俺達の行方【番外編】

穂津見 乱

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絶望と光

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相澤の姿が闇の中に消える。同時に激しい吐き気に襲われた。

「ウウッ…ウゲェ……」

公園の片隅にある水道の蛇口、溢れ出す水、そこに何度も顔を押し付ける。口に含んでは吐き出し、また含んでは吐き出す。込み上げる吐き気に何度もえづき、むせ込み、鼻水や涙でグチャグチャになる。口から流れた冷たい水が首を伝ってシャツを濡らす。ビショビショになっても止められない。口唇や舌に残るあの感覚を消し去りたかった。

《気持ち悪い…嫌だ…耐えられねぇ…》

冷たい水で顔も手も完全に冷え切ってしまった。そして俺の心までも…。

相澤の前で肯定してしまった。弘人とは距離を置かねばならない。偽れない自分の心…それは、自己満足に過ぎないのかもしれない。周りに知られれば…噂が広まれば…弘人が傷付く。

《もう、終わりなのか…?これで、全てが終わるのか…?俺は、間違っていたのか…?》

俺は何と言われても構わない。脅しをかけた相澤が恐れて口をつぐんでくれれば良いが、その確証はないのだ。怒りに任せて暴力を振るったところで、何の解決にもならない。相澤を口止めする方法が無い訳でもない。俺が…奴を受け入れれば弘人を守れる。だが、俺は奴をおぞましいと感じてしまった。受け入れるなんて出来ない。

《奴がおぞましいなら…俺も同だろ。俺も…おぞましい…》

様々な思いが頭の中を駆け巡る。俺はかなり混乱して動揺して焦っていた。パニック状態に近かったのだ。息が荒く乱れる。苦しくて激しく息をする。苦しい…苦しい…息が…出来ない…。

《弘人…!弘人に…逢いたい…!》

肩で大きく息をしながらその場に蹲る。涙が頬を伝って落ちる。

《弘人…弘人…弘人…。俺は、弘人が好きなだけだ。…それが許されない事なのか…?》

「弘人…。」

愛おしいその名を口にする。少しずつ俺の心が落ち着いてゆく。

「弘人…、お前に…逢いたい…。」

静かな闇の中、自分の声だけが切なく悲しく耳にこだまする。



「剛…。」

愛おしい声が聞こえた。俺の名を呼ぶ弘人の声だ。居るはずのない…弘人の声。

「おい、剛…。」

また、聞こえた。幻聴か…?弘人を想う俺の心が幻聴を生み出しているのか…?

「剛、しっかりしろ!大丈夫か?!」

今度はハッキリ聞こえる。そして、背中に触れる誰かの手。

俺はゆっくりと顔を上げて振り返る。そこには、居るはずのない弘人の顔。薄暗くてぼんやりしてよく見えない。涙で霞んでゆらいで見える。

「夢…か…?」

弘人が居るはずはないのだ。随分前に駅で別れたのだから。

「剛、俺だ!」

間近に迫る弘人の顔を月明かりが照らし出す。その手が優しく頬を包み込んできた。温かい…。

「弘人か…?!」

俺は夢中で抱き着いた。その温かい身体がしっかりと抱きとめるように包み込んでくれる。

「お前、ビショビショ。身体も冷え切ってるぞ。」

「ごめん…。」

弘人が力強く抱きしめてくれる腕の中で、俺は小さく弱々しく震えていた。

「全く…、世話がやけるデカイ子供だな。」

そう言って、弘人がハンカチでゴシゴシと顔を拭いてくれる。わざと乱暴に擦るのは弘人なりの優しさだ。俺は小さく鼻をすすりながら身を委ねる。まるで迷子になった仔犬のように…。

弘人の温かい頬がピタリと寄り添って俺の頬を温めてくれる。冷え切った両手をジャケットの中に入れてくれる。シャツの上から触れる弘人の身体と体温が俺の心まで温めてくれる。

「弘人、温かい。」

俺は身体をすり寄せる。

「お前の身体が温まるまで、こうしててやるから。ジッとしてろ。」

弘人の声。少し低めにかすれて、温かくて優しくて頼もしい。

《弘人…、弘人…、弘人…》

俺の心が何度も何度もその名を繰り返す。その確かな温もりを全身で感じ取る。弘人が傍に居てくれる、ただそれだけで充分だ。

他には何も…要らない…。

 
  
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