70 / 79
アシカの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。
おぞましい魔獣の刺青が…。
アシカの刺青
びっくりハウス
落ちぶれた芸人たちから
―百眼のジャグラー
―海岸の舞台で―
ある島国に、曲芸師がいた。
男は、「ボールの曲芸師」で、海岸を思い浮かばせる舞台小屋で、人魚のような衣装で働いていた。
今夜も、舞台小屋へと集まった観客たちに、お得意の技を披露する。
観客席が人間で埋まると、一番目の曲芸師の舞台が始まった。
銀色の鎌を扱う曲芸だ。
鎌が、愛嬌をふりまくイルカのように踊った。
二番目の曲芸は、軟体ダンス。
顔色の悪いタコが、くねくねと、手足、腰をありえない方向へと曲げる。
上から押し潰しても平気な顔をしていた。
これが終われば、男が得意とする「ボールの曲芸」が始まる。
男は、四個のボールで、お得意のジャグリングを披露した。
三個、空中で回転木馬。
一個、眉間でアシカキャッチ。
観客たちは、男へ拍手を浴びせた。
男は、この感覚が幸せだった。
「もっと観客の眼を集めていたい」
そう思うが、男の出番が終わった。
男が、舞台裏へ帰ろうとすると、四番目の曲芸師とすれ違った。
彼は、この舞台小屋で、一番人気の曲芸師。
その手には、四個のボールが握られていた
男よりも、優れた曲芸が披露させる。
男が、舞台裏にいると、観客の拍手が聞こえてきた。
それは、耳障りで妬ましい拍手だった。
男の顔に、悔しさが宿った。
男は、昼の海岸で、ジャグリングの練習を重ねた。
だが、いくら練習を重ねて舞台の上で披露しても、彼の一番人気は変わらなかった。
男は、一番人気の彼の事が、妬ましかった。
―海岸から―
男は、どこまでも続く海を眺めながら悩んでいた。
いつかは、あの舞台小屋のボールの曲芸師がひとりになり、自分は、あの舞台小屋から追い出されて、誰からも見てもらえなくなるのではないか、と。
そう思うと、自分が白い砂の上でうつ伏せで眠っている姿が見えた。
空は、群がるカラス色だった。
そうなるわけにはいかない。
だが、どうすればいいのだろうか?
男が悩んでいると、後ろから「黒いローブの男」が呟いた。
「嫉妬心で狩り取るのだ」
黒いローブの男は、男へ言った。
「正面からの戦いに勝てないのであれば、背後から忍び寄り、暗い海の底へと引きずり込めばいい」
黒いローブの男は、男へと「分厚い本」を手渡すと、分厚い本を読み解くように伝えた。
男は、分厚い本を開いた。
そこには、「アシカの刺青」と、黒文字で書かれていた…。
―駄目アシカ―
ある日のこと。
男は、舞台の上でボールをこぼした。
観客の眼が真っ暗になった。
男は、舞台が終わると、舞台小屋の支配人の家へ呼び出された。
支配人は、男へ言った。
真面目にやらないのであれば、もう舞台には上がらなくてもいい、と。
男は、言葉を失った。
それからは、失敗が続いた。
観客の眼は、同情の眼に変わった。
男は、他の曲芸師たちとすれ違う度に思った。
「自分は、観客の眼を集められない、サーカスのアシカのようだ」と。
男が、舞台裏の椅子に腰掛けて、俯いていると、どこからか声が聞こえてきた。
【百眼のジャグラーよ、観客の眼を集めたければ、商売敵を狩り取るのだ、
そうすれば、商売敵を見ていた眼は、お前を見るようになるだろう】
男は、眼を見開いた。
―不幸な知らせ―
ある日のこと。
舞台裏へ集められた曲芸師たちは、支配人から、不幸な知らせを聞かされた。
ボールの曲芸師である彼が、行方不明らしい。
曲芸師たちは、不安そうに互いの顔を見合わせた。
仲間がいなくなったと生臭い台詞を吐く奴もいたが、ほとんどの曲芸師が、こう思っていた。
商売敵が減った、と。
男は、舞台に上がった。
いつものジャグリングを披露した。
やはり、ボールをこぼすが気にしない。
観客の眼は、男へと集まっていた。
その眼の数は、日に日に増えた。
それは、同情、疑い、浮気、様々な眼。
外を歩いていると、常に誰かに見られている気がした。
「やはり、人気者だ」
男は、家に帰り、ボールでジャグリングをした。
一番人気になれた気でいた。
―百眼のジャグラー―
ある日。
男は、支配人の家へと呼ばれた。
テーブルに金を出されて、舞台小屋から去るように言われた。
なぜ、一番人気が捨てられたのか、男には疑問だった。
眼を集めるという意味は、こうではなかったのだろうか。
ん? 眼を集める?
