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第一章 元冒険者、真の実力を知る

13:母の本音、きょうだいの本音

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「お母さま」

 ここは平民の割に広い家である、アーチャー家の住宅。父は弓使いどうしの集まりがあって外出中である。その隙を狙って、クロエが家に一旦帰ってきていた。

「クロエ、どうだった?」
「やっぱりそうだった。クリスタルはずっと嫌がらせされてた」

 ゆったりとソファの背もたれに寄りかかっている母は、クロエの姿を見たとたんに起き上がった。

「例えば?」
「例えば……これはギルドの決まりを破ってるんだけど、換金したお金を少ししかあげないとか。あとは口だよね。毎日のように『使えない』とか『お前のせいでパーティの評判が下がる』とか」

 うーんとうなり、腕を組む母。視線を斜め上に向けながら何かを思い出しているようだ。

「確かにあの子は、きょうだいの中でも圧倒的にうまくなかったけれど……。どうして大会で一回優勝したからって、上級者パーティに入ることができたのかしら」
「どうせお父さまのコネでしょ。お父さまはきょうだい全員上級者パーティじゃないと許せないんでしょ?」
「そういう人よね。自分もそうだったらしいけれど」

 ため息をつくと母は、「私は商人の出身だし、あまりギルドの事情が分からないから」と首を振る。すると突然ハッとしてクロエの腕をつかんだ。

「それより、クリスタルは今どこにいるの!? あの子は生きてるの?」
「大丈夫、安心して」

 焦る母をなだめ、クロエは母の隣に座る。

「どうやら王都の中にあるお店で働いてるらしいの。飲食店かな。そこの主人にかくまってもらってるっぽい」
「主人って……男性?」
「ううん、女性」
「あぁ、よかった」

 母は、わが子が行方知らずになっていないことにとりあえず安堵あんどする。

「たぶんお母さまも知ってるはず。こっちから行くとね……まず王都に入ると、お母さまがよく買っている果物屋があるでしょう? そこの道を左に曲がるの。三ブロック進んで左側に『サヴァルモンテ亭』っていうお店があって、そこにクリスタルがいるらしいね」

 クロエの説明を聞きながら、頭の中で道を思い起こしていく。納得したように「あぁ、聞いたことはあるわね」とうなずいた。

「会いに行きたいけれど……できるわけがないわね。きっとあの子にとって私やクロエは……」

 うつむき、大きいため息をした母の言葉をつなぐように、「冷たい人、だろうね」と重々しくクロエが言う。

「ちっちゃい頃から、うちの中はクリスタルにだけ冷たい態度をとるのが普通で。お父さまがそういう空気を出してたから、従わないと怖いし……」

 いつもは威勢のいいクロエの声が珍しく震えている。父がいない今だからこそ吐ける言葉だからである。

「お母さま……お兄さまと弟はどう思ってるのかな」
「そこよね」

 二人とも悩み始め、沈黙が続く。アーチャー家を継ぐ予定の長男と、長男にもしものことがあった時のための次男は、アーチャー家のこれからを考えているだろうと。
 ちなみにクロエはきょうだいの中では二番目だが、女なので家を継ぐことはできない。

「女で末っ子のやつなんてどうでもいい、とか、普通に言いそうだものね」
「うん、やっぱりお父さまの味方かもしれないけど。……聞いてくる。本当はどう思ってるのか。聞き出せたらまたかえってくるから」

 クロエは床に置いていた荷物を背負うと、母に背を向けて歩いていく。ドアの前で立ち止まると振り返り、手を振ってから部屋をあとにした。





 冒険者ギルドに帰ってきたクロエはディエゴに、「今日の夜ご飯、他の人と食べていい?」と言っただけでその返答は聞かずに、一人食堂に向かった。弟を捕まえるためである。
 ディエゴのパーティと弟のパーティは、いつも同じくらいの時間に食べにくる。いつもより少し早めに着いて食堂の入口で待ち伏せしていると、弟たちが食堂にやってきた。

「セス」
「お、お姉さま。何の用ですか」
「話したいことがあるから、私と一緒に食べない?」
「分かりました。じゃあ四人とも、今日は別々で」
「「「「はーい」」」」

