俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水〈2〉微妙な変化

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《もう…!何なんだよ…?!ずっと速水のペースじゃないかよ…!》

出会った時からずっと速水に振り回されている気分だ。腹の中で沸々と闘志を燃やしてはいるものの、今のところ勝ち目はない。先日の件も「速水の言い分」の方が正しい。

《フン!人の気も知らないで…!お前に俺の気持ちなんて分かる訳ないだろ!》

頭の中でブチブチと不満を並べ立てながらも、実際に文句を言えるはずもない。俺の気持ちを分かってもらうつもりもなければ、わざわざ説明する気もないからだ。

《あぁ~!ホント、ムカつく!嫌な奴!何なんだよ!気持ち良さそうに昼寝ばっかりしやがって!》

《フン!フン!フーンだ!》

毎度の事ながら、思いつく限りの悪態をついて睨み続ける俺も段々とネタ切れになってきている。最後には「フン!」しか出なくなる。もう、単なる負け惜しみだ。

《何だよ!俺ばっかりが怒って損じゃないか!》

挙げ句の果には、怒っている自分がバカらしく思えてくる。

《ハァ~~、疲れる。バカらしい…!》

睨むだけでも目が疲れる。これも無駄な労力だ。そのまま速水の様子を窺う。

小さな陽だまりの中で何処となく気分良さげに微笑みを浮かべているようにも見える。春の風にサラサラと揺れる髪の毛がほんのりと赤味を帯びて、その頬を撫でるように横顔を隠す。長めの髪の毛に隠れる左耳のピアスが時折キラリと小さく光る。
野郎共の中に交ざると大して見分けもつかない普通の男子高校生に見える速水だが、こうして毎日眺めていると「1人の人間」に見えて来るのが不思議だ…。

《……フン!勝手にしろ!》

俺は顔を背けて目を閉じる。そして、自分だけの空間で束の間の小さな息抜きをする。

《ふぅ……。全く…嫌になるよな…》

胸の中で溜め息を吐く。何が嫌で何が良くて何が悪いのかも分からなくなっている。
速水を利用するのは良くても、傍に居られるのは困る。速水と関わりたくはないが、無視されるのは気に入らない。速水に気を遣うつもりはないが、何故か強く出られない。速水の事は嫌いだが、敵に回したくはない。これは一体どういう事だろうか…?

速水の方も必要以上には接近して来ない。常に一定の距離感を保っている。それでも肝心な時は自然と近くに居る。俺とKの関係を探っている様子も無い。ただ、その言葉通り「友達の振り」をして接してくるだけだ。これといった敵意も悪意も感じない。

《コイツ…何、考えてるんだ?》

確かに、こうして隣に居ても昼寝をしているだけの男だ。特に邪魔をしてくる事もない。俺が文句を言わない限りは無反応を決め込んでいる。そんな速水の姿を眺める事も日常的になっている。

特に会話をする訳でもなく、ただそこに居るだけの2人…。

それは、俺達が「同類」だからなのかもしれない。速水もゲイである事は隠しているようだ。そして、学校内では普通の生徒同様に振る舞っている。俺に比べると何の問題も無く馴染んでいるようにしか見えない。それでも、何故か俺と居る時は雰囲気が違って見える。

……これは、俺の気のせいだろうか…?

……もしかしたら…?

……この世の中は、速水にとっても生きづらいのだろうか…?

……俺と同じように、仮面を被った自分を演じているのだろうか…?

……俺と居る時だけは、偽らなくても済むという事なのだろうか…?

ふと、そんな事を考えている自分に気付く。

《うぅ……!ダメだ…!ダメだ!ダメだ!このままじゃダメだあぁ~~!!》

速水との関係は俺を混乱させる。復讐とは無縁の状況…。いつしか慣らされてしまった現状…。そして、不意に湧き起こる得も言われぬ妙な感覚…。

《やっぱり、このまま速水と居たらダメだ…!》

自分の足場を崩されるような心許なさとでも言えば良いのだろうか…?
実際には俺もよく分からないのだが、妙な違和感と落ち着きの無さを感じ始めていた。

そもそも、俺は「偽り」の中に自分を置く事に慣れている。それだけに「偽りの無い現状」に意味を見い出せない。と言うよりも、自分が「作り上げて来た日常」を掻き乱される事への防衛本能か抵抗感のようなものだろうか。

……復讐だけに生きて来た俺には復讐しかない!

……復讐心に燃えない自分など自分では無い!

