俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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優しい弘人

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「だから、今度は俺が消毒してやる。」

弘人の顔がゆっくりと近付いてくる。その口唇がそっと俺の口唇に触れる。キュッと引き締まった印象の口元、少し薄めの口唇はピンとした張りと軽い柔らかさと弾力がある。

俺の心が小さく震える。

そっと重ねられた口唇が優しく押し付けられる。少し開いて包み込むように俺の口唇をなぞる。軽くチュッと吸い付いて舌先でチョンチョンと突ついてくる。口唇を開けろと言っているのだ。促されるように引き結んだ口唇を少し緩めると、舌先が口唇の間を舐めるように小さく動く。不器用ながらも弘人の精一杯の優しいキスだ。

普段、弘人の方からキスをしてくる事は滅多にない。俺が迫るか、誘うか、仕向ける場合が殆どだ。ただ、俺自身が待ちきれないだけの話でもある。

弘人の優しいキスにうっとりしてしまいそうになる。その舌先が更に迫り、俺の舌に軽く触れてきた。

《あっ…!ダメだ!》

反射的に顔を引いて弘人の口唇から逃れた。無意識に口唇を噛みしめる。

「え?!…おい、剛…?」

少し驚いたような弘人の声。

「弘人、ダメだ。……ごめん。俺にそんな事するな…。俺は、あいつにキスされた。そんな口に…キスなんてするな。」

弱々しくも必死に訴える。俺の口唇と舌に蘇るあのおぞましい感触。

《汚れている》

俺が迂闊に招いた事態だ。一方的とは言えど、弘人以外の奴とキスをしてしまった。それも舌まで突っ込まれて口の中を弄られたのだ。そんな汚れた口の中に愛おしい弘人の舌が入るなど許されない。汚れた舌で弘人に触れる事など出来ないのだ。

「剛…?そんなに嫌なのか…?」

「違う!そうじゃない。……そうじゃないんだ。………弘人…ごめん…。」

様々な感情が入り乱れて苦しくなる。俺は、ただ俯向いて小さく震えるだけだった。弘人への想いが溢れる一方で、愚かな自分が許せないのだ。

暗闇の中、弘人の身体が動いた。俺の太腿の上に跨がるようにして真正面から強く抱きしめてくる。ピタリと寄り添うその身体が温かい。力強くしっかりと包み込んでくれる。

「弘人…。」

そっとその背中に腕をまわす。腕の中に納まる身体だが、男らしい逞しさを兼ね備えている。手の平に馴染んだ背中の感触、寄り添う胸、太腿に感じる温もり、軽く乗りかかる心地良い重み。耳元にかかる息、柔らかく触れる頬、優しく頭を包み込んでくれる手、髪の毛を撫でてくれる指先。そして弘人の匂い…。
暗闇の中でもハッキリと感じ取れる弘人の身体、その確かな存在、これ以上のものは無い。

暫くの間、そうして俺の身体を抱きしめてくれる。

《弘人…、ごめん…、弘人…》

その優しい温もりに包まれながらも、俺は心の中で詫びる事しか出来ないでいた。


「剛、俺がお前にキスしたいんだ。それでも嫌か?」

弘人の低く落ち着いた声。静かな口調にハッキリとした意思と男らしさが漂う。

「弘人…。」

小さく名を呼ぶ俺の頬をそっと撫でてくれる優しい手。その温かさに頬を擦り寄せると、グイッと顎を引き上げられた。ギュッと目を閉じたままの俺の口元に間近に迫る弘人の口唇、湿った熱い息に口唇を撫でられて愛おしさが込み上げる。

「キス、していいか…?」

低くかすれた声が囁く。

《あぁ…っ、弘人…!》

俺の全身がビリビリッと痺れる。思わず弘人の身体をグッと抱きしめる。
それを合図に弘人の口唇が俺の口唇をしっかりと塞いできた。先程とは違う意思表示の強いキスだ。

「んんっ……」

その口唇の感触と温もりが俺の心を熱く震わせる。強く吸い付くように押し付けられグイグイと迫ってくる。その舌先と口唇が俺の口唇を強引に押し開いてゆく。その熱烈なキスに…いつしか俺の口唇が熱く解けてゆく。

「んぅ……はぁ…、ん…っ……、弘…人……」

俺は口唇を弘人にあずける。キュッと吸いつかれ舌先でなぞられ、また塞がれる。決して離れないその口唇は、俺に逃げる事を許さないように迫り続けてくる。強く顎を掴まれて、更に深く強く吸い付いてくる。

《ああ……弘人……弘人……》

頭の中も心の中も弘人で埋め尽くされてゆく。そして、俺の胸が熱く解けてゆく。

弘人の舌が歯の間に割り込んでくるのをオズオズと受け入れる。だが、その舌先が触れるやいなや思わず引っ込んでしまった俺の舌。戸惑うようにように僅かに離れた弘人の口唇が、キスの代わりに言葉を繋ぐ。

「剛、好きだ。お前が大好きだ。もっとお前にキスしたい。だからジッとしてろ。」

再び重なる口唇、その舌を恐る恐る受け止める。そっと触れてきた舌が動きを止める。絡めるでもなく、舐めるでもなく、ただ俺の舌に軽く触れているだけだ。

不意に引っ込んでは再び伸びてきて、そっと触れてまた止まる。俺の舌に軽く触れては寄り添い、離れてはまた寄り添ってくる。俺はジッと身を任せる。

口の中に弘人が居る、口の中まで弘人で満たされる…そんな不思議な感覚になる。

《もっと弘人を感じたい…》

もっと弘人を受け入れたくて口が開く。もっと深く交わりたくて口唇を押し当てる。

弘人の舌がゆっくりと動いて絡まってくる。優しく舐めるように俺の舌を這い、上顎や歯の裏までもそっとなぞる。

俺は身体ごと弘人にあずける。時折離れる口唇が、溢れる唾液を舐めとりながら何度も重ねられてくる。

「ん…っ、…んんっ……はあぁ…、弘…人……あぁ…、……弘…人…、もっと……」

俺は弘人の口唇を待ちわびる。それは甘く甘く溶けるように俺の身体を熱く解きほぐしてゆく。

《ああ…、弘人…好きだ…弘人…》


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