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ココウモリ・ミドリハチドリ・ヒラオヒルヤモリ・ブームスラングの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。


「ココウモリの刺青」


「ミドリハチドリ刺青」


「ヒラオヒルヤモリの刺青」


「ブームスラングの刺青」


―花摘みの旅行者と擬態令嬢―


美しい花が咲き乱れるその大都市に、ある男たちがやってきた。


男たちの目的は「花摘み」


花を摘み取り、それを他国に売り流すのが目的だった。


どの花も摘み取るのは容易い。


花摘みの男が標的の花を見つけると、花のもとへと近寄り、優しく微笑み、甘い言葉を囁く。


花が風に揺られるとそれは好機で、あとは風のように流されて、それで終わりだった。


時に優しく、時に恐ろしい男たちは、その後も花摘みを繰り返し、花たちを金に変えて生きてきた。


だからだろう。


この三人の男たちも選ばれた。


あの「分厚い本」に…。

 
―曖昧酒場―


ある夜。


三人の男たちがいつものように酒を飲み交わしていると、黒いローブの男が「分厚い本」を手にして近付いてきた。


だが、酒に酔わされた男たちに警戒心など無かった。


見ず知らずの男を歓迎してしまうくらいである。



黒いローブの男は、そんな三人の男たちの隣に腰掛けると、


目の前のカウンターの上に分厚い本を開いた状態で置き、


三人の男に、今後の人生の参考として、分厚い本を読み解くように伝えた。


だが、酒に酔っている三人の男に、その声は届かない。


黒いローブの男は、男たちの顔を見つめながら、不敵な笑みを浮かべると、男たちにひとつ忠告した。



「愚かな男根も、また、摘まれる」と。



-花の気持ち-



その翌朝。


三人の男たちが、酒に酔い潰れていた身体を起こして、カウンターに手をつくと、カウンターの上にあるものを見つけた。


それは酒に濡れているようで、濡れていない「分厚い本」だった。


ひとりの男が、その分厚い本を手に取ると、そこに書かれた黒文字を読み上げた。


「花摘みの旅行者、ココウモリの刺青」


「なんだそれ」


「動物図鑑か」


「いや、違うと思う」


「でもよ、ここにもミドリハチドリの刺青と、ヒラオヒルヤモリの刺青って書いてあんぞ」


「本当だ、まぁ、どうせ暇だし、たまには読んでみるか、本ってやつを」


えーなになに


…ある大都市に、女の子ばかりに悪戯をする怖いお兄さんたちがいました、


お兄さんたちは、汗水垂らして働くのが大嫌いで、楽して儲けることばかり考えていました、


お兄さんたちは、女の子に乱暴ばかりします、 


乱暴して飽きたら、それを違うおじさんたちに売ろうとします、


女の子たちは泣いていました、


まるで鳥籠の中の小鳥さんたちのようです、


また昨日、女の子が売られました、


その女の子は港の倉庫の中にいました、


女の子が助けてと叫ぶと、誰かが扉を開いてくれました、


それは優しい顔をした黒いローブのお兄さんでした、


そのお兄さんは女の子に言いました、


親のもとへとお帰り、そして、本当のことを言いなさいと、


女の子は泣きながらお家に帰りました、


女の子のおうちにはまた怖いおじさんやお兄さんたちがいました、


でも女の子にとって、その怖いおじさんたちは家族でした、


だから、怖がったりはしません、


ただ、嬉しくて泣くだけでした、


その人たちはお父さんのお友だちで、


お仕事は、死体のお掃除らしいです、


お父さんもお友だちも女の子のことを心配していました、


そして、我が子の身体を見て、怒りました、


うちの子をよくも傷付けたなと、カンカンです、


その夜、女の子のお家のお庭に、赤と白の液体をいっぱいつけられたお兄さんたちが三人連れてこられました、


お兄さんたちは女の子が泣いていた以上に泣いています、


今も泣き続けています、


ごめんなさい、もうしませんから、お家に帰してください、と


「その三人の頬には…」


「もう読むな!!」


「おい、なんでだよ」


「これぜんぶ、俺たちのことだ、あの女、とんでもねぇ家柄の娘だったんだ、逃げねぇと、この通りになっちまう」


三人の男たちが急いで酒場から逃げ出そうとすると、出入口の鍵が内側からかけられ、閉じ込められた。


「おい、なんだよ、これ」


「それよりも酒場の亭主もいねぇし、なんか変だぞ」


男たちが出入口の扉に椅子をぶつけて、破壊しようとすると、ひとりの男が分厚い本を再び開いた。


「なんでまた開くんだよ」


「お前は黙ってろ!!」


【無抵抗な花たちを摘み取り、それを吸い付くし、踏みにじる愚か者たちよ、それらの花には帰る場所があり、咲き続ける意味がある、不幸の花を散らし、そのイバラに絡まれるがいい、だが、命が惜しければ花のように無抵抗を貫き、萎れるまで待て、あの女たちがそうして痛みに耐えたように】


三人の男たちは絶叫した。


-イバラの鳥籠-


三人の男たちが、ようやく泣き止むと、強面の男たちが部屋から出ていき、女の子だけが、部屋に残された。


「ねぇ、黒いローブのお兄さん、


わたしね、あなたに助けてもらったこと、後悔してないわ、


でもいつか不幸になって、


あんな風に萎れた時、


ほんの少しだけ、あなたを恨みそうな気がする」


女の子はそう呟いて、その頬に深緑に擬態する「ブームスラングの刺青」を刻むと、頭上でカラカラとゆっくりと回転する「イバラの鳥籠」を見上げ、その鳥籠に繋がれた鎖を3本とも 無表情で握りしめ、鳥籠を揺らした。


もう二度と花を摘めないように。


…イバラの鳥籠により、全身の皮膚を突き破られた三人の男たち、


その性欲に満ちた裸体には、蜜食動物の代表格、


「ココウモリの刺青」


「ミドリハチドリ刺青」


「ヒラオヒルヤモリの刺青」 が、こちらに向かって叫ぶように刻まれているという…。
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