俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤 対 佐久間〈1〉

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俺は復讐を開始する。

「佐久間君。ちょっといいかな…?」

廊下を歩く「佐久間 剛」を呼び止める。振り向いた佐久間は少しだけ首を傾げて不思議そうに俺を見る。どうやら俺の顔を認識していないらしい。学食で何度か目が合っているはずだが、俺を覚えていない事にムカついた。

「あの…、佐久間…君。」

《勝負はここからだ!俺を知らないなら嫌でも忘れられない記憶にしてやる!》

「何だ?」

佐久間が気さくな笑顔で答える。この男は誰に対しても愛想が良いらしい。間近で見るとなかなかの男前のようにも見えるが、何とも気抜けする表情だ。半分ニヤケたようなトボケたような顔つきは緊張感が無い。本来は整っているであろう顔立ちを無駄に崩して軽そうな印象を与える。かと言って、頭が悪いバカではないという事も充分に分かる。

《コイツ、間近で見ると結構男前じゃないか…!?》

俺は自分の容姿に強いコンプレックスを抱いている。それだけに、周りの男共には自然と目が行く。男らしさを極めたような奴ほど憎々しいものはない。

《こうして見るとかなり背も高い!》

その長身を見上げる俺を軽く見下ろす佐久間の襟元で金の鎖がキラリと小さく光って見えた。恋人から贈られたと噂されているネックレスだ。

《クソッ!羨ましい…!》

男なら誰もが憧れる長身。それだけでも羨ましいのだが、そのスタイルの良さに運動神経、頭脳、そして整っているであろう顔立ち。何もかもが羨ましい。
その憧れるほどの男の首元にさり気なく光るネックレスが疎ましく思えた。

《確かに…ネックレスをするようなタイプじゃない。やっばり恋人が居るのか?》

佐久間の事は陰ながら観察し続けて来た。いつも周りに誰かが居るので接近するチャンスは無かった。こうして会話をするのも間近で見るのも初めてだ。
時間をかけて策を練り、覚悟を決めて声をかけてみたものの、その緊張感の無さにやや脱力しそうになる。

《な、なんか…調子崩れる奴だな》

「えぇと…、俺、分かる?」

「いや、悪い。誰だっけ?」

笑顔を向けながらも知らないと答える佐久間に更に拍子抜けする。俺は周りの奴等の反応に対してもかなり敏感だ。相手が纏う空気感も直ぐに分かる。殆どの奴は見知らぬ相手を何処か警戒するものだ。

《ふざけてんのか?!知らない奴に向ける態度かよ?!》

今までのターゲットとは違う雰囲気に俺のペースが乱れる。

「あ、あぁ…そうだよね。俺、2年5組の相澤…。相澤 克己。…よ、よろしく。」

ターゲットの前では演技をする。周りが望むままの姿になる。見た目通りの大人しくて女のような俺になる。俯向きがちで上目使い、声は弱々しくオドオドした喋り方。大きな目をパチパチ瞬いて戸惑いがちに視線を彷徨わせる。そんな大嫌いな自分の姿が男を魅了するからだ。

