俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水の出逢い〈3〉速水登場

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そいつはチラリと俺を見ただけで気に留めた風でもない。他の奴等のように興味津々にジロジロと見てくる事もしない。何食わぬ顔をして笑顔を浮かべたまま立っている。それ以上は近付いて来る気配もない。

《チッ!マズイな!こんな場所でゲイに出会すとはな…!》

ゲイは無視するのに限る。街中でも声をかけられた事は何度かあるが、俺は「直感」と同時に一目散に逃げる。普段なら間違いなくそうしているだろう。だが、ここで逃げ出す訳にはいかない。
ゲイが相手となれば様々な条件が変わる。ノンケ野郎とは違う部類だ。瞬時に頭の配線が切り替わる。

「あんた…誰…?」

「あれ?俺のこと知らないの?相澤と同じクラスなんだけどな?」

男は意外そうに笑って言う。その答えの方が意外過ぎる。

《な、な、何ぃ~~?!同じクラスだと?!ウソだろ?!マジかよ?!超最悪だろ~~~!?》

再び、目の前が真っ暗になり気が遠退きそうになる。俺はゲイが嫌いだ。一番関わりたくない部類だからだ。

《クソッ…!何て事だ!?面倒な事になりやがった…!》

俺の最悪な気分などお構いなしといった感じで、そいつはニッコリ笑顔で自己紹介までしてくる。

「俺、速水 翔太。ヨロシクな。」

「………。」

絶望感に絶句する。驚き過ぎて声も出ない。

《俺はヨロシクする気なんか無い~~~!!》

頭の中で激しく叫ぶ。今すぐにでも泣き出したい気分だ。

2年になってまだ日が浅い。俺はクラスの奴等の名前どころか顔さえも覚えていなかった。

《ウ、ウソだろ~?!何でこんな奴と同じクラスなんだよ!?最悪すぎるだろ~~!俺の人生は呪われてんのか!?》

《でも、このまま逃げるのはマズイよな。何とかしないと…!》

壁を背にヨロけてヘタっている場合ではない。気を取り直して素早く男を観察する。

ザッと見る限りでは身長も体格も標準的だろう。どちらかといえば痩せ型だ。相変わらず両手をズボンのポケットに突っ込んだままにこやかな表情を浮かべて立っている姿は何処にでも居る普通の高校生という感じだ。
ジャケットの前をはだけて、ネクタイを緩めた襟元を軽く着崩し、シャツはズボンに入れないタイプらしい。それでも、だらしなく見えないのは「お洒落な男」の部類に入るからだろう。

ちなみに、俺は目立ちたくないだけに制服はきちんと整えている。クラスの中では大人しくて真面目な部類に入る。ただ、世間では俺のようなタイプを「陰険」とか「根暗」とか言うらしい。それも周りが勝手に貼り付けた「レッテル」でしかない。だが、今は敢えてそうしている。その方が都合が良いからだ。
そして、今はクラスメイトの顔ぶれが変わったばかりだ。ここは慎重に動かなければならない。

《パッと見は普通だよな》

常日頃から男を「品定め」する習慣が身に付いている。勿論、相手に気付かれないように視点だけを移動させる。長年そうやって来ただけに、この状況下でも抜かりはない。視線を合わせないようにしながら横目で男の姿を捉えてゆく。

全体的にシャープな印象の顔立ち。細めのややツリ目、鼻や口唇の造りも線が細い。笑わなければ少し冷たい感じになるだろう。
直毛の黒髪を顎のラインでバッサリと切り揃え、長い前髪も中央で分けて両サイドへ軽く流している。

《フン…。流行りの髪型ってやつか…?》

最近、若者の間で流行っているというヘアースタイルだ。学校内でも同じように長髪にしている奴等を見かけるが、殆どが似合っていないと言える。ボサボサでバサバサで女みたいでだらしなく見えてしまう。見ているだけでも鬱陶しくてイライラする。男ならスッキリサッパリ短髪にしろ!と言いたくなるぐらいだ。
断っておくが、俺の場合は「やむを得ない事情」で長めにしているだけだ。

《……チッ!意外と似合ってやがるだけにムカつく!キツネみたいな顔しやがって!》

手入れが行き届いた髪の毛はサラリとして清潔感がある。艶々とした黒髪でありながらも僅かに赤みを帯びて見える。多分、ヘアカラーかマニキュアか何かを使用しているのだろう。長髪でありながらも不快さを感じさせない。このヘアースタイルが似合う男などそうそう居るものではない。その髪に隠れるようにして左耳に小さな輪っかのピアスをしている。見えないお洒落というやつだろう。チャラチャラと派手がましくないので良しとしよう。

全体的な見た目はそれほど悪くない「標準レベル」だ。この程度の男ならゴロゴロと居る。普通よりは清潔感とお洒落感がある分だけ「小綺麗」に見えるだけの事だ。

《見た目は問題無さそうだ。乱暴そうな感じでもない…》

俺は自分の身に危険が及ばない事を第一に考える。戦場のような世の中で孤独に生き抜く為には「自分で自分を護る」しかない。どんな状況に置いても「自分の事が最優先!」それが鉄則だ。これを「自然の摂理」とも言う。言葉の意味が妥当かどうかは知らないが、俺の中ではそう理解している。
この世の中は弱肉強食だ。強い者が弱い者を虐げる。力無き者や弱き者は踏みにじられるだけだ。動物のように肉を喰らう訳ではないが似たようなものだろう。俺に言わせれば、人間とは「他人の精神を喰らう野獣」のようなものだ。

