俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤 対 佐久間 決戦

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《よし!やってやる!》

俺は腹を決める。

「佐久間…君…?」

そっと呼びかけて軽く手に触れる。

《最初は自然な感じでさり気なくだ…》

「あ…、相澤、何だ?」

佐久間がピクリと反応して少し驚いたように身を起こす。

「考え事…?」

「いや、別に。」

《それから、甘い言葉で雰囲気を出して…》

「なんか嬉しい。こんな風に一緒に居られる。やっぱり…優しいね。」

「何が?」

佐久間にあっさりと返される。

《反応悪いな…?鈍いのか?》

「学食で何度も目が合ってるけど…覚えてない?」

「学食でか…?」

佐久間は小さく唸ると軽く頭を掻いただけだった。それ以上の反応は無い。

「俺は、ずっと前から見てたから。」

「ずっと…?」

「うん。…ずっと。」

「………。」

俺なりに食い下がってみるが、本当に記憶に無いといった感じだ。これ以上の発展形は望めそうにない。

《思った以上に鈍感な奴だな!俺が迫ってる事にも気付かないのか?!》

佐久間は全くと言って良いほど俺を意識していない事が分かる。その態度には肯定も否定もない。

《なんか…やりにくいな。俺を変な目で見てないのは分かるけど…、これじゃあ、何もならないだろ!?》

俺は自分から男に迫った事は無い。狙ったターゲットは相手の方から食いついて来たからだ。黙ってニッコリ微笑んでいれば充分だった。言葉巧みに誘惑する必要もなかった。

そもそも、俺は「言葉」を使わない。「言葉」というものは危険だからだ。平気で他人を傷付ける。
勿論、復讐の最後には相手を容赦なく切り棄てる。だが、表面上は俺が被害者を装う。それで相手が傷付くのは関係ない。全ては「自業自得」だからだ。その後、どうなろうが知った事ではない。深みに填る前に関係を絶つのだから「火遊び程度」の傷だろう。俺としても物事が拗れるのは面倒だと思っている。人間とは身勝手で自己中で厄介な生き物だからだ。
例え、偽りでも演技でも必要以上の言葉は使わない。ましてや、思ってもいない言葉などは口にする気もない。

元々、俺は他人と関わるのは苦手だ。ただ、演技をする時だけは「違う自分」になれる。その時だけは最強になれる。これは復讐に限っての事だ。

狙わなくても食いついてくる男は多い。街中ではよくある事だ。所謂「ナンパ」というやつだ。声をかけてくるのは年上の男ばかりで見るからにゲイだと分かる奴も居れば、男でも女でも関係なくセックス出来れば良いという下賤な輩も居る。当然、一目散に逃げるのみだが、そんな自分が嫌になる。そして、更に周りを避けるようになった。俺が視線を上げなくなったのもそのせいだ。

俺は、ずっと「視線」に晒されてきた。そういう環境の中で生きて来た。思春期になると「好奇の視線」に「下心」までもが付き纏うようになった。

男とは「そういう生き物」だと思っている。世の中では、これを「偏見」と言うのだろうか?
いや、偏見の目で「俺」を見ているのは周りの奴等の方だろう。俺が歪んでしまうのは仕方のない事だ。今更、どうしようもない。

そういう意味では佐久間は意外すぎる存在だった。「憧れ」に匹敵する男が「普通」に、しかも「平等」に接してくれる。「疑う」ことも「拒む」ことも無ければ「好奇の目」どころか「下心」さえも無い。あくまでも「自然体」で「普通の男」なのだと分かる。

そんな佐久間の存在が俺を大きく揺り動かす。前例の無い事態に困惑する。俺の中にある無駄な勢いを削ぎ落とし、サラリと身を躱すように軽く流してしまう。

佐久間にとっては何でもないような事でも、俺にとっては「大きな賭け」だ。どうにかして佐久間の本心に近付きたい気持ちがある。その先に最悪な結果が待っていようとも、既に引き返す道など無いのだ。

《どうにかして佐久間の気を引かないと…!》

慎重かつ綿密に策を練っていたつもりだったが、俺の考えは甘すぎたのだろう。早々から振り回されっ放しの俺は苦戦を強いられている。既に「演技」どころではなくなりつつある。

佐久間が興味を示す話題と言えば「葉山 弘人」の事だろう。会話が苦手な俺には他の話題など思い浮かばない。俺の話術など佐久間に比べると「ゾウ対アリ」のアリぐらいでしかない。

《葉山の話題になら乗って来るはずだ!それでタイミングを見計らって…》

俺は「葉山の話題」で突破口を見出す事にした。会話が波に乗れば迫るタイミングも訪れるだろう。

「佐久間君…。いつも葉山君と一緒だよね。」

「中学の時からの付き合いだからな。」

自然と答える佐久間の声には親しみを込めた響きがある。不意に胸の中がモヤリとした。

《やっぱり…葉山の事だと即答するんだな。俺に対しては鈍感なくせに…!》

その時、初めて「葉山 弘人」の存在を強く意識した。正直、羨ましくも感じられた。今までは佐久間にばかり注目していただけに、葉山に対しては余り関心を向けていなかった。

俺の見る限りでは「葉山 弘人」は平凡な男だった。足が速い事以外には何の取り柄もないように思えた。速水の言葉通り、佐久間の隣では影が薄れてしまうからだ。比較対象が佐久間では仕方のない事だろう。

一言で言うなら「葉山はターゲットにはならない男」だった。その他大勢の1人に過ぎなかった。速水の情報を聞くまでは気に留める事さえなかった存在だ。それ以降「2人の関係性」に注目してはみたものの「親しい友達」にしか見えなかった。

俺は「葉山 弘人」の存在を甘く見ていたのだ。そして、葉山に勝る自信があった。それは俺の偏った思考によるものだ。男を手玉に取って来た俺の「基準」は大きくズレている。

《葉山 弘人か…。佐久間に比べると大した事ないよな?ガキっぽいし、女にモテる感じでもない》

「そっか。葉山君も…結構いいよね。足も速いし、元気いっぱいで、いつも笑ってて、ちょっと子供っぽい表情とか…。」

取り敢えず「葉山の印象」を述べてみる。

「………。」

佐久間は何も答えないが、その口元が軽く緩むのが見えた。

《あ…、なんか笑ってる…。親友を褒められると嬉しいものなのか?》

友達など居ない俺には分からない感情だ。

「悪戯っ子みたいな感じとか…。最近は男らしくなってきたし…。腕とか、逞しいし…。声も男らしく変わったし…。」

思いつく限りで「葉山の利点」を並べ立ててみる。他人を褒めるというのは難しいものだ。視点が「性的部分」に偏ってしまうのはどうしようもない。俺は男をそういう目で眺めているからだ。

「………。」

相変わらず佐久間は何も答えない。葉山の話題になら乗って来ると思っていたのだが、このままでは会話が続かない。

《うぅ…、困ったな。話が続かない…。どうしよう…?》

ネタ切れになり、チラリと佐久間の方に目をやる。

《………えっ?!》

目を閉じた佐久間は幸せそうな微笑みを浮かべている。俺の心臓がドクンと大きく鳴る。瞬間的に頭の中に閃くものがある。

《もしかして…?佐久間は葉山が好きなのか!?!》

その閃きは電撃の如く一瞬にして全身を突き抜ける。頭の天辺からつま先へと一気に閃光が駆け抜けたような感覚だった。
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