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相澤 対 佐久間 撃破
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目の前の光景が信じられない。俺は唖然とそれを眺める。
《俺は……何を……?》
まるで変な夢から覚めたような不思議な感覚に頭の中がポカンとなる。胸の奥に詰まっていた「何か」がスポンと抜けて、一瞬にして俺の中身が空っぽになったような妙な空白感。あの異様な胸の苦しさも消え失せている。
今の状態をどう表現すれば良いのだろう…?一瞬にして視界が開けたとでも言おうか?それとも、突然に知能が芽生えた子供か?植物状態から目覚めた病人か?一夜にして天才になった凡人か?
人間というのは理解不能な生き物だ。一瞬にして世の中が変わって見える事があるのだろうか…?
とにかく、瞬時に状況を正しく理解したとだけ言っておこう。自分でも何がどうなってこうなったのかも分かっていない。頭の中を整理する余裕もない。
「佐久間君…。いや、いいんだ。俺…。」
頭を下げたままの佐久間に向けて弱々しい声で言う。「何か」を言わなければならないと思ったが、思考がまとまらずに言葉が出て来ない。そのまま敢え無く口を噤んで黙り込む。そして、ただ戸惑う。
男が男に頭を下げるなど簡単に出来る事ではない。しかも、見せかけではない本気の謝罪を目の前にして、俺はどうすれば良いのか分からない。
今回の件は、佐久間にとっては「迷惑千番」「とんだ災難」「とばっちり」もいいところだ。
見知らぬ相手に突然に声をかけられて、待ち伏せされて連れ出され、いきなり告白されてキスまでされる。その上、訳も分からず絡まれて喚かれて、挙げ句の果てには追い打ちまでかけられる。いつ「ブチギレ」しても構わない状態だろう。それでも、背を向ける事もなく俺と向き合っている。
なんと「真摯」で「紳士」な男なのだろう。そんなダジャレをかましている場合ではない。
俺は初めて自分を「恥ずかしい」と思った。自分の「愚かさ」を見せつけられた気がした。同じ男でありながらも、佐久間との差は歴然だ。
ジワジワと押し寄せてくる罪悪感がある。佐久間の姿に心が痛む。
《俺に謝るなよ…。そんな事されたら…俺が惨め過ぎるだろ…!》
俺は自分のしでかした「過ち」に気付いたのだ。佐久間へ向けた感情の爆発は一方的なものだった。全く歯が立たない佐久間に対してムキになっていただけの事だ。
《悪いのは俺の方だ…。佐久間は…悪くない…》
俺は自分の非を認めるしかない。自分の愚かさを初めて知った気分は情けない事この上なしだ。こんな感情も初めてだろう。
「じゃあ、もう一つ言わせてもらう。」
顔を上げた佐久間が低く唸るように言う。呆気にとられたままの俺は、勢い良く胸ぐらを掴まれて身体ごと引き上げられた。
「え?え?…何?」
一瞬の出来事に慌てる俺の目の前で佐久間の眼光が鋭く光る。
「お前も男だろ?自分がした行動にケリつけろや!」
先程までとは全く違うドスの利いた低い怒声が鼓膜をビリビリと震わせる。余りの迫力に全身が竦み上がる。
《!?!》
初めて味わう真の恐怖だった。昔、先輩に犯された時に感じた恐怖とは全く種類が違う。未だかつて体験した事のない「男対男」の本気の体当たりだ。俺の全身が凍りつく。
「しっかり、歯、食いしばれ!」
佐久間が獣のように吠える。掴まれた襟首を物凄い力で締め上げられ、右手の握り拳が高く振り上げられる。佐久間は本気で殴る気だ。余りの恐怖に目を見開く。