ああ、眼を集めたらいいのか。
男は、眼を集める事にした。
きつい支配人の眼に、こそこそとした眼。
忍び寄り…くりぬく。
だが、くりぬいたら、どの眼も、同じに見えた。
これを集める、そう、自分へ。
集めた眼は、自分の身体には、なかなかくっつかないから、長い糸で飾り玉のように繋げた。
それを身体中にグルグルと巻き付けて…
出来た。
男は、鏡に映る「百眼のジャグラー」を見つけた。
それは、身体中を 多くの眼で飾った 眼の化け物。
百眼のジャグラーの身体中に巻き付けられた眼は、もう二度と閉じない。
「この容姿なら、きっと見てくれる」
化け物は、そこで、涙こぼれる久しい笑顔をみせた。
そして、家から出て行った。
優しい誰かが、「疲れただろう」と迎えてくれる場所を求めて。
―暗い海の底―
しばらくして、黒いローブの男が、化け物が出て行った家の裏にある倉庫の鍵をこじ開けていた。
開いた空間は、ガラクタが沈む、暗い海の底のよう。
中には、行方不明の「彼」が倒れていた。
その両手は、真っ暗で見えない。
それでも、久しい光を見て、彼は生きていた。
黒いローブの男は、彼へ言った。
「他人より優れるという事は、こういう事だ」と。
…。
一番人気を求めて、多くの眼を集めた百眼のジャグラー、
その左右の手のひらには、
海岸の曲芸師、「アシカの刺青」が、
天を仰いで刻まれているという…。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
【完結】シリアルキラーの話です。基本、この国に入ってこない情報ですから、、、
つじんし
ミステリー
僕は因が見える。
因果関係や因果応報の因だ。
そう、因だけ...
この力から逃れるために日本に来たが、やはりこの国の警察に目をつけられて金のために...
いや、正直に言うとあの日本人の女に利用され、世界中のシリアルキラーを相手にすることになってしまった...
死者からのロミオメール
青の雀
ミステリー
公爵令嬢ロアンヌには、昔から将来を言い交した幼馴染の婚約者ロバートがいたが、半年前に事故でなくなってしまった。悲しみに暮れるロアンヌを慰め、励ましたのが、同い年で学園の同級生でもある王太子殿下のリチャード
彼にも幼馴染の婚約者クリスティーヌがいるにも関わらず、何かとロアンヌの世話を焼きたがる困りもの
クリスティーヌは、ロアンヌとリチャードの仲を誤解し、やがて軋轢が生じる
ロアンヌを貶めるような発言や行動を繰り返し、次第にリチャードの心は離れていく
クリスティーヌが嫉妬に狂えば、狂うほど、今までクリスティーヌに向けてきた感情をロアンヌに注いでしまう結果となる
ロアンヌは、そんな二人の様子に心を痛めていると、なぜか死んだはずの婚約者からロミオメールが届きだす
さらに玉の輿を狙う男爵家の庶子が転校してくるなど、波乱の学園生活が幕開けする
タイトルはすぐ思い浮かんだけど、書けるかどうか不安でしかない
ミステリーぽいタイトルだけど、自信がないので、恋愛で書きます
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
【改稿版】 凛と嵐 【完結済】
みやこ嬢
ミステリー
【2023年3月完結、2024年2月大幅改稿】
心を読む少女、凛。
霊が視える男、嵐。
2人は駅前の雑居ビル内にある小さな貸事務所で依頼者から相談を受けている。稼ぐためではなく、自分たちの居場所を作るために。
交通事故で我が子を失った母親。
事故物件を借りてしまった大学生。
周囲の人間が次々に死んでゆく青年。
別々の依頼のはずが、どこかで絡み合っていく。2人は能力を駆使して依頼者の悩みを解消できるのか。
☆☆☆
改稿前 全34話→大幅改稿後 全43話
登場人物&エピソードをプラスしました!
投稿漫画にて『りんとあらし 4コマ版』公開中!
第6回ホラー・ミステリー小説大賞では最終順位10位でした泣
ヘリオポリスー九柱の神々ー
soltydog369
ミステリー
古代エジプト
名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。
しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。
突如奪われた王の命。
取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。
それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。
バトル×ミステリー
新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる