俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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相澤の企み〈3〉

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「いいよ…。見せてやる。」

俺はゆっくりと顔を上げて上目使いに速水を見る。

男の誘い方は知っている。どうすれば煽って興奮させられるのかもそれなりに分かっている。自慰行為をして見せる事にも慣れている。全ては復讐の為だけにやっている。

だが、速水は復讐のターゲットではない。そして、速水の前では淫らな姿を曝したくないという気持ちがあった。こんな事をしながらも、そこだけは譲れない意地のようなものがある。

自分では分からない複雑な感情が交差する。

《気が進まないな…。でも、別にどうだっていい…。いつもやってる事だ…》

黙って服を脱いで全裸になる。勿論、服を汚さない為だ。

「これでいい?」

壁にもたれて両脚を大きく開く。今更、速水の前に股間を曝け出す事など何ともない。そのまま目を閉じて自慰行為を始める。恥ずかしさなどは無い。いつも家でやっている事をやるだけだ。独りでやる時の方がもっと淫らなぐらいだろう。

右手でゆっくりと気持ち良くなるように扱いてゆく。独りでやる時は興奮材料など必要ない。自分の手で刺激して快感を得るだけだ。今は、速水に触られた後だけに興奮しやすくなっている。

「……んっ…、ハァ…、ぁぁ……」

少しずつ息を詰めながら快感を求めて手を動かす。緩く強く、遅く速く、小さく大きく、リズムを刻むように上下に扱いてゆく。自然と声が漏れ始める。

《あぁ…、気持ち良くなってきた…》

速水の目の前だろうが関係無い。俺の世界には俺しか居ない。外部と遮断する事など容易い。快感に身を浸す時は尚更だ。気持ち良さだけを追い求めれば良い。

「ハァ…ハァ…ぁあ…っ、ん…っ…」

息が乱れ始める。鼻で息をするのが辛くなり口で喘ぐように大きな呼吸を繰り返す。漏れる声が段々と大きくなり脳が痺れを増してゆく。

《ああっ…!いい…、気持ち良い…!》

俺は何も考えず、ひたすらに自分の世界に陶酔する。

「相澤、凄くいいよ。気持ち良くなったらいつでも出していいから。」

俺の前に座り込んだ速水の声が耳に届く。興奮してかすれている。その息も荒くなってきている。俺と一緒に扱いているのだろう。

俺は自分の中の余計なモノを追い出すように自慰行為に没頭する。これで速水が喜ぶならばそれも良い。

「ぅ……、ぁぁ…っ、も…ぅ…出る……」

昇り詰めて行く感覚に甘い痺れを感じながら手の動きを速めてゆく。後は一気に解き放つだけだ。

「いいよ相澤、そのまま出して。お前が出すところも全部見せてよ。」

速水が俺にペースを合わせるように息を荒げる。何を言われているのかも分からないままに俺は最高潮に達する。

「はぁ…っ!……んっ……出る…っ!」

ググッと仰け反る身体をブルブルと震わせて一気に解き放つ。腹の奥底まで搾り出す。

「ハァ、ハァ、ハァ……っ…」

荒い息を吐き出してグッタリと壁にもたれて項垂れる。

「相澤、サンキュー。良かったよ。」

速水が俺の手や身体を綺麗に拭き取ってくれる。

「相澤がイク時に…。俺の身体にかけて…って言ってみたかったんだけどさ…。やっぱり、そういう事は恋人同士じゃないと出来ないよな。」

「なっ…、何…?」

《こいつ…変態かよ…?!》

セックスをすれば互いの身体に精液がかかる事はある。汚れるのが嫌な場合はコンドームを使う。ただ、復讐心に燃える俺にはどうでも良い事だ。セックスなどその程度のものだからだ。

「まぁ…俺の性癖みたいなものかな。最初の相手の影響もある。俺は、ゲイで変な性癖あるけど、誰でも良いって訳でもない。やっぱり、本気になれる相手としたいよ。」

「………。」

「相澤にも色々あるのは見て分かる。過去の事は訊かないし、俺も話さないけどさ…、周りの奴等よりは解り合えると思ってた。それに、相澤なら…俺を受け入れてくれそうな気がしてた。」

速水が親しみを込めた眼差しを向けて軽く微笑む。

《……いきなり何だよ?それがお前の本心だったってのか?!》

いつも俺に向けていた眼差しの意味を知る。

「俺、ノンケは射程外だからさ。同じ匂いがするお前に近付いたけど…同類だから無条件で好きになれるってものでもない。最初は成り行きで軽く誘ってみたけど、それが全てじゃない。
それに、相澤には辛い過去があるのも分かったからさ…。だから、時間かけて打ち解けられたら良いなって思ってた。俺もそうだけど…、本当の自分を見せるって…意外と勇気が要るよな。」

