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シャムネコの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。


 シャムネコの刺青


―五人のイカれ貴族から

魔獣園の管理者 冷酷少女―


 「えー、もう殺られちゃったの?


だから言ったでしょ、お兄さまたちは、人間を痛めつけるだけで、人間を殺すのがヘタクソだって、


えっ?お母さま?


お母さまもダメよ、お母さまも血風呂に浸かりたいだけなんだもん、


えっ?じゃあお前がいけって?


うーん相変わらずお父さまも人使いが荒いわね、


まあ、いいわ、


わたしも、お父さまのおかげで、楽しく殺れてるし、


次、わたしがいくわ、


だけど、約束はちゃんと守ってよね、


狩りの最中は、わたしの縄張りに入らないこと、


いいわね?


もしも約束を破ったら、


お父さまの、その臭そうな頭を引っこ抜いて、


この子たちのボールにしちゃうから」


―冷酷少女―


玉座のような車椅子に腰掛けて、島の内部を巡回するのは、三番目の標的である「冷酷少女」だった。


今回の標的の中では、少女ということで弱者の部類に入る彼女だが、彼女を狩り取る上で脅威となるのは、その扱う特殊武器の厄介さと、彼女を守る「飼い猫たちの存在」


飼い猫といえば一瞬可愛く聞こえるのだが、彼女が飼っているのは、ただの猫ではなく猫科の猛獣たちで、そのような猛獣たちの身体に特殊な兵器を突き刺して造り出した猛獣兵器…つまり「魔獣」


