俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤と速水〈1〉2人の関係

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高2になったとは言えど、新しいクラスは見知らぬ者同士の集まりだ。最初の頃は幾ばくかの緊張感が漂っていた教室内もザワザワとして落ち着きが無くなる。高校生活を満喫し始めた浮かれた奴等は直ぐに馴染むらしい。青春を謳歌していると言わんばかりの態度が目につく。

《うるさい奴等だ!どいつもこいつも浮かれた顔しやがって!ホント、嫌になる!》

昼休みになると逃げるように教室を出る。早く独りになりたくて校舎の外にある一角を目指す。人気の無い静かな場所、建物の影に隠れた小さなスペースが俺の「唯一の居場所」だ。少しだけ陽が当たる場所に腰を下ろして過ごす。そうすると息がつけるような気がしていた。

俺は「復讐」に生きる事にも疲れ始めていたのかもしれない。復讐しかない人生…他には何も無い…。

以前なら、復讐をする度に強くなれる自分を感じていた。自分が自分でなくなる事で「違う自分」が生まれて来るような気がしていた。偽りの姿から「新たに生まれ変われる自分」にも期待した。

だが、実際には何も変わってなどいない。どちらかと言えば酷くなる一方だ。復讐はマンネリ化し、一時的な興奮状態も直ぐに醒め、訳の分からない苛立ちが募る。周りの人間共は相変わらずで、俺は孤独のままだ。「復讐」と「怒り」以外には何も無い…。

そんな自分を怒りに染め上げて次なるターゲットに狙いを定める。ただ、それだけの日々だった…。


《何で、お前がここに居るんだよ?!》

俺から少し距離を置いた場所に同じように腰を下ろして座り込んでいる男を睨みつける。

そいつの名前は「速水 翔太」という。

一週間程前、突然に俺の前に現れた。やむを得ない事情から「友達の振り」をする事になった。それ以降、それとなく近くに居るのを感じていた。一緒に行動するとは言っても別にベタベタする訳でもなかった。教室を移動する時や昼休みや下校時刻になるとさり気なく声をかけて来る。
それからというもの、昼休みになると速水と2人でこうして座っている。俺は完全無視を決め込んでいるが、速水の方は気にした様子も無くのんびりと寛いでいる。それが気に入らない。

《何だよ!俺の居場所にズカズカと踏み込んで来やがって!》

速水には善意の行為なのかもしれないが、俺にとっては余計なお世話すぎる。

《もう、そろそろ良いだろ!いつまで続けるつもりだよ?!》

最近は怪しげな人影も遠ざかりつつあった。Kの脅威が薄れるにつれ、速水を疎ましく感じるようになっていた。

人間の「慣れ」というものは恐ろしい。俺は、Kからの実害を受けていない事に安心していた。今では「Kは恐れるに足りない人物」とさえ思い始めている。それには速水の存在が功を奏しているのだが、最初の頃の危機感などは何処へやらだ。そして、大人しく従う事にも嫌気が差してきていた。

この時、俺は自分でも気付かない内に「速水の存在」に慣れていたのだ。これは人間特有の「マンネリ化現象」だ。後々に分かる事になるのだが「慣れ」と「気付かない」という事は恐ろしい…。

《Kの次はお前が邪魔なんだよ!全く、いつも昼寝ばっかりしやがって!寝るなら他に行けよ!》

速水の事は最初から「利用する」つもりでいたのだから俺の思考はそうなる。今まで我慢しただけでも充分だろう。何事においても「我が身が第一!」「自分の身は自分で護る!」これが俺の鉄則だ。

俺の世界には俺しか居ない。俺は孤独の中で生きている。自分中心に物事を考えるのは当然だ。そして、他人に介入される事も邪魔される事も好まない。ましてや、俺の憩いの空間を侵食されるなどは以ての外だ。


「いつまでそこに居る気だよ?」

「え~?別に邪魔してないだろ?」

「充分、邪魔だろ。」

「俺の事は気にする必要ないだろ?俺も相澤と同じだからさ。」

「何がだよ?」

「まぁ…、色々な…。それに、俺が近くに居たらアイツも寄って来ないじゃん。」

「………。」

「それだけでも良いんじゃない?」

「ここまでは来ないだろ…。」

「そうだな…。こんな風に逃げ隠れするよりは、相澤が一発殴った方が早いかもよ?」

「……え?!な、何だよ今更!」

その言葉にカッとなる。穏便に速水を追い払おうとする俺の感情を逆撫でされた気がした。ジロリと睨んでみるものの、速水は前を向いたまま俺の方を見る事もしない。涼しげな顔で目を閉じたまま口元だけで軽く笑う。

