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相澤 対 佐久間 逆襲
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「何が言いたい。」
闇に溶け込むような低い声がゆっくりと言う。佐久間の方は緊迫した空気を身に纏っている。だが、もうどうでも良いと思った。諦めに似た感情が俺を埋め尽くす。
「俺、ずっと見てたんだ。佐久間君のこと…。いつも2人が一緒のところ…。もしかして、葉山君のこと好きなのかなって思った。男が…好きなのかなって…。」
俺はポツリポツリと口を開く。既に、戦意は喪失している。そうなると「言葉」というものは自然と出てくるものらしい。
「男が好きなら…俺にもチャンスあるかな?……って思った。」
だが、何を言ったところで状況が変わるものでもない。
「ない…だろ。」
……グサリ……
それでも、佐久間の言葉が胸に突き刺さる。こうなった今でも、拒まれる度に苦しくなる。
今までこんな事は無かった。ターゲットから何を言われようとも平気だった。突然に決別を告げる俺に対して、納得がいかないとばかりに散々に言われた事もある。自分がしでかした事を棚に上げて俺を責め立てる。そんな姿を見ても腹の中で「ざまあみろ!」と思っていた。
窮地に陥った人間はどうにかして自分を正当化しようとするものだ。無駄な足掻きや自己弁護ほど見苦しいものはない。罪悪感から逃れる為には「嘘偽り」でも平気で並べ立てる。現実に背を向けて、俺からも目を逸らす。そして、周りの目を恐れて口を噤むのだ。そんな奴等の言葉など痛くも痒くもない。
自分が「当事者」にならなければ他人の痛みも苦しみも分からないような愚かでバカな人間は多い。俺はそういう奴等を成敗して来ただけの事だった。
だが、そういう点でも佐久間は何処か違っている。突然の暴挙に出た俺に対しても怒りを鎮めて冷静に対処しようとしている。普通の奴なら逃げ出していてもおかしくない状況だ。見た目以上に誠実な男なのだろう。
そんな佐久間の言葉だけに胸が痛むのだろうか…。
「そう…だよね。」
それでも、俺が酷く傷付いた事に変わりはない。何とも複雑な気分だ。
「あんなに拒絶されたのは初めてだよ。さすがに…ショックだ。」
「………。」
「佐久間君…。男が好きなわけじゃないんだね…。」
「当たり前だろ。」
……グサグサ……
鎮まりかけていた感情が触発される。打ちのめされて大人しくなっていたはずが、やはり俺の性格は歪んでいる。
《何だよ!お前だって似たようなもんだろ!葉山が好きなんだろ!善人面して自分だけが無傷で終わると思うなよ!》
「それは…よく分かったよ。ずっと…佐久間君のこと好きだったけど…。あんな風に拒絶されたら、気持ちも冷めるよね。」
腹いせ紛れに嫌味を言う。精一杯の反撃のつもりで冷ややかに言い放つ。何とかしてダメージの一つも与えてやりたいと思った。言われっ放しで泣き寝入りするようでは男が廃る。
「………。」
ところがどっこい、佐久間は何処か安心したように身体の力を緩めた。俺の言葉など痛くも痒くもないらしい。
《クソッ!》
俺は、諦めながらも諦めが悪いようだ。どうにかして一矢報いたい。このままでは負け犬の遠吠えに終わる。感情的になれば俺の負けだ。今度はなるべくゆっくりと探るように言う。
「俺の…勘違い?…かな?葉山君のこと…本当はどうなの…?」
そんな自分の声が「ねちっこくてしつこい女」みたいに聞こえて嫌な気分になる。
俺が問い詰めたところで佐久間が「肯定」するはずはない。ゲイではない佐久間が男を好きだなどと認めるはずもない。
だが、俺は確信している。佐久間にとって葉山は特別な存在だ。実際のところ「2人の関係」がどうなのかは不明だが、今更どうでも良い事だ。ただ、佐久間自身に知らしめてやりたい気持ちがあった。
