俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水〈8〉怒りの理由

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「ハァ……。」

バタンとベッドへ倒れ込み天井を見上げて大きな溜め息を吐く。

改めて考えるでもなく俺自身が一番分かっている事だ。俺の中にある「怒り」にはそれなりの「理由」がある。長年に渡って蓄積されてきたものは深く根付いている。今では切り離すことの出来ない自分の一部と化している。いや、一部というよりも身体の隅々まで染み込んでいる。強烈に染み付いて取れないニオイとでも言った方が良いだろう。
何故なら、決して気分の良いものではないからだ。それが分かっているだけに自分の中に埋もれさせていただけの事だ。怒りに身を染めて復讐に生きる人生など面白いはずがない。

《……フン…。好きでやってる訳じゃない。どうにもならないから、こうなっただけの事だ。俺の知った事かよ…》

誰に言うでもなく頭の中で独り愚痴る。今では自分の事さえも他人事のように思える。過去の自分なども有って無いようなものだ。普段から周りに向ける視線も冷たいが、俺は自分に対しても冷めている。そして、嫌な事は全て切り棄てる。嫌な日常も、嫌な自分も、何もかも含めてだ。

《フン…!考えるだけで面倒臭い…!》

今までは意識しなくても済んでいた事が、自分の中でどんどん意識化されて行く現状にも嫌気が差している。改めて言う必要のない事を敢えて言わされているような気分でもあり、言わなくても分かっている事を何度もしつこく確認されているような気分でもある。

《速水のせいで散々だ…!》

自分の中で上手く処理出来るようになっていた事を、改めて他人に引っ掻き回される気分は最悪だろう。人間なら誰でも不快に感じるものだ。

《フン…!今更、考えて何になるってんだよ…?!》

それでも俺は苦悩している。今までには無かった事だ。深く考える事をしなくなっていただけに余計に苦痛を感じる。無駄を嫌い余計な事を省いて生きる俺の人生において、これは最大の失態だろう。そして、気が付けば追い詰められている。

だが、これを「自業自得」などとは言いたくない。俺にそんな可愛げな部分はない。自分の非を認めるような事はしない。しかも、これは非でもなんでもない。俺に落ち度はない。全ては計算上で成り立っている。ただ「誤算」があっただけの事だ。

《クソッ…!速水が誤算なんだよ…!アイツのせいでこんなになったんだ…!》

言っておくが、俺は考えないバカではない。考えないようにしているだけで、本当は様々な事を考える真面目で努力の人間だ。ただ、その性格で散々に苦労してきた過去がある。それだけに、自分の欠点を正すべく「苦悩する自分」を封印して来たのだ。

《やめた!考えると疲れる!》

速水が絡む問題は簡単に答えが見つからない。頭の中を探ろうとすれば、逆に深みに嵌って行くようで嫌になる。既に簡素化された脳内を無駄に刺激するだけだ。

「ハァ……。」

再び大きな溜め息を吐く。これで何度目だろうか。連鎖反応のように引き出されてゆく記憶と、勝手に動く思考を意識的に止めるだけでも疲れるものだ。考えないようにする事も意外と難しい。

《ハァ……。もう…、俺は一体、何をやってるんだ…?》

極度の精神的疲労を感じる。外では神経を張り詰めているだけに、独りの時間は貴重な休息でもある。身体の疲労回復は出来ても気分が重いと身体は怠い。1日のスケジュールを終えると比較的楽にはなれるのだが、速水問題が解決しない限り完全に抜け出せない「負のループ」だ。

速水を責めたい気持ちはあるが、家に帰るとその激昂は一気に薄まる。頭の中が切り替わるという事もあるのだろうが、それ以上に気力が失せる。全てにおいてヤル気を失うとでも言えば良いだろうか…。

《ハァ……。疲れる…面倒臭い…。全部無駄だ…。何もかも全部…》

最近の俺はその傾向が強くなっている。これは速水と出会う前からだ。長年に渡って孤独の中で怒りを持続させるというのは、ある意味で根性が要る。以前は激しい怒りで疲れを感じる事もなかったが、同じ事を繰り返していると段々と疲弊するものだ。それでも怒りが消え去る事はない。ただ、俺の精神力にも限界があるという事か…。

