俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の関係〈2〉相澤の計画

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土日を挟んだ事もあり、俺の気分も落ち着きを取り戻す。やはり、誰にも邪魔されずに自分のペースを保つ事は重要だ。

《よし、もう大丈夫だ。速水なんて大した事ない》

速水に危険性が無い事は確認済みだ。3日間も行動を共にしていれば「その気」が有るか無いかぐらいは分かる。速水は俺の身体に触れるどころか、そういう視線さえ向けて来ない。どちらかと言えば、俺の方が毛を逆立ててピリピリしているだけの事だった。

《Kを回避する間だけだ》

危険性が無いといっても敵である事に変わりはない。

《負けるもんか…!》

駅が近付くにつれ自然と足取りが重くなる。俺の人生に「軽い足取り」などという言葉は無いが、それでも段々と重くなるのは気のせいだろうか。速水が居ると思うだけで泥沼に踏み込んで行くような気分になる。動揺しまくった3日間は嵐のように過ぎ去った。一旦はリセットしたものの、ジワジワと迫り来る現実に逃げ出したい気持ちもある。俺は懸命にそれを払い除ける。

《クソッ!アイツのせいで散々だ!なんで俺が気にしなきゃならないんだよ!冗談じゃない!ふざけるな!》

ゲイの速水に負けたくない気持ちの裏側には「ゲイを恐れる自分」が居る。だが、そんな自分を認める事はしたくない。そして、弱気になる自分を奮い立たせようとしている事さえも認めない。俺の性格はとことん捻れて歪んでいる。

《とんだトバッチリもいいとこだ!俺の邪魔しやがって!》

全てを認めれば今までの苦労が水の泡となる。強く生きると決めてから自分の中で積み上げて来たものがある。今更、それを崩す事など出来ない。

《大体、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!全部、速水のせいだからな!》

手当り次第に文句を並べる。速水の顔を見る前のストレス解消だ。

《大体、アイツが首を突っ込んで来たからこんな事になったんだ!そもそも、アイツがゲイだから問題が拗れるんだよ!余計な事ばっかり増やしやがって!俺は関係ない!全部、速水が悪い!》

「ゲイ」の脅威と「速水」への強い反発。その板挟みになる俺の思考は乱れる。なにしろ「ゲイの速水」というだけで様々な感覚が襲いかかって来るのだからどうしようもない。そして、その理由を考える事もしたくない。自分の「直感」に従い真っ向から全否定する。その思考が方向性を失っていようが、とっ散らかっていようが関係ない。自分の中から「嫌なものを排除する」だけだ。

《ホント、いい迷惑だ!俺を巻き込みやがって!あ~、腹立つ!イライラする!嫌になる!》

俺がこうなってしまったのにも理由がある。だが、その全ては闇の中に埋もれている。今では「怒りと復讐」以外は何も残っていない。片っ端から切り刻み排除して来たからだ。

それでも、俺は哀れな被害者でしかない…。

何故なら、記憶とは頭の中にあるものだけではないからだ。感覚的に染み付いた拭い去れないものもある。肉体的に植え付けられた記憶は消し去る事が出来ない。いくら過去を切り棄てようとも、俺に出来るのは「記憶の操作」だけだ。
つまり、ゲイと関わった「自分の記憶」を抹消しているだけに過ぎない。そんな事をしても全ての問題が解決する訳ではない。ゲイが存在する限り、俺の人生は脅かされる。どんなに無視しようが、切り棄てて排除しようが、この世から人間が消え去る事はない。生きている限り「ゲイ問題」も纏わり付いて来る。
それならば、いっその事「記憶喪失」にでもなった方がマシだろう。そうすれば苦しむ事もない。もしかしたら、全く別の人生を歩めるかもしれない。そんな事を考えてみたところで現実は何も変わらない。嫌な過去を引きずって生きるぐらいなら、バッサバッサと切り棄てて生きるしかないだろう。孤独と闇に生きる俺にはそれ以外に道は無い。

今では、それが「当たり前の生き方」になっている。全ては苦しみから逃れる為の手段だった。俺はそうやって自分を作り上げて来たのだ。そして、長い孤独の中では考える必要もなくなっていた。

