俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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弘人の想い〈1〉

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「でも、啖呵をきった時のお前、すげぇ格好良かったぞ!」

「え…?」

「前にも見たな…。中2の時、俺がケンカした時だ。覚えてるだろ?あの時はビックリした。あんな剛を見たのは初めてだったからな…。」

そうだ、あれは忘れもしない俺の記憶…。

ケンカをして殴り合いになっている弘人を偶然に見かけたのだ。慌てて止めに入り、興奮しきった弘人を押さえ込んだ。あの時、俺の腕の中で震えていた弘人の身体。あれは怒りの興奮だけではなかった。自身の中の恐れと闘うような震え。恐怖に負けまいとする強い意思。友達を庇って立ち向かった弘人の勇気。

俺も何度かケンカをした事はある。ただの力まかせだ。別段、恐れた事はない。ケンカがしたい訳でもない。ただ、一時期は気持ちが荒れていた。どうでも良いと思っていた。売られたケンカを買うだけだった。幸い、俺は背が高かったし力もあった。反射神経も良い方だ。勿論、殴られたら痛いが、その分は殴り返すのみだ。誰かを守る為のケンカなんてのはした事がなかった。やられたらやり返す、ただそれだけだった。
だが、あの時は違った。弘人を守りたいと思った。弘人を傷付ける奴は許せないと思った。力づくでも守ってやろうと思った。

あれ以来、ケンカはしていない。そして、俺自身も成長して一段と丸くなった。

「ああ、そうだったな…。」

あの頃が懐かしく思える。

「剛がキレるとすげぇ迫力だな。あんな姿は滅多に見れない。やっぱりすげぇな~!って思った。」

「………。」

「普段は人当たりのいいお前があれだけキレるんだからな。余程、頭に血が上ったんだろ?……キスも…、無理矢理だよな。」

弘人は分かってくれているようだった。ただ、キスした事に関しては触れにくそうに躊躇う。

「……ああ、そうだよ。」

俺は小さくポツリと答える。俺の胸が重く締め付けられる。

「お前があんなにキレたのは…キスされたからだけじゃないだろ?」

「………。……ああ。」

「………俺の事だろ。……違うか?」

「………!?」

「あいつが剛を見る目…他の奴等とは違う気がしてた。なんか、嫌だった。でも、俺はそういうの疎いし…分かんねぇから、お前にも言えなかった。俺の変なヤキモチかもしれねぇし…。お前は全く気にもとめてなかったしな。」

「………。」

何も言えない俺。顔も見えない暗闇の中、弘人の言葉だけが続く。

「別に話しかけてくる風でもなかったし…。ただ、見てるだけだったからな。剛を見てる奴は多い。お前は人気あるし、皆が色々と噂してるのも耳に入る。男でもお前に憧れてる奴は居る。それに、注目されてるお前は、俺から見てもすげぇ格好良いんだよ。俺の………自慢の恋人だ。」

普段は口下手な弘人だ。余程の事でない限り、素直に口を割るような事はしない。少し考え込むように言葉を探しながら、ポツリポツリと胸の内を語ってくれる。そして、最後はかなり照れたように小さく付け足した。

俺は、弘人の言葉を聞き逃さないように黙って聞いていた。俺が気付いてさえいなかった事実が明かされてゆく。そして、最後の言葉で顔が真っ赤になってしまった。

《俺は…マジでバカかよ…!》

こんな状況で胸が踊る自分が恥ずかしい。弘人がそんな風に思っていたなんて知らなかった。俺を好きでいてくれる気持ちは分かっていたが、弘人だけを追いかける自分の想いが先行して盲目になっていた事を知る。どうしても、弘人の事になると冷静さを失うのだ。

「………弘人…。……ごめん。」

やっと絞り出した言葉はそれだけだった。それを言うのが精一杯だった。

「何で謝るんだよ?まさか、あいつがお前の事をマジで好きだったとはな…。俺も分からなかったんだから、お前が気付くはずないだろ~?!そんなにヘコむなよ!」

弘人の口調が軽やかになる。アハハと笑って俺の肩を軽く叩く。その手は力強くて温かい。

「相澤は剛が好きで見ていたんだ。当然、俺の事も見てたはずだ。一緒に居るんだからな。周りの奴等は俺達の事を親友だと思ってる。俺達の関係には誰も気付いてない。」

弘人の言葉が重みを増す。何かを確信している。俺達がひた隠しにしてきた関係が明るみに出る事を恐れているのは同じだ。その思いは俺よりも強いはずだ。

引き返せるものならば、今からでも全てを巻き戻して無にしてしまいたい。何も無かった頃のように…。叶わぬ想いを抱いていたあの頃に…。ただの親友で友達だったあの頃に…。

《俺が全てを破壊した!望んだ俺が間違いだった!俺が弘人を傷付けた!》

夢ならば覚めて欲しいとさえ願う。これが夢ならば、どれほどに良かっただろうか。激しい後悔と現実の狭間で身動きさえ取れなくなる。

ただ、噛みしめる口唇と握りしめる拳だけが震え続ける。

「でもな…、剛…。あいつは気付いてた。疑いじゃなく確信してた…。」

「弘人?!……それは…。」

「どんな話かは聞こえなかったけど…否定したところで変わらないだろ?」

「………。」

「あいつが剛に言い寄るなら、俺が黙っていられると思うか?」

「え…?……弘人…?」

「俺は…、お前を誰にも渡さない!」

弘人の手が俺の肩をグッと掴む。

「弘人…、それって…?」

「心配すんな!俺もあいつと話したんだよ。」

「何…?!」

「ちょっとあいつを追いかけてな…。捕まえて話をした。」

「弘人!何て言ったんだ?!」

「まぁ……、それはいいだろ。剛の事が好きか?と訊かれたから勿論だと答えたぞ。」

「何でそんな事!?」

「嘘じゃねぇだろ。それが本心だからな。……剛は?お前なら何て答える?」

「俺は…、嘘つけなかった…。自分の想いを偽れなかった…。もしも…奴が誰かに話したら…弘人が傷付く。俺はどうでもいいけど…、お前を傷付ける事になる。それがすげぇ恐かった。」

「だから、あんなにキレた。…だろ?俺との事がなかったら、キスされたぐらいであそこまでキレねぇだろ?お前なら。……俺を庇ったんだろ?」

「………。でも、結局、原因は俺だ。俺が弘人を傷付けたも同じだ。……すまない。」

「何だよ。お前が否定しても俺が認めてる。結局は…同じなんだよ。俺の気持ちも……お前の気持ちも…。」

「弘人…。」

「だから、変な事…考えるなよ。あいつがどう出るか分かんねぇけど…、どうなるかなんて、なってみないと分からないだろ?その時に考えりゃいい。……それでも、俺の気持ちは変わらない。何があっても…お前が好きだ!」

「弘人…。ごめん…。俺、マジでバカだな。……自分が情けねぇ…。」

俺の頬を涙が伝う。弘人がここまで想ってくれていた事が嬉しくて、切なくて、愚かな自分が情けなくて、弘人の強さが頼もしく思えて…様々な感情が入り乱れて胸が熱く苦しくなる。


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