昔は様々な感情があった。だが、そんな感情も無駄なものでしかなかった。最後に残ったのは怒りだけだ。怒りは強く激しく他の感情を飲み込んで行った。やがて、全てを焼き尽くす業火となり俺の内部も焼き払った。今では腹の底でグツグツと煮えたぎるマグマと化している。様々なものが溶け込んだドロドロとした怒りの熱は冷めることがない。常に、俺の中で淀んだように渦を巻いている。形も成さず、意味も成さず、ただドロドロとした「怒り」だけが腹の底に溜まっている感じだ。

《フン…。今更、過去の事などどうでもいい…》

今では一つ一つを問題視するだけ無駄な事だと分かっている。そんな事に意味はない。

例えるなら、長時間煮詰め過ぎた鍋の中身のようなものだ。全ての具材がドロドロに溶けて崩れて混ざり合っている。その中身を取り上げようにも箸では掬いようがない。正に「救いようがない!」とはこの事だ。

俺に言わせれば、この世の中の問題など掬いようもなければ救いようもないという事だ。怒りに理由など必要ない。俺の怒りは全てに対する怒りだ。怒りは「怒り」でしかない。それで充分だろう。

それでも、俺は常日頃から我慢をしている。誰かに直に文句を言った事など一度もない。他人を攻撃した事もない。親に対しては多少なりとも反抗的な態度を取った事はあるが、そんなものは思春期ならば当然だろう。特に、俺は男なのだから反抗期が無い方が異常だ。勝手に部屋に入られては困る。その代わり、自分の部屋は自分できちんと掃除をする。洗濯機も率先して回す。その方が効率的で無駄がない。俺の日常習慣などどうでも良いが、俺はそうやって自分で自分の処理をする。

日常の怒りも全てその中へ放り込む。洗濯機の中へではない、腹の中にあるマグマの中だ。多少の事ならそれで充分だ。怒りの炎で焼き尽くす。どう処理しようが俺の勝手だ。腹の中など誰にも見せない。直に攻撃しないだけ周りの奴等よりはマシだろう。所詮、文句を言った所で理解する奴など1人も居ない。口にするだけ無駄な事だ。

《全く…、昔から同じ事の繰り返しで嫌になる。怒る身にもなれってんだよ…!》

《あ~あ~、身体の毒だ!毒!》

今となっては、自分の中にある怒りを解析するのも無駄な作業だ。考えるだけでも苛立つ事をわざわざ考える必要などない。日常の中にある苛立ちは瞬間的に腹の中に落とし込む。俺にとっての「怒り」は、どれもこれも同じだからだ。

《我慢するだけ身体に悪い。考えないのが一番良いに決まってる…!》

そして、怒りが身体に害を及ぼす事も分かっている。腹の中でグツグツと煮えたぎる怒りが沸騰すると内臓が焼かれる。胃が痛くなり食欲が減退し胸ヤケを起こす。腹が立つと「胸くそ悪い」と言うだろう。酷い時は「吐き気」をもよおす。強烈な嫌悪感を感じた時だ。多分、怒り過ぎて胃粘膜が荒れているか、もしくは「胃酸過多」なのかもしれない。
とにかく、周りのバカな人間共のせいで変な病気になどなりたくはない。元々、貧弱なだけに身体を壊せば元も子もない。それこそ「大迷惑」で「筋違い」な話だ。他にも、不眠は疲労回復の妨げになる。妙な脱力感、倦怠感、頭痛、気分不良などだ。スッキリしない頭では気分も重くなり苛立ちが増す。正に「悪循環」「怒りのループ」だ。
俺は自分にとって不利益な事はしない。それこそが無駄でしかないからだ。つまり、怒りにおいても余計な感情など必要ないという事だ。

《うぅ……、速水のせいだからな…!速水のせいで調子が悪いんだからな…!》

俺はベッドに突っ伏して枕に顔を埋めて唸る。追い詰められた野良猫の気分だ。自分を落ち着けようとしてフーフーと小さく息を吐く。考えたくない事が次々と頭の中に浮かんでくる現象を止めようがない。それはまるで、自分の中で理屈を捏ね回しているような感覚だ。言い換えれば、肝心な部分に焦点を当てたくない「回避行動」でもある。目の前に迫る問題から目を背けたいという無駄な抵抗でもある。

《クソッ…、感情的になったら負けだ…!落ち着け…乱されるな。速水の事はどうでもいい…。アイツが特殊なだけだ…》

浮き沈みする気分をどうにか整える。速水の事を考えるだけで逆効果になる。速水に触発される怒りは今までとは種類が違っている。

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