そんな俺の生き方が自分を苦しめる原因となっている。それだけに、余計に認めたくない気持ちがある。なんとも複雑すぎる現実だ。俺の中身は記憶の抜け落ちたツギハギ状態でしかない。不安定でバラバラに散らばった欠片の集合体のようなものだ。それを積み上げてどうにか形を保っている。その為、外部刺激に弱く、崩される事を拒み、頑なに自分を保持する。そんな現状にも気付かなくなっている。

そして、後戻り出来る道は無い。独断で生きる俺の人生を理解出来る人間も居ない。既に、俺自身でさえもが自分を見失っている。

そうやって出来上がってしまったものが速水によって崩されて行く。俺が冷静さを失うのも時間の問題だった。

《フン!速水なんてゲイでもなんでもない!アイツは、ただの速水!それで充分だ。いや、クソ野郎で上等だ!》

速水への暴言は、ある意味で「自己暗示」でもある。その理由を考えるだけでも恐ろしい。

《大体、速水となんて冗談じゃない!何があっても断固拒否だ!》

速水とのセックスなど想像外のその果てだ。僅かどころか微塵も考えたくはない。そんな「可能性の欠片」さえ宇宙の彼方に葬り去る勢いで頭の中から振り払う。それと同時に、少なからず頭の隅にあった「ゲイに襲われるかもしれない問題」も排除する。考えたくもない可能性を無駄に取り置きする必要はないからだ。

この段階で、俺は速水を真っ二つに引き裂く。頭の中で「ゲイ」と「速水」を切り離す事で、ゲイという「脅威」からは逃れる事が出来るからだ。なにしろ「ゲイ問題」はセックスに関する事だけではない。俺にとっては「完全なる闇」の部分だ。そこに触れる事は「タブー」としか言いようがない。

人間とは、誰しも「他人に触れられたくない部分」があるものだ。そして、それは俺自身が一番触れたくない部分でもあった。謂わば「心臓部」ともいえる領域だ。俺にとっては「弱点」又は「恐怖」と言っても良いだろう。ゲイの速水に関わるという事は「自分の闇」に触れるという事でもある。

ただ、俺の場合は頭の中でアレコレと考えている訳ではない。危険を知らせる警告ランプが点滅するようなものだ。それを「直感」として捉えている。完全に出来上がった自己防衛システムが作動して危険を回避する仕組みだ。その全ては自分を護る為だけにある。

信じられるのも頼れるのも自分の感覚のみだ。それに従う俺は「苦肉の策」を駆使して問題を処理して行く。これにより「速水はゲイであってゲイではない」という独自の解釈が生まれる。それが後々に苦悩する原因となるのだが、そんな事は知る由もない。

学校に向かう電車の中で自分なりに頭の中を整理する。学校という戦場と、速水との勝負を間近に控えて戦闘態勢を整える。

《この勝負の鍵は俺が握ってる。最後に勝ちさえすれば良い。いつも通りだ…!》

大きく深呼吸を繰り返し「通常の自分」に切り替える。復讐の時とは違うだけに自分を上手く操れない。それでも「速水の対処法」は完成している。当初の予定通りに速水を利用してKを遠ざける。「K問題」さえクリアすれば速水は用無しとなる。そうなれば、全ての問題が同時に消え去るという事だ。

《計算上は成り立ってる。計画通りにやれば良い》

「ゲイ問題」は完全無視の除外対象、「速水問題」も無視して我慢してやり過ごす。そうしていれば自然と終わりが来る。無駄に行動を起こす必要もなく、黙っていれば勝ちに終わる勝負となる。

《フン…、考えてみれば簡単な事だ。黙って我慢してれば済む話だ。いつもやってる事と同じだ》

表面上は大人しく従う振りをしつつ、頭の中では徹底的に無視をする。世の中は何事も「ギブ&テイク」だ。速水を盾に使う代わりに、俺は黙って我慢をする。必要以上に関わらず、上手く利用さえすれば速水の存在も無駄ではない。俺が避けているだけあって必要以上に接触して来る事もない。ただ、肝心な時だけは自然と近くに居る。その意図は知らないが、Kを近付けない役割は果たしている。自分が提案したのだから当然だ。

《後は、成り行きを見るだけだ》

計画が決まると実行に移すのみだ。俺は全てが上手く行くように思っていた。

    
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