俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤の改心〈8〉

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《やっぱり…、速水の事は切り離せないよな》

事実上の関係は断たれたものの、速水の存在は俺の中に根付いている。他のターゲットのように簡単に切り離せるものではないらしい。今回の件を通して、俺は「人との繋がり」というものを初めて感じ始めている。

「あ~!もう!佐久間問題の次は速水かよ?!ホント、課題が目白押しだな!」

思わず不平を口にする。

昨日から思考がフル回転だ。これほど頭を使うのは久し振りだろう。まとまりがつかず、終わりが見えて来ない。溜め込んでいたものが余りにも多過ぎるという事だ。いや、考えないようにして来た結果なのかもしれない。あまりの情報量に思考が追いつかず、そこに感情が横ヤリを入れて来るのだから収拾がつかない。そして、理解出来たような出来ないような中途半端な感じだ。

《もう!ホント、考えるって疲れるな!俺は今まで何をやって来たんだ?!》

そんな自分に少し苛立つ。

今までは「怒り」で全てを焼き尽くして来た。見るもの聞くもの感じるもの全てを「怒りに変換」してきた。終わった事は片っ端から切り棄てて記憶から消し去る。復讐を終えたターゲットの事など覚えておく必要も無いからだ。嫌な事は忘れ去り、余計な事は考えない。日常で感じるストレスは自慰行為で発散する。そういう生き方に慣れてしまっていた。

そんな中で起きた「大混乱」とも言える状況だ。整理したくても簡単に出来るものではない。
速水の事を少しばかり思い出してみたところで、その記憶も曖昧でしかない。この数ヶ月間は訳の分からない感情に囚われていた。佐久間の事しか見ていなかった。速水の事は頭にも無かった気がする。それほどに意識しなくなっていた。

「速水のこと…最初は嫌な奴だと思ってたよな。」

「あれ?いつからこんな風になったんだっけ…?」

少しだけ記憶を遡ってみる。

夏休み以前から俺の意識は佐久間へと向かっていた。そして、夏休み中は速水と接触していない。夏休みが明けてから速水に誘われたのが最初の週末だった。それが最後になったあの時だ。

《あの時まで、俺は速水の本心なんて全然知らなかったよな…。大体、そんな風に考えた事も無かったしな…》

思い返しても未だに信じられない出来事のように感じられる。今でさえもピンと来ない。

「速水があんな風に思ってたなんてな…。アイツ、そんな素振りも全然見せなかったよな。いきなり言われても分かる訳ないよな。」

俺は他人から「興味」を向けられる事はあっても「好意」を向けられた事は無い。ターゲットとのセックスなど「行為」はあっても「好意」は無しだ。「好意」の無い「行為」など「ただの行為」でしかない。ただ「出し挿れして出す!」それだけだ。

《セックスなんてただの行為だ!どいつもこいつも皆同じだ!》

そんな風に思っていた。そんな俺が速水の気持ちに気付く事など無理だろう。

「速水だってそうだと思ってたからな。それに、アイツはゲイだし…。」

俺にとってゲイは「天敵」のようなものだ。当然、速水のことも「ゲイ」として見ていた。そして、速水との関係は複雑な事象の絡み故の成れの果てのようにも感じていた。

《う~ん…。考えると余計に訳が分からなくなるよな。だから、どうなってこうなったんだ…?》

速水とは色々あった気もするが、過ぎた事は忘れ去るのが俺の習慣だ。

最初は「トラブル」のように感じていた。それが、いつしか気にならなくなっていた。一度セックスをした事で俺自身が開き直った部分もあるのだろうが、速水の前では気を使わなくて済むのが良かった。余り深入りして来ない速水だからこそ傍に居ても嫌ではなかった。そんな速水の存在に慣らされていた部分があった。

世間では、これを「馴れ合い」と言うのだろうか…?

