俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の出逢い〈4〉相澤の災難

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「いや、別に用って訳じゃない。たまたま、偶然通りかかっただけ……ってのはウソ。なんか危なそうな感じだったからさ。見かけたついでに様子を見に来ただけ。一応、クラスメイトだしな。」

「………なっ?!よ、余計なお世話だ!」

俺の思いとは裏腹に、冗談を交えた軽い口振りにカチンとなり反射的に言い返す。普段の俺なら見せない反応だ。やはり、ゲイが相手では冷静さなど吹き飛ぶ。

「ふ~ん、そう?まぁ、そうかもな。相澤も男だし、あれぐらいならヤラれないか?」

「ヤ、ヤラ…?!ど、どういう意味だよ!?」

そして、突っかかってしまう。

「え~?ケンカだよ。あれぐらいなら勝てない事もないだろ?ただのガリ勉野郎って感じだったからさ。でも、ヤバイ目つきしてたぜ。気をつけろよ~。」

速水と名乗る男は、まるで慣れ親しんだ友達と軽いやり取りでもするかのように愉しげに見える。最後には鼻先で軽く笑うと肩を竦めてみせた。ムキになる俺を前にして「大した事でもない」と言いたげにサラリとした態度だ。特に深い意味は無かったらしい。

「え…?!あ…、あぁ…。」

速水の言葉に過剰に反応してしまった事に気付く。どうやら「ヤラれる」の意味が違ったらしい。

《な、何だよ?!そういう意味かよ?!ビ…ビックリさせやがって…!》

変に焦ってしまった事で心臓がドキドキして瞬間的に顔がカーッと熱くなる。逆に、それが俺のイライラを削ぎ落とし「弱気な部分」が顔を出す。

俺の「赤面症」は様々な状況下で発動する。焦り、緊張、羞恥、驚愕…等々、俺の動揺を表す指標となって出現する。それは突然で所構わず関係無しだ。ただ、怒りの感情だけは慣れているので顔に出る事が無い。つまり、先程のKのように「怒りで顔を紅く染める」というような事は無い。そんな事をしても無駄だという事を知っているからだ。それだけに、普段はほぼ無表情だ。
そんな俺を困らせるのがこの赤面症だ。俺の意向を無視して勝手に発動するだけに厄介でならない。自分の弱みを他人に見られているような気がして嫌で堪らないのだ。だが、これは「自然現象」か「人間の身体の七不思議」のようなもので自分ではどうしようもない。
俺の一番の「弱点」であり、最大の「大敵」でもある。一瞬にして弱気になってしまうからだ。

《え…?も、もしかして…?ゲイってのも俺の勘違いか…?》

最初に感じた「直感」にも自信が無くなる。そうなると何もかもが一気に崩れる。

《うわわっ…!ゲイじゃなかったらどうしよう?!普通の奴なら逆に変に思われるだけだろ?!普通に話しかけて来ただけの奴に、一方的に絡んだ事になるじゃないか!?》

あっと言う間に軽い混乱状態になる。これはもう「トラブル」を通り越した「災難」だ。

《うわ~~!もう最悪だ!大体、何でこんな事になったんだ?!何処でどう間違ったらこんな事になるんだよ?!》

俺の思考は乱れるばかりだ。ヒヤヒヤしてハラハラしてドキドキする。

《そもそも、Kの野郎が悪いんだよ!アイツがグダグダ言わなければこんな事にはならなかったんだ!そうだ!アイツが悪い!全部アイツのせいだ!クソ野郎~~!!》

そして、怒りの矛先をKに向ける。こうなると、俺は目の前の事が見えなくなる。頭の中はKに対する怒りで煮えたぎり、速水の存在など吹き飛んでいた。

「相澤ってさ…。」

「何だよ!?」

不意にかけられた声に怒り心頭のままに顔を上げる。何かを言いかけた速水が少し呆気にとられた顔で俺を見ている。

《ヤバイ…!しまった…!!》

本性を剥き出しにした自分に気付く。他人の前で怒りを露わにした事がないので分からないが、多分「未だかつてない俺」を見られた瞬間だった。咄嗟に顔を背けたが、既に遅かりし。これはもう「自滅」だ。窮地に陥った俺は勝手に自滅したのだ。

