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相澤の改心〈1〉
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公園を後にして駅までの道を急ぎ足で歩く。
葉山に喧嘩をふっかけられたような…?そうで有ってそうで無いような…?何とも微妙な気分だが、逆にそれが良かったらしい。沈み込んでいた心が僅かに浮上している。
「あ~、ホント参ったな!」
駅を過ぎれば自宅への帰路を辿るだけだ。俺の家は学校からも離れている。敢えて自宅から遠い高校を選んだのには理由がある。極力、見知った顔と出会さない為だ。俺の人生選択など単純なものだった。
それでも、新たな場所に少なからず期待を抱いたりもした。環境が変われば何かが変わるかもしれないという淡い期待だった。同時に、自宅から離れている方が復讐をするにも都合が良いという考えもあった。俺の思考と感情は常に相反している。
だが、どんな形であれ「違う場所」で「違う自分」で在りたかった。過去を切り離し、自分自身からも遠く離れた場所で、俺は何かを探していたのだろうか…?それとも、単に逃げ場を求めていただけなのか…?
未だ覚めやらぬ衝撃に少しヨロつきながら歩く俺の頬を夜風がヒンヤリと撫でる。変に緊張してびっしょりと汗をかいていたのだろう。湿ったシャツの襟元や脇の辺りの冷たさに身体がブルリと震えた。
「うわ…、冷たっ…!」
《気持ち悪ぅ~!もう最悪だろ!》
ポケットから取り出したハンカチでゴシゴシと汗を拭ってみるものの、何の効果もない。涙や鼻水が乾いた顔がパリパリして引きつるばかりだ。
《クソ…!マジで情けない…!》
思い出しても情けない自分の姿に舌打ちをする。情けない自分に苛立つ事は多いのだが、今まではそれを周りのせいにしてきた。他人に怒りを向ける事で、辛うじて自分を卑下しないようにして来たのだ。そうやって自分で自分を護らなければ誰も庇ってはくれないからだ。
俺の性格が歪んだ理由も少しは理解してもらいたい。自分で自分を責め始めたらキリが無い。どんどんドツボにハマって抜け出せなくなるだけだろう。だが、違う意味で抜け出せなくなっていたのは言うまでもない。
全くもって、俺の人生は…生まれた時から踏んだり蹴ったりだ。
「ホント最悪…!」
今までの自分を振り切るように吐き捨てる。
ふと足を止めて空を見上げる。今までとは違う感覚が胸の中に広がっている。不思議と佐久間や葉山への怒りを感じない。荒れ狂って暴走した分だけ、逆に鎮まり返って冷静さを取り戻したようだ。
いつも何処か落ち着かない気持ちを抱えていた。この数ヶ月…いや、それ以前からモヤモヤしたものが付き纏っていた。佐久間の「強烈な一撃」で何もかもが吹き飛ばされたのかもしれない。
《あんなに取り乱したのは初めてだよな…》
自分の中にある感情が暴走して醜態を曝した事は非常に恥ずかしい。だが、そうやって吐き出した事は悪くなかったようだ。何にせよ、溜め込み過ぎるのは身体に良くないという事だ。
《全く…俺はどれだけ溜め込んでたんだ?!》
全くもって制御不能、自分でも訳が分からなくなっていた。自分の中にあれほどの感情があるとは知らなかった。それを引き出したのは佐久間だ。
《佐久間は…俺にとって何だ…?》
今は強烈な印象しか残っていない。頭の中に残る痺れ感が思考を遮る。身体の奥にも僅かに震えが残っている。そして、妙に胸が熱い。
「……フッ…、俺なんかがどうにか出来る相手じゃない…。」
自嘲のように鼻で笑い、ポツリと呟いて溜め息を吐く。
「俺の、完敗だ…!」
俺は空に向かって力を込めて言う。負け惜しみのようでもあり、諦めのようでもあり、自分への決別のようでもある。本当に俺の性格は複雑極まりない。
それでも「完敗」という言葉には2人への「乾杯」の気持ちも込めている。俺もなかなか「くさいセリフ」を吐くものだ。こういう点では、葉山に負けず劣らずなのかもしれない。
《俺って…意外と熱血好き…?》
何処か吹っ切れたようで、激しく落ち込んでいないのは…もしかしたら、葉山のお陰なのかもしれない。何処か「人間くさい」「温かみ」のある男に思えた。佐久間が完璧すぎたせいだろう。
《アイツ等、意外といいコンビかもな…?》
佐久間が見せた「真実」を、葉山の行動が「立証」して見せた。もう、納得するしかない。認めざるを得ない。
これほどに「確かなモノ」はないだろう。
《速水が言ってたのは…、もしかして…この事か…?》
ふと、速水の言葉が頭に浮かぶ。
『これは俺の勘…だけどさ。接触してみれば何か分かるんじゃないか?』
『答えは自分で探せ。相澤の気持ちは、相澤にしか分からないだろ?』
『相澤は自分の心を…、俺は本気になれる相手を探すよ』
『一つずつ…見つけていけば良いんだよ…。俺も…相澤も…』
今でも耳に残っている速水の声が語りかけくるようだ。速水の「想い」は俺の中にしっかりと焼き付いている。
これが人の「心」と「想い」なのだろう。そして、それを伝えるのが「言葉」なのだ。
「速水…、お前は良い奴だったな…。」
夜空を見上げたままポツリと言う。今なら、速水の言葉の意味も少しは理解出来るような気がする。まだ、ハッキリとした言葉では言い表わせないのだが、俺自身の中にその「答え」はあるのだろう。
自分の「疑問」と「答え」は、最初から自分の中にあるという事だ。
《俺にも…少しだけ分かったような気がするよ…》
不思議と、涼しげで澄み渡った爽快さを感じる。人は「何か」を見付けた時、こんな気分になるのだろうか…?