《でも、アイツはゲイだけど…結局は嫌な奴じゃなかったって事なんだよ。それは分かってるんだけどな…》

よく分からないままの結論に辿り着く。速水の事を考え始めると中途半端な自分を見ているような気分になる。なんともスッキリしない感覚だ。

「ああぁ~~!なんか複雑すぎる…!考えるのも疲れる~!」

思わず頭をグシャグシャと掻きむしり苛立ちを声にする。神妙に思い返してみても支離滅裂で良く分からない。段々と脳が疲れて来る。考える事を放棄したくなる。

俺は過去の記憶を探る事に抵抗感がある。

「ああっ!もう、終わった事を考えても仕方ないだろ!」

苛ついたところで「既に終わった事」だ。今更、考えた所でどうにもならない事は分かっている。それでも向き合わなければならない現実がある。

《このままじゃダメだ!何とかしないと…!》

投げやりになりそうな自分を落ち着ける。俺は深く考える事に慣れていない。

《と、取り敢えず…これからどうしたいのかを考えよう》

「え~と、速水の事は嫌いじゃない。でも、身体の関係を戻したい訳じゃない。」

今の気持ちを率直に言葉にしてみる。頭の中だけでモヤモヤと考えていても答えは見えて来ないからだ。

「速水との関係は戻りたい。でも、戻りたくない。」

《う~ん、何なんだ?!もう、訳分かんないだろ~~!!》

自分の思考が分からない。もう、理解不能だ。やり場のない感情に手足をバタつかせる。

「あ~!もうっ!速水のバカヤロ~~!!」

最後には大声を出して思い切り布団を蹴り上げた。

「あ~、疲れた。やめた。」

パタリと動きを止めて大きな溜め息を吐く。それでも、少しだけスッキリした気分になる。久し振りに運動をしたせいだろうか。俺はどれほど運動不足なのだろう…?
いや、そういう事ではない。感情を思い切り吐き出してみただけなのだが、そんな自分がやけに子供っぽく感じる。

《俺、何やってんだ…?》

まるで、何かに駄々をこねて地団駄を踏む近所のガキと同じだ。一体、俺はどんな性格をしているのだろう…?

《あれ?でも、何で速水にぶつけるんだ…?アイツが悪い訳じゃないよな》

ひとしきり暴れて我に返る。少しだけ暴走した事に気付く。ザックリと考えただけでも速水は悪くないのだ。どちらかと言えば、悪いのは俺の方だろう。

「う~ん…、何でだ…??」

正に「疑問」だ。速水に向ける感情の意味が分からない。俺は頭を酷使し過ぎておかしくなってしまったのだろうか…?

そもそも、復讐以外で他人と関わったのは速水が初めてだ。その不思議な関係性をどのように処理すれば良いのかが分からない。ある意味で速水とは慣れ親しんだ所がある。そんな速水が相手だからこそ抱く「独特な感情」のようなものがある。

「俺は生まれたばかりのヒヨコかよ!?」

訳も分からずジタバタする自分にツッコミを入れる。例えるなら…殻を破って顔を出した所に見慣れたはずの親の姿が無く、どうして良いかも分からずにピーピーと泣き喚くヒヨコ…とでも言おうか。

「それなら速水は親鶏かよ?!」

そんな事を考える自分にもツッコミを入れる。思いがけず口にした言葉に少し笑ってしまったが、それが何処か妙にハマっている。

《親鶏か…。よく分からないけど、なんか近いかも…?》

今の俺の心境を表す言葉としては一番近いのかも知れない。

《速水が親鶏ってのも変な話だよな…。フフ…、笑える》

《でも、アイツって結構優しかったよな。それに、良い奴だった。俺なんかよりしっかりしてたし、自分の事もちゃんと考えてた》

《きっと、俺なんかより凄い奴なんだよ!》

妙に納得した感じがある。

《俺にとって速水の存在って…結構、貴重だよな》

状況はどうであれ、俺の一番近くに居たのは速水だ。

「割り切った関係だと思ってたけど…割り切れない関係になってたって事か…?」

解ったような解らないような答えを呟く。これが「人との繋がり」を考える「自分探しへの道」の第一歩なのだろう。

《速水との関係は終わってるけど…やっぱり、このままって訳にはいかないよな…!》

俺には俺なりの「ケジメ」が必要なのだろう。少なからず好意的に接してくれた「速水の存在」を正しく理解しなければならない。

その為には、速水との最初の出会いから順を追って見つめ直すべきだろう。

《先ずは…速水か…》

過去を振り返る事は過去に触れる事になる。俺の「嫌な傷」を抉る作業だ。特に、速水に関しては「ゲイ」というだけで目を背けて来た部分があった。その過ちを認めて、俺はもう一度「速水」と向き合うべきなのだろう。

《よし…!少しずつだ…。少しずつ…思い出すんだ…!》

俺はゆっくりと「過去の記憶の扉」を開く…。

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