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相澤 克己の苦悩
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俺には切り棄てた過去がある。思い出したくもない過去だ。記憶の彼方に葬り去った。
そして、今の俺も「偽り」だ。本当の自分は一体何処に居るのだろう…?
最近、俺の中に渦巻く「何か」がある。だが、それが一体何なのか分からない。それは日に日に大きくなり、俺を不安定にさせる。考えようとすれば頭が混乱する。一度入り込んでしまった迷路は更に深く複雑になり、俺は出口を見付けられなくなっている。
人間というのは複雑な生き物だ。人はそれぞれの事情を抱えて生きている。それは当人にしか分からない事だ。俺の訳有り事情など、お前等に話したところで分かるはずもないだろう。理解してくれる奴など1人も居ない。そんな事はもう分かっている。
だから、今は話す事など何も無い。話す気にもならない。
今の俺にあるのは、得体の知れない「疑問」だけだ。
多分、俺は…その「答え」が欲しいのだろう。
だが、それが「何か」さえも分からない。
行き場のない悔しさが憎悪を生み出し、反撃が復讐へと転じた。嫌悪する自分を武器に変え、復讐という名の制裁を加えて来た。
そして、今は「憧れ」にさえも嫉妬するようになった。
俺は完全に汚れて落ちぶれてしまった…。
「佐久間 剛」という男は、俺が欲しいものを全て持っている。憧れるほどに嫉妬心が膨れ上がる。この感情が何なのか?何処から来るのか?何を意味するのか?それさえも分からなくなってしまった。
入学した時から長身で目立つ男だった。奴とは全く接点が無く、どんな人物なのか詳しくは知らない。陸上部所属で運動神経抜群だという事と、学年トップの成績を誇る頭脳の持ち主だという事。そして、女共から黄色い歓声を浴びるモテ男だという事は遠目から見ても分かる。
だが、解せぬのは…それだけの才を備えておきながら、全く自惚れた感じがないという所だ。奴の周りに群がるのは野郎共ばかりだ。モテる割には女共に目もくれず、周りの注目を集める割には気に留める様子もない。格好つけた所もなければ、イキがった風でもない。逆に、佐久間の周りに群がる野郎共の方が鬱陶しく感じるほどだった。
才を備えた人間は何処か自惚れているものだ。周りから注目されてチヤホヤされるのは気分が良いに決まっている。そういう奴等に限って勘違いも甚だしい。頭が良い奴は偉そうで、運動神経が良い奴は自慢気だ。顔が良い奴は自信過剰にもほどがある。少しでも他より秀でた自分を得意がる。たまたま持って生まれただけの恵まれた人間というだけの事だ。多くの苦悩や心の痛みを知らない奴ほど自惚れやすい。
世の中には、欲しくても手に入れられない人間も居るのだ。
《……俺のように……》
俺は男らしく在りたかった。普通の男で充分だった。そんな「普通」でさえも与えられなかった俺の悔しさなど誰にも分かるはずがないだろう。
俺は世の中をまともに見る事も出来なくなった。何もかもかもが歪んで見える。それは、俺自身が歪んでしまったからだろう。何も信じられず周りを遮断する。
俺の周りに居る奴等は敵ばかりだ。その中でも、特にムカつくのは「才能をひけらかして自惚れた自信満々な奴」「俺を見下してバカにする奴」だ。周りに媚びる奴等も嫌いだが、全員を相手にする気は無い。実害が無い限りはザコだ。
高2になってから「佐久間 剛」はますます注目を集めるようになっていた。そんな佐久間を観察する為に、何度か学食に足を向けた事がある。だが、奴は他のターゲットとは何処か違って見えた。どちらかと言えば、周りの女共に目もくれない姿を見るのが小気味よかった。心の中で「ざまあみろ!」と思ったほどだった。そして、いつしか奴の姿を目で追うようになっていた。
《奴が次のターゲットだ!ターゲットにするには充分だろ!》
俺の中に生じた迷い…それを振り払うには佐久間を狙うのが一番だと思った。奴は「憧れ」に匹敵する男だからだ。
「相澤、また見てるのか?」
「別に…。」
放課後のグラウンドの片隅に座り込んで、陸上部の練習を眺めていた俺の背後から声がする。
「速水 翔太(はやみ しょうた)」という男。こいつは、自らゲイだと告げてきた。世の中には特殊な人間も居るのだろうが、この年齢でそれを自覚している奴等がどれほど居るというのだろうか…?