《……殴られる…!!》
振り上げた拳が俺を目掛けて振り下ろされる瞬間、その気迫に圧されてギュッと目を閉じた。
……ガシャーン!!……
物凄い破壊音が頭の中に響き渡る。まるで「ガラス細工で出来た人形」が粉々に砕け散るように、凍りついた俺の身体ごと木っ端微塵に粉砕してしまうほどの強烈な一撃に思えた。
「いや!止めて!!」
俺は悲痛な声で叫んでいた。殴られると思った瞬間の凄まじい恐怖。佐久間の「本気の一撃」が俺の全てを見事なまでに打ち砕いたのだ。
《!!!》
俺の「虚像」が打ち破られた瞬間だった。
だが、実際にその強い衝撃は訪れなかった。
【ドサリ!】
俺の身体が地面に崩れ落ちる。腰が抜けてヘタり込んだ全身がガクガクする。余りの恐怖に震えているのだ。嫌な汗がジットリと滲む。なんと見苦しくて情けない姿だろうか。
「殴るのは勘弁してやる。でもな、あいつを傷付けるような事をしたら容赦しない!それだけは覚えとけ。」
頭上で響く佐久間の声は、怒りを収めながらも「葉山を傷つける事だけは許さない」と告げている。恐怖にビビった俺への「脅し文句」なのだろうが、それは「本気の言葉」でもある。僅かに震える声には「強い意志」と「秘めた怒り」が込められている。
《この男は本気だ…!本気で葉山を護るつもりだ…!》
「あ……ぁぁ……ぁ……。」
俺は弾かれたように佐久間を見上げる。身体の震えが止まらず、口からは情けない声が漏れる。
《本気で惚れてるのか…?!自分を犠牲にしてでも護るつもりか…?!何で嘘つかない…?!何でそんなに強くいられる…?!何で隠さないんだよ…!!》
佐久間が見せた「真実」がそこにあった。これほどの「本気の覚悟」を俺は知らない。今まで見てきたものや信じてきたものの全てが脆く音を立てて崩れ去る。
「立てるか?」
佐久間が手を差し伸べてきた。俺は震える手でゆっくりとその手を掴む。男らしい力強い大きな手だ。グッと握り込んで引き上げるその手には、先程までの怒りも俺に対する嫌悪もない。
《優しい手だな…。俺を本気で殴ろうとしたくせに…》
そして、立ち上がった俺の服についた土埃をパンパンと軽く払い除け始める。
《何でそんなに優しくするんだよ…。俺は、お前を陥れようとしたんだ…。こんな風に優しくされたら……俺は……》
「佐久間…君…。また、そうやって…優しくする…。ダメだよ。」
完全に俺の負けだ。それでも素直になれない俺は情けない姿を見せないようにするのが精一杯だ。佐久間の手から逃れるように身体を離す。ガクガクと震える膝で踏ん張って立つ。
「そうだな…。じゃあ、やめとく。」
佐久間の声は普通に戻っている。だが、最初のような笑顔ではないのだろう。俺がそれを壊してしまったのだ。もう二度と元に戻す事は出来ないのだ。
それでも、この男は強いのだろう。怒りを鎮めて憎しみの感情を押し殺して、最後まで俺と向き合っている。俺のした事を思えば、殴られて蹴散らされて見捨てられていてもおかしくはない。
「……うん。」
俺は小さく頷くことしか出来なかった。
「後は、お前の好きにしろ。」
それが佐久間の最後の言葉のようだ。もうこれ以上、何も話す事は無いという意思表示だ。下手な言い訳も取り繕う事もしない。俺に全ての命運を任せるという意味なのだろう。
この先に待ち受けるかもしれない恐怖にも自らの意志で立ち向かうつもりなのだ。俺が更なる反撃に転じれば、佐久間が酷く傷付くのは目に見えている。信じていた何もかもが打ち砕かれる事になる。心の地獄を味わう事になるだろう。それでも耐えるというのだろうか…?