「それぐらいやっても良いんじゃない?男同士なんだからさ。」

そのまま軽く視線だけを俺に向ける。特にバカにした様子もなく至極当たり前の事のように言う。
最初から感じていた事だが、速水は俺を「普通」に扱う。

《な、何だよ?!男同士でも俺が殴り合いで勝てる訳ないだろ!?》

今更ながらビックリマークだ。そんな風に言われた事も無ければ、考えた事さえ無かったからだ。しかも「男同士」という言葉がグサリと胸に突き刺さる。妙に痛い所を突かれた気分だ。勝てないからこそ速水を盾に防御して来たのだ。

《何だよ!大体、お前が悪いんだろ!俺を護るって言い出したのはお前じゃないか!今更、何だよ!》

苛立ちを感じながらもそんな事を言えるはずもない。それこそ男として情けない。これがターゲット相手ならば「女の振り」も出来るのだろうが、速水との関係は全く違う。思わぬ展開に返事に窮する。

「………。……無理。」

俺は小さく吐き捨てるようにボソリと言う。数々の不満や文句を言いたいところだが、頭の中が散乱して言葉が出ない。悔しさに口唇をグッと噛みしめる。

《クソッ…!ムカつく…!何でこうなるんだよ?!》

「それなら、諦めるしかないな。諦めて現状を受け入れる…。そういう道もある。」

ムキになる俺とは違い速水はサラリとしている。声を荒げるでもなく、感情を露わにするでもなく、関心を向けてくるでもない。深く介入して来ない割には、俺を無視している訳でもない。そして、昼寝のポーズを変える気もないらしい。そのまま何事も無かったかのように目を閉じてしまう。

《諦めるだと?!現状を受け入れろってのか?!お前がここに居る現状をか?!それこそ、有り難迷惑だろ!》

それ以上は何も言えず、恨めしげに横目で睨む。

俺はこの男が苦手だ。そもそも、ゲイが嫌いな俺には「天敵」でしかない。だが、ゲイだからといって実害を被っている訳でもない。校内では友達の振りをして見せる速水だが、2人きりになるとほぼ無言だ。俺が何か言わない限りは言葉を発する事もしない。
一週間程行動を共にした結果、変な目で俺を見ていない分だけ「ある意味で安全」だと感じるようになっていた。多分、似たような境遇に置かれている者同士という部分があるからだろう。俺の「秘密」や「弱み」を握られていても、敵に回さない限りは安牌というところだ。

ちなみに「安牌」とは麻雀用語だ。世の中には「プロ雀士」というものも存在するらしい。将棋や囲碁のように頭の中で戦略を練る。それは、孤独の世界で戦うようなものだ。ただ、麻雀の場合は賭け事のイメージが強い。それも世の中が勝手に決めつけているだけの「偏見」なのかもしれない。

実際のところは良く知らないので何とも言えないが、たまたま俺が読んだ小説はヤクザ絡みの裏世界で生きる「博打打ちの男」の話だった。
信じていた人間に裏切られ、借金地獄に追い込まれ、ヤクザに追いかけ回されて、否応なく裏世界に引きずり込まれる悲惨な男。誰一人味方の居ない敵陣のど真ん中で、孤独と絶望のドン底に突き落とされる。生き残る為だけに麻雀勝負に命を賭けて、自分の運と頭脳と腕だけで這い上がって行くというような内容だっただろうか。
所詮は作り話かもしれないが、何故か自分と近いものを感じて最後まで読んでしまった。

TVでは「プロ棋士」は頭が良いと絶賛される。他にも「囲碁」の解説番組もある。だが、何故か「麻雀」に関するものは無い。それでも、本屋に行けば「プロ雀士を目指す」や「初心者向け麻雀の知識」等の解説書がズラズラと並んでいる。別に、俺が「プロ雀士」になりたいという訳ではない。
ただ、世間では批判的に評される傾向が強い中、普通の本屋で開け透けに並べられている所を見ると表も裏も関係ない事のように思える。それでも「表は明るく裏は暗い」「表は綺麗で裏は汚い」「表が正しく裏は間違い」そんな概念が当たり前のように語られる世の中だ。まるで一枚の紙に表と裏があるのは当然だとでもいう感覚でものを言う。
だが、人間の世の中はそれほど簡単なものではない。表も裏も汚れている。そして、俺は自ら好き好んで裏の世界に足を踏み入れた訳でもない。俺の人生はそんなに単純に語られるようなものではないのだ。

随分と話が逸れてしまったが、最近の俺はそんな事を強く感じる。
周りの奴等に対する怒りは昔から変わらないが、その「怒り」は姿形を変えつつある。

最初は只の「反撃心」だった。それが「根深い憎悪」を生み出し、やがては「全てを嫌悪」するようになった。怒りから生まれる新たな怒りは何も生み出さず、根深くドス黒く渦を巻いて俺を飲み込んで行くだけだった。

そして、今では八方塞がり状態だ。息苦しさと訳の分からない苛立ちに…何もかもが嫌になる。

そんな時に出会ったのが速水だ。

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