 意外とすんなり弟のセスを捕まえることができた。バイキング形式で料理をとると、二人は一番端の隅っこの席に座った。

「それで、話ってなんですか。クリスタルのことですか」
「そう、察しがいいこと。クリスタルのことなんだけど――」
「あいつは自業自得ですよ」

 思わず、口に入れようとしていたパンを皿に戻した。クリスタルのことは話したくないのだろうか。

「追放されたことじゃなくて、もっと昔の話」
「昔ですか? クリスタルなんて昔から下手くそ――」
「ちゃんと最後まで話聞いて」

 席についてから目をあわせようとしないセスに、クロエは低く声を発した。

「クリスタルの実力の話をしてるんじゃないの。私たちが冒険者になる前の話をしたいの」
「で、何ですか」

 相変わらずだるそうにしているセス。

「私たちさ、ずっとクリスタルにはそっけないというか、冷たい態度をとってきたじゃない。それって、お父さまに流されてそうしていたんじゃないかって思って」
「流されて? 俺は直接お父さまからそう教えられましたよ」

 えっ、とクロエは目を丸くする。

「どういうこと? お父さまがセスに、『クリスタルにはそういう態度をとれ』と?」
「そう、『クリスタルは下手だから厳しくしてやらねばならない』と言われました。『甘やかすな』とも」

 目を見開いたままクロエはうつむく。すぐに険しい顔になり、またセスに尋ねる。

「分かった。お父さまに言われてああいう態度をとってたんだね。じゃあさ、セスは正直なところどう思ってるの? クリスタルが下手だからって、ああいう態度をとる必要はあったと思う?」

 質問をした瞬間、セスの瞳がわずかに揺れ動いた。そして黙りこんでしまった。
 クロエは口を開かない弟をちらちら見ながら、スープを口に運ぶ。急かしはしない。一分ほど経って、セスがぼそっと言葉を発した。

「考えたことがなかった。今までお父さまのおっしゃることに従っていただけなので」

と、言葉のクッションをはさんでから、セスは続ける。

「今 お姉さまに質問されて、『確かにそうだ』と思いました。お父さまがクリスタルにしていることを見てきているので、自分はあのようにはされたくないって思ってただけでした。お父さまに嫌われたくないというか、そういう考えで」

 クロエの目線は弟を離れて真横へと向く。「ふーん、なるほどね」と意味ありげに何回もうなずく。

「だよね。私もそう」

 こわばっていたセスの表情がほどけ、初めてクロエと目線を合わせた。

「私も、お父さまが怖くてお父さまに従っていただけ。でも冒険者になって家を出て生活しているうちに、『どうして私まで、クリスタルに冷たい態度をとらなきゃいけなかったんだろ?』って思うようになったの。クリスタルが下手っていうのは本人とお父さまの問題であって、私たちには関係ないでしょ?」

「いや、『妹は下手』と他の人から言われるじゃないですか」
「他の人がどう思うのかは抜きにして」

 父はずっと「アーチャー家の名誉がなくなる」と、クリスタルに言い続けていた。外からどう思われるかというだけで動いていた。「アーチャー家の名誉を失うことがないように」と、他のきょうだいにも口酸っぱく言っていた。

 そうではなく、父から言われた言葉はなかったことにして考えてほしかったのである。

「クリスタルはクリスタル、俺は俺。クリスタルが下手だからといって、クリスタルを突き放す必要はない……」

 セスは首を縦に振る。

「お父さまに従っていたまでなので、本当に考えたこともなかったですが」
「私の言いたいこと、理解できた?」
「はい。お父さまから言われたことをなしにして考えたら、自分がどうしてクリスタルを突き放していたのか、疑問に思えてきました」
「そうそう、アーチャー家のことは考えずに、セス個人がどう思ってるか」

 クロエは自然な流れで、セスの本音を聞き出そうとしているのだ。

「俺個人ですか。気づいたばかりなので何とも言えないですが、突き放していたのは間違いだったと思います」
「オッケー。ありがとう」

 クロエはスプーンを持っていない左手で、親指を立てた。
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