《お前は葉山が好きなんだろ!それがどういう事か教えてやるよ!》
楽しそうに笑う2人が憎らしい。葉山を特別視する佐久間が恨めしい。その幸せそうな関係をぶち壊してやりたくなる。
《男が男を好きになるって事がどういう事が思い知れ!》
俺は、そこに在る人の「心」や「想い」を知らない。知っているのは、世の中の「蔑視」や「偏見」だけだ。
《お前も少しは苦しめばいい!俺と同じ気持ちを味わえばいいんだ!》
佐久間を見ていると、どうしても落ちぶれた自分を見せつけられているようで嫌になる。こうなると「僻みの窮地」だ。復讐を通り越した逆襲だ。
《嘘をつくなんて簡単な事だ!嘘ついてシラを切れば良い!でも、俺だけは知ってるんだ!お前が嘘ついてる事も隠してる事もな!》
それは俺の中だけの「自己満足」だ。佐久間の「秘密」を握るという優越感。そして何よりも、そうする事で佐久間が「俺と同じ」なのだと思えるからだ。
歪みきった俺の考えそうな事だ。それでも、俺にとっては「男のプライド」をかけた勝負だ。佐久間を蹴落としてでも護りたい「底意地」がある。
《さあ、どうする?!お前だって他人に知られるのは恐いはずだろ!》
暗闇の中のシルエットをジッと見据える。
「………。」
佐久間は直ぐに答えない。俺は勝利を確信した。
《間違いない!俺の堪は当ってる!葉山の事が好きなんだろ!》
妙に勝ち誇った気分になる。
「悪いが、お前には関係ない。」
その声は低く静かに冷ややかに響いた。
「………!?!」
その答えに息が止まる。俺の中を激しい衝撃が突き抜けた。
《なっ…?!何……!?》
佐久間の出した答えは「肯定」なのだろう。だが、どんな答えよりもショックだった。
《な…、何でだ…?》
「関係ない」その一言にこっぴどく頭をぶん殴られた気分だった。強烈な屈辱と敗北感。耐え難い悔しさが込み上げてくる。何もかも投げ捨てて逃げ出したくなる衝動に駆られる。
だが、俺は立ち上がるどころか身動き一つ出来ないままだ。ブルブルと震える身体を押さえ込むように握り締めた拳までもが小さく震える。懸命に佐久間を見据える目からは勝手に涙が零れ落ちる。
《何で…?何でだよ…?》
《関係ないって何だよ…?!お前は認めるのか…?!》
《葉山が好きだって事を認めるのか…?!それは俺に関係ないって事か…?!》
様々な感情が激しく入り乱れる。佐久間の言葉はハッキリとそれを認めた訳ではないのだが、その意思は明らかだ。「お前には一切関わりの無い事だ」と伝えている。
《酷いよ…、こんなの…あんまりだよ…!俺だけがバカみたいじゃないか…!》
《俺の事は無視かよ…?!どうあっても無視するのかよ…?!何処まで否定したら気が済むんだよ…!!》
悔しさなのか悲しさなのか分からない涙が止まらない。頭の中で佐久間を責め立てながらも、胸の中がどんどん苦しくなる。胸の奥に詰まった「何か」が一気に膨れ上がり苦しみもがいて暴れ始める。
《…クソッ…!何なんだ…!?》
その苦しさに息が詰まる。今にも張り裂けそうな「何か」が胸の中を埋め尽くす。内側から襲いかかって来る脅威的な感覚に悲鳴を上げそうになる。
《一体、俺にどうしろって言うんだよ!?》
耐え難い苦しさにギュッと目を閉じて胸を強く押さえ込む。そんな俺の耳に佐久間の低い声が聞こえた。
「お前を傷付けた事は謝る。お前の気持ちを知らずに、軽率な事をして…悪かった。」
《………え……?!》
一瞬、耳を疑った。自分の感情に振り回されていた俺には何が起きたのか理解出来ない。ゆっくりと目を開いて視線を上げると佐久間の頭が見えた。
《え……?な、何……!?》
見上げるほどの長身の男が俺に頭を下げている。それも、ベンチに座った俺に頭の天辺が見えそうなほどだ。
「!?!」
それは新たな衝撃となって俺を打ちのめした。横殴りとでも言えば良いのだろうか?突然の右ストレートを食らったような感じだ。俺はボクシングがどういうものかは知らないが、知らないながらも強烈な不意打ちパンチを食らったような気分だった。