彼女の攻撃範囲内に一歩でも足を踏み入れれば、それらが一斉に眼を光らせ、猛攻撃を受けるのは間違いない。


そうなれば、かなり危険である。


だが、脅威となる魔獣たちも、見方を変えれば、彼女を狩り取る鍵にもなる。


元は動物の魔獣たち。


「生き餌」をちらつかせれば、その野生本能は充分に利用できる。


幸い、今回の狩り場は、「魔獣園」と呼ばれる広い庭園内で、その内部には「監視塔」という避難場所も存在し、邪魔者となる「用心棒」もいない。


つまり、この魔獣さえどうにかすれば、少女の扱う厄介な武器を弓矢で撃ち落とし、少女本体を狩り取れるというわけだ。


だが、そのような作戦も、この男の協力なしでは行えなかった。


生き餌でもある男娼の身体は、もう既にボロボロだった。


―生き餌は使えない―


サディスト兄弟の弟に捕獲され、負傷した男娼は、もう使えなかった。


念のために携帯させておいた「拳銃」も、弟から逃げる際にどこかに落としてしまったのか、手には握られていなかった。


黒いローブの男は、男娼をその場に置いて行動を開始した。


あの生き餌が使えないのならば、今度の生き餌は、自分自身だ、と。


黒いローブの男は、「檻の遊園地」を通り抜けると、次の標的が待ち構える「魔獣園」の出入口で足を止め、「分厚い本」を開いた。


そこには「シャムネコの刺青」と黒文字で書かれていた…。


―魔獣園―


そこは魔獣園と呼ばれる「どうぶつ園」だった。


元は、動物鑑賞を行う為に造られた庭園だったが、現在は、少女と魔獣たちの縄張りとなっていて、動物園としてはあまり機能していなかった。


時々、魔獣鑑賞に、来訪する貴族の客がいるのだが、「少女の気まぐれで」魔獣たちに補食されて、直ぐに終わりだった。


つまり、ここは、動物園という名だけを
借りた、ただの危険地帯。


黒いローブの男は、弓矢を構えると、魔獣たちに警戒しながら、静かな庭園内を進んだ。


手荒な歓迎を受けるまでは…。


―手荒な歓迎―


魔獣の一匹が背後から忍び寄ってきた。


黒いローブの男は、その気配に気付いて瞬時に振り返ると、弓矢を構えて、「睡眠の矢」を猛獣の腹に向けて撃ち込んだ。


猛獣は、足をもつれさせながら倒れた。


その直後、また背後に気配を感じた…


が、気付くのが遅かったのか、何かを右足に撃ち込まれて膝をついてしまった。


そしてその撃ち込まれた矢のようなものが花のようにパッと開くと、そこから異臭がし、身体が黄色の煙幕に包まれた。


煙幕に包まれながらも一気に引き抜いたが、もう既に遅い。


これが、ずっと警戒していた特殊武器。


「三色狙撃銃」だった。
 

分厚い本によると、この三色拳銃には、特殊な「青」「黄」「赤」の三色の銃弾が込められており、その色には、それぞれ意味がある。


青の銃弾には、鎮静効果があり、


先ほど撃ち込まれた黄色の銃弾には、煙幕の効果がある。


だが、ここで厄介なのは、この煙幕に、生肉と同じ匂いの成分が含まれていること。


つまり、その銃弾が撃ち込まれたモノを「生き餌」と思い込み、襲ってくる。


赤の銃弾には…、


黒いローブの男が次の戦略を考えていると、煙幕の向こう側で少女が車椅子に腰掛けて、ケラケラと笑っていた。


「あなたがお父さまの言っていた、黒いローブの男ね、大嫌いなお兄さまたちを殺してくれてどうもありがとう、そのお礼として、この動物園での触れ合いを許可するわ」


煙幕が薄れてくると、少女は、車椅子に腰掛けたまま狙撃銃の銃口を黒いローブの男に向けて言った。


「あなたは彼等の生き餌で、


わたしのオモチャ、


42秒間だけあなたに逃げる機会を与えてあげるから、お好きなところにお逃げなさい、


けれど、この42秒間が過ぎたら、狩りの時間は動き出し、 魔獣とこの銃弾が、あなたを捕らえる、


もしもそれが嫌なのならば、お父さまの欲しいと言っていた分厚い本とやらを捨てて、わたしたちに降伏しなさい、


そうすれば命だけは助けてあげるわ」


黒いローブの男は、無言で煙幕の中から抜け出すと、その少女の42秒間を無視して、車椅子の車輪に矢を撃ち込み、車椅子ごと少女を転倒させた。


―魔獣対ハイエナ―


その直後、魔獣たちが少女を守ろうと襲撃してくるが、黒いローブの男も慌てずに対処。


兵器による猛攻撃を避け、隙を見つけてはライターを取り出し、矢の先端に火をつけた。

 
そして、黒いローブの男は、魔獣たちの動きを観察し、じかに持った睡眠の矢と火矢を巧みに操り、魔獣たちを眠らせた。


少女は、それを見てここにいるのは危険だと判断したのか、車椅子に腰掛けて物凄い速さで逃亡した。


だが、逃亡先は見えていた。


監視塔だった。


黒いローブの男は、背後から襲い掛かってくる最後の一匹に、残り少ない睡眠の矢を突き刺すと、火矢の火をフッと吹き消した。


―猫は高いところがお好き―


監視塔の出入口には車椅子が乗り捨てられていた。


やはり、あの少女、健常者のようだ。


黒いローブの男が、監視塔の最上階の扉を開くと、少女が狙撃銃を構えて待ち構えていた。


「来ないで!バケモノ!」


黒いローブの男は、その言葉を聞いて不敵な笑みを浮かべていた。


そして、少女の足元に「分厚い本」を投げ捨てて言った。


「それがお前の父親が欲しいと言っていた分厚い本だ、その分厚い本には110の不幸が閉じ込められている、その中に書かれた文字を その物語に関連する特定の人物が一部分でも読み上げたり、黙読すれば、それが現実となり、罪人に最期の裁きを下す」


少女は、それを聞いて後退り、何処からか聞こえてくる声に顔を顰めた。


【動物を虐待する愚か者よ、お前が島へと連れてきた動物たちにはお前のように家族が存在する、家族が泣き叫ぶ様をお前はその二つの眼で見てきたはずだ、だが、その眼からは涙もこぼれなかった、ただ、己が受けてきた心の傷を動物という名の友達を軟禁することで癒しただけだ、裁きを受けるがよい、その裁きは動物たちによる、最期の愛である】


少女は絶叫をあげた。


そして、赤の銃弾「火炎弾」を込めた狙撃銃で、黒いローブの男を焼き殺そうとしてきた。


だが、弱者の部類。


黒いローブの男は、瞬時に弓矢を構えると、少女が引き金を引く前に、矢で狙撃銃を撃ち落とし、弓矢の先端を少女の眉間に向けて言った。


「その足で飛び降りろ」、と。


―動物たちの愛―


黒いローブの男は、監視塔から出てくると、出入口の付近で、壊れてしまった少女を見下ろしていた。


そして、お前は、ひとりではない、と冷たく言い残すと、


次の標的が待つ「流血屋敷」へと向かった。


しばらくして、睡眠の矢で眠り込んでいた動物たちが眼を覚ました。


彼等が向かう先には、少女がいた。


動物たちに愛されて赤く染まってゆく少女、


その背中には、小さな女王の飼い猫、


「シャムネコの刺青」が、豪華に刻まれているという…。

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