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ヒクイドリの刺青

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 彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


ヒクイドリの刺青


女占い師からの刺客三人目・仕掛け箱の解錠師


―鍵屋―


ある男がいた。


その男は、優秀な鍵屋だった。


男は、人を雇う金も、余裕もないから、一人で働いた。


頑固な箱の解錠依頼を受けたり、鍵の取り付けを行い、こそ泥や、強盗から、家の主を守った。


客は言った。


この男の取り付けた鍵は、頑丈で壊れにくい、と。


だから、この男が、一度鍵を取り付けた家に、再度取り付けに行く事はなかった。


皮肉な事に、仕事の腕が良いから、仕事の量は激減した。


男は、客へ救いを求めていた。


この男にとっての救いは、仕事だ。


だが、客は来なかった。


男は、つくづく思った。


客は、自己中心的だ。


助けてやったのに、このネクタイが首にかかる時は、助けてはくれない、他人が不幸でも見殺しにする、と。


男は、誰にも相談出来ずにいた。


このまま楽になりたい…そう、何度も思ったが、勿体ないとも考えた。


この誇りのような特技は、失いたくない。


誰かが店の扉をノックした。


男は、仕事が舞い込んだと、喜んだ。


扉を開けると、そこには妖艶な格好をした「女占い師」が立っていた。


―未来の箱―


女占い師は、店のカウンターの上に、ひとつの箱を置いた。


横に長い頑丈な箱だ。


男が、この箱の解錠依頼かと訊くと、女占い師は、その箱には、あなたの未来が閉じ込められていると伝えた。


男は、この女を怪しんだ。


だが、女占い師が、箱の隣に金貨袋を置くと、男は、その金貨袋のふくらみに驚いた。


「こんなに…」


「あなたには、その価値がある、


私は、あなたの曖昧な未来を この水晶玉で占ったわ、


この箱を明日までに解錠出来れば、その先を伝えてあげる」


男は、その箱を様々な角度から見た。


こんな箱の中に、自分の未来が閉じ込められているとは思えない。


だが、もしも解錠出来れば、見えなかった未来が見えるのならば…。


男は、自分の誇りにかけて、その日の夜に解錠した。   


「何も入っていない」


女占い師は、微笑した。


「予定通りね」


―盗みの腕―


女占い師は、言った。


この世界は、くだらない決まりごとに縛られて、人間は、それを守らなければいけないと思い込んでいる。


新しい決まりごとを作るのは、守られてばかりの王族でも、見下ろしているだけの神でもない、


わたしたち。 


あなたには、その力がある。


可能性を わたしにみせて。


女占い師は、胸元を飾る水晶玉をあやしい指先でなぞりながら伝えた。

 
「水晶は伝えます、


曖昧な未来を、


あなたに授けられた解錠師の力は、他人の為にはありません、


自分が生きる為にあるのです、


その胸に、悪魔の鍵を差して、決まりごとの牢から出ていくのです、


善人の心を捨てなさい、


悪魔たちは、求めます、


その盗みの腕を」


男は、眼を見開いた。


―解錠師―


男は、女占い師から、「解錠師」の名で呼ばれた。


解錠師の男は、女占い師の命令に従い、他の部下と共に「金庫破り」を行った。


頑丈な扉も、頑固な金庫も、この男の前では、ただの紙箱同然。


多くの品を盗んだ。


時には、暗殺を得意とする者、「神嫌いの暗殺者」の支援も行った。


極寒の地では、建物の中へ逃げ込んだ王族や、護衛たちを故意に逃げ場のない部屋の中へ追い詰めて、その逃走の為に鍛え上げた足技で息の根を止めた。


元々、王族は嫌いである。


手加減はなかった。


解錠師の男は、多くの事件に関与し、重要な情報提供を行い「女占い師の部下」として働いた。


解錠師の男は、働ける事が幸せだった。



―狩りの時間― 


宿屋。


黒いローブの男は、そこで分厚い本を閉じた。


次の標的は、この「解錠師の男」


女占い師に通じる人物の一人である。