そうやって「自己暗示」をかけて自分を駆り立てて来ただけに、復讐とかけ離れた場所で悶々とした時間を過ごしている今の自分に納得がいかない。

《もう何日目だよ?!いい加減、終わりにしても良いだろ!》

既に、何日目かも分からないぐらいになっている。実際のところは10日前後だろうが、痺れを切らしながら耐える俺にも限界がある。

「速水…、もうそろそろいいだろ。最近は奴の姿も見なくなった。」

「まぁ…、確かにな。」

「それで?いつまでこうしてるつもり?」

「いつまでも…。」

「な?何だよ?!それ?!」

「何…?俺が、何か迷惑でもかけたか?」

「いや…、別に…。」

「それなら良いだろ。」

「………。いや、やっぱり迷惑!」

「その割には…、打ち解けてきた感じがするのは気のせいか?」

「何処がだよ?別に何も変わってないだろ?」

「いや、変わってる。相澤が普通に喋ってる。」

「普通?こんなのは普通じゃない。」

「ふ~ん。それなら…もっと喋るんだ?」

速水が楽しそうに笑って俺を見る。

「お、お前には関係ないだろ…!」

ついつい速水の誘導に乗せられて口が滑った事に気付く。慌てて口を噤んでそっぽを向く。

《ヤバッ…!》

自分の本音を語る気など無いが、それでも何かを言いそうになった。思わずヒヤリとする。

「ふーん…。まぁ、別にいいけどさ。」

速水はそれ以上介入する気は無いらしい。そのまま何事も無かったように目を閉じてしまう。その言葉には否定も肯定も無い。「ソレはソレ、コレはコレ」といった感じだ。

《な、何だよ?!何か文句あるなら言えよ!》

ジロリと睨み返したところで状況は変わらない。文句は言いたいが速水の質問に答える気は無い。俺は苛立っているが、速水は平然としている。

《ク…、クソッ…!何なんだよ?!ムカつく~!》

俄然に「対抗意識」を燃やす俺とは違い、速水の方は「我関せず」といった感じだ。この温度差をどう埋めれば良いのだろうか…?

そもそも、俺は他人と「口喧嘩」をした事がない。まともな会話さえもした事がないのだから当然だろう。ターゲットの前でなら「演技」も出来るが、速水にはそれが通用しない。
今、俺が置かれている状況は前例が無いと言っても良いだろう。今までの俺のスタイルを覆すものばかりだ。

《だから…!何で…?!こうなるんだよ!?》

俺は、更なる迷路に迷い込む。

Kを遠ざける目的で始めた「カモフラージュ」だけならもう終わりにしても良い頃だ。こうして2人で居ても親睦を深める訳でもない。そんな必要もない。俺にはその気がない。そして、速水にとっても何のメリットもない。それなのに、何故に一緒に居るのかが分からなくなってくる。

《よし!ハッキリさせてやる!このまま黙ってられるかよ…!》

俺の勢いは止まらない。なるべく強気の言葉で意思表示する。

「俺の個人的な問題はどうでも良いだろ。お前には関係無い。」

「まぁね。俺も詮索されるのは嫌いだからさ。」

「俺は、お前に関心は無い。」

「それなら、余計に有り難いね。」

「……フン、勝手にしろ!」

サラリと返されてカチンとなる。

《も~う!何なんだよ?!言ってる意味が分からない奴だな!》

俺がどんな態度に出ようとも全く気に留める様子のない速水は「どこ吹く風」といった感じだ。その横顔を軽く睨んだ後、脱力気味の溜め息を吐く。この状態を「暖簾に腕押し」と言うのだろう。

《ハァ……、ホント嫌になる…》

俺は嫌な事からは目を背ける癖がある。癖というよりは必然的に身に付けた習慣的なものだ。嫌なものは見ない、聞かない、考えない、無視をする。それが一番だからだ。そして、それが当たり前の事のようになっていたはずなのだが…。

《クソ…!無視だ!無視!無視!速水なんて無視だ!》

苛立ちを抑えるように何度も自分に言い聞かせる。これも日課のようになっている。速水に掻き乱されたくない為に身に付けた「唯一の抵抗」だ。

《……無視……無視……》

修行僧が精神統一する気分だ。それでも、目を閉じさえすれば「静かな独りの空間」を感じられるようにはなっている。
柔らかな春の風と暖かな陽だまり、心地良く鼻をくすぐる爽やかで少し甘い香り、鳥の囀りまでもが聞こえてくる。

《……ほら、見ろ!速水が居たって気にならないんだからな…!》

速水を相手にムキになっているのは俺ばかりだ。それが悔しい。先程やり込められた事もあり、余計に意地になってしまう。

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