性に目覚める思春期だけに浮かれまくって浮足立つ奴等は多い。やったのやらないの、好きだの嫌いだの、モテるのモテないの、そんな話題に華を咲かせて喜んでいる。全くもって下らない。お遊び感覚の頭の軽い奴等ばかりだ。
速水とは一度だけやった。それ以降、会話はするが深入りはしない。
この男も、俺にとっては訳有り事情の一つでしかない。
「あの男が気になるのか?最近、よく見てるよな?佐久間…だっけ?学年トップでスポーツ万能。男にも女にも人気あるよな。両刀ならやりたい放題だろうな。でも…まぁ、俺達とは違う世界の人間だ。」
「………。」
「なぁ、相澤…?今度、俺の相手してくれない?」
「……断る。」
「だろうな…。俺が相手じゃ燃えないみたいだからな。まぁ、いいけど。久し振りに軽いスキンシップぐらいどう?それ以上は無しでいいからさ。」
「……分かった。」
「OK!じゃあ、またな。」
「……ああ。」
速水は俺をゲイだと思っている。しつこい男ではないので意外と気楽だ。知り合ってからは友達感覚で接してくる。当然、俺に対する偏見は無い。女扱いもしない。ただ、速水はタチなので、セックス相手として俺を見ているところがある。
俺にとっては未だに良く分からない世界だ。俺の身体は男を受け入れる。そういう身体になってしまった。だが、完全に快楽に溺れるような事はしたくない。そもそも、セックスをしたくてやっている訳ではないからだ。復讐への執着心が俺の脳を支配するだけだ。
速水とは一線を引いている。必要以上に介入されたくはない。奴もそれは感じているようで詮索はして来ない。俺も奴の事を知りたいとは思わない。
ただ、俺よりも普通に学生生活を送っている速水は貴重な情報源でもある。その代わりのスキンシップぐらいなら容易い事だ。
そして、今の俺も「偽り」だ。本当の自分は一体何処に居るのだろう…?
最近、俺の中に渦巻く「何か」がある。だが、それが一体何なのか分からない。それは日に日に大きくなり、俺を不安定にさせる。考えようとすれば頭が混乱する。一度入り込んでしまった迷路は更に深く複雑になり、俺は出口を見付けられなくなっている。
人間というのは複雑な生き物だ。人はそれぞれの事情を抱えて生きている。それは当人にしか分からない事だ。俺の訳有り事情など、お前等に話したところで分かるはずもないだろう。理解してくれる奴など1人も居ない。そんな事はもう分かっている。
だから、今は話す事など何も無い。話す気にもならない。
今の俺にあるのは、得体の知れない「疑問」だけだ。
多分、俺は…その「答え」が欲しいのだろう。
だが、それが「何か」さえも分からない。
行き場のない悔しさが憎悪を生み出し、反撃が復讐へと転じた。嫌悪する自分を武器に変え、復讐という名の制裁を加えて来た。
そして、今は「憧れ」にさえも嫉妬するようになった。
俺は完全に汚れて落ちぶれてしまった…。
「佐久間 剛」という男は、俺が欲しいものを全て持っている。憧れるほどに嫉妬心が膨れ上がる。この感情が何なのか?何処から来るのか?何を意味するのか?それさえも分からなくなってしまった。
入学した時から長身で目立つ男だった。奴とは全く接点が無く、どんな人物なのか詳しくは知らない。陸上部所属で運動神経抜群だという事と、学年トップの成績を誇る頭脳の持ち主だという事。そして、女共から黄色い歓声を浴びるモテ男だという事は遠目から見ても分かる。
だが、解せぬのは…それだけの才を備えておきながら、全く自惚れた感じがないという所だ。奴の周りに群がるのは野郎共ばかりだ。モテる割には女共に目もくれず、周りの注目を集める割には気に留める様子もない。格好つけた所もなければ、イキがった風でもない。逆に、佐久間の周りに群がる野郎共の方が鬱陶しく感じるほどだった。
