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アシカの刺青

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彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


アシカの刺青


びっくりハウス


落ちぶれた芸人たちから


―百眼のジャグラー 


―海岸の舞台で―


ある島国に、曲芸師がいた。


男は、「ボールの曲芸師」で、海岸を思い浮かばせる舞台小屋で、人魚のような衣装で働いていた。

 
今夜も、舞台小屋へと集まった観客たちに、お得意の技を披露する。


観客席が人間で埋まると、一番目の曲芸師の舞台が始まった。


銀色の鎌を扱う曲芸だ。


鎌が、愛嬌をふりまくイルカのように踊った。


二番目の曲芸は、軟体ダンス。


顔色の悪いタコが、くねくねと、手足、腰をありえない方向へと曲げる。


上から押し潰しても平気な顔をしていた。


これが終われば、男が得意とする「ボールの曲芸」が始まる。


男は、四個のボールで、お得意のジャグリングを披露した。


三個、空中で回転木馬。


一個、眉間でアシカキャッチ。


観客たちは、男へ拍手を浴びせた。


男は、この感覚が幸せだった。
  

「もっと観客の眼を集めていたい」


そう思うが、男の出番が終わった。


男が、舞台裏へ帰ろうとすると、四番目の曲芸師とすれ違った。


彼は、この舞台小屋で、一番人気の曲芸師。


その手には、四個のボールが握られていた


男よりも、優れた曲芸が披露させる。


男が、舞台裏にいると、観客の拍手が聞こえてきた。 


それは、耳障りで妬ましい拍手だった。

 
男の顔に、悔しさが宿った。

 
男は、昼の海岸で、ジャグリングの練習を重ねた。


だが、いくら練習を重ねて舞台の上で披露しても、彼の一番人気は変わらなかった。


男は、一番人気の彼の事が、妬ましかった。


―海岸から―


男は、どこまでも続く海を眺めながら悩んでいた。


いつかは、あの舞台小屋のボールの曲芸師がひとりになり、自分は、あの舞台小屋から追い出されて、誰からも見てもらえなくなるのではないか、と。

 
そう思うと、自分が白い砂の上でうつ伏せで眠っている姿が見えた。


空は、群がるカラス色だった。


そうなるわけにはいかない。
  
 
だが、どうすればいいのだろうか?


男が悩んでいると、後ろから「黒いローブの男」が呟いた。


「嫉妬心で狩り取るのだ」


黒いローブの男は、男へ言った。


「正面からの戦いに勝てないのであれば、背後から忍び寄り、暗い海の底へと引きずり込めばいい」


黒いローブの男は、男へと「分厚い本」を手渡すと、分厚い本を読み解くように伝えた。


男は、分厚い本を開いた。


そこには、「アシカの刺青」と、黒文字で書かれていた…。


―駄目アシカ―


ある日のこと。


男は、舞台の上でボールをこぼした。


観客の眼が真っ暗になった。


男は、舞台が終わると、舞台小屋の支配人の家へ呼び出された。


支配人は、男へ言った。


真面目にやらないのであれば、もう舞台には上がらなくてもいい、と。


男は、言葉を失った。   


それからは、失敗が続いた。


観客の眼は、同情の眼に変わった。


男は、他の曲芸師たちとすれ違う度に思った。


「自分は、観客の眼を集められない、サーカスのアシカのようだ」と。  


男が、舞台裏の椅子に腰掛けて、俯いていると、どこからか声が聞こえてきた。


【百眼のジャグラーよ、観客の眼を集めたければ、商売敵を狩り取るのだ、


そうすれば、商売敵を見ていた眼は、お前を見るようになるだろう】


男は、眼を見開いた。


―不幸な知らせ―


ある日のこと。


舞台裏へ集められた曲芸師たちは、支配人から、不幸な知らせを聞かされた。


ボールの曲芸師である彼が、行方不明らしい。


曲芸師たちは、不安そうに互いの顔を見合わせた。


仲間がいなくなったと生臭い台詞を吐く奴もいたが、ほとんどの曲芸師が、こう思っていた。


商売敵が減った、と。


男は、舞台に上がった。


いつものジャグリングを披露した。


やはり、ボールをこぼすが気にしない。


観客の眼は、男へと集まっていた。


その眼の数は、日に日に増えた。
     
   
それは、同情、疑い、浮気、様々な眼。


外を歩いていると、常に誰かに見られている気がした。


「やはり、人気者だ」


男は、家に帰り、ボールでジャグリングをした。


一番人気になれた気でいた。


―百眼のジャグラー―
 

ある日。


男は、支配人の家へと呼ばれた。


テーブルに金を出されて、舞台小屋から去るように言われた。


なぜ、一番人気が捨てられたのか、男には疑問だった。


眼を集めるという意味は、こうではなかったのだろうか。


ん? 眼を集める?


ああ、眼を集めたらいいのか。


男は、眼を集める事にした。


きつい支配人の眼に、こそこそとした眼。


忍び寄り…くりぬく。


だが、くりぬいたら、どの眼も、同じに見えた。


これを集める、そう、自分へ。


集めた眼は、自分の身体には、なかなかくっつかないから、長い糸で飾り玉のように繋げた。


それを身体中にグルグルと巻き付けて…


出来た。


男は、鏡に映る「百眼のジャグラー」を見つけた。


それは、身体中を 多くの眼で飾った 眼の化け物。


百眼のジャグラーの身体中に巻き付けられた眼は、もう二度と閉じない。


「この容姿なら、きっと見てくれる」


化け物は、そこで、涙こぼれる久しい笑顔をみせた。
 

そして、家から出て行った。


優しい誰かが、「疲れただろう」と迎えてくれる場所を求めて。


―暗い海の底―


しばらくして、黒いローブの男が、化け物が出て行った家の裏にある倉庫の鍵をこじ開けていた。


開いた空間は、ガラクタが沈む、暗い海の底のよう。


中には、行方不明の「彼」が倒れていた。   


その両手は、真っ暗で見えない。


それでも、久しい光を見て、彼は生きていた。


黒いローブの男は、彼へ言った。


「他人より優れるという事は、こういう事だ」と。


…。


一番人気を求めて、多くの眼を集めた百眼のジャグラー、


その左右の手のひらには、


海岸の曲芸師、「アシカの刺青」が、


天を仰いで刻まれているという…。

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