「俺、帰るよ。」
いたたまれない気持ちを抱え、顔を上げる事も出来ないままに鞄を手にして足速に立ち去る。醜い自分の姿を見られないように真っ暗な闇の中へと逃げ込んで行く。
《俺は……何を……?》
まるで変な夢から覚めたような不思議な感覚に頭の中がポカンとなる。胸の奥に詰まっていた「何か」がスポンと抜けて、一瞬にして俺の中身が空っぽになったような妙な空白感。あの異様な胸の苦しさも消え失せている。
今の状態をどう表現すれば良いのだろう…?一瞬にして視界が開けたとでも言おうか?それとも、突然に知能が芽生えた子供か?植物状態から目覚めた病人か?一夜にして天才になった凡人か?
人間というのは理解不能な生き物だ。一瞬にして世の中が変わって見える事があるのだろうか…?
とにかく、瞬時に状況を正しく理解したとだけ言っておこう。自分でも何がどうなってこうなったのかも分かっていない。頭の中を整理する余裕もない。
「佐久間君…。いや、いいんだ。俺…。」
頭を下げたままの佐久間に向けて弱々しい声で言う。「何か」を言わなければならないと思ったが、思考がまとまらずに言葉が出て来ない。そのまま敢え無く口を噤んで黙り込む。そして、ただ戸惑う。
男が男に頭を下げるなど簡単に出来る事ではない。しかも、見せかけではない本気の謝罪を目の前にして、俺はどうすれば良いのか分からない。
今回の件は、佐久間にとっては「迷惑千番」「とんだ災難」「とばっちり」もいいところだ。
見知らぬ相手に突然に声をかけられて、待ち伏せされて連れ出され、いきなり告白されてキスまでされる。その上、訳も分からず絡まれて喚かれて、挙げ句の果てには追い打ちまでかけられる。いつ「ブチギレ」しても構わない状態だろう。それでも、背を向ける事もなく俺と向き合っている。
なんと「真摯」で「紳士」な男なのだろう。そんなダジャレをかましている場合ではない。
俺は初めて自分を「恥ずかしい」と思った。自分の「愚かさ」を見せつけられた気がした。同じ男でありながらも、佐久間との差は歴然だ。
ジワジワと押し寄せてくる罪悪感がある。佐久間の姿に心が痛む。
《俺に謝るなよ…。そんな事されたら…俺が惨め過ぎるだろ…!》
俺は自分のしでかした「過ち」に気付いたのだ。佐久間へ向けた感情の爆発は一方的なものだった。全く歯が立たない佐久間に対してムキになっていただけの事だ。
《悪いのは俺の方だ…。佐久間は…悪くない…》
俺は自分の非を認めるしかない。自分の愚かさを初めて知った気分は情けない事この上なしだ。こんな感情も初めてだろう。
「じゃあ、もう一つ言わせてもらう。」
顔を上げた佐久間が低く唸るように言う。呆気にとられたままの俺は、勢い良く胸ぐらを掴まれて身体ごと引き上げられた。
「え?え?…何?」
一瞬の出来事に慌てる俺の目の前で佐久間の眼光が鋭く光る。
「お前も男だろ?自分がした行動にケリつけろや!」
先程までとは全く違うドスの利いた低い怒声が鼓膜をビリビリと震わせる。余りの迫力に全身が竦み上がる。
《!?!》
初めて味わう真の恐怖だった。昔、先輩に犯された時に感じた恐怖とは全く種類が違う。未だかつて体験した事のない「男対男」の本気の体当たりだ。俺の全身が凍りつく。
「しっかり、歯、食いしばれ!」
佐久間が獣のように吠える。掴まれた襟首を物凄い力で締め上げられ、右手の握り拳が高く振り上げられる。佐久間は本気で殴る気だ。余りの恐怖に目を見開く。
《……殴られる…!!》
振り上げた拳が俺を目掛けて振り下ろされる瞬間、その気迫に圧されてギュッと目を閉じた。
……ガシャーン!!……
