべて筒抜けになっていることはさておき、突如 騎士団長は立ち上がった。
「リッカルドの言う通り、さっそくクリスタル君の腕を見せてもらおうか」
「は、はい」
待ちきれないのかそそくさと応接室を出ていく騎士団長。慌てて弓道具を持って追いかける私とリッカルド。
「お客様なのに、父上……」
私の後ろについてくれているリッカルドは、やれやれとため息をつくのだった。
廊下を渡り『二号棟』と書かれた看板の下をくぐる。その瞬間、同じ制服を着た騎士たちによる「こんにちは!」のあいさつの嵐が飛んできたのだ。
しかし、騎士団長は会釈もせずに通り過ぎる。というより、私にあいさつされているように感じて、私が会釈してしまうほどのあいさつ砲だ。
私たちが通り過ぎた直後には、「えっ、女の子!?」と動揺している声が聞こえてきた。そりゃそうだよね。
二号棟の廊下の途中にあるドアを開けると、騎士団寮の庭に着いた。
まずはその広さに目を見張る。とにかく広い。いつもの練習場よりも、ギルドの練習場よりも広い。
その中に二つだけ、手前と一番奥に的が置かれている。短距離用と長距離用だ。
「よし、準備して」
二号棟の建物に立てかけるようにして荷物を置き、中から防具を取り出して身に着ける。準備が終わると、リッカルドにつれられて短距離用の的の正面に立たされた。
「じゃあ好きな時に撃ってね」
リッカルドは一歩下がって、私の視界から消えてしまった。
騎士団長はドアの横で腕を組んで立っている。少し見上げると、二号棟の窓に張りつくようにうじゃうじゃと騎士たちがこちらを見ていた。ひぃ……。
これは武術大会を思い出さざるを得ない。長距離部門の、あの空気。あの場にいたすべての人の視線が私自身に向けられていたあの時。
今はもちろん、なぜかあの時は父の圧を感じることがなかった。短距離部門ではひしひしと感じていたはずなのに。
あの時と今との共通点は、私が純粋に多くの人から期待されていること。しかも今は、騎士団長とリッカルド以外の人は、アーチャー家の子どもではなく一人の弓使いとして見てくれているのだ。
それがとても嬉しく、変にプレッシャーにならなかった。
弓を引く。風はやや左からやや右へ吹いている。ここだ。
飛んでいく矢は、私の読みどおりの軌道を描いて的の真ん中に刺さる。
「「「おぉぉっ」」」
パチパチパチパチ……
窓から見ていた傍観者たちの拍手が巻き起こる。
「もう一本やってみて」
「はい」
リッカルドに促され、腰にかけている矢筒から矢を一本取り出す。
風向きはあまり変わっていない。微調整して……ここかな。
ピュンッ!
ど真ん中よりはほんの少し右にずれたところに刺さる。これも命中。
一本目より大きな拍手と歓声が上がる。
「三本目、これが最後で」
はいとうなずいた私だったが、矢を準備している間に風向きが真逆に変わってしまった。急に風向きが変わる気候は、ウォーフレム王国の特性だ。
これは私への試練だ。一筋縄ではいかないよね。
ねらいは一、二本目の時の反対側にし、矢を放つ。
思ったより風に流されずに飛んでいったので命中はしなかったが、中心に近いところに当たった。
「はい、ありがとう。まぁ、三本目は風向きが変わっちゃったからね。でもあの誤差ならいいんじゃない」
「あ、はい。次は長距離ですか?」
波に乗っている気がする。今すぐやりたい。
「休憩はいらないの?」
「大丈夫です」
リッカルドが私へ落としていた視線を、遠くの方に移した。つられて私も同じ方を見ると、騎士団長が腕を組みながらうなずいていた。
「それならやろうか」
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