俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤 対 佐久間〈4〉

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この辺りは寂れた印象だ。商店街も閑散としていて人通りが少ない。その近くにある公園は鬱蒼とした木々に囲まれて手入れも余り行き届いていなかった。少しばかり設置されている遊具もペンキが剥がれて錆びている。こんな場所では子供も遊ばないだろう。何度か足を踏み入れてみたが、人の出入りは殆ど無かった。奥の方へ行けば人目に着く事も無くなる。

弱々しい街頭の灯りが見える辺りでベンチに腰かける。少し距離を取った位置に佐久間が腰を下ろす。用件を急かす風でもなく話しかけてくる。

「相澤ってこの近くに住んでんのか?」

「いや、家は反対方向だよ。」

「ふ~ん、この辺、詳しいのか?」

「うん、まぁ…ね。……フフッ。」

《よし!今のところは順調だ》

俺は悟られないように呼吸を整える。下手をすれば一度きりのチャンスで終わってしまうかもしれないのだ。慎重に事を進めなければならない。

《これが最後だ!これは俺の賭けだ!》

俺の中に渦巻く「何か」に追い立てられる日々。何処かで自分にケリをつけたかったのだろう。

《コイツが俺の知りたい答えを知っているってのか…?一体…それは何だ?》

横目でコッソリと佐久間を観察する。

こうして2人きりになってみると落ち着いた雰囲気の男だ。学校で煩いほどに騒ぎ立てる野郎共とは違う大人っぽさがある。その堂々とした態度のせいだろうか?
長身の身体は引き締まっているのが分かる。スタイルもかなり良い。その長い脚を無造作に開いてドッシリと構えて座っている姿は格好良いとさえ言える。その隣にチョコンと座っている俺が「小物」みたいに思える。

《マジで羨ましいよな。俺とは全然違う》

隣に並んで座ってみると、改めて「憧れる男の姿」そのものだろう。その横顔は鼻が高くて整っている。黒髪の短髪が良く似合っていて男らしい。その外見も仕草も男らしさに溢れている。

《こうして見ると…やっぱり格好良いよな…》

佐久間を見ていると妙に納得させられてしまう。俺はぼんやりと見入っていた。

「部活、何やってんだ?」

不意に佐久間が俺の方に顔を向けた。思わず見惚れていた自分にハッとして慌てて答える。

「え…?ああ…、俺は、帰宅部。運動とか苦手なんだ。」

《ヤバイ、ヤバイ!何をぼんやり見惚れてんだよ?!》

慌てる顔が熱くなる。この赤面症は自分でも手に負えない。

佐久間がフッと軽く笑って缶コーヒーに口をつける。グイグイと飲み干してゆく姿までもが男らしい。俺は、又しても目を奪われてしまう。

「何だよ?飲まねえのか?これからの時期はホットだよな~。染みるぜ~。」

「あ、ありがとう。頂きます。」

俺もプルタブに指先を引っ掛けるが上手く開けられない。子供の頃から缶ジュースを開けるのは苦手だ。その上、佐久間に見られて変に緊張する手が震えてしまう。

《クソッ!何、緊張してんだよ?!それに、缶ジュースも開けられないって格好悪すぎだろ!》

独りで妙に焦っていると、佐久間の手が伸びてきて指先だけで軽々とプルタブを引き起こしてくれる。

「あっ…!」

「わっ!だ、大丈夫?!」

どうやらコーヒーがかかったらしい。俺は咄嗟にその手を掴む。

「ああ、大丈夫だ。こぼれてないか?」

「うん、大丈夫!それより、ヤケドしてない?!」

引っ込めようとする手を逃さまいと握りしめる。大きな手に長い指だ。身体のパーツまでもが男らしい。直に触れた感触に身体がゾクリとした。

「お前、手ぇ冷たいな。寒気か?」

「え?!あっ、ああ…、大丈夫!」

ターゲットとの接触は重要なポイントだ。いつもは相手の反応を見るのだが、俺の方がドキリとして慌ててしまった。何気ない佐久間の行動一つ一つが俺を刺激する。

《ヤバイ!俺、どうなってる?!緊張しすぎだろ!?》

恥ずかしさなのか何なのか分からないが顔が火照ってしまう。佐久間の手を握った事で更に意識してしまった。

「熱…、あるんじゃないか?」

その手が額に触れてきて身体がギシリと強張る。佐久間が何を言っているのかも聞き取れないほどに動揺してしまう。

《うわわわっ…!何だ?!何だ?!何がどうなってる?!何なんだこの男は?!一体、どういうつもりなんだよ~~!?》

薄暗い視界の中で動揺する顔までは見えていないだろう。だが、異常に火照っているのは隠しようがない。

《クッソ~!やりにくい~!!》

佐久間をターゲットにしたのは間違いだったのだろうか…?