「………。」

いつになくシンミリと語る速水をじっと眺める。興奮が冷めた後だけに、妙に静まり返った頭の中に速水の言葉が染み込んでくるような気がした。

「相澤が恋人なら、俺の股間にお前の精液かけてもらったら最高に気持ち良くイケるんだけどさ。やっぱり言えなかったな。」

「な…?!何、それ…?」

「ハハハ、もう最後だから暴露するよ。俺の性癖…変わってるだろ?それだと凄く興奮するんだ。でも、本気で好きになった相手じゃないと…そういう事は出来ないって思った。」

「変態的だな…。」

「俺がゲイで変態でも、誰かを好きになる気持ちはホンモノだからさ。結構、相澤の事は気に入ってたんだぜ。でも、俺に関心が無いのは良く分かったし、俺もこれ以上は踏み込めないって感じてたから…今日で終わりにするよ。」

「………え?」

「今まで、サンキューな。」

速水がニッコリ笑って俺の前髪をそっと掻き上げ、額に軽くキスをしてきた。

「………。」

胸の奥がチクリとした。速水に対する罪悪感のような感情が胸の中で蟠る。

《何なんだ…?この感情…?分からない…。分からないけど…何か変な感じだ…》

「……速水…。」

俺はどう答えて良いのかさえ分からなかった。今の胸の蟠りが何なのかも分からない。ただ、落ち着かない気持ちに戸惑う。

「相澤のそんな顔…初めて見たな。」

速水が小さくクスリと笑って言う。

「え…?」

「最後に…お別れのキスだけ…いい?」

「……うん。」

俺は俯向いて小さく頷いた。何故だが分からないが速水の顔を見づらくて目を閉じる。

《……別れのキスか……》

これで速水との関係が終わる。これは俺が望んでいた事だった。

「相澤…。」

柔らかく頬を撫でられて速水の口唇が重なってくる。恋人にするような優しい感じだ。俺は静かに目を閉じて速水からの別れのキスを受け止める。

《……これが最後……》

今までは練習台のように感じていた速水とのキスだが、何故か少しだけ胸の奥が苦しくなる。

俺は何人もの男とキスをしてきた。初めの頃は少し抵抗感を感じたりもしたが、今では何とも思わなくなっていた。キスは男を誘惑する手段でしかない。ただ、口唇を重ねて舌を絡めて舐め合うだけの事だ。速水とのキスもその程度にしか思っていなかった。

《俺…、速水のこと…嫌いじゃなかったよな…》

口唇から伝わる想いがある。多分、速水はいつもそうしていたのだろう。そこにある「想い」に俺が気付いていなかっただけなのかもしれない。

ゆっくりと口唇が離れる。目を開くと、間近にある速水の瞳が少し寂しげに微笑んだように見えた。

「速水…、ごめん……」

罪悪感と妙な切なさが込み上げて、俺は速水の首に腕をまわして引き寄せる。その口唇を何度も強く吸い上げては舌を絡ませてゆく。何故そうしたのかは分からない。ただ、そうしたかった。

俺のキスに応えるように速水も舌を絡めてくる。互いの口唇を繋ぎ止めるように唾液が糸を引く。それを舐めとっては何度も口唇を重ね合う。重なる吐息に交じる俺の声が小さく漏れる。

「はや…み……、ご…め……ん……」

暫くは夢中で口唇を求め合っていた気がする。それは、同類同士の憐れみのキスのようでもあった…。

「相澤、いいよ…気にするな。さっきは苛ついて悪かったよ。結構、粘ってたんだけど、相澤が求めてる相手は俺みたいな奴とは違うんだって分かったからさ。俺も、本気にはなれないって思った。」

「………本気…?」

「やっぱりな…。俺は、相澤のことを本気で考えたいと思ってた。何処か似てる気がしてた。匂いだけじゃなくて…何か感じるものがあったんだ。だから、しつこく誘ってた。やりたいだけなら、こんなに手間暇かけないだろ?」

「え?」

「全く気付いてもらえてないのも辛いよな。俺が相澤の身体だけ狙ってると思ってたのか?」

「………。」

こうして打ち明けられると思い当たる節は多々あるのだろう。だが、今更、俺にはどうしようもない。速水に関心が無かったのは曲げようもない事実だ。割り切った関係だと思っていた。そして、俺は速水を利用していただけだ。

《この気持ちは…速水に対する罪悪感か…?》

胸の中がズシリと重くなる。

「まぁ…終わった事だから良いけどさ。俺も、まだそこまで本気になってた訳でもないから気にするな。相澤も…俺も…傷を負ってるのは同じなんだ。その傷の深さは違うだろうけど…俺も、傷付くのは恐いんだ。」

その瞳の奥に僅かな翳りが見える。笑顔の奥に悲しみを隠したような表情。速水にも辛い過去があるようだ。

「速水…。」

《速水も…俺と…同じなのか…?》
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