解錠師の男は、女占い師からの命令が無い時は、その影で、盗みを働いている。


町中に建てた立派な店も、異常な収集家たちから盗みの依頼を受けているからこそ建てられたもの。


狙うのは、そこ。


黒いローブの男は、盗難被害に遭った貴婦人を口説き落として、協力者にした。


貴婦人との、月夜の舞台を観に行く約束に時間を費やしたが、あの男を狩り取る為ならば仕方がない。
  

これで準備は整った。


黒いローブの男は、自分を収集家と偽り、解錠師の男へ近付いた。 


そして、解錠師の男へ、盗みを依頼した。


知り合いの貴婦人の持つ、強欲の腕輪を盗み出してほしい、と。

 
  解錠師の男は、依頼を承諾した。


―屋敷―


午後。


解錠師の男は、どこか見覚えのある屋敷を眺めていた。


この屋敷、以前にも入った事があるのだ。


一度盗みに入った家には、二度と入らないという決まりが、この男にはあるのだが、一度受けた仕事だ。


後戻りは出来なかった。


下見の段階で分かっていたのに…。


屋敷から、貴婦人と、太った使用人が出てきた。


舞台を観に出掛けるらしい。


好機だ。


解錠師の男は、貴婦人と、使用人が出掛けるのを確認してから、屋敷の裏口から侵入した。


幾つかの部屋へ入り、金目の物を物色した。


また別の部屋へ入る。


見つけた、金庫だ。


金庫を開けるには、四桁の番号が必要のようだが、解錠師には関係ない。


男は、金庫の鍵を解錠した。


金庫の扉を開くと、「分厚い本」が置かれていた。


―仕掛け箱―


金庫にしまう程の大切な本だ、金目の物に違いない。


解錠師の男は、その本を開いた。


そこには、「ヒクイドリの刺青」と、黒文字で書かれていた。 


「こそ泥が…」


いや、読んでいる暇はない。


解錠師の男は、分厚い本を床に置いた。


その奥の方には箱が見える。


腕輪はあの中か。


解錠師の男は、手を伸ばした。


今回も、簡単な仕事だった。


解錠師の男は、箱を掴んだ。


【グサッグサッ】


解錠師の男は、眼を見開いた。


一瞬の事で、何が起きたか理解出来なかったが、金庫の奥で何かが手に突き刺さっていた。


手を引き抜こうにも、金庫の内側の壁から突き出た幾つものの長い針が、手や腕の皮膚を突き破り交差して、動かすと痛くて抜けなかった。


手を金庫に突っ込んだまま、動けないのだ。


「嘘だろ…」


こそ泥の背後で、誰かが不敵な笑みを浮かべた。


そして、聞き覚えのある声は、聞こえてきた。


―役立たず―


「役に立たない解錠師だ、それはお前のようなこそ泥を捕らえる為に作られた拷問道具、中に配置された囮の箱が、固定された位置から、ずれると作動する、


手や腕を貫通する小指ほどの太さの長い針からは、腕を切断するか、外側から仕掛けを解除するしか逃れる術はない


自慢の足技も使えないな」


「…!」


そして、声は聞こえてきた。


【盗みの冠をかぶる者よ、その解錠師の腕は、盗みを働く為に親が授けたものではない、


自分の生きる道を、開く為にあるのだ、


だが、その腕を悪魔へ捧げれば、そこは牢獄、


逃れたければ、悪の根元となったのものを断て、


それはお前の、宝のような一部である】


それは、解錠師の腕のことだ。


目眩がする。頭がグラグラして、立ってもいられない。


黒い虫のようなブツブツが視界を覆っていく。


いい大人が、泣いている。


「わるいことをしたら…人はじごくにいく…いきたくない…しんだら…つれていかれる…おかあさん、おとうさん…たすけて…いやだ…」   


解錠師の男は、絶叫をあげた。


―鍵屋の秘密―


黒いローブの男は、解錠師の男から奪った鍵で、鍵屋へ侵入した。


鍵に関係する書物が、幾つも見つかる中、鍵のかけられた引き出しの中から、手帳を見つけた。


その手帳には、女占い師から受けた仕事の内容が細かく書かれていた。


そこには、「大自然愛護協会」の文字。


黒いローブの男は、その手帳をそこから持ち出した。


仕事を求めて、その腕を悪魔へ捧げた解錠師。


その囚人の腕には、大森林の竜鳥、


「ヒクイドリの刺青」が、無数の刺し傷の中、刻まれているという…。

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