才を備えた人間は何処か自惚れているものだ。周りから注目されてチヤホヤされるのは気分が良いに決まっている。そういう奴等に限って勘違いも甚だしい。頭が良い奴は偉そうで、運動神経が良い奴は自慢気だ。顔が良い奴は自信過剰にもほどがある。少しでも他より秀でた自分を得意がる。たまたま持って生まれただけの恵まれた人間というだけの事だ。多くの苦悩や心の痛みを知らない奴ほど自惚れやすい。
世の中には、欲しくても手に入れられない人間も居るのだ。
《……俺のように……》
俺は男らしく在りたかった。普通の男で充分だった。そんな「普通」でさえも与えられなかった俺の悔しさなど誰にも分かるはずがないだろう。
俺は世の中をまともに見る事も出来なくなった。何もかもかもが歪んで見える。それは、俺自身が歪んでしまったからだろう。何も信じられず周りを遮断する。
俺の周りに居る奴等は敵ばかりだ。その中でも、特にムカつくのは「才能をひけらかして自惚れた自信満々な奴」「俺を見下してバカにする奴」だ。周りに媚びる奴等も嫌いだが、全員を相手にする気は無い。実害が無い限りはザコだ。
高2になってから「佐久間 剛」はますます注目を集めるようになっていた。そんな佐久間を観察する為に、何度か学食に足を向けた事がある。だが、奴は他のターゲットとは何処か違って見えた。どちらかと言えば、周りの女共に目もくれない姿を見るのが小気味よかった。心の中で「ざまあみろ!」と思ったほどだった。そして、いつしか奴の姿を目で追うようになっていた。
《奴が次のターゲットだ!ターゲットにするには充分だろ!》
俺の中に生じた迷い…それを振り払うには佐久間を狙うのが一番だと思った。奴は「憧れ」に匹敵する男だからだ。
「相澤、また見てるのか?」
「別に…。」
放課後のグラウンドの片隅に座り込んで、陸上部の練習を眺めていた俺の背後から声がする。
「速水 翔太(はやみ しょうた)」という男。こいつは、自らゲイだと告げてきた。世の中には特殊な人間も居るのだろうが、この年齢でそれを自覚している奴等がどれほど居るというのだろうか…?
性に目覚める思春期だけに浮かれまくって浮足立つ奴等は多い。やったのやらないの、好きだの嫌いだの、モテるのモテないの、そんな話題に華を咲かせて喜んでいる。全くもって下らない。お遊び感覚の頭の軽い奴等ばかりだ。
速水とは一度だけやった。それ以降、会話はするが深入りはしない。
この男も、俺にとっては訳有り事情の一つでしかない。
「あの男が気になるのか?最近、よく見てるよな?佐久間…だっけ?学年トップでスポーツ万能。男にも女にも人気あるよな。両刀ならやりたい放題だろうな。でも…まぁ、俺達とは違う世界の人間だ。」
「………。」
「なぁ、相澤…?今度、俺の相手してくれない?」
「……断る。」
「だろうな…。俺が相手じゃ燃えないみたいだからな。まぁ、いいけど。久し振りに軽いスキンシップぐらいどう?それ以上は無しでいいからさ。」
「……分かった。」
「OK!じゃあ、またな。」
「……ああ。」
速水は俺をゲイだと思っている。しつこい男ではないので意外と気楽だ。知り合ってからは友達感覚で接してくる。当然、俺に対する偏見は無い。女扱いもしない。ただ、速水はタチなので、セックス相手として俺を見ているところがある。
俺にとっては未だに良く分からない世界だ。俺の身体は男を受け入れる。そういう身体になってしまった。だが、完全に快楽に溺れるような事はしたくない。そもそも、セックスをしたくてやっている訳ではないからだ。復讐への執着心が俺の脳を支配するだけだ。
速水とは一線を引いている。必要以上に介入されたくはない。奴もそれは感じているようで詮索はして来ない。俺も奴の事を知りたいとは思わない。
ただ、俺よりも普通に学生生活を送っている速水は貴重な情報源でもある。その代わりのスキンシップぐらいなら容易い事だ。
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