俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の関係〈3〉勝負の行方

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「相澤、行こうぜ。」

今ではそれが「合言葉」のようになっている。俺の企みなど気に留める様子もなく、速水は自然な友達感覚で接してくる。そして、相変わらず誰かの嫌な視線を感じる。俺が神経質になり過ぎている部分もあるのだろうが、Kが付け狙っているのは確かだった。

《速水を監視役にして友達の振りさえしてれば問題ない。速水が近くに居る限りはKの野郎も近付けないみたいだからな》

《やっぱり、速水とKには何の繋がりもないって事か…?そうなると、このままで良いって事だよな。その内、嫌になって諦めるだろ…》

速水の後ろを歩きながら現状を整理する。朝から何度も確認しているせいか、同じ内容が頭の中をグルグルと回り続けている。

《ホント、鬱陶しい事だらけで嫌になるな…!》

ウンザリしそうになるものの、今回に限ってはやむを得ない。嫌々ながらも自分を納得させてゆく。

《まぁ…、速水の後ろに居れば問題ない。何かあっても速水が責任取ればいいだけだ。俺には関係ない。考えるだけ時間の無駄だ》

いつも俯向いている俺の視界は狭い。注意深く周囲を観察する癖は身に付いているが、それでもKから逃げ回る事しか出来ないだろう。その存在に脅かされるというだけでも神経がすり減る。そんな無駄な事に労力を割く気はない。

《フン…、防護壁だと思えば何ともない。周りを見なくて済むだけマシだ》

この数日で、速水の背中を眺めながら歩く事にも慣れてくる。利用価値がある以上、無駄に腹を立てる必要もない。速水は俺よりも背が高くて視界も広い。ゲイであっても学校内では普通の生徒と変わりがない。堂々と前を向いて歩き、すれ違う顔見知りとは軽い挨拶や短い会話も交わしている。そんな姿を見ているとゲイであるという事も忘れそうになる。

《こうやって見てると普通っぽいよな。これでゲイかよ…?》

計画に従って行動する事で頭の中も冷静になる。今では速水の姿を淡々と眺めている自分が居る。

《ハァ…。こうなると、問題は昼休みだな》

速水とは初日から殆ど会話をしていない。結局、俺は何も言えないままに「同じ場所」で苦痛な時間を過ごす羽目になっている。そこが最大の我慢ポイントだ。ただ、行動を共にする事にメリットがある以上、不要に拒む必要はないと判断している。
正直なところは、速水と会話をしたくないだけでもある。無駄に騒いで揉め事を大きくしたくない気持ちもある。ゲイを下手に刺激するのは危険だからだ。そして、トラブル無く計画を実行するには速水の機嫌を損ねない事も必要だ。だからといって機嫌を取る気は一切無い。文句を言わないだけでも充分だろう。

《フン…!俺が我慢してやってるんだからな。イイ気になるなよ!》

《大体、こんな事をいつまで続けりゃ良いんだよ?!》

計画通りに動いていても腹の中がジリジリと焼け焦げてゆく。Kを上手く回避出来ると思えば、今度は別の問題が持ち上がってくる。それが「速水問題」だ。頭の中では理解していても感情的なものはどうしようもない。

《クソッ…!次から次へと嫌になる!》

人間とは厄介な生き物だ。1番目の不満が解消されても2番目3番目と次々に浮上して来る。結局、俺の気分が鎮まる事はない。

《今回はデメリットが大きすぎる!》

既に「デメリット」と言うよりは「ダメージ」だ。それでも俺は認めない。この辺りから、思考と感情がバラバラになり始める。

《フン…!今日も学食かよ!毎日毎日、ウンザリする!待たされる俺の身にもなれってんだよ!》

腹の中で文句を言いながらも大人しく従う俺の内部事情は刻々と変化して行く。「K問題」とは別の意味で速水に弱味を見せたくないという「男のプライド」がある。こうなった以上、嫌でも途中で逃げ出す訳にはいかないという強い意地でもある。敵に背中を見せる事など有り得ないからだ。

《ビビって逃げ出したなんて思われたくないからな。速水にナメられてたまるかよ!》

冷静な思考とは別に腹の中で対抗意識を燃やし続ける。これにより「速水問題」が複雑化して行くのだが、そんな事にも気付くはずはない。

そして、今日も学食の入口付近で速水を待つ。学校生活において新たに組み込まれた行動パターンの1つだ。「ルーチン」が増えたと思えば良いだけの事だと自分を納得させている。