物凄い破壊音が頭の中に響き渡る。まるで「ガラス細工で出来た人形」が粉々に砕け散るように、凍りついた俺の身体ごと木っ端微塵に粉砕してしまうほどの強烈な一撃に思えた。
「いや!止めて!!」
俺は悲痛な声で叫んでいた。殴られると思った瞬間の凄まじい恐怖。佐久間の「本気の一撃」が俺の全てを見事なまでに打ち砕いたのだ。
《!!!》
俺の「虚像」が打ち破られた瞬間だった。
だが、実際にその強い衝撃は訪れなかった。
【ドサリ!】
俺の身体が地面に崩れ落ちる。腰が抜けてヘタり込んだ全身がガクガクする。余りの恐怖に震えているのだ。嫌な汗がジットリと滲む。なんと見苦しくて情けない姿だろうか。
「殴るのは勘弁してやる。でもな、あいつを傷付けるような事をしたら容赦しない!それだけは覚えとけ。」
頭上で響く佐久間の声は、怒りを収めながらも「葉山を傷つける事だけは許さない」と告げている。恐怖にビビった俺への「脅し文句」なのだろうが、それは「本気の言葉」でもある。僅かに震える声には「強い意志」と「秘めた怒り」が込められている。
《この男は本気だ…!本気で葉山を護るつもりだ…!》
「あ……ぁぁ……ぁ……。」
俺は弾かれたように佐久間を見上げる。身体の震えが止まらず、口からは情けない声が漏れる。
《本気で惚れてるのか…?!自分を犠牲にしてでも護るつもりか…?!何で嘘つかない…?!何でそんなに強くいられる…?!何で隠さないんだよ…!!》
佐久間が見せた「真実」がそこにあった。これほどの「本気の覚悟」を俺は知らない。今まで見てきたものや信じてきたものの全てが脆く音を立てて崩れ去る。
「立てるか?」
佐久間が手を差し伸べてきた。俺は震える手でゆっくりとその手を掴む。男らしい力強い大きな手だ。グッと握り込んで引き上げるその手には、先程までの怒りも俺に対する嫌悪もない。
《優しい手だな…。俺を本気で殴ろうとしたくせに…》
そして、立ち上がった俺の服についた土埃をパンパンと軽く払い除け始める。
《何でそんなに優しくするんだよ…。俺は、お前を陥れようとしたんだ…。こんな風に優しくされたら……俺は……》
「佐久間…君…。また、そうやって…優しくする…。ダメだよ。」
完全に俺の負けだ。それでも素直になれない俺は情けない姿を見せないようにするのが精一杯だ。佐久間の手から逃れるように身体を離す。ガクガクと震える膝で踏ん張って立つ。
「そうだな…。じゃあ、やめとく。」
佐久間の声は普通に戻っている。だが、最初のような笑顔ではないのだろう。俺がそれを壊してしまったのだ。もう二度と元に戻す事は出来ないのだ。
それでも、この男は強いのだろう。怒りを鎮めて憎しみの感情を押し殺して、最後まで俺と向き合っている。俺のした事を思えば、殴られて蹴散らされて見捨てられていてもおかしくはない。
「……うん。」
俺は小さく頷くことしか出来なかった。
「後は、お前の好きにしろ。」
それが佐久間の最後の言葉のようだ。もうこれ以上、何も話す事は無いという意思表示だ。下手な言い訳も取り繕う事もしない。俺に全ての命運を任せるという意味なのだろう。
この先に待ち受けるかもしれない恐怖にも自らの意志で立ち向かうつもりなのだ。俺が更なる反撃に転じれば、佐久間が酷く傷付くのは目に見えている。信じていた何もかもが打ち砕かれる事になる。心の地獄を味わう事になるだろう。それでも耐えるというのだろうか…?
「俺、帰るよ。」
いたたまれない気持ちを抱え、顔を上げる事も出来ないままに鞄を手にして足速に立ち去る。醜い自分の姿を見られないように真っ暗な闇の中へと逃げ込んで行く。
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