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相澤 対 佐久間 敗走
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佐久間の前から逃げるように立ち去った後、公園の出口付近で足を止める。カクカクと震える膝が抜けそうで、近場の木にもたれて大きく息を吐く。心臓の音がドクンドクンと煩いほどに鳴り響く。
「……参ったな…、ビビらせやがって…。」
俺はポツリと吐き捨てるように呟いた。それは単なる負け惜しみの言い訳のようでもあった。それでも、一言口にするだけで張り詰めていた糸が少し緩む。
普段は独り言さえも口にしないほど無口だ。その分、胸の中に溜め込んでいるものは多い。そうやって自分を抑え込んで閉じ込めてきた。それだけに、自分の感情を口にする事は珍しい。
《アイツ、本気だったな…!》
「……凄いな…。」
先程の佐久間の迫力が身体の隅々まで染み込んでいる。足の震えが止まらないのは恐怖が抜けきっていない証拠だろう。だが、逆に胸の中は別の意味で震え始めている。正に「男」を見せられた興奮だろうか。
「……ホント、凄いな…。」
今度は感心したように呟く。ポツリポツリと独り言のように呟く声が震えているのは、恐怖なのか興奮なのかも分からない。ただ、黙っていられないほどの衝撃を受けているのは確かだ。
「……格好悪…。」
佐久間を前にして腰が抜けた自分の姿が余りにも情けなくて格好悪すぎて笑いが出そうになる。勝手に口元が歪むのは笑っているのだろうか…。
「フゥー…。」
妙にドキドキする心臓を落ち着けようと、大きく息を吸い込んで強く吐き出す。多分、俺は興奮しているのだろう。心底ビビリはしたものの、足元から這い上がって来る感覚は武者震いのようでもある。
「……アイツ…凄いな…。」
先程から口をついて出るのは「凄い」の一言だ。これは佐久間への称賛だ。「勝算」の無い男へ向けるのは「称賛」しかない。下らないダジャレのようだが、俺の気分はそんな感じだ。「真の男らしさ」を初めて知った気がした。
「……羨ましいな…。」
小さく溜め息を吐いてポツリと漏らした言葉はどういう感情なのだろう…。それはまだ俺自身にも良く分からないのだが、様々な「想い」が入り乱れている。
ずっと閉じ込めてきたものが一気に引き出されたようで、俺にもまだ整理がつかない。自分の中に怒り以外の感情があるという事を忘れていたのだから仕方がない。これは追々に考えて行くしかないのだろう。
ただ、一言だけ説明するならば、今までに感じていた「羨ましい」は相手に対する妬みであり、自分の中の僻みでもあった。だが、それとは違う意味で素直に「羨ましい」と感じている。
「………フッ…。」
今度は自嘲のような笑いが浮かぶ。そんな自分にも少し笑ってしまう。全くもって素直ではない複雑な性格をしている。
「……フ、フフッ……」
そして鼻で笑う。独り言を呟いて、独りで口元を歪めて自嘲気味に笑う自分が面白い。
《俺…、何やってんだ…?》
これほどに感情が表に出る事はなかった。そんな自分がやけに面白く感じられる。
俺は、佐久間との事で「自分の心」を取り戻していたのだ。そして、あの一撃が俺の「虚像」までも打ち破っていた。妙に気分が軽いのはそのせいらしい。だが、長年に渡って偽ってきただけに「本当の自分」がどういう人間かは俺自身にも分かっていない所がある。その妙な感覚が俺を「一人芝居」のように面白くさせているのだろう。
《アイツ、凄いな…。世の中の恐さを知らないのか…?》
震えが止まったところで、そんな事を考える。
俺には嫌というほど味わってきた現実がある。「人の偏見」とは余りにも残酷だ。小さな「キッカケ」が1人の人間の人生を大きく変えてしまう事もある。