それと同時に、胸の中の「何か」が弾け飛んだ。
闇に溶け込むような低い声がゆっくりと言う。佐久間の方は緊迫した空気を身に纏っている。だが、もうどうでも良いと思った。諦めに似た感情が俺を埋め尽くす。
「俺、ずっと見てたんだ。佐久間君のこと…。いつも2人が一緒のところ…。もしかして、葉山君のこと好きなのかなって思った。男が…好きなのかなって…。」
俺はポツリポツリと口を開く。既に、戦意は喪失している。そうなると「言葉」というものは自然と出てくるものらしい。
「男が好きなら…俺にもチャンスあるかな?……って思った。」
だが、何を言ったところで状況が変わるものでもない。
「ない…だろ。」
……グサリ……
それでも、佐久間の言葉が胸に突き刺さる。こうなった今でも、拒まれる度に苦しくなる。
今までこんな事は無かった。ターゲットから何を言われようとも平気だった。突然に決別を告げる俺に対して、納得がいかないとばかりに散々に言われた事もある。自分がしでかした事を棚に上げて俺を責め立てる。そんな姿を見ても腹の中で「ざまあみろ!」と思っていた。
窮地に陥った人間はどうにかして自分を正当化しようとするものだ。無駄な足掻きや自己弁護ほど見苦しいものはない。罪悪感から逃れる為には「嘘偽り」でも平気で並べ立てる。現実に背を向けて、俺からも目を逸らす。そして、周りの目を恐れて口を噤むのだ。そんな奴等の言葉など痛くも痒くもない。
自分が「当事者」にならなければ他人の痛みも苦しみも分からないような愚かでバカな人間は多い。俺はそういう奴等を成敗して来ただけの事だった。
だが、そういう点でも佐久間は何処か違っている。突然の暴挙に出た俺に対しても怒りを鎮めて冷静に対処しようとしている。普通の奴なら逃げ出していてもおかしくない状況だ。見た目以上に誠実な男なのだろう。
そんな佐久間の言葉だけに胸が痛むのだろうか…。
「そう…だよね。」
それでも、俺が酷く傷付いた事に変わりはない。何とも複雑な気分だ。
「あんなに拒絶されたのは初めてだよ。さすがに…ショックだ。」
「………。」
「佐久間君…。男が好きなわけじゃないんだね…。」
「当たり前だろ。」
……グサグサ……
鎮まりかけていた感情が触発される。打ちのめされて大人しくなっていたはずが、やはり俺の性格は歪んでいる。
《何だよ!お前だって似たようなもんだろ!葉山が好きなんだろ!善人面して自分だけが無傷で終わると思うなよ!》
「それは…よく分かったよ。ずっと…佐久間君のこと好きだったけど…。あんな風に拒絶されたら、気持ちも冷めるよね。」
腹いせ紛れに嫌味を言う。精一杯の反撃のつもりで冷ややかに言い放つ。何とかしてダメージの一つも与えてやりたいと思った。言われっ放しで泣き寝入りするようでは男が廃る。
「………。」
ところがどっこい、佐久間は何処か安心したように身体の力を緩めた。俺の言葉など痛くも痒くもないらしい。
《クソッ!》
俺は、諦めながらも諦めが悪いようだ。どうにかして一矢報いたい。このままでは負け犬の遠吠えに終わる。感情的になれば俺の負けだ。今度はなるべくゆっくりと探るように言う。
「俺の…勘違い?…かな?葉山君のこと…本当はどうなの…?」
そんな自分の声が「ねちっこくてしつこい女」みたいに聞こえて嫌な気分になる。
俺が問い詰めたところで佐久間が「肯定」するはずはない。ゲイではない佐久間が男を好きだなどと認めるはずもない。
だが、俺は確信している。佐久間にとって葉山は特別な存在だ。実際のところ「2人の関係」がどうなのかは不明だが、今更どうでも良い事だ。ただ、佐久間自身に知らしめてやりたい気持ちがあった。
《お前は葉山が好きなんだろ!それがどういう事か教えてやるよ!》
楽しそうに笑う2人が憎らしい。葉山を特別視する佐久間が恨めしい。その幸せそうな関係をぶち壊してやりたくなる。