まぁ、細かい事はどうでも良い。とにかく、俺には自然と備わった「危険回避能力」があるという事だ。それは様々な場面で「直感」として働く。要は「警告」のようなもので、その具体的な内容までは深く考えない。だが、頼れるのは自分の「感覚」のみだ。

高2にもなるとガタイの良い奴等も多くなる。中学時代とは違い体格差も出てくる。男臭さが強くなり、身長だけでなく横幅も成長する。筋肉がついた身体は頑丈そうで見た目の迫力だけでも威圧感がある。外見が野獣的な部類は近寄るだけでも危険だ。押さえ込まれたら「一巻の終わり」だからだ。

簡単に言うと、そういう意味で「見た目」は重要なポイントでもある。付け加えて言うならば、そこから更に条件をつけて「ターゲット」を絞り込んで行く。その一連の流れを瞬時に行うのが「品定め」でもある。我ながら素晴らしい能力だ。「熟練の技」と言っても良いだろう。

《フン…。俺のターゲットになるレベルじゃないな。普通だ!普通!それに、この手のタイプは好みじゃない!大体、ゲイなんて冗談じゃない!!》

最近の俺は苛立ちが強い。何かにつけてイライラしている。しかも、「ゲイ」だと思うだけで嫌で嫌で堪らない。自分の気を鎮めるだけでも手一杯だ。

本来、ターゲットにならない相手に用は無い。ゲイなど対象外の論外のその果てだ。だが、今は圧倒的に不利な状況だ。ノンケ相手なら適当にあしらう事も出来るのだろうが、ゲイとなると誤魔化しは通用しなくなる。

《クッソォ~~!今日は厄日かよ!!》

「……それで、俺に何か用?」

俺は顔を背けて無愛想に言う。弱みを握られて付入られては困るからだ。ゲイは手強い。ノンケ野郎を相手にするのとは意味が違う。
だが、幸か不幸か「ゲイに対する免疫」は持っている。全くの「未知の生物」という訳ではない。どういう種類の生き物かぐらいは知っている。ある意味で、腹黒いノンケ野郎共よりはストレートに生きている部類と言っても良いだろう。ただ、俺にとっては「天敵」と言える存在だ。

今まさに、俺は「窮地」に立たされている。俺の人生は複雑極まりない。余りにも複雑すぎる事情故、既に自分でも何が何やら訳が分からなくなっている。何がどうなってこうなって今に至るのかさえも曖昧で不明瞭だ。

俺にとって「ノンケ」と「ゲイ」は全く違う生き物に見える。同じ人間で、同じ姿をして、同じ世の中を生きているにも関わらず、全くの「別物」でしかない。これぞ「世の中の摩訶不思議」だ。
俺には全く理解不能だ。何もかもが歪みきった世の中は「異質」に見える。そして俺も歪んでしまった。もう、何が正しいのか?何が正解なのか?それさえも分からなくなっている。

ノンケは「普通の人生」を当たり前のように生きている。裏世界を知らず、世間の常識を盾にして安穏と生きている。自分達が正常でまともで「正しい人間」だと思い込んでいる。だが、実際に一皮剥けば薄汚れたドロドロだ。
俺はそんな奴等の身勝手さに怒りしか感じない。奴等は決して「正しき人間」などではないからだ。そんな定義など有って無いようなものだ。人間が勝手に作り上げた「理想像」でしかない。現に「理想を語る口」で他人を貶し、傷付け、蔑む。
そんな奴等を許せるはずがないだろう。俺の「積年の怨み」は深く「憎しみの対象」であり「復讐のターゲット」だ。

それに比べると、ゲイは「裏世界の住人」と言える。人目を忍び、自分を隠し、世を欺く。それは「普通でない人生」を歩んでいるからだ。そういう意味では俺も似たようなものだ。今では、自分自身が片足を突っ込んで抜け出せなくなって苦しんでいる。
俺の人生を滅茶苦茶にした「元凶」であり、俺をここまで貶めた「諸悪の根源」だ。当然、その怨みも憎しみも根深すぎて消し去れない。だが、復讐のターゲットにはならない。単に、復讐する意味が無い「非対象」でしかないからだ。それだけに、徹底的に目を背けて避けて来た。ゲイは俺の中から「排除すべき存在」だ。

結局、俺にとってはノンケもゲイも「敵」でしかない。右を向いても左を向いても敵だらけだ。木っ端微塵に打ちのめしてやりたいのは同じだが、どうしても「ゲイ」だけには手出し出来ない。

これが「俺が置かれている現状」とだけ言っておこう。

《クソッ…!何だってこんな目に遭うんだよ?!ゲイなんか目障りだ!サッサと消えちまえ!》

そして、俺は目の前の事しか見えなくなる。

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