《佐久間は自分を偽らずに立ち向かうつもりなのか…?》
多くの才を備え、周りの注目を集め、何の苦労も悩みも不満も無いはずの男が、些細な「キッカケ」一つで全てを失う可能性もあるのだ。
《俺なんか相手にしなくても良いのにな…。俺に嘘をついた所で何も変わらないのに…バカな奴だよな…》
少し落ち着いてきたのだろう、冷静に物事を考える思考が戻っている。
俺は「秘密」を他人にバラす気などは無かった。さすがにそこまで腐り切った人間ではない。復讐はするが、姑息な手を使う事はしない。やるからには「1対1」だ。それが男というものだ。俺の考え方がおかしいかどうかは関係ない。「やられたらやり返す!」それだけの事だった。
《俺の事なんか無視すれば済むのに…あんにマジになるなんてな…。ホント…凄いな…》
《頭良いくせに…考えたら分かる事だろ…?真面目なのかバカなのか…?ホント、人間って分からないよな…》
《キッカケなんて…本当に小さいんだ…。人間なんて弱い生き物だろ…。自分を護る為なら嘘だって平気でつく…。俺だって同じだ…》
俺の場合は「この外見」だった。最初は、ただそれだけの事だったはずだ。それが、今ではこんなにも俺の人生を狂わせてしまったのだ。人生だけではなく、俺の人格さえも変えてしまった。
それどころか「俺の全て」を奪い去ったのだ…。
……俺の身体も……
……俺の心も……
……普通に過ごせたはずの時間も……
……何もかも……
……奪われたものは戻らない……
……取り戻す事など出来ない……
……残されたのは……
……汚れきった身体……
……感じるのは……
……虚しさ……
……俺には何も無い……
不意に気分が沈み込む。取り戻した心は傷だらけでボロボロで弱々しい。
《……俺は…バカだ……》
《……バカなのは…俺だ……》
途方もない後悔が押し寄せてくる。それは漠然としていてハッキリとはしないが、俺は自分の人生を初めて自ら悔いている。どうしようもなかったとは言え、佐久間の強さを見せられた今では、他に道が無かったのかと悔やまれてならない。
「クソッ…!」
俺は小さく吐き捨てる。自分への苛立ちと後悔で涙が流れ落ちる。すっかり涙腺が壊れたらしい。子供の頃は泣き虫だったが、そんな自分も大嫌いだった。
俺は、自分で自分を棄てたのだ。
「……ホント…最低だな…。」
《俺は…今まで何をやって来たんだ…》
ジワジワと込み上げてくる後悔が俺を締め付ける。過去を振り返ればキリがない。後悔だらけの人生だ。良い事など一つも無かった。
どうにもならない涙が溢れ出す。
「……もう、帰ろ…。バカらしい…。」
考え始めると余りにも辛すぎて耐えられなくなりそうだった。鼻を啜り上げて涙を拭うと、強がりな俺がボソリと言う。
《これ以上、此処にいたらドツボだ!サッサと帰ろう!》
これ以上、佐久間とは顔を合わせたくない。俺がしでかした事を思えば、二度と合わせる顔も無い。後悔に次ぐ後悔だ。
《もう…踏んだり蹴ったりだな…》
自業自得とは言えど、妙に辛くて悲しくなって鼻をグズリと啜り上げる。再び涙がポロリと零れる。
「……何なんだよ…これ…。」
俺は止まらない涙に向けて弱々しく吐き捨てる。その涙声まで情けない。
《……これが失恋…?ってやつか…?》
ふと、そんな事を思う。実際のところは自分でも良く分かっていないのだが、少なからず佐久間に対して「その気」になったのは確かだ。
《………俺って……ゲイ……?》
少しだけそんな事を考える。だが、それは俺にとって余りにも大き過ぎる問題だ。人生を揺るがすほどの一大事だ。既に崩れまくった人生で、今更、何をどう悩めば良いのかも分からないが、簡単に納得出来るものでもない。
