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ハクニー・ポニーの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。
おぞましい魔獣の刺青が…。
「ハクニーの刺青」
「ポニーの刺青」
罪轢きの脚(つみひきのあし)
麻薬運びの女
―脚―
大都市と田舎道の狭間には、数台の馬車が行き交いし、それは「脚」と呼ばれて、歯車のように動いていた。
ある男も、その脚の一人だった。
―乗せるモノ―
男は「御者」だった。
人や、荷物の運送を生業とするその男は、その日、最後の荷物を運び終えると、古く汚れた馬車へと戻り、愛馬の視界を狭めていた遮眼革(しゃがんかく)を取り外し、深く、愛馬の身体を撫でた。
そして、どんなに拭いても消せない、車輪の汚れを、悪人の眼で睨んでいた。
―轢き逃げ馬車―
数日前。
この男の走らせていた馬車が、男の不注意で、ある麻薬売りの女を轢いた。
男は、慌てた様子で馬車から飛び降りると、女に駆け寄り、女を医者のもとへと連れて行こうとした。
だが、女が、生きている事が分かると、罪の重さを感じてしまったのか、女を見捨てて、自分ひとりで馬車へと戻っていった。
そして男は、覚悟を決めて、手綱を握りしめた。
この時。男は、自らを馬に例えたという。
悪魔の御者に操られた、遮眼革を装着された馬に。
男は、女を、もう一度「轢いた」
そして、まだ息をしているかもしれないと、二度も女を「轢き殺した」
車輪にその痕が遺され、罪を乗せたことも知らずに…。
その女のつぶれた背中には、小さな運び馬「ポニー」の刺青が刻まれていた…。
―麻薬売りの女と、その氷上の主―
ズタズタに轢き殺された女の死体を見下ろすのは、その女の主で、「氷上の主」と恐れられる「極寒の地」を縄張りとする、異常な犯罪組織のボス、「白服の男」だった。
「しかし、哀れな運び馬だ、仕事が欲しいからと泣き付かれて、仕方がなく麻薬売りとして使ってやったが、薬漬けにして殺す前に、轢き殺されて終わったか」
白服の男は、女の死体の処理を部下たちに任せると、不気味な笑みを浮かべて、次の命令を下した。
「あの御者の脚は使える、生け捕りにしろ」と。
その全身には、氷上の拷問官長「ヒョウアザラシの刺青」が刻まれていた。
―罪轢きの脚―
白服の男の手によって、「罪轢きの脚」となった男は、この人生から逃げ出したくてたまらなかった。
何故ならば、白服の男の命令の通りに「人」や「荷物」を運ばなくては、白服の拷問官らから、きつい拷問を受けるからだった。
拷問は覚めない悪夢。
氷のように冷たい牢の中で、丸裸にされ、両手を上げた状態で、丸く、足場の狭い台の上へと数時間立たされる。
少しでもふらつけば、男であろうと、男色を好む白服の拷問官らに、締まった穴を何度も犯されるのだ。
男は、これを酷く恐れた。
だから必死で働いた。
罪轢きの仕事は、自身の人間性を代償に続いた。
馬車で、客人である誘拐魔を乗せて、誘拐の手助けを行い、馬車の中でその行いを「見て見ぬふり」をし、目的地へと運んだ。
救えた者たちの悲痛な叫びを無にして。
―黒の助言―
男が馬車の汚れを湿らせた布で拭き取っていると、男の背後で誰かが耳元に囁いてきた。
「その汚れは決して拭き取れない」と。
男が、驚いて振り返ると、「黒いローブの男」は、分厚い本を抱えて、男に言った。
【手綱で操られた奴隷馬よ、
その眼に装着された遮眼革からは決して逃れられない、
だが、罪滅ぼしならばできる、
得意の誘拐ではなく、
はじまりの轢き殺しで…】
男は、黒いローブの男の助言に耳を傾けた。
そして、手渡された分厚い本の、「ハクニーの刺青」と書かれたページを、よく読み解くようにと伝えられた。
そこにはこう書かれていた。
「狂気には、狂気で対抗せよ」と。
―罪轢き―
深夜。
男の仕事は、やはり、誘拐魔らの手助けだった。
男は、目的地で誘拐魔を乗せると、馬車をゆっくりと進めて、虚ろな眼で前方だけを見つめていた。
男の後方で、誘拐魔の男が、今夜の獲物には酒で酔いつぶれた女がふさわしいと言うが、この男にとって、それは、もはやどうでもいい事だった。
これから死ぬのである。
男が、馬車を止めると、誘拐魔が標的の女に近付こうと、にやけながら馬車から降りた。
男は、馬車の前方を歩いて行く誘拐魔を視界にとらえると、手綱を握りしめて、冷酷に呟いた。
これが罪轢きだ、と。
―轢き殺し事件―
その後。
奇妙な轢き殺し事件が、あの白服の支配下にある、「極寒の地」以外で多発した。
ある者の目撃証言によると、犯人らしき「御者」は、遮眼革で自身の視界を狭めており、その犠牲者の何れもが、「誘拐魔」などの「異常犯罪者」で、
何かに怯えているのか、罪轢きを終えると、必ず絶叫をあげるという。
「罪轢きの脚」と呼ばれ、
犯罪者から恐れられる存在となった御者、
その御者の脚には、服従の奴隷馬、「ハクニーの刺青」が、皮膚を駆けるように刻まれているという…。
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