《速水には感謝しないとな…》
見上げる夜空に速水への想いを重ね合わせる。速水に対しては素直な気持ちになれる。それは、共に過ごした時間があるからだろう。
こんな風に思えるようになったのも佐久間と葉山の関係を見て感じ取れたものがあるからだ。俺の知らない2人だけの時間…。その時間と共に培われた「大切なモノ」があるのだという事を…。
《やっぱり凄いよな…あの2人。ただのノンケ同士の恋愛って訳でもないよな…?》
「共に過ごす」から「友」なのだろうか…?ふと、そんな事を考えてみる。俺はどうやらダジャレ好きらしい。
《速水は俺にとって何になるんだろう…?》
速水の存在は「同類」から「味方」に変わっている。これを「友達」と言って良いのかどうかも分からないのだが、俺の中で最も身近に感じられて占める割合が大きいのは確かだ。
《あっぱれ!速水だな…!》
周りから遮断した俺の空間に強引に入り込んで来ただけの事はある。俺は自分で気付かない内に速水を受け入れていたのだ。自然と、速水に対してだけは「素の自分」が顔を出す。それが何処か安心出来るところもある。
《いつか、速水にも謝らないとな…!》
俺は、知らぬ間に多くの「在るべきモノ」を失っていたらしい。そんな事にも気付かずに生きて来た。
今回の出来事で、少しばかり未来が開けたような気分になる。
「フウ…。取り敢えず…帰ろ…。」
大きく息を吐いて歩き出す。考える事は山程あるらしい。これから一つ一つ向き合って行くしかないのだろう。
長年に渡って封じ込めていた「俺の心」が胸の中で小さく息を吹き返し始めている。
鞄の重みを手に感じながらゆっくりと台地を踏みしめる。これからの人生は、自分の心と自分の足でしっかりと歩まなければならないのだと感じている。
俺もまだ…棄てたものではないらしい。
葉山に喧嘩をふっかけられたような…?そうで有ってそうで無いような…?何とも微妙な気分だが、逆にそれが良かったらしい。沈み込んでいた心が僅かに浮上している。
「あ~、ホント参ったな!」
駅を過ぎれば自宅への帰路を辿るだけだ。俺の家は学校からも離れている。敢えて自宅から遠い高校を選んだのには理由がある。極力、見知った顔と出会さない為だ。俺の人生選択など単純なものだった。
それでも、新たな場所に少なからず期待を抱いたりもした。環境が変われば何かが変わるかもしれないという淡い期待だった。同時に、自宅から離れている方が復讐をするにも都合が良いという考えもあった。俺の思考と感情は常に相反している。
だが、どんな形であれ「違う場所」で「違う自分」で在りたかった。過去を切り離し、自分自身からも遠く離れた場所で、俺は何かを探していたのだろうか…?それとも、単に逃げ場を求めていただけなのか…?