《考えるのは帰ってからだ…!》
思い直して歩き始めた時だった。
「おい!ちょっと待てよ!」
突然、背後から呼び止められた。
《!?》
一瞬、心臓が飛び上がる。反射的に振り返った俺の目の前に男が立っている。
「……参ったな…、ビビらせやがって…。」
俺はポツリと吐き捨てるように呟いた。それは単なる負け惜しみの言い訳のようでもあった。それでも、一言口にするだけで張り詰めていた糸が少し緩む。
普段は独り言さえも口にしないほど無口だ。その分、胸の中に溜め込んでいるものは多い。そうやって自分を抑え込んで閉じ込めてきた。それだけに、自分の感情を口にする事は珍しい。
《アイツ、本気だったな…!》
「……凄いな…。」
先程の佐久間の迫力が身体の隅々まで染み込んでいる。足の震えが止まらないのは恐怖が抜けきっていない証拠だろう。だが、逆に胸の中は別の意味で震え始めている。正に「男」を見せられた興奮だろうか。
「……ホント、凄いな…。」
今度は感心したように呟く。ポツリポツリと独り言のように呟く声が震えているのは、恐怖なのか興奮なのかも分からない。ただ、黙っていられないほどの衝撃を受けているのは確かだ。
「……格好悪…。」
佐久間を前にして腰が抜けた自分の姿が余りにも情けなくて格好悪すぎて笑いが出そうになる。勝手に口元が歪むのは笑っているのだろうか…。
「フゥー…。」
妙にドキドキする心臓を落ち着けようと、大きく息を吸い込んで強く吐き出す。多分、俺は興奮しているのだろう。心底ビビリはしたものの、足元から這い上がって来る感覚は武者震いのようでもある。
「……アイツ…凄いな…。」
先程から口をついて出るのは「凄い」の一言だ。これは佐久間への称賛だ。「勝算」の無い男へ向けるのは「称賛」しかない。下らないダジャレのようだが、俺の気分はそんな感じだ。「真の男らしさ」を初めて知った気がした。
「……羨ましいな…。」
小さく溜め息を吐いてポツリと漏らした言葉はどういう感情なのだろう…。それはまだ俺自身にも良く分からないのだが、様々な「想い」が入り乱れている。
ずっと閉じ込めてきたものが一気に引き出されたようで、俺にもまだ整理がつかない。自分の中に怒り以外の感情があるという事を忘れていたのだから仕方がない。これは追々に考えて行くしかないのだろう。
ただ、一言だけ説明するならば、今までに感じていた「羨ましい」は相手に対する妬みであり、自分の中の僻みでもあった。だが、それとは違う意味で素直に「羨ましい」と感じている。
「………フッ…。」
今度は自嘲のような笑いが浮かぶ。そんな自分にも少し笑ってしまう。全くもって素直ではない複雑な性格をしている。
「……フ、フフッ……」
そして鼻で笑う。独り言を呟いて、独りで口元を歪めて自嘲気味に笑う自分が面白い。
《俺…、何やってんだ…?》
これほどに感情が表に出る事はなかった。そんな自分がやけに面白く感じられる。
俺は、佐久間との事で「自分の心」を取り戻していたのだ。そして、あの一撃が俺の「虚像」までも打ち破っていた。妙に気分が軽いのはそのせいらしい。だが、長年に渡って偽ってきただけに「本当の自分」がどういう人間かは俺自身にも分かっていない所がある。その妙な感覚が俺を「一人芝居」のように面白くさせているのだろう。
《アイツ、凄いな…。世の中の恐さを知らないのか…?》
震えが止まったところで、そんな事を考える。
俺には嫌というほど味わってきた現実がある。「人の偏見」とは余りにも残酷だ。小さな「キッカケ」が1人の人間の人生を大きく変えてしまう事もある。
《佐久間は自分を偽らずに立ち向かうつもりなのか…?》
多くの才を備え、周りの注目を集め、何の苦労も悩みも不満も無いはずの男が、些細な「キッカケ」一つで全てを失う可能性もあるのだ。