嫉妬するほどに憧れる男は軽々と俺を魅了する。

「冷えるから帰るか?」

突然、佐久間が腰を浮かした。

「いや、大丈夫!!」

俺は慌てて引き止める。

「ごめん。もう少し…話したい。」

咄嗟に口をついて出た言葉は俺の正直な気持ちでもあった。もう少し一緒に過ごしたいと思った。それでも、俺の歪んだ性格は曲がった方向へと思考を巡らせる。

《こうして連れ出した以上、呆気なく帰られては困る!》

いきなり声をかけて連れ出した俺に対して、あくまでもマイペースな佐久間は特に気に留めた風でもなく「あっさり」した感じだ。何処か掴みどころのない男に振り回されているのは俺の方なのだろう。

【ドサッ】

佐久間が腰を下ろした。そのままベンチの背もたれに身体をあずけるようにしてゆったりと座る佐久間は何も言わない。

《よ、よし!先ずは少しずつ接近だ…!》

佐久間は一定の距離を置いて座っている。近からず遠からずのつもりなのだろうが、俺からすると離れすぎている。多分、体格差のせいだろう。佐久間が触れるのには問題無いようだが、俺が迫るのには微妙な距離感だ。変に動くと勘づかれて逃げられる可能性もある。更に慎重になる身体が強張る。

「星、綺麗だな…。」

不意に佐久間がポツリと呟いた。その言葉に釣られて顔を上げる。薄暗かった空はあっと言う間に闇の色に染まり、チラチラと星が瞬き始めている。

「うん、ホント!キレイ…だね。」

咄嗟に返事をしてみたものの、佐久間は何も答えない。

《……あれ?何だよ?無視かよ?》

俺の思惑とは違い、ゆったりと空を眺めて物思いにふけっているようだ。どうやら独り言だったらしい。

《な、なんか…俺だけバカみたいじゃないか…?!》 

又しても、出足を挫かれたような気分になる。佐久間を前にしてからというもの、どうにも調子が狂うばかりだ。

《クッソ~!ホントやりにくい奴だな!まるで速水みたいだ!…って、何で速水が出てくるんだよ?!》

頭の中でアタフタする。速水と佐久間は似ても似つかないはずだ。何処か共通する部分でもあるのだろうか…?

《ダメだ!落ち着け!混乱するな!》

俺は元々人間嫌いだ。常に周りを警戒して敵視している。速水の場合は訳有り事情の特例だった。この際、速水の事は除外しよう。そんな俺にとって「佐久間 剛」は特例中の特例だ。

このままでは誘惑するどころの話ではなくなる。どうにか自分を落ち着けようと大きく息をして、もう一度空を見上げてみる。普段は星空など眺める事はない。そもそも、俺は顔を上げる事が殆どない。

《空なんて久し振りに見た気がするよな…?》

闇色の空に散らばって瞬く星々、ゆったりと流れてゆく雲。風のない静かな夜の空気が頬の熱を冷ましてくれる。

《なんか…こういうのも悪くないかも…?こんな感じ…今までの奴等には無かったよな…》

復讐に身を投じて来た俺には誘惑とセックスしかなかった。こんな風に誰かと空を眺めた事など無いだろう。敢えて言うならば、昼休みに速水と並んで無言で座っていた事があるぐらいだ。

《あ…、そうか…!速水ともこんな風に並んで座ってたな…。鬱陶しいと思ってたけど…そんなに嫌でもなくなってたな…?》

《慣れただけかと思ってたけど…。アイツの横顔……結構、覚えてるかも…?》

涼しげな顔で目を閉じた速水の横顔が脳裏に浮かぶ。憎々しいと思っていたはずが、妙に安心出来るところもあったような気がする。そんな事さえも、いつしか忘れて当たり前のように感じていたのだろう。

今更ながら、自分の身勝手さに気付き始めている。速水に対する罪悪感は俺の心の無さが招いた結果なのだろう。そうやって背中を押されながら、俺は少しずつ自分自身と向き合いつつあるのかもしれない…。

息を吐いて肩の力を抜く。そのまま佐久間と並んで空を眺める。

《なんか…ホッとするな…。佐久間ってイイ奴かもな…?他の奴等とはやっぱり違う気がする…。何でかな…?》

不思議な穏やかさを感じる。俺は、独りで居る時だけしか息がつけない気がしていた。学校は息苦しい場所でしかなかった。そして、外の世界も同じだった。

《……なんか……こういうのも……懐かしい気がする……》

ふと、遠い昔の懐かしい安らぎのような感覚に包まれて目を閉じる。果たして、俺にそんな時期があったかどうかは定かではない。

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