俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水〈5〉思わぬ展開

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俺の中で「速水の存在」は変化していた。最初はゲイへの強い拒絶と反発しかなかったが、今ではそれが薄らいでいる。と言うよりも、速水に振り回される日々に天手古舞で心身共にストレス疲労を抱えていた。

人間は慣れない環境に置かれると無駄に神経をすり減らすものだ。そうやって言葉で言うのは簡単だが、俺の置かれた状況は余りにも酷すぎた。ここまで耐え抜いただけでも上等すぎるほどだ。
孤独の限界に八方塞がり、嫌な苛立ちが増し、新しいクラスに神経を張り詰め、Kに付き纏われ、ゲイに遭遇し、恐怖と絶望からの屈辱、速水に振り回され、無駄に神経を使い、我慢の連続…降りかかる責苦の多さに訳が分からなくなるほどだ。若くして人生の総決算!大波乱!波瀾万丈この上なしだ!これはもう、悪魔の仕業か天罰か?!俺が一体何をした?!
まぁ、兎にも角にも…そんな感じだ。この現実をまともに受け止められる人間が居るなら見てみたいところだ。

そんな現状に置かれた俺が冷静で居られるはずもない。腹の中で洗いざらい文句をぶちまけたくなる気持ちも分かるだろう。正直なところ、俺は自分の事だけでいっぱいいっぱいだった。速水に負けまいと強がってはいるものの、実際には「その日暮らし」が精一杯のところもあった。

自分で言うのもなんだが…俺は哀れな人間だ。孤独の中に身を置く事で精神が孤立化しているようなところがある。上手く表現出来ないが「表で頑張る自分」と「奥に潜む自分」がいる。2人の自分が互い違いに出たり入ったりしているような感覚もある。半分は現実の自分を少なからず分かっている。だが、半分は分からないでいる。いや、分かりたくない気持ちの方が強い。意地を張ってでも、ヤケになってでも、生き残る事に必死になっている。だからこそ、俺はそんな自分を憐れむ。


《クッソ~~!ずっと考えないようにしてきたのに…!結局、問題はゲイしかないのかよ?!》

今の俺にあるのは速水への強い対抗意識だけだ。片っ端から思い付く限りの文句を並べ立ててはみたものの、どれもこれも面と向かって言えるようなものではない。言ったところで鼻先で笑われて終わりだろう。
腹の中身をひっくり返して出し尽くしてみても、最後に出て来た文句が「ゲイ」では目も当てられない。間違っても決して口には出来ない事だ。言ったが最後「一巻の終わり」だ。それは俺が何よりも恐れて避けて来た事だからだ。

《うああぁ~~!これだからゲイは嫌なんだよ~~!!》

発散しきれない苛立ちと訳の分からないモヤモヤに悲痛に叫びたくなる。「臭いものには蓋をしろ」と言うが、そうやって回避し続けて来た蓋を自分で開けたような気分だ。更に付け足すならば「蓋を開けたら腐ってた」「強烈な臭さに絶望感」「慌てて蓋を閉めました」だ。今の胸中を言い表すならそういう感じだ。
決してふざけている訳ではない。速水を前にすると調子が狂って思考が乱れる。今までにない脳の使い方だ。外部刺激が多すぎて本来の思考では追い付かない。速水に負けまいとして慌てたり、手探りしたり、照らし合わせたり、見比べたりと大変だ。こういう状態を「テンパっている」と言うらしい。速水のせいで頭の中がてんやわんやだ。

《あああぁ~~!鬱陶しい!クソッ!本当なら、ここで速水をぶった斬ってるところだ…!》

本来、目的を果たし終えた相手など無用だ。容赦無く切り棄てている。相手の弱点を突いて切り裂いて真っ二つだ。
だが、今の俺には「決定打」が無い。速水への攻撃ポイントが「ゲイ」しか思い浮かばない以上、俺には手も足も出ないという事だ。計算上では勝利目前に思えていただけに、思わぬ落とし穴に身動きが取れなくなる。

《ムググググ…!ムカつく!ムカつく!ムカつく~!》

ここに来て、今更ながら自分の置かれている現状を思い知らされる。まるで「ふりだし」に戻った気分だ。

《クソッ!全部お前が悪いんだからな!お前がゲイだから悪いんだ!》

口に出せない怒りを込めて速水を睨む。この「一大事」とも言える中で、当の速水は呑気に昼寝をしている。

《ムキィィーーー!だから!そんな所で寝るなあぁ~~!!》

その姿に頭の中まで火の手が上がる。腹の底から叫びたくなる。

《起きろ!バカ!こっち向け!何とか言え!お前のせいだ!そこで寝るな!用が無いならどっか行け~~!!》

力一杯に怒号を浴びせる俺の胸中は「怒りの炎」どころか「火炎車」だ。頭の中まで火の粉が舞う。それでも俺は身動き一つ出来ないのだから情けない。両膝をギュッと抱え込み怒りを閉じ込めるように身を固める。腕の中に顔を埋め我慢とばかりに口唇を噛みしめる。

《ぅぅぅ……、我慢だ!我慢!我慢…我慢…我慢…!》

喉の奥で怒りを飲み込み、頭の中で念じるように言い聞かせる。速水に向ける怒りには感情が多すぎる。それをコントロールしない限り、この勝負に勝ち目はない。

現状では俺の方が押し負かされている。こうしている今でさえ、小さく身を縮めて座り込んでいる自分の姿が「イジけた子供」のように思えてしまうからだ。今までは気に留めた事もなかっただけに、そんな事を気にする自分が不愉快でもある。意外にも、俺は速水にやり込められた事が堪えているらしい。そんな自分にも苛立つ。

《別に、俺が拗ねてる訳じゃないからな!俺は我慢してんだよ!》

自分はこんなに小さい人間だったのだろうか?と思うほどに、やっている事がせせこましい。

言っておくが、この「体操座り」のような格好は独りで過ごしていた時からの癖だ。外敵から身を守るように身体を小さく縮めて丸くなる。そうする事で内なる自分の世界を護り、自分だけの空間に身を浸す事が出来るからだ。謂わば、俺流の「安心スタイル」だ。
それに比べると、速水は壁にもたれて腕を組み脚まで伸ばして完全に寛いでいる。そのリラックスした雰囲気が俺の怒りを煽る。

《ウギィーーー!超~!ムカつくぅ~~!!何なんだよお前は!?寛ぐな!寝るな!起きろ!このクソ野郎~~!!》

普段通りに座っているだけでも怒りがパンクする。このままでは収拾がつかない。そして、再び「サルの気分」だ。今までは、怒りに我を忘れてもサルになった事は無い。人間は「怒りで理性を失う」と言うが、猿まで退化するのだろうか…?

《ウギギギ…!ムギギギ~!》

感情的になりすぎると身を滅ぼすと言う。誰が言ったか知らないが、俺はバカではない。猿でもなければ牛や豚でもない。それぐらいの事は分かる。当たり前だ。

《クッソ~~!俺はサルなんかじゃない!速水め!覚えてろ!絶対!絶対!絶対に追い払ってやる~~!!》

これ程に感情が乱れたのはいつ以来だろうか…?

速水は何かと俺を刺激する。物言わぬ「その存在感」だけが俺の中で大きくなるばかりだ…。
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