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ハイエナの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「ハイエナの刺青」

盗作。

それは他人の作品を盗み取り、己の作品にすること。

そして、人生を崩壊させる罪のこと。

―黒いローブの男―

その男は、いつも黒いローブを身に纏っていた。

だから「黒いローブの男」と呼ばれ、周囲の者から不気味がられていた。

そして、誰よりもひねくれ、愚か者であった。

―ひねくれた作家―
 
ある日。

黒いローブの男が激怒する記事が世間に公表された。

ある作家が最高の作品を書き上げたという。

それは「他人の幸福」を書いた、うつくしい作品であった。

だが、黒いローブの男は、このような作品が嫌いだった。

だから、その作品の欠点を見つけてやろうと、ひねくれた考えでその作品を読み始めた。

その物語は、意外にも引き込まれる内容であった。

だが、感想などというものは無駄口だと、黙読し続けた。

そして、読み終えた。

内心、その作品のうつくしさに心を奪われていた。そして、先を知りたい好奇心にかられていた。

だが、黒いローブの男は、「素晴らしい」とは決して言わなかった。

ひねくれた考えで足りない脳を悩ませ、何十回も顔を顰め「欠点」を探した。

やがて、黒いローブの男は見つけたという。

これが幻想で、何もかもが作者の創造、ただの作り話、現実味が無い、と。

黒いローブの男は、これを越えようと考えた。

何を言っても、世間に認められた作品である。

これを越える作品を書き上げる事が「作家」として認められる第一歩だと考えたのである。

だが、そう簡単に小説が書けるほど、文才があるわけではない。

黒いローブの男は、町に出掛けた。

題材を決める為の取材である。

黒いローブの男は、ここでも顔を顰め、悩みに悩んでいた。

どのような作品が好まれ愛されるのだろうか、やはり、人の恋愛だろうか、いや、違う、そのような下らないものはいくらでも書き上げてきた。

それでは人を惹き付けられなかった。

現実味が無ければならない。

黒いローブの男は、ひねくれた考えで世界を見つめ直した。

そして、見出だした。

「世界を暗黒に染めればいいんだ」

黒いローブの男は、部屋に閉じ籠り、邪悪な闇をその筆先に集中させ、他人の不幸を次々と「黒文字で」書き上げていった。

そして、最期の110人目で、その筆先を折ってしまった。

何故か、最期が近付くと書けなかったのだ。

黒いローブの男は髪を掻き乱して、叫んだ。

この頭の中にイメージが溢れているのに、

何故、書けない、

何故、出てこないんだ、

黒いローブの男はあらゆる手段で己を痛め続けた。

だが、頭に詰まった作品は血のようには出てこなかった。

何故ならば、それが「己の物語」だからである。

黒いローブの男は、心のどこかで己の物語を拒絶していたのだ。

だから、こめかみに筆先を突き刺しても血が垂れるだけで、作品としては浮かび上がらなかった。

黒いローブの男は、町へ飛び出していった。

ありふれた人の病みがそこには見えたという。

現実味のある胸糞悪い病み。

前よりも深い病みは、黒いローブの男と、ある青年を巡り合わせる切っ掛けを生んだ。

それは、同じように深い病みを抱えた「臆病者の青年」との出逢いだった。

―黒いローブの男と臆病者の青年―

黒いローブの男は、その青年の病み色のうつくしさに自然と惹かれていった。

同じように作家を目指し、世界を見つめ直す考え、何もかもが二人を繋ぎ、それは、やがて形となった。

だからだろう、互いに「その先を」書けない時期が訪れた。

書き上げてしまえば、その先で出逢えない気がしたのかもしれない。

青年が105人目の不幸を書き上げた時、黒いローブの男は、青年の家の前に立っていた。

黒いローブの男は、家の中に足を踏み入れ、哀れな光景に眼を見開いた。

リビングで青年の両親が亡くなっている。

ずっとお世話になってきた人たちだった。

ここで黒いローブの男は気付く。

二人が書き上げようとしているものは「他人の不幸を閉じ込めた本」ではない。

「己の不幸を閉じ込めた本」だということに。

黒いローブの男は、階段をかけ上がる。

そして見つけた。

完全に病みに犯された、哀れな青年の姿を。

男は必死に青年を止めようと叫んだ。

「お前が欲しかったのは富や名声じゃない、もう書かないでくれ、他人の不幸なんて、それはお前の心の叫びだろうが…」

その時、黒いローブの男には見えてしまった。

「ハイエナの刺青」と黒文字で書かれた下の欄、震えながら書いたであろう×××の文字を。

なぜ…。

黒いローブの男は愕然とした。

そして、止めようとした。

もう、書かないように、

もう、二度と書けないように、

青年の首を 後ろから両手で締め上げた。

青年は絶命した。

―分厚い本―

青年から奪い取った「分厚い本」

その本には、青年と黒いローブの男が見てきた醜い架空世界が閉じ込められている。

それは何れも、作者二人が生み出した病みの物語である。

いつかあなたのもとに分厚い本を抱えた男が現れたら、その男を救ってほしい。

己の不幸に抗う事が最大の武器であり、幸福を生み出す力である、と。

臆病者の青年の為に、分厚い本を抱えた黒いローブの男。

その男は、青年の書き上げた物語を現実のものへと変える旅に出た。

その全身には最期の刺青「ハイエナの刺青」が刻まれていたという…。
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みんなの感想(3件)

ゴールド
2022.02.12 ゴールド

素敵な作品ありがとうございます☺

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KAI
2019.12.17 KAI

ダークファンタジーやサスペンス好きの自分にはすごく共感でき、読み進める内に引き込まれる物があります。
言葉の使い方、ストーリー展開、逆転、一度読んでから、何度も読み返す度に違う視点で読めて面白いです。

命、生きる事、死ぬこと、そして、人の本質的な部分に迫る物語りだと思います。

作者さんの生き方、考え方が真っ直ぐに表現されていて、感極まる所もあります

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assult
2019.06.26 assult

本当に面白いです。よくこのような作品を書けますね、作者さんのセンスに惚れ惚れします。

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