《男が男を好きになるって事がどういう事が思い知れ!》
俺は、そこに在る人の「心」や「想い」を知らない。知っているのは、世の中の「蔑視」や「偏見」だけだ。
《お前も少しは苦しめばいい!俺と同じ気持ちを味わえばいいんだ!》
佐久間を見ていると、どうしても落ちぶれた自分を見せつけられているようで嫌になる。こうなると「僻みの窮地」だ。復讐を通り越した逆襲だ。
《嘘をつくなんて簡単な事だ!嘘ついてシラを切れば良い!でも、俺だけは知ってるんだ!お前が嘘ついてる事も隠してる事もな!》
それは俺の中だけの「自己満足」だ。佐久間の「秘密」を握るという優越感。そして何よりも、そうする事で佐久間が「俺と同じ」なのだと思えるからだ。
歪みきった俺の考えそうな事だ。それでも、俺にとっては「男のプライド」をかけた勝負だ。佐久間を蹴落としてでも護りたい「底意地」がある。
《さあ、どうする?!お前だって他人に知られるのは恐いはずだろ!》
暗闇の中のシルエットをジッと見据える。
「………。」
佐久間は直ぐに答えない。俺は勝利を確信した。
《間違いない!俺の堪は当ってる!葉山の事が好きなんだろ!》
妙に勝ち誇った気分になる。
「悪いが、お前には関係ない。」
その声は低く静かに冷ややかに響いた。
「………!?!」
その答えに息が止まる。俺の中を激しい衝撃が突き抜けた。
《なっ…?!何……!?》
佐久間の出した答えは「肯定」なのだろう。だが、どんな答えよりもショックだった。
《な…、何でだ…?》
「関係ない」その一言にこっぴどく頭をぶん殴られた気分だった。強烈な屈辱と敗北感。耐え難い悔しさが込み上げてくる。何もかも投げ捨てて逃げ出したくなる衝動に駆られる。
だが、俺は立ち上がるどころか身動き一つ出来ないままだ。ブルブルと震える身体を押さえ込むように握り締めた拳までもが小さく震える。懸命に佐久間を見据える目からは勝手に涙が零れ落ちる。
《何で…?何でだよ…?》
《関係ないって何だよ…?!お前は認めるのか…?!》
《葉山が好きだって事を認めるのか…?!それは俺に関係ないって事か…?!》
様々な感情が激しく入り乱れる。佐久間の言葉はハッキリとそれを認めた訳ではないのだが、その意思は明らかだ。「お前には一切関わりの無い事だ」と伝えている。
《酷いよ…、こんなの…あんまりだよ…!俺だけがバカみたいじゃないか…!》
《俺の事は無視かよ…?!どうあっても無視するのかよ…?!何処まで否定したら気が済むんだよ…!!》
悔しさなのか悲しさなのか分からない涙が止まらない。頭の中で佐久間を責め立てながらも、胸の中がどんどん苦しくなる。胸の奥に詰まった「何か」が一気に膨れ上がり苦しみもがいて暴れ始める。
《…クソッ…!何なんだ…!?》
その苦しさに息が詰まる。今にも張り裂けそうな「何か」が胸の中を埋め尽くす。内側から襲いかかって来る脅威的な感覚に悲鳴を上げそうになる。
《一体、俺にどうしろって言うんだよ!?》
耐え難い苦しさにギュッと目を閉じて胸を強く押さえ込む。そんな俺の耳に佐久間の低い声が聞こえた。
「お前を傷付けた事は謝る。お前の気持ちを知らずに、軽率な事をして…悪かった。」
《………え……?!》
一瞬、耳を疑った。自分の感情に振り回されていた俺には何が起きたのか理解出来ない。ゆっくりと目を開いて視線を上げると佐久間の頭が見えた。
《え……?な、何……!?》
見上げるほどの長身の男が俺に頭を下げている。それも、ベンチに座った俺に頭の天辺が見えそうなほどだ。
「!?!」
それは新たな衝撃となって俺を打ちのめした。横殴りとでも言えば良いのだろうか?突然の右ストレートを食らったような感じだ。俺はボクシングがどういうものかは知らないが、知らないながらも強烈な不意打ちパンチを食らったような気分だった。
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