俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

文字の大きさ
上 下
72 / 79

相澤 対 速水〈1〉始まりは脱線から

しおりを挟む
それ以降、俺の意識は佐久間へと移る。

《よし、昼休みだ…!》

目的が変われば学食へ向かう事も苦ではない。

「悪いな、直ぐ戻る。」

「別にいい。気にするな。早く行け。時間はある。ゆっくりしろ。」

いつもは完全無視なのだが、今日の俺は違っている。思いつく言葉を並べ立てて穏便に速水を追いやる。怒りがなければ大した問題ではないと知る。ただ、乱雑になるのはどうしょうもない。

「ふ~ん…。なんなら、一緒に行くか?待つだけってのも退屈だろ?」

速水が面白そうに笑う。

「いや、いい。」

「まぁ、別にいいけどさ。今日もここで待つのか?」

「いいから早く行けよ。」

既に、速水の事など眼中にない。俺の意識は一直線に佐久間へと向かう。

《よし、ここからがメインだ!》

逸る気持ちを抑えるように学食内に視線を向ける。無意識に気分が高揚するのも無理はない。佐久間に刺激される本能と、速水から開放される日々に期待度も上昇だ。気分的には「脱!速水」からの「着!佐久間」といった感じだ。

《フゥ……。昨日までは散々だったからな。これで、ようやく落ち着ける》

一旦、息を吐いて自分の内部を整える。軽い「リセット」のようなものだ。なにしろ、この数日間は苦難と苦悩の連続だった。速水に取り憑かれて呪い殺されそうな気がしていた。それは言い過ぎかもしれないが、そんな呪縛から開放されると思うだけでも身軽になれる。一件落着とはいかないまでも「一段落からの再出発!」というところだ。所謂「肩の荷がおりた」とはこういう感覚を言うのだろうか…?

《今日も同じメンバーか…?変わり映えしないな》

暫く観察してみるものの「野郎だらけの集団」というだけで特に変化がない。そこに佐久間が居なければ注目する意味もないような「ありふれた光景」だ。

《アイツ以外は全員ザコだな。どいつもこいつも平和な顔しやがって…。フン、平凡な学年生活エンジョイライフってやつか?呑気なもんだな》

取り敢えず、目に見える情報収集と解析を始める。人数が多くて雑多な感じの集団は「平凡」としか言いようがない。これといった問題点も見当たらない。

《う~ん…。左から…ザコメガネ、イモ野郎、オタク系…。ダンゴみたいな顔に…サルっぽい奴…。次はイヌかキジだな…って、桃太郎かよ?!》

メンバーの顔ぶれを一通りチェックする。だが、平凡な奴等に興味はない。品定めにもならないだけに「やる気のない品評会」だ。

《チッ…、人数が多くて関係性も分かりにくいな。どうなってんだ?!》

辛抱強く眺めるものの、段々と嫌気が差してくる。敵に動きが無い限り黙って待つしかないのだが、あまりにも何も無い。その違和感が大きくなる。

《もう、何なんだよ?!平凡すぎて何も無いって…そんなの有りかよ?!》

通常ならば「問題なし」で終わっている。だが、この時ばかりは問題のない事が「問題あり」に思えた。

想像とは違う現状にやや苛立つ。今までには無かった事だ。そんな矛盾にも気付かない俺は、完全に乱されていたのだろう。
常に周りを淡々と眺め、無駄な事には意識を向けず、必要以上の事は考えない。怒りはあっても感情は揺らがず、文句はあっても要求はしない。他人に向ける関心も無ければ期待する事もないからだ。いや、そもそも期待出来ないから関心を向けないのだ。いやいや、期待したくないから無関心を決め込んでいるとも言える。否、期待するだけ無駄なので期待しないだけの話だ。なにしろ、俺は無駄な事はしない主義だ。期待すればムカつく。ムカつくだけでも疲れる。疲れる事はしたくない。つまり、初めから期待しなければ良いのだ。これが俺の「三段論法」ならぬ「四段論法」だ。

今、まさに「それ」さえもが崩されている。冷静でありながらも冷静でない。そんな事があるのだろうか…?

結局、何もかも速水に振り回された結果だろう。無駄に刺激された感情が剥き出しのまま独走している。しかも、あらぬ事に佐久間に期待を向けている。

勿論、ターゲットとしては「最高ランク」に値する男だ。だが、現段階でターゲットに決まった訳ではない。それには「キッカケ」が必要となる。いくら「復讐」とは言えど、キッカケ無くしての行動は有り得ない。そして、今まではキッカケの方が先にあった。過去のターゲットは全て「嫌な野郎」ばかりだったからだ。視界に入れば目について、見ているだけで鼻につく。接触すればムカつくこと間違いなしだった。

ところがどっこい、佐久間にはそれが無い。気さくに笑う男は平凡な学生生活をエンジョイしている。目立たず騒がず普通に生きている。集団の中のリーダー格という雰囲気でもない。

《チッ、これじゃあ身動き取れないだろ?!そもそも、アイツが嫌な野郎なら話は早いんだよ!》

《大体、なんで俺がコソコソしなきゃならないんだよ?!これじゃあ、俺が悪者みたいじゃないか?!》

現状と感情が衝突する。こうなると論点までもがズレてくる。走り出したら止まらない列車と同じだ。想像だけが先走り現実との区別がつかなくなる。

《佐久間も佐久間だ!恵まれた野郎のくせに、平凡な奴等と一緒になって笑ってる場合かよ?!》

《女にキャーキャー言われてイイ気になるとか、周りの奴等を見下すとか、何かあるだろ?!》

更には、無理矢理にでも目の前の事実を捻じ曲げようとする。しかも、内容が稚拙だ。
何故なら、佐久間には文句の付けようがないからだ。所謂「非の打ち所がない」とはこの事だろう。過去のターゲットとは明らかに違う。だが、考えている余裕はない。どうにかして現状を打開したい気持ちが強い。

この段階で、俺は余程に「速水との関係」に参っていたのだろう。それにより「佐久間問題」も先送りとなるのだが…。

速水に関する事柄を頭の中では処理しているが、実際には未処理のままだ。それを無理矢理に終わった事にして次に進もうとしている。やっている事が矛盾しているのだから、矛盾が矛盾を生むのは当然だ。だが、様々な要因が俺を狂わせ正常な判断が利かなくなっている。

何故、こうなったのかと言えば…今回ばかりは全ての状況が違っていたからだ。置かれている環境も、与えられた条件も、ここまでの経緯も含めて、何もかもが通常とは異なっている。突発的事態から始まり、勢いに任せて突き進む内に…俺は完全に「通常の軌道」から外れていた。入口を間違えれば出口が分からなくなるのと同じだ。そして、更に迷路の中を彷徨う事となる…。

いや、もう「脱線」だ。

一度「脱線」した道を元に戻す術はない…。

俺は「脱線列車」の如くガタガタ道をひた走る。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...