俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の関係〈8〉孤独の歴史

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翌日も、学食で「佐久間  剛」の姿を目にする。

《今日も居る。昼休みは学食に居る可能性が高いって事か…》

速水の待ちぼうけを喰らう間、真っ先に佐久間の姿を探してしまったのは言うまでもない。勿論、入口付近に身を潜めるようにして中の様子を窺うだけだ。生徒の出入りが多い学食内は騒音と人の荒波だ。いくらなんでも、その中に踏み込む気にはならない。

《今のところは様子見だからな。でも、これなら速水を待つ時間も無駄じゃない》

ある意味で、俺にとっては好都合な状況だろう。佐久間を観察出来る上、無駄に時間を費やす事なく、速水への苛立ちも減るという、「一石三鳥」のような好転的展開に落ち目な日々から脱したような気分になる。

《悪くない展開だ》

状況が変われば思考も変わる。新たな要素が加わる事で頭の中の計算式が変わる。

《フン。どうせ、速水なんて学食でパン買って食って勝手に寝てるだけの奴だからな。奴の事はもういい。それよりは佐久間だ…!》

「新たな目的」を見出す事で「本来の目的」を見失う。これにより、今後の展開が大きく変化して行く事となる。

《よし、観察開始だ…!》

佐久間は昨日と同じテーブルに数人の野郎共と座っている。そこに1人2人と頭数が増えて行く。全員が顔馴染みといった感じだろうか。総勢7~8人は居る。いや、もっと多いのかもしれない。入れ代わり立ち代わり会話を交わす奴等も含めれば1個小隊だ。それは言い過ぎかもしれないが、俺から見れば「大規模集団」という事だ。

《顔見知りが多いみたいだな》

ワイワイガヤガヤと愉しげに笑い合う雰囲気は、親しい友達か仲間といった感じだ。

《やっぱり、普通っぽいな…。気のせいか…?》

その姿が学年トップの男に見えないのが不思議でならない。

そもそも、人間とは「似たもの同士」が集う習性がある。そして、同等レベルの奴等が自然と寄り集まるのが「友達」や「仲間」と称されるものだ。
何故なら、学校とは学力や運動能力などを競い合わせる場所だからだ。何かにつけて評価され順位をつけられる。小中学時代は身長までもが「背の低い順に並ぶ」という決まりがある。全く以て下らない。そんな風習があるから他人と自分を見比べて上だの下だのと言う奴等が多くなるのだ。表向きは平穏な顔をしながらも、腹の中では他人を蹴落とす事を考える。少しでも他人より上に立ちたいと望む。それが「人間の心理」でもある。
その結果、自分と同等レベルの人間と一緒に居るのが安全で安心だと考えるようになる。

これが俺の見解であり、今まで見てきた「世の中の実態」だ。

表向きには「お互いに刺激し合い高め合う」等と綺麗事を言いながら、結局は優劣を決めるだけの競争社会だ。そんな世の中が「了見の狭い人間」を作り上げるのだ。
そうでなくとも、人間の腹の中など汚いものだ。どいつもこいつも考える事は皆同じだ。才能に恵まれた奴等は評価され、才能に恵まれなかった奴等は落ちこぼれ行く。大半の人間は「その他大勢」なのかもしれないが、それでも無駄な小競り合いをする。他人より劣る事を恐れる奴は、自分より劣る誰かを見て満足する。誰かを卑下して自分を鼓舞する。そういう下らない劣等感が更なる悲劇を生み出す仕組みだ。そして、俺はその被害者となった。

《フン…、所詮は偽善集団と同じだ。表向きは仲良さそうに見えても、結局は腹の探り合いに決まってる。見せかけだけの集団なんて胸くそ悪いだけだろ》

昔ほど意識する事はなくなったものの、そこに「佐久間」が居るというだけで刺激されるものがある。

《チッ…、また、余計な事を…》

頭の中で論じるのは俺の癖でもある。ただ、世の中に対する文句を言い始めたらキリがない。片っ端から文句を言って回りたいところだが、そんな事をしていたら一生かかっても終わらない。だからこそ、俺は「復讐」で自分の仇を討っている。黙ってやられっ放しの人生など御免だからだ。

《フン…。大体、学年トップの奴なんてのはクソ真面目で根暗のガリ勉野郎か、高慢ちきの高飛車野郎に決まってるんだよ》

俺の思考が偏っているのか?根本から捻れているのか?そんな事はどうでも良い。ただ、長年に渡って訓練された観察眼は意外と鋭い。その点で言えば、佐久間は何処か違って見える。

《世の中には例外も居るって事か…?》

斜に構えて眺めていたのだが、いつしか夢中になってしまう。

《こうして見てると周りの奴等とあまり変わらない。他の奴等も佐久間の取り巻きって感じでもない…》

《いや…、でも、昨日の女共が噂してたのは奴に間違いないはずだ…!》

人の波間を縫うように視界の端に捉えてはいるものの、雑踏の中では邪魔なものが多すぎる。

《チッ…、ここは場所が悪いな》

俺は目を閉じて聴覚を研ぎ澄ませる。周囲の雑音から必要な情報だけを探り取る。これも、長年の孤独の中で自然と身に付けた技のようなものだ。

元々、幼い頃から何かにつけて敏感だった。肌も敏感、心も敏感、心身共にデリケートで大人しい子供だった。そんな俺には、友達が出来るどころか遊び仲間にさえも入れてもらえなかった記憶がある。イジメられるというよりはバカにされて見向きもされないような感じだった。外見のせいもあり子供同士のケンカにさえならなかった。と言うよりも、まともに相手にされる事がなかった。そして、俺自身も近付く事をしなかった。いつも遠目から他人を眺めているだけだった。

あの頃から、既に「孤独」だったという事だ。周囲に対して敏感に反応する癖も昔からだ。以前は「苦痛」でしかなかったが、今では様々な面において「選別」出来るようになったというだけの話だ。

わざわざ思い出す必要もない昔話だが、俺には俺なりの「孤独の歴史」があるという事だ。
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