俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水〈9〉化学反応

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今の現状を説明するならば、苦しみ悶えながらも「自分の中身」を懸命に整理しているようなものだろうか。誰に言われるでもなく、改めて考えるでもなく、自分の事は自分が一番分かっているはずだった。この世の中で俺を知る人間など1人も居ない。ずっと、そうやって独りで生きて来た。今更、何がどう変わる訳でもないが、何故に苦しむのかさえも分からなくなっている。

《クソッ…!何で…今更…!》

頭の中に組み込まれたシステムが誤作動を起こしてブシュブシュと煙を吹き出すような感覚だ。前例の無い事態に思考までもが困窮している。

《うぅぅ……。やっぱり…俺の考えが甘かったのか…?俺が間違ってたのか…?》

《いや、冗談じゃない…!速水に負けてたまるかよ!アイツが全部悪いんだ!》

《……でも、何処が悪いんだ…?》

《大体、俺は何に腹を立ててるんだ?!》

グルグルと巡る思考が頭の中を駆け巡り、俺は更なる迷路へ迷い込む。考えるほどに抜け出せなくなって行くのを感じながらも自分を止める手立てがない。

「うぅぅ……。」

小さく唸りながら歯を食いしばり拳を握りしめて耐える俺は、一体何と戦っているのだろうか…?

対決する相手は速水だが、特に攻撃を仕掛けられた記憶はない。何かを要求されたり、不要に責め立てられた事もない。言い負かされる事はあっても、淡々とした言葉を返されただけで執拗に絡んで来た訳でもない。殆ど無視に近い状態は、ある意味で俺の望み通りと言える。

《……だったら、なんで腹が立つんだよ?!》

自分で考えて自分でツッコミを入れる。今では、何に腹を立てているのかさえも分からなくなっている。

そもそも、速水が目の前に居る状況と居ない状況では大きく違う。顔を見れは腹が立つが、見なければ問題ない。ただ、考えると速水の顔が頭に浮かんで嫌気が差すので必然的に頭の中から排除する。「見ない、聞かない、考えない」を徹底し、速水から目を背けて来た。その繰り返しで現在に至る。
何も言わない速水の横顔を思い浮かべては叩きのめす。最初はそれで気が済んでいた所もあった。それが段々と強烈になり苛立ちが増した。どれだけ叩きのめしても翌日には澄ました横顔を眺める事になる。それがどうにも許せない。しかも、平然と昼寝をしているだけに余計に腹が立つ。

《ああぁ~~!もう、何なんだよ?!家に帰ってまで引っ掻き回すな!》

訳の分からない苛立ちにヤケクソ気味になる。なにしろ、速水は全てにおいて「例外」でしかない。速水の存在自体も、出会ってからの出来事も、復讐のない勝負も、互いの関係性も、俺の日常生活における行動パターンも、怒りの種類でさえもが違っている。何もかも違っているのだから「例外」以外は考えられない。

つまり、速水と出会って以降の全てが「今までとは違う」という事だ。それは速水だけの事ではない。速水と関わっている俺自身も「例外」という事になるのだ。その根本的な部分に気付かない限り抜け出せる道は無い。
なんと単純で初歩的なミスだろう。だが、そんな事にも気付かないほどに気持ちが乱されている。

いや、気付かないのではなく気付けないのだ。なにしろ、孤独に生きて来たからだ。

人間と人間が関わればお互いに影響を及ぼすものだ。過去の俺は周りの影響を強く受け過ぎるほどだった。それは身に染みて分かっている。それが大いなる苦しみの原因であり、孤独を選んだ理由でもある。決して忘れている訳ではない。それならば、何故に気付かなくなっているのだろうか…?

それは、孤独の戦いが長すぎたせいだろう。他人との関わりを避けて来た結果でもある。表向きは社会の中に身を置いているが、精神面は完全に孤立化している。周りに対する怒りも、ターゲットへの復讐も、全ては自分の中だけで繰り広げられている。ターゲットとの接触はあっても、実際には「頭脳戦」又は「孤人戦」のようなものだ。
世間では「個人戦」と言われるが、俺の場合は「孤人戦」だ。決して漢字や意味を間違っている訳ではない。要は、相手が居ても居ないのと同じだからだ。更に言うなら「孤人」という言葉が辞書に載っていない事も知っている。「個人」と「故人」は有っても「孤人」は無い。「孤」から始まる言葉は多数に存在しても「孤人」は何処にも見当たらない。つまり、俺の状態を表すには打って付けの言葉だろう。
俺はその場に存在しながらも有って無いようなものだ。ただし、中身が空っぽという訳ではない。俺の中には他人が触れる事の出来ない「自分だけの領域」がある。そして、その中で常に周りとの戦いを繰り広げているようなものだ。

そんな俺が速水と接触した事で事態は一変していた。それは出会った瞬間に決まったようなものだった。

例えるなら「化学反応」のようなものだろう。リトマス試験紙の色が一瞬で変わるのと同じだ。酸性に触れると青から赤に変わる。それと同じように、俺は速水と接触した時点で強烈な反応を示している。普段の俺を「青」とするならば、速水に反応した俺は一瞬にして「赤」に変わったようなものだ。更に分かりやすく言うならば、通常の怒りを「青」で「冷酷型」とすれば、速水への怒りは「赤」で「激情型」だ。感情を伴わない怒りと、感情を伴う怒りの違いだろう。
そして、一度起きた化学反応は簡単に元には戻らない。速水と接触すればするほど強烈に反応する。それが全ての始まりであるという事を…俺はすっかり忘れている。なんともお粗末な話だ。

何故、こうなってしまったのかは過去の経緯を辿れば分かる事だ。だが、俺はそれさえも切り棄てて来ていた。速水相手に「孤人戦」を繰り広げていたつもりが、知らぬ間に返り討ちに遭っていたようなものだ。果たして、これを返り討ちと言うのだろうか…?

実際に、速水は何も行動を起こしていない。それが「一番の誤算」だったのかも知れないが、俺には分かるはずもない。
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