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第一章 元冒険者、真の実力を知る

05:あたたかい朝食、カルチャーショック

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 冒険者ギルドを去ってから初めての朝を迎えた。
 起こしてくれたエラが、昨日私が勝手に開けたブラインドを再び上げる。

「どうだ、よく眠れたかい」

 どうしよう。せっかく泊まらせてもらってるのに、「眠れなかった」なんて言えないよ……。

「はい、おかげさまで」
「ホントかい? 目の下にくまができてるけどな」
「うそっ!」

 きっとエラさんは、お店をやっているうちに色んな人と接してきたんだ。こんな子どものうそなんてすぐにバレちゃう。

「あたしはそういう、気を遣われるのが嫌いなんだ。料理がまずければまずいと言ってほしい。寝心地が悪ければ悪いと言ってほしい」
「いえいえ、別に寝心地が悪かったわけじゃないんです」

 この部屋には何も申し分ない。誤解を解かなくちゃ。

「昼間に寝すぎたせいで、なかなか寝つけなくて。あと、色々過去のことを思い出してしまって……」
「そういうことだったのか」

 エラはホッとした様子で、私の枕元まで着てしゃがんで言った。

「難しいかもしれないが、過去は過去だ。これからその過去を塗り替えていけばいい。あたしもそうやって、今店をやってるからな」

 え、エラさんも?

「まぁ、とりあえず着がえて下に来い。うまーい飯を用意するから」

 私が返事をすると同時に、エラは他の宿泊客のモーニングコールをしに行ってしまった。
 着がえながら、私はエラの言葉が気になって気になって仕方がなかったのだった。





 ここ『サヴァルモンテ亭』は、食事処 兼 宿屋であり、一階が食事処で二、三階が客室となっている。客室は全部で十部屋で、私は階段を上がって一番右の部屋、二階の五号室に泊まっている。

 下に降りると、他に泊まっていたのであろう数人の姿があった。

「おはようございます」
「おう、おはよう。昨日の昼、ここに入ってすぐぶっ倒れてたんだって? 大丈夫か?」

 な、何で知ってるの!?

「もう大丈夫です」
「エラから聞いたんだよ。銀髪の女が、そこのドアのところでぶっ倒れたって。大丈夫ならよかった」

 なんだ、エラさんから聞いたのか。
 今話していた人とは別の男の人がしゃべり始める。

「でもどう見てもまだ子供だよな? 俺が最初にそれを聞いた時は、昼間からどこかで酒を飲み歩いてたのかって思ったんだが」
「確かにまだ子供ですけど……えぇっと……色々あったんです。ここにたどり着いた時には疲れ果てちゃって」

 まさか、自分から恥をさらすわけにはいかない。何とか濁しておく。

「はい、できたよ」

 カウンター席のテーブルに、日替わりのモーニングセットが置かれていた。パン、豆がたくさん入ったスープ、ちょうどいい焼き目のウインナー、スクランブルエッグ、ほうれん草のソテー。
 至って普通のメニューである。だが、一口含むと世界が変わった。

「エラさん、すっごくおいしいです!」

 私が食べてきたものと何が違うのだろうか。どれも食べたことがある料理なのに。

「私なりに材料にはこだわってるからな。そこら辺の市場で買ってくるものとはわけが違う」

 パンはふわふわで香ばしい焼き上がり、スープは豆本来の風味が生かされた味つけ、ウインナーは皮がパリッと中はジューシー、スクランブルエッグはとろふわで濃厚、ほうれん草はちょうどよく緑色にで上がっていて、バターの風味が食欲を誘う。

「エラさん、パンのおかわりもらってもいいですか」
「分かったよ。ほら」

 こんなにモリモリご飯を食べたのは久しぶりだ。エラの料理がおいしいだけではないだろう。

「今日さー、俺、騎士団のところに荷物届けることになってんだよ」
「マジか! そんな大事な仕事が何でお前に?」
「おい、まるで俺がへたくそみたいに聞こえるぞ」
「冗談だって。何を届けるんだ?」
「ポーティマントきょうからのお手紙だ」
「そ、そんな大事なものを!?」
「ちゃんと届けたら、ポーティマント卿からたくさんの金が……」
「あるわけないだろ」

 こんな、いかにも仲がよさそうな人どうしの会話が聞こえてくるからかもしれない。

 冒険者ギルドは……だいたいギスギスしていた。特に上級パーティとなると。
 実力主義で、強くてレアなモンスターを狩ることと名誉とお金しか頭にない。食事の時間は討伐の反省会。意見を交換し合ったら、後は黙って食べる。

 特に私がいたディエゴのパーティでは、『討伐と冒険者ギルドに関係ない話は無駄』というのがまかり通っていた。

「エラさん、冒険者じゃない人って、こういう雰囲気の中で食事ができるんですか?」

 つい聞いてしまった。

「まぁ……王都に住むヤツはそうだと思うな。こうやって隣の人や同じテーブルの人と喋る。職業関係なく。あたしも色んな人と話をしてきて、色んなことを知ったからな。楽しいもんだよ」

 そうなんだ……これが『普通』なんだ……。
 私は生まれてからこの十七年間、この『普通』を知らなかったなんて……。

 気づけば、また泣いていた。

「おいおい、どうしたどうした」

 二席横の男の人が、子供をたしなめるような反応をする。

「そっとしておいてやれ」
「お、おう」

 エラのおかげで深掘りされずに済んだ。

「エラさん、いいんです。これはうれし泣きなんで」
「嬉しいのになぜ泣いているんだ?」
「エラさんや他のお客さんが優しいからです。感動したというか……」

 分からないという表情をし続けたエラだったが、「そっか」と微笑む。

「これからどんどん視野を広げていくといい。いいことも悪いことも分かってくる。その判断はあんたがすることだからな」

 またあの男の人が話に割りこんできた。

「厳しいこというなー、主人。今その子に言うべきことじゃあねぇぞ」

 気づかってくれるが、私は苦笑する。

「それは薄々分かっていますが……まだ『いいこと』があるだけマシですよ」

 私はおかわりのパンの最後の一切れを食べ、「ごちそうさまでした」と言って部屋に戻った。
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