《うわあああぁ~~!も~~う!最悪だああぁ~~~!!》

今度こそ、本当に泣きながら逃げ出したい気分になる。一気に重く深く暗い地の底へと沈み込んで行くようだ。もう、地下牢の囚人にでもなった気分だ。

「ふ~ん…。」

そんな俺を速水がマジマジと見ているのが分かる。その視線が痛い。

《ああ……、もう最悪だ…。地獄だ…。生き地獄だ…。お先真っ暗だ…。俺の人生終わりだ……》

こんな気分を味わうのは初めてのようで初めてではないのだろう。俺の悲惨な過去には秘められたものが多過ぎる。そこから抜け出したくて躍起になった。今では、そんな事さえも忘れていた。只々、訳が分からず暴走していた。

……これは、俺に与えられた「天罰」なのだろうか…?

……はたまた、行く先を見失った俺への「警告」か…?

俺は俯向いて貝のように口を閉ざす。今の俺に出来るのは「黙る」事ぐらいだ。これ以上「ボロ」を出す訳にはいかない。
既に「演技」など出来るはずもない。それが通用する状況でもない。そして、そんな余裕さえも根こそぎ失なわれていた。

「相澤ってさ…。」

再び、速水が口を開いた。

《こ…、今度は何だよ…?!》

囚人気分の落ち目な俺に緊張が走る。心臓が変にドキドキして妙に身構えてしまう。

《クッ…、クッソ~~!俺は虫けらなんかじゃない!黙ってやられてたまるかよ…!》

長年の怨みと蓄積した怒りは強い。ここで倒れて負ける訳にはいかない。俺には「俺のプライド」がある。これはもう復讐などではない「男のプライド」を賭けた勝負だ。グッと下口唇を噛みしめて拳を強く握り込み、大きく息を吸い込んでゆっくりと視線を上げる。

「結構、普通に喋るんだな。もっと大人しい奴かと思ってたからさ。黙ってるより、そっちの方が良いんじゃない?」

速水のカラリとした明るい口調にガクリとする。変に気合いを込めていただけに、妙な「肩透かし」を喰らったような気分になる。

「よ…、余計なお世話だっ…!」

「そうか~?まぁ、良いけどさ。それよりも、暫く俺と行動した方が良くない?アイツ、また来るかもよ?」

「な、何…?!」

「どういう理由かは知らないけどさ、アレはヤバイぜ~。頭に血が上ると危険なタイプだな。ああいうノンケは意外と執念深かったりするからな。」

「!?!」

サラリと口にした速水の言葉に後頭部をピシャリと叩かれた気がした。

《ノ…?ノ…ノ…?ノ…ノンケって…?!》

ついついムキになっていた俺は、ハッと我に返って速水を見る。

「どうする?俺は、別にどっちでも良いけどさ。」

軽い口調で言った後、速水の目がフッと笑いかけてきた。その目は明らかに俺を「同類」だと認識している。ただ、視線が合ったのは一瞬の出来事で、次の瞬間にはもう外されていた。

「俺には関係無い事だろうけど…。まぁ、これも何かの縁ってやつ?」

そう言ってにこやかに笑う速水は愉しげだ。まるで親しい友達同士といった感じだ。いや、友達ではなく同類同士だ。

《あああぁ~~~!やっぱりゲイじゃないかああぁ~~~!!》

俺の頭が悲痛な叫びにのたうち回る。

やはり、俺の「直感」に間違いはなかったようだ。もう、俺は誰を責めて良いかも分からない。怒りの矛先を誰に向けて良いのかさえもだ…。

この状況を、世間では「墓穴を掘る」と言うのだろう。

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