未だ覚めやらぬ衝撃に少しヨロつきながら歩く俺の頬を夜風がヒンヤリと撫でる。変に緊張してびっしょりと汗をかいていたのだろう。湿ったシャツの襟元や脇の辺りの冷たさに身体がブルリと震えた。
「うわ…、冷たっ…!」
《気持ち悪ぅ~!もう最悪だろ!》
ポケットから取り出したハンカチでゴシゴシと汗を拭ってみるものの、何の効果もない。涙や鼻水が乾いた顔がパリパリして引きつるばかりだ。
《クソ…!マジで情けない…!》
思い出しても情けない自分の姿に舌打ちをする。情けない自分に苛立つ事は多いのだが、今まではそれを周りのせいにしてきた。他人に怒りを向ける事で、辛うじて自分を卑下しないようにして来たのだ。そうやって自分で自分を護らなければ誰も庇ってはくれないからだ。
俺の性格が歪んだ理由も少しは理解してもらいたい。自分で自分を責め始めたらキリが無い。どんどんドツボにハマって抜け出せなくなるだけだろう。だが、違う意味で抜け出せなくなっていたのは言うまでもない。
全くもって、俺の人生は…生まれた時から踏んだり蹴ったりだ。
「ホント最悪…!」
今までの自分を振り切るように吐き捨てる。
ふと足を止めて空を見上げる。今までとは違う感覚が胸の中に広がっている。不思議と佐久間や葉山への怒りを感じない。荒れ狂って暴走した分だけ、逆に鎮まり返って冷静さを取り戻したようだ。
いつも何処か落ち着かない気持ちを抱えていた。この数ヶ月…いや、それ以前からモヤモヤしたものが付き纏っていた。佐久間の「強烈な一撃」で何もかもが吹き飛ばされたのかもしれない。
《あんなに取り乱したのは初めてだよな…》
自分の中にある感情が暴走して醜態を曝した事は非常に恥ずかしい。だが、そうやって吐き出した事は悪くなかったようだ。何にせよ、溜め込み過ぎるのは身体に良くないという事だ。
《全く…俺はどれだけ溜め込んでたんだ?!》
全くもって制御不能、自分でも訳が分からなくなっていた。自分の中にあれほどの感情があるとは知らなかった。それを引き出したのは佐久間だ。
《佐久間は…俺にとって何だ…?》
今は強烈な印象しか残っていない。頭の中に残る痺れ感が思考を遮る。身体の奥にも僅かに震えが残っている。そして、妙に胸が熱い。
「……フッ…、俺なんかがどうにか出来る相手じゃない…。」
自嘲のように鼻で笑い、ポツリと呟いて溜め息を吐く。
「俺の、完敗だ…!」
俺は空に向かって力を込めて言う。負け惜しみのようでもあり、諦めのようでもあり、自分への決別のようでもある。本当に俺の性格は複雑極まりない。
それでも「完敗」という言葉には2人への「乾杯」の気持ちも込めている。俺もなかなか「くさいセリフ」を吐くものだ。こういう点では、葉山に負けず劣らずなのかもしれない。
《俺って…意外と熱血好き…?》
何処か吹っ切れたようで、激しく落ち込んでいないのは…もしかしたら、葉山のお陰なのかもしれない。何処か「人間くさい」「温かみ」のある男に思えた。佐久間が完璧すぎたせいだろう。
《アイツ等、意外といいコンビかもな…?》
佐久間が見せた「真実」を、葉山の行動が「立証」して見せた。もう、納得するしかない。認めざるを得ない。
これほどに「確かなモノ」はないだろう。
《速水が言ってたのは…、もしかして…この事か…?》
ふと、速水の言葉が頭に浮かぶ。
『これは俺の勘…だけどさ。接触してみれば何か分かるんじゃないか?』
『答えは自分で探せ。相澤の気持ちは、相澤にしか分からないだろ?』
『相澤は自分の心を…、俺は本気になれる相手を探すよ』
『一つずつ…見つけていけば良いんだよ…。俺も…相澤も…』
今でも耳に残っている速水の声が語りかけくるようだ。速水の「想い」は俺の中にしっかりと焼き付いている。
これが人の「心」と「想い」なのだろう。そして、それを伝えるのが「言葉」なのだ。
「速水…、お前は良い奴だったな…。」
夜空を見上げたままポツリと言う。今なら、速水の言葉の意味も少しは理解出来るような気がする。まだ、ハッキリとした言葉では言い表わせないのだが、俺自身の中にその「答え」はあるのだろう。
自分の「疑問」と「答え」は、最初から自分の中にあるという事だ。
《俺にも…少しだけ分かったような気がするよ…》
不思議と、涼しげで澄み渡った爽快さを感じる。人は「何か」を見付けた時、こんな気分になるのだろうか…?
《速水には感謝しないとな…》
見上げる夜空に速水への想いを重ね合わせる。速水に対しては素直な気持ちになれる。それは、共に過ごした時間があるからだろう。
こんな風に思えるようになったのも佐久間と葉山の関係を見て感じ取れたものがあるからだ。俺の知らない2人だけの時間…。その時間と共に培われた「大切なモノ」があるのだという事を…。
《やっぱり凄いよな…あの2人。ただのノンケ同士の恋愛って訳でもないよな…?》
「共に過ごす」から「友」なのだろうか…?ふと、そんな事を考えてみる。俺はどうやらダジャレ好きらしい。
《速水は俺にとって何になるんだろう…?》
速水の存在は「同類」から「味方」に変わっている。これを「友達」と言って良いのかどうかも分からないのだが、俺の中で最も身近に感じられて占める割合が大きいのは確かだ。
《あっぱれ!速水だな…!》
周りから遮断した俺の空間に強引に入り込んで来ただけの事はある。俺は自分で気付かない内に速水を受け入れていたのだ。自然と、速水に対してだけは「素の自分」が顔を出す。それが何処か安心出来るところもある。
《いつか、速水にも謝らないとな…!》
俺は、知らぬ間に多くの「在るべきモノ」を失っていたらしい。そんな事にも気付かずに生きて来た。
今回の出来事で、少しばかり未来が開けたような気分になる。
「フウ…。取り敢えず…帰ろ…。」
大きく息を吐いて歩き出す。考える事は山程あるらしい。これから一つ一つ向き合って行くしかないのだろう。
長年に渡って封じ込めていた「俺の心」が胸の中で小さく息を吹き返し始めている。
鞄の重みを手に感じながらゆっくりと台地を踏みしめる。これからの人生は、自分の心と自分の足でしっかりと歩まなければならないのだと感じている。
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