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トナカイの刺青

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彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


もどきのサンタクロース


―雪の町―


ある診療所から抜け出した男がいた。


男は、その診療所の「患者」だった。


患者の男は、大人なのに幼稚。


誰かに思いを伝えようとしても、舌を噛んで会話遮断。


自分の言葉で足りなければ、長い時間をかけて絵を描いた。


それは「童心に帰る絵」


だからいつまでもみんなからは幼稚あつかい。


あぶないから、付き人つき。


患者の男は、雪の絨毯に足跡を残しながら呟いた。


「自分は幸せだけど、誰かを幸せにしたことは一度もない」


患者の男の眼が、涙でうるむ。


「苦労ばかりかけた」


患者の男は、裏路地に座り込むと、カバンにつもった雪を手で払い、中から灰色の画用紙を取り出した。


患者の男は、黒いクレヨンで自分を描いた。


そして、そこに肌色と赤を足す。


白い口ひげも忘れない。


おじいちゃんになるまで負けないように。


もう少しで完成。

  
患者の男は、完成した絵を いじわるな神さまに見せようとした。


すると、誰かがその絵を取り上げて言った。


「誰かを幸せにするのは、簡単な事だ、


幸せにしたと思い込めばいい」


見上げると、「黒いローブの男」が、患者の男の事を見下ろしていた。


その手には「分厚い本」


「お前が描いたその下手くそな絵は、どこかの病的な大富豪の老人の絵だ、


そいつは、金と薬の力を使って、誰かを幸せにしたと思い込んでいるが、


それは違う、


私から見れば、刺青を刻まれた罪人だ、


この分厚い本を読み解け」


患者の男は、うろたえていた。


「ふん、病的同士でも喋れないか、ならば、簡単に教えてやろう、


トナカイさんのページだ」


そう言うと、黒いローブの男は、分厚い本を置いて去って行った。 



患者の男は、分厚い本を受け取った。


そこには、「トナカイの刺青」と、黒文字で書かれていた…。


―子ども―


ある雪の日。


患者の男が、隣町の中を歩いていた。


いつもならただ寒いだけの町が、その日はクリスマスの絵画のように、宝石を散らして輝いていた。


患者の男が立ち止まった。


そこは、オモチャ屋だった。


硝子の向こう側には、オモチャが見える。


「いいな」と、患者の男と、誰かが呟く。


ふと、横を見ると、子どもがいた。


その子は、男の子。


硝子ケースに顔をくっつけて、オモチャを眺めている。


子どもには、オモチャを買う贅沢な金はない。


ならば盗めと悪魔は囁くが、子どもを泥棒にして、無理やり大人にしてやるのは、あまりにも可哀想。


代わりに盗んでくれる人がいれば、話は別だが、まだココにはいない。


患者の男は、オモチャにさよならと手を振り、オモチャ屋から離れた。


―行方不明―


患者の男が町中を歩いていると、冷たくなった壁に貼り紙が貼られていた。


「うちの息子を捜しています」


そこには、捜している息子の似顔絵。


読むと、その息子も、どこかの患者らしいが、他人事。


だが、見かけたら声だけでも。


…いや、声をかけるのは苦手だった。


患者の男は、貼り紙から離れた。


―思い込みの窓景色―


患者の男は、自分の家の付近まで帰ってきていた。


色々な景色を見てきたのに、帰る場所はここだった。


窓の向こう側に、母親の姿が見えた。


いつも苛立っていた母親が、娘夫婦に向かって、また怒っている。


また喧嘩がはじまる。


喧嘩の原因は、「誰かさんのせい」。


患者の男は、それを見て、逃げ出した。


―逃亡雪―


患者の男は、雪の町の中を逃げた。


カバンをはげしく揺らしながら逃げた。


そして、どこからか、声は聞こえてきた。


【もどきのサンタクロースよ、お前が今まで見てきた不幸な者たちに、幸せを贈るのだ、


金のない子どもには、硝子の向こう側のオモチャを、


息子さがしの夫婦には、帰らない息子を、


かぞくには、安心感を、】


患者の男は、その背中に、トナカイの刺青を浮かばせながら、絶叫をあげた。


―無邪気な子ども―


ある朝。


何人かの子どもたちが歓喜の声をあげた。


枕元にオモチャと手紙が置いてあったのだ。


だが、喜ぶ子供もいれば、親に、僕はお人形遊びなんてしないよ、と口うるさい子もいた。


だが、子どもたちの両親は、抉じ開けられた玄関の扉を見て、頭を抱えたり、震えていた。   


もちろん、オモチャ屋の店主も同じ気持ちだ。


大人は、これからが辛かった。


―息子と同じに―


ある夫婦の家では、貼り紙を貼りに出掛けた夫婦が行方不明になった。


貼り紙には、「会えたようです」の文字。


帰らない息子には、鉄パイプ後頭部に喰らわして、帰らない夫婦だった。


―いなくなる安心感―


そして、喧嘩ばかりする あの家族には、絵が届いた。


「サンタクロースの絵」


母親は、それを見た。


辺りを見回すが、そこに彼はいない。


それが、彼なりの贈り物だった。


―もどき―


誰かを幸せにする為に、贈り物を贈り続ける「もどきのサンタクロース」


母親や姉は、彼がいなくなったと泣くが、彼はおじいちゃんになるまで負けないつもりだ、


そんな彼の背中には、角の折れた「トナカイの刺青」が、ひとりぽっちで刻まれているという…。
 
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