「相澤?あぁ、ヨロシク。」

突然に話しかけた俺に対しても友達のように自然な笑顔で応えてくる。訝しむ様子も無ければ、好奇の視線を向けてくる事もない。

「あ、あの…。………。」

俺は更に誘いをかける。下口唇を噛み締める。自然と身に付いた癖なのだが、これもバカな野郎共には効果的らしい。

不意に佐久間の指が下口唇に軽く触れてきた。

「そんなに噛んだら切れるぜ?」

そう言ってフッと柔らかく微笑んで俺を見ている。その表情に何故かドキリとして、異常に頬が熱くなる。

「え…?!あっ、あ、あ…あの…?!」

慌てて顔を引いて俯向く。俺の最悪な赤面症がますます悪化する。不思議なほどに優しい瞳で見つめられたような気がしたからだ。

《何なんだ?!いきなりビックリするだろ~!?》

思いがけず心臓がドキドキしてしまう。

「あぁ、悪い。…で?何か用?」

佐久間の方は大して気にした様子もなく問いかけてくる。

「あ、えぇ…と。今日の放課後、時間あるかな…?」

「放課後は部活だけど?」

「じゃあ…、部活の後は?」

「今じゃ、ダメか?」

「あの…、ここでは話せない。別の場所で…。……2人きりで…話したい。」

「え…?何の話だ…?」

「あっ!と、とにかく…。部活が終わるの待ってるね!」

俺は一気にまくしたてる。真っ赤になってドキドキしている自分に戸惑う。少しでも早くこの場から立ち去りたかった。

「ちょっと待て。」

俺を引き止めるように佐久間の手が胸の辺りに触れてきた。上から屈み込むように顔が近付き、頭上から小声で低くボソリと話しかけてくる。

「悪いな。部活が終わったら帰るんだけど?どんな内容?」

「うん、分かってる。葉山君とだろ?駅で待ってるから…少しだけ。お願い。」

俺は早口に言い放ち、急ぎ足でその場から離れる。物陰に隠れてから大きく息を吐く。まだ心臓がドキドキしている。

《うわわ…ビックリした!何なんだ?!調子狂うな!》

正直なところ、想像以上の存在感に圧倒されてしまった。かなりの長身だが俊敏さを兼ね備えた男らしい身体つき。しかも、大人っぽくて何処か色気を感じさせる所があった。俺は男相手にセックスをするだけに、そういう直感的なものは鋭くなっている。しかも、男を見る時は瞬時に品定めをしてしまう癖がある。

《アレなら上等だ!受けて立ってやる!》

胸の中で闘志を燃やす。既に道を踏み外している俺の思考はまともではない。

初めて間近で見た佐久間に圧倒されはしたものの、何処か拍子抜けする緊張感の無さは独特な印象だった。普通なら「勿体ない」と言いたくなるのだろうが、俺にとっては逆に好感度が上がる結果となっていた。その証拠に、ムカつくどころかドキドキしてしまっている。ただ、俺自身がその事に気付いていないだけの事だ。

《手応え有りだろ!後は2人きりになってからだ!》

午後の授業など手につかないほどに佐久間の事で頭がいっぱいになる。思い出すだけでも妙にドキドキしてしまう。

どのターゲットでも最初はある程度緊張してしまう。そのオドオドした態度が相手を調子づかせるらしい。それが俺の復讐心を暴走させるのだ。そこからは一気に形成逆転となる。あくまでも俺の中だけで成り立つ法則だ。そうなると俺は不思議と強くなれる。偽りの姿は自分ではないからだ。まるで他人事のような感覚で復讐を成し遂げる。セックスをしている時も同じだ。感情などは無い。自分の身体を人形のように操り相手を上手く煽る。架空の世界の中で演技をしているようなものだ。その世界の中でなら俺は無敵になれる。

《落ち着いてやれば大丈夫だ。俺がその気になれば簡単な事だ…!》

ある意味で、俺も勘違い野郎なのだろう。だが、そんな事はお構い無しに自分を駆り立てて行く。

《妙に色気があったよな…?童貞って訳じゃないよな…?モテるんだから女とはやってるに決まってる。経験は多いのか…?》

《あのネックレスは似合ってたよな…?お守りとか…?誰かの形見とか…?やっぱり…恋人か?!》

妙に落ち着かない胸のドキドキを抑えようとしてアレコレと思考を巡らせる。

《……なんか…、キスが好きそうな感じかもな…?》 

ずっと見ていた佐久間の口唇が脳裏に浮かぶ。俺は目を合わせて会話をするのが苦手なだけに、相手の口元をジッと見る癖がある。
印象的だった大きな口唇はほんのりと赤みを帯びてポッテリとして柔らかそうだった。何度もキスをすると口唇が腫れぼったくなるものだ。それは俺の勝手な解釈に過ぎないのだが、妙にセクシーな感じに見えた。

《意外とイケるかもな…?》

あくまでも直感的な印象だけだ。それ以上深く考える事はしない。ターゲットに決めた段階でセックス相手としても見ている。性的な部分に意識が向くのも当然だろう。俺は佐久間に魅入られながらも、着々と復讐への歩みを進めていた。
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