他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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バクの刺青

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彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


落ちぶれた芸人たちから


―顔芸人バク

 
―灯り灯らない街灯下―


ある男がいた。


男は、白黒の面をつけた「大道芸人」


夜も、灯りが灯らない街灯下(がいとうした)は、彼の小さな舞台だった。


男は、そこで様々な芸を披露した。


はじめは、ジャグリング。


四個の玉が宙で円を描く。


成功する日もあれば、失敗する日もあった。


誰かが整った高い鼻で笑う。


才能不足だ、と。


ボールがあちこちに転がった。


コツも、ボールも、客の心と同じで簡単には掴めない。


幼い客がボールを拾い上げてくれるが、恥ずかしかった。


次に披露したのは、どこかのピエロが得意とした紙切り絵だった。


なれない紙切りバサミでは、彼のようには、紙を切れない。


スパッと、紙ではなく指を切った。


男は、指の頭から出る血を見て、失神した。


目覚めたら、客はひとり。


用意していた金貨入れのコップも、数少ない中身を盗まれて、くず箱へと捨てられていた。


男は、悲しくなった。


商売道具をカバンの中へと片付けて、裏通りで白黒の面を外した。


寂しい白黒の面が、男の顔を見て、ニヤリと笑う。


男は、唇を噛みしめて、眼に涙を浮かべた。 


つぶれた泣き顔は、なんとも不細工。


だが、大道芸人には嬉しい「面白い顔」だった。


―駄目だし―


パン、パン、と拍手が聞こえてきた。


見ると、「黒いローブの男」が、男へと拍手を送っていた。


黒いローブの男は、男へと言った。


「笑い方を知らない者に、他人を笑わす事など、不可能」だと。


その言葉が胸へと突き刺さる。

 
男は、真っ赤になっていく眼の中に、自分の過去を浮かべた。


そこには、顔面を 「バクと言われた」不幸な少年が映っていた。


―バク少年―


檻のような遊び部屋の中。


少年は、遊び相手がいないからと、ひとり芝居をしていた。


よく親にも笑われたひとり芝居。


親も笑えば、友だちも笑う。


きっと、この垂れた長い鼻のせい。

 
嫌な気持ちがつもる。


少年は、檻の外へと抜け出した。


しばらく走って、歩いていると、人だかり。


その奥には大道芸人がいた。


笑顔を絶やさない大道芸人。


きっと、心が強いんだと思った。


少年は、あの人みたいになれば、「笑われても、笑える」と思った。


―男は呟いた。


「笑顔が欲しい」と。


「ならば、これを読み解け」


黒いローブの男は、男へ、分厚い本を差し出した。


男は、手渡された分厚い本を開いた。


そこには、「バクの刺青」と、黒文字で書かれていた…。


―弱さを強さへ―


黒いローブの男が去った後。


男は、裏通りの壁を背にして、床へと座り込み、分厚い本を黙読した。


そこには、黒いローブの男が言う通りに、自分と同じ悩みを抱えた大道芸人の物語が書かれていた。


その大道芸人は、顔を武器にする。


弱さを強さへと変える。


男は、ある文章を読み上げた。


【顔に恵まれた大道芸人よ、


その顔は不幸で、使い方によっては幸運である、   


客を笑わせることで、自分を笑わせる覚悟はあるか?


お前と客が笑わなければ、


芸の道は途絶える、


お前だけが持つ折れた武器で笑え】


男は、分厚い本を閉じた。



―鏡前の努力―


男は家に帰ると、芸の練習に使う鏡の前に立った。


普段ならば、ここで白黒の面をつけるが、今回は、つけない。


鏡には、辛そうな顔をしたバク人間が映る。


あの分厚い本に書かれていた「折れた武器」とは、失礼だが、この顔のこと。


客に顔を見せなくては。


ならば、次に披露するのは一人芝居がいい。


あれは、よく顔の表情を変える。


それに、親にも友だちにも、よく笑われた。


客だって同じだ。

 
男は、鏡の前で、ひとりで何役も演じた。


女役も、はたから見れば気持ち悪いだけ。


だが、真面目に演じた。


まるで、似てないモノマネ劇。


全てがむなしい。


だが、これを客の前で披露すると、自分と客とでは、反応が違うかもしれない。


男は、久しぶりに努力した。


―ハエたかる街灯下―


街灯下の舞台。


客が言う。


「いつもとは違う、面白い顔の奴がいる」 


客がハエのように集まってくる。
 

客は、その面白い顔と、真面目なひとり芝居を見て笑った。


(これは笑わせているのか、笑われているのか)


男は、自分が、客たちを笑わせていると、思い込むようにした。


―顔芸人バク―


男は、「顔芸人バク」と呼ばれた。
 

名前の由来は、顔がバクに似ているから。
 

顔芸人バクは、街中で人気者になった。


その面白い顔を見たさに、各国から客が集まった。


街灯下から、お笑いテントハウス。


劇場で笑われる毎日。

 
コップの中の金貨もあふれた。


だが、時々聞こえてくる声には、耳をふさぎたくなった。


「なんだか可哀想」


男は、悲しくなった。


夜の家。


そういえば、ここ数日、自分は笑えていない。


あの分厚い本には書かれていた。


「お前と客が笑わなければ、芸の道は途絶える」


自分も笑わなくては。


だが、どうすれば笑えるのだろうか。


心から笑った事など、この5本指の数より少ない。


男は、分厚い本を開いた。


そこには、あの大道芸人の最期が、こう書かれていた。


「同じ悩み抱えた芸人たちは、びっくりハウスへ、そこでは、落ちぶれた芸人たちが、閉じ込められた客を見て笑う、足を踏み入れたら戻れないが、戻る気も失せる、笑顔が欲しいから、わたしはここにいる」


何かがページの間に、はさまっている。


小さく折り畳まれた地図である。


開いてみる。


バツ印の付いた目的地は、かなりの距離だが、時間は沢山ある。
 

顔芸人バクは、地図の場所へと向かって歩いた。


―びっくりハウス―


びっくりハウスと呼ばれる大きな家。


それは、せわしい町から離れた場所に建っていた。


家の前で、家の主が迎えてくれた。


柔らかい顔のおばさんである。


「ようこそ、びっくりハウスへ、


あとの子たちも、もう間もなく到着予定、


さあ、こちらへいらっしゃいな」


「疲れただろう」


顔芸人バクは、そこで新しい扉を開いた。


その顔は、くしゃりとした、涙こぼれる笑顔だった。


―長い旅のあと―


どこかの田舎町にひっそりと建つびっくりハウス。


そこには、「三人の落ちぶれた芸人たち」と、「主の女」がいる。


彼等が求めるのは「笑顔」


他人の笑顔よりも、綺麗事なしの、自分たちの笑顔である。


もしも、不運にもびっくりハウスに足を踏み入れたら、壁にかけられた悲しげな絵画に注意する事。


顔芸人バクは、絵画の中にある隠し部屋の中で息をひそめ、客が絵画の前を通る時を待ち、いきなり絵画を突き破り、


笑いながら追いかけてくるのだから。


笑われる事よりも、自分が笑う事を選んだ顔芸人バク、


その長く垂れた鼻には、


水浸しの化石、


「バクの刺青」が、満足げに刻まれているという…。

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