《俺なんか相手にしなくても良いのにな…。俺に嘘をついた所で何も変わらないのに…バカな奴だよな…》
少し落ち着いてきたのだろう、冷静に物事を考える思考が戻っている。
俺は「秘密」を他人にバラす気などは無かった。さすがにそこまで腐り切った人間ではない。復讐はするが、姑息な手を使う事はしない。やるからには「1対1」だ。それが男というものだ。俺の考え方がおかしいかどうかは関係ない。「やられたらやり返す!」それだけの事だった。
《俺の事なんか無視すれば済むのに…あんにマジになるなんてな…。ホント…凄いな…》
《頭良いくせに…考えたら分かる事だろ…?真面目なのかバカなのか…?ホント、人間って分からないよな…》
《キッカケなんて…本当に小さいんだ…。人間なんて弱い生き物だろ…。自分を護る為なら嘘だって平気でつく…。俺だって同じだ…》
俺の場合は「この外見」だった。最初は、ただそれだけの事だったはずだ。それが、今ではこんなにも俺の人生を狂わせてしまったのだ。人生だけではなく、俺の人格さえも変えてしまった。
それどころか「俺の全て」を奪い去ったのだ…。
……俺の身体も……
……俺の心も……
……普通に過ごせたはずの時間も……
……何もかも……
……奪われたものは戻らない……
……取り戻す事など出来ない……
……残されたのは……
……汚れきった身体……
……感じるのは……
……虚しさ……
……俺には何も無い……
不意に気分が沈み込む。取り戻した心は傷だらけでボロボロで弱々しい。
《……俺は…バカだ……》
《……バカなのは…俺だ……》
途方もない後悔が押し寄せてくる。それは漠然としていてハッキリとはしないが、俺は自分の人生を初めて自ら悔いている。どうしようもなかったとは言え、佐久間の強さを見せられた今では、他に道が無かったのかと悔やまれてならない。
「クソッ…!」
俺は小さく吐き捨てる。自分への苛立ちと後悔で涙が流れ落ちる。すっかり涙腺が壊れたらしい。子供の頃は泣き虫だったが、そんな自分も大嫌いだった。
俺は、自分で自分を棄てたのだ。
「……ホント…最低だな…。」
《俺は…今まで何をやって来たんだ…》
ジワジワと込み上げてくる後悔が俺を締め付ける。過去を振り返ればキリがない。後悔だらけの人生だ。良い事など一つも無かった。
どうにもならない涙が溢れ出す。
「……もう、帰ろ…。バカらしい…。」
考え始めると余りにも辛すぎて耐えられなくなりそうだった。鼻を啜り上げて涙を拭うと、強がりな俺がボソリと言う。
《これ以上、此処にいたらドツボだ!サッサと帰ろう!》
これ以上、佐久間とは顔を合わせたくない。俺がしでかした事を思えば、二度と合わせる顔も無い。後悔に次ぐ後悔だ。
《もう…踏んだり蹴ったりだな…》
自業自得とは言えど、妙に辛くて悲しくなって鼻をグズリと啜り上げる。再び涙がポロリと零れる。
「……何なんだよ…これ…。」
俺は止まらない涙に向けて弱々しく吐き捨てる。その涙声まで情けない。
《……これが失恋…?ってやつか…?》
ふと、そんな事を思う。実際のところは自分でも良く分かっていないのだが、少なからず佐久間に対して「その気」になったのは確かだ。
《………俺って……ゲイ……?》
少しだけそんな事を考える。だが、それは俺にとって余りにも大き過ぎる問題だ。人生を揺るがすほどの一大事だ。既に崩れまくった人生で、今更、何をどう悩めば良いのかも分からないが、簡単に納得出来るものでもない。
《考えるのは帰ってからだ…!》
思い直して歩き始めた時だった。
「おい!ちょっと待てよ!」
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