《チッ…!仕方ない!》

こうなった以上、過去の経緯は切り棄てる。速水の手前、慣れた振りをして見せる。俺にとっては何もかもが勝負になる。負けない為には強気に出るしかない。そうやって、自分で自分をカモフラージュしている。

《相変わらずゴチャゴチャしてうるさいな…!》

最初の頃に比べると少しは騒音にも慣れてくる。だが、見ているだけでも息苦しくて長居はしたくない場所だ。中に入る事はせず入口付近の壁にもたれて視線だけを巡らせる。

《フン…、食い物にたかるゴキブリと同じだな。見てるだけでヘドが出る》

購買コーナーに群がる生徒達の姿に嫌悪を感じる。同じ色の制服を着た人間共がザワザワと蠢き、ガヤガヤと騒ぎ立て、争奪戦ともいえる迫力には吐き気すら覚える。俺には到底無理な場所だ。

《うぅ…、気分が悪くなる》

そこから視線を引き剥がし奥の方に視点を移す。人気の高い購買コーナーとは別に食券機と簡易的な厨房がカウンターがある。大きく張り出されたメニューには「うどん」「そば」「カレー」の3種類しかない。列を成す生徒を相手に、独りで切り盛りしているであろうオバチャンの汗と怒号が飛び散るイメージだ。

《ウゲ…、食欲が失せる。並んでまで食べるほどのものでもないだろ…?!》

内部状況を確認しながら周囲を警戒する。普段なら完全無視だが、慣れない場所ではそうもいかない。逃げ出したくなる気持ちを抑え込むように腹の中で毒を吐く。

《フン!こんな場所で昼飯を食べる奴等の気が知れない…!》

学食内は野郎共の方が多い。学年も様々で見知らぬ顔ばかりだろう。1年の時のクラスメイトが居たとしても俺に声をかけて来る奴など居ない。ただ、小中学時代の同級生が居ないという確証は無い。我が校は普通科以外にも専攻科クラスがある。校舎は別棟だが用心には用心が必要だ。慣れない場所では何が起きるか分からないからだ。

《チッ…!こういう場所は嫌いなんだよ!》

俺が顔を上げないのには様々な理由がある。他人と関わりたくないのは勿論だが、下手に周りを見る事で「災いの種」となる事もあるからだ。単なる興味本位で無駄にジロジロと見て来る奴等も居る。それだけでも「人目に晒されている」ようで嫌でたまらない。前髪で目元を隠し大人しく俯向いてさえいれば余計な注目は避けられる。他人と視線を合わせてもロクな事が無いからだ。

《……フン!うるさい野郎共の集まりだ。ゴミ溜めと同じだな…!》

警戒しながらも半分は他人事のように眺める。なにしろ、学食は俺の「縄張り」ではないからだ。そういう場所で不要な行動は取らないと決めている。「速水を待つ」という目的を果たすだけで充分だ。

ただ、「速水の対処法」には追加項目が多い。何もかもが慣れない事ばかりでストレスを感じる。自分で決めた事であっても納得がいかない部分は多い。自然と苛立ちが増すのはどうしようもない。

《ハァ…、面倒臭いな。大体、何で俺がここで待たなきゃならないんだよ!速水も早くしろよ!突っ立ってるだけでも時間の無駄だ!》

段々と嫌気が差してくる中でブツブツと文句を並べ立てる。これは俺の性格でもあるのだろう。決まった時間に決まったように物事が進まないというのは苦痛でしかない。しかも、自分の思い通りにならないだけに腹が立つ。多くの生徒が行き来する中では速水が何処に居るのかも分からない。

《クソッ!何なんだよ?!何で俺が速水を探さなきゃならないんだよ!ふざけるな!バカじゃないのか?!バカは速水だろ!全く、冗談じゃない!》

ついつい速水の姿を探してしまった自分に激しいツッコミを入れる。勝負に必要な我慢であっても待たされるというのは苦痛以外の何ものでもない。その相手が速水だけに気に入らない。

《ああぁ~~!面白くない!何なんだよ!腹立つ~!》

腹の中がムカムカしてムシャクシャする。思考と感情が反発し合ってどうにもならない。計画云々よりも自分のペースを乱される事に納得がいかない。

この段階で、速水の存在は俺の中に大きく食い込んで来ていた。

《ああ~、やめだ!やめ!嫌だ嫌だ!速水なんて知るかよ!》

感情的になる自分を制するように息を吐いて小さく頭を振る。気を逸らせようとして反対方向へ視線を向ける。

《ん…?!あれは…?》

そこに見